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【翻訳】ボードレール『悪の華』3. 高揚

憂鬱と理想 SPLEEN ET IDÉAL


2版3版とも III

初出1857-05-17 : Journal d’Alençon

押韻ABBA


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3. 高揚 ÉLÉVATION

幾つもの池の上、また谷の上、
山を、森を、雲を、海を、
彼方の太陽を、エーテルを、*1
遥かに満天の星空をも越え、

Au-dessus des étangs, au-dessus des vallées,
Des montagnes, des bois, des nuages, des mers,
Par delà le soleil, par delà les éthers,
Par delà les confins des sphères étoilées,

我が魂よ、そなた機敏にも動き回って、
波に陶酔する泳ぎ手のように
深遠なる宇宙を華麗に横切り
言いようのない、雄々しき愉悦もて。

Mon esprit, tu te meus avec agilité,
Et, comme un bon nageur qui se pâme dans l’onde,
Tu sillonnes gaiement l’immensité profonde
Avec une indicible et mâle volupté.

この病める瘴気から遠く飛び去れよ、
高次の空にて身を清めるがいい。
神聖なる生粋の薬酒のように呑むがいい、
清冽な空間を満たす澄んだ火を。

Envole-toi bien loin de ces miasmes morbides ;
Va te purifier dans l’air supérieur,
Et bois, comme une pure et divine liqueur,
Le feu clair qui remplit les espaces limpides.

背後の倦怠と茫漠たる苦悩
霧がかった世界に重くのしかかる、*2
力強い翼にて飛翔できる者は幸いである*3
明るく穏やかな野原に向かって飛んで行くのを。

Derrière les ennuis et les vastes chagrins
Qui chargent de leur poids l’existence brumeuse,
Heureux celui qui peut d’une aile vigoureuse
S’élancer vers les champs lumineux et sereins ;

彼の想いは雲雀ヒバリのよう
朝の空へと気ままに飛び立つ
人のを超え聞き分ける
花や物言わぬものの声を!

Celui dont les pensers, comme des alouettes,
Vers les cieux le matin prennent un libre essor,
— Qui plane sur la vie, et comprend sans effort
Le langage des fleurs et des choses muettes !


訳注

*1
ウィキペディアの解説にある通り、宇宙論の「エーテル」は仮定上の「全宇宙を満たす光の媒質」である。詩人は明らかに、地球と太陽の間しか考えておらず、全宇宙を充たすものとは思っていなかった。とはいえ当時、「宇宙空間」及び「エーテル」の概念が、フランス文学界一般に行き渡っていたとも思えない。1846年にガレが海王星を発見しているから、判らないながらもネタにした可能性もあり、それならこれでもかなり関心の高かった方と見るべきであろう。
なお、エーテル宇宙論アインシュタイン博士の光量子仮説で存在意義を失い、博士はこの功によりノーベル物理学賞を受賞した。今では特殊相対性理論の実証であるかのように見られるマイケルソン・モーリーの実験も、エーテル検出実験の一つであり、当時はアインシュタイン自身もエーテル仮説を援用していたので、戦前までは支配的学説であったと見てよいであろう。
*2
この行は翻訳以前の解釈が難しい。ここでは前行に係るもの(散文ならその前に置くもの)と見て訳した。
*3
マタイによる福音書5章
11 わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。