憂鬱と理想 SPLEEN ET IDÉAL
2版3版とも I
BÉNÉDICTION
脚韻ABAB
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1. 祝祷
Charles Baudelaire/萩原 學(訳)
至高の神の命令一下
詩人出現、倦怠の世に
母親愕然、神をも恨むか
憐れみ給うに、拳を握り
Lorsque, par un décret des puissances supremes,
Le Poëte apparaît en ce monde ennuyé,
Sa mère épouvantée et pleine de blasphèmes
Crispe ses poings vers Dieu, qui la prend en pitié :
「…ああ、何という蝮の子を産んでしまったのだろう、
こんなばかげたものを養うくらいなら!
つかの間のあの快楽の夜に呪いを、
この無念をこの胎に宿したあの場所にあれ!」
— « Ah ! que n’ai-je mis bas tout un nœud de vipères*1,
Plutôt que de nourrir cette dérision !
Maudite soit la nuit aux plaisirs éphémères*2
Où mon ventre a conçu mon expiation !
「全ての女性の中からあたしを選び遊ばされた故
夫なんぞにあたしが愛想を尽かされようと、
炎に投げ込むこともできやせぬこれ
恋文のようには、この発育不全の化物を、」
Puisque tu m’as choisie entre toutes les femmes
Pour être le dégoût de mon triste mari,
Et que je ne puis pas rejeter dans les flammes,
Comme un billet d’amour, ce monstre rabougri,
「あたしに押しつけられた御不興の程を当たり散らそう
超むかつくこと用に呪われたあの楽器にね、
このみっともない木をきつくねじ曲げてくれよう、
悪臭撒き散らす芽を出したりしないようにね!」
Je ferai rejaillir ta haine qui m’accable
Sur l’instrument maudit de tes méchancetés*3
Et je tordrai si bien cet arbre misérable,
Qu’il ne pourra pousser ses boutons empestés*4 ! »
かくして彼女は憎しみの泡を飲み込み、
永遠なる御計画なぞ理解の埒外
自ら設えるはゲヘナの谷に、
母親たる者の罪に捧げる火刑台。
Elle ravale ainsi l’écume de sa haine,
Et, ne comprenant pas les desseins éternels,
Elle-même prépare au fond de la Géhenne
Les bûchers consacrés aux crimes maternels.
それでも、目には見えない天使の庇護下、
廃嫡の子は太陽に酔い、瞑想に耽る、
飲むもの食べるものすべてが
神の食べ物に、鮮紅色の甘露に成る。
Pourtant, sous la tutelle invisible d’un Ange,
L’Enfant déshérité s’enivre de soleil,
Et dans tout ce qu’il boit et dans tout ce qu’il mange
Retrouve l’ambroisie et le nectar vermeil*5.
風と戯れるは、雲と語るは、
酔えば歌うは十字架の道、
その巡礼に付き従える御霊は
森の鳥のように陽気な彼を見て泣き。
Il joue avec le vent, cause avec le nuage,
Et s’enivre en chantant du chemin de la croix ;
Et l’Esprit qui le suit dans son pèlerinage
Pleure de le voir gai comme un oiseau des bois.
彼が愛したいと願う人に限ってこわごわ様子見、
そうでなければ、彼の穏やかさに嵩にかかって、
苦痛の叫びを引き出せそうな者を探し回り、
そしてその者の獰猛を彼の身の上に試して。
Tous ceux qu’il veut aimer l’observent avec crainte,
Ou bien, s’enhardissant de sa tranquillité,
Cherchent à qui saura lui tirer une plainte,
Et font sur lui l’essai de leur férocité.
彼の口にするパンは、ワインは
連中の手で灰が、不浄な唾が混ぜられたもの。
偽善を以て、彼が手にしたものを投げ捨てもした
うわ、足跡を踏んでしまったとか、言わなければいいものを。
Dans le pain et le vin destinés à sa bouche
Ils mêlent de la cendre avec d’impurs crachats ;
Avec hypocrisie ils jettent ce qu’il touche,
Et s’accusent d’avoir mis leurs pieds dans ses pas.
彼の妻までが広場で叫ぶよう、
「崇めたいほど美しい、彼は私をそう思うのだから、
私は古代の偶像の役をしましょう、
同じように私も金ピカになりたいのだから」
Sa femme va criant sur les places publiques :
« Puisqu’il me trouve assez belle pour m’adorer,
Je ferai le métier des idoles antiques,
Et comme elles je veux me faire redorer ;
「そして私は、ナルド、乳香、没薬から
跪拝、肉、ワインに酔うことが
できるかどうか、私を賞賛する心の中から
笑って神への敬意をも横取りすることが!」
Et je me soûlerai de nard, d’encens, de myrrhe,
De génuflexions, de viandes et de vins,
Pour savoir si je puis dans un cœur qui m’admire
Usurper en riant les hommages divins !
「この不敬な悪戯にも飽きたなら
か弱くも強い吾が手を胸に置きましょう、
ハーピー共の爪のような吾が爪なら
彼を心臓までつい切り裂きましょう。」
Et, quand je m’ennuierai de ces farces impies,
Je poserai sur lui ma frêle et forte main ;
Et mes ongles, pareils aux ongles des harpies,
Sauront jusqu’à son cœur se frayer un chemin.
「雛鳥のようにぴくぴくドキドキしている
この赤い心臓を、その胸から引き裂いてやろう、
吾がお気に入りの獣も満足する
餌にする軽蔑を込めて地面に投げつけてやろう!」
Comme un tout jeune oiseau qui tremble et qui palpite,
J’arracherai ce cœur tout rouge de son sein,
Et, pour rassasier ma bête favorite,
Je le lui jetterai par terre avec dédain ! »
天に向かう目、映るはただ華麗な玉座、
穏やかな詩人、敬虔な腕を差し伸べ、
そしてその明晰な精神の大いなる閃きが
猛々しい民衆の姿を彼の目から隠して。
Vers le Ciel, où son œil voit un trône splendide,
Le Poëte serein lève ses bras pieux,
Et les vastes éclairs de son esprit lucide
Lui dérobent l’aspect des peuples furieux :
「苦難を与え給う我が神よ、幸いなれ
そは我等が不浄に対する神の治療薬
そして最も純粋な最高級エッセンスとして
強き者を聖なる喜びに導く!」
— « Soyez béni, mon Dieu, qui donnez la souffrance
Comme un divin remède à nos impuretés
Et comme la meilleure et la plus pure essence
Qui prépare les forts aux saintes voluptés !
存じております、詩人の居場所をご用意であると、
聖なる軍団の祝福された隊列に。
永遠の宴にお招き頂いているとも。
座天使、力天使、主天使お成りに。
Je sais que vous gardez une place au Poëte
Dans les rangs bienheureux des saintes Légions,
Et que vous l’invitez à l’éternelle fête
Des Trônes, des Vertus, des Dominations.
存じております、痛みこそ唯一高貴と
地上も冥府も噛みつくことなく
そして我が神秘の王冠織り成すと
なれば、全時代全宇宙を浚うしかなく
Je sais que la douleur est la noblesse unique
Où ne mordront jamais la terre et les enfers,
Et qu’il faut pour tresser ma couronne mystique
Imposer tous les temps et tous les univers.
しかし、古代パルミラの失われた宝石、
未知の金属、海の真珠が、
御手にて具わろうとも及びますまい
この美しく眩しい透き通ったティアラには。
Mais les bijoux perdus de l’antique Palmyre,
Les métaux inconnus, les perles de la mer,
Par votre main montés, ne pourraient pas suffire
À ce beau diadème éblouissant et clair ;
それは原始光線の神聖な焦点から抽き出すところの、
純粋な光だけからできておりますから、
人間の目など、比べたら、その輝きのどこを取ろうと
ずっと暗く、悲しげな鏡に過ぎませぬから!」
Car il ne sera fait que de pure lumière,
Puisée au foyer saint des rayons primitifs,
Et dont les yeux mortels, dans leur splendeur entière,
Ne sont que des miroirs obscurcis et plaintifs ! »
訳注
- SPLEEN ET IDÉAL:
- 福永武彦訳『パリの憂愁』以来、spleen を「憂愁」と訳す例も多く、これに従えば「憂愁と理想」になる。訳者自身が鬱を患い、また「2ちゃんねる」以来の語感ではどうしても「鬱」の気分なので、「憂鬱」を採る。
- BÉNÉDICTION:
- 表題の訳語については概ね「祝福」「祝祷」に分かれ、「祝福」派が優勢なようだ。キリスト教徒の神事であるから、キリスト教会の用語に従うべきであるけれど、何れも用語として使われ、間違いではない。ただし、自分で自分を祝福してはいけないので、自分が「祝福を求める祈り」を捧げるときは、少し言い換えて「祝祷」とするのを善しとする。
- 申命記29章
- 19 そのような人はこの誓いの言葉を聞いても、心に自分を祝福して『心をかたくなにして歩んでもわたしには平安がある』と言うであろう。そうすれば潤った者も、かわいた者もひとしく滅びるであろう。
- *1 vipères:
- 分類学ではクサリヘビ亜科を言うが、一般的には身近な毒蛇であるマムシを指す。但しヨーロッパで一般的な viper は、ニホンマムシとは種類が違う。また竹田伸一『キリスト教における蛇の系譜一楽園の蛇』によると、中世ヨーロッパでは『人間救済の鏡 Speculum humanae salvationis』に描かれるバシリスクの姿を誘惑の蛇に当てており、単純に身近な毒蛇と想定するのは不適切かもしれない。描かれたバシリスクは髪を長く伸ばして女性であることを示したり、上の図では婚姻を認める神の名が ZEUS だったりと、この図自体も興味深い
- *2 éphémères:
- 表題のいう Bénédicte を反転した一語。
- ルカによる福音書1章
- 30 すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。
- 38 そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。
- 41 エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、その子が胎内でおどった。エリサベツは聖霊に満たされ、42 声高く叫んで言った、「あなたは女の中で祝福されたかた、あなたの胎の実も祝福されています。
- *3 méchancetés:
- もっぱら「悪意」「敵意」をいうが、instrument(器)を御使のラッパとすれば『最後の審判』の畏怖でもある。これを神に向かって「そっちの意地悪」と言っている事になるので、ちょむか(死語)な感じにしてみた。
- ヨハネの黙示録8章
- 6 そこで、七つのラッパを持っている七人の御使が、それを吹く用意をした。7 第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった音と火とがあらわれて、地上に降ってきた。そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった。8 第二の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、火の燃えさかっている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして、海の三分の一は血となり、9 海の中の造られた生き物の三分の一は死に、舟の三分の一がこわされてしまった。10 第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。11 この星の名は「苦よもぎ」と言い、水の三分の一が「苦よもぎ」のように苦くなった。水が苦くなったので、そのために多くの人が死んだ。12 第四の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一とが打たれて、これらのものの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は明るくなくなり、夜も同じようになった。
- ヨハネの黙示録9章
- 1 第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。するとわたしは、一つの星が天から地に落ちて来るのを見た。この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた。2 そして、この底知れぬ所の穴が開かれた。すると、その穴から煙が大きな炉の煙のように立ちのぼり、その穴の煙で、太陽も空気も暗くなった。
- 13 第六の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、一つの声が、神のみまえにある金の祭壇の四つの角から出て、14 ラッパを持っている第六の御使にこう呼びかけるのを、わたしは聞いた。「大ユウフラテ川のほとりにつながれている四人の御使を、解いてやれ」。15 すると、その時、その日、その月、その年に備えておかれた四人の御使が、人間の三分の一を殺すために、解き放たれた。
- ヨハネの黙示録11章
- 15 第七の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、大きな声々が天に起って言った、「この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となった。主は世々限りなく支配なさるであろう」。