悪の華
Les Fleurs du mal (1861)
Charles Baudelaire/萩原 學(訳)
憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL
31. 吸血鬼
XXXI
LE VAMPIRE
ジャンヌ・デュヴァル詩群
- 1855 : La Béatrice 1855-06-01 : Revue des Deux Mondes
脚韻ABAB CDCD EFFE
初版にあった Métamorphoses du Vampire(吸血鬼の変身)は裁判で有罪とされ、2版からは削除された。そのため、2版に於ける吸血鬼の詩は、これが唯一となる。制作年代からして、また Vampire の綴りからして、ポリドリ博士『吸血鬼 The Vampyre.』(1819)以来の流行がひとまず落ち着いた頃の作品と思われる。
挿絵は Sexy Color 塗り絵から。見るからに悍ましい題材なのに、見る方も描く方も。好きなのかなあ、こういうの……
ナイフ一刺しのようにお前は
悲痛なるわが心臓に刺さるもの
大群さながら、お前の強さは
悪魔の、ワインの、狂気と華麗の、
Toi qui, comme un coup de couteau,
Dans mon cœur plaintif es entrée ;
Toi qui, forte comme un troupeau
De démons, vins, folle et parée,
わがへりくだる心の裡に
寝床を縄張りを設えるがいい
私は縛られる悪名⾼き者に
鎖につながれた囚人のように
De mon esprit humilié
Faire ton lit et ton domaine ;
— Infâme à qui je suis lié
Comme le forçat à la chaîne,
さながらしぶといギャンブラー、
酒に溺れる酔っぱらいのように
害虫のように、腐肉のように、
……呪ってやる、呪ってやらあ!
Comme au jeu le joueur têtu,
Comme à la bouteille l’ivrogne,
Comme aux vermines la charogne,
— Maudite, maudite sois-tu !
迅雷の剣に祈った
わが自由を勝ち取らせよと、
危険な毒にも告げた
わが臆病を救い給えと
J’ai prié le glaive rapide
De conquérir ma liberté,
Et j’ai dit au poison perfide
De secourir ma lâcheté.
残念ながら、毒といい剣といい
私を蔑んで罵ることには
「お前は連れて行くに相応しくない
その呪われた奴隷の身では」
Hélas ! le poison et le glaive
M’ont pris en dédain et m’ont dit :
« Tu n’es pas digne qu’on t’enlève
À ton esclavage maudit,
「愚か者!あ奴の眷属が……
我等の働きがお前を救ったところで、だ
お前のキスで黄泉帰るのだ
吸血鬼めの屍が!」
Imbécile ! — de son empire
Si nos efforts te délivraient,
Tes baisers ressusciteraient
Le cadavre de ton vampire ! »
訳注
前作に引き続き、初出の表題 Béatrice は、英語読み・フランス語読みでは「ベアトリス」だが、イタリア語では「ベアトリーチェ」即ちダンテ『神曲』天国篇の案内役となる。
ほとんど聖女あるいは使徒扱いのベアトリーチェを吸血鬼呼ばわりするのは、なるほどそういう仕事をするベアトリーチェさんも居た可能性は否定できず、皮肉の利いた表現ではある。とはいえ、冒瀆的と取られかねないので変更したには違いないけれど、結果的にこっちのほうが判り易い表題とはなった。
ポリドリ博士の『吸血鬼』では、ラッスェン卿が普通に銃弾で撃たれて死に、しかし月の光を浴びて復活する。この設定は『吸血鬼ヴァーニー』に引き継がれ、しかしその後継者は見当たらない。「恋人のキスで復活する」というのはボードレール独自のようで、しかし、白雪姫や茨姫が王子様のキスで復活する場面の男女入れ替えのようでもあり、そう考えるとモヤモヤとするものもあるものの。やはり、後継者を生まなかったのは残念。
貼り付けた最後の一曲は、全然関係ないのだけど。死んでも生き返る吸血鬼のパワーに対抗するなら、寝た子も叩き起こすコレだろう、と。