悪の華
Les Fleurs du mal (1861)
Charles Baudelaire/萩原 學(訳)

憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL
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ソネット形式 脚韻 ABBA CDDC EEF GGF
表題は「身を売るミューズ」「魂を売るミューズ」などと訳される。vénale は vénal の女性単数形であり、vénal はラテン語 vēnālis(for sale) に由来し「金次第で動く人」を意味するので、「身を売る」としても間違いではないけれど。「芸を見せて糊口を凌ぐ」に必死な詩の内容とはズレている、安直な訳に思えてならない。意訳すると「デヴュー前のアイドル」、しかしそれだと前作 La Muse malade との対比にならなくなる。

8. 売込む美神
VIII
LA MUSE VÉNALE
Charles Baudelaire/萩原 學(訳)
わが心の美神よ、宮殿の恋人よ、
どうする、1月が木枯らしを放つときに、
雪降る夜の暗い悩みのさなかに
紫色に凍えた両足を暖める火種はあるの?
Ô muse de mon cœur, amante des palais*1,
Auras-tu, quand Janvier lâchera ses Borées,*2
Durant les noirs ennuis des neigeuses soirées,
Un tison pour chauffer tes deux pieds violets ?

大理石のような肩が蘇るか?
鎧戸を突き抜ける真夜中の光に。
口も財布もカラカラなのに、
紺碧の天空が稼ぎの点数になるか?
Ranimeras-tu donc tes épaules marbrées
Aux nocturnes rayons*3 qui percent les volets ?
Sentant ta bourse à sec autant que ton palais,*1
Récolteras-tu l’or des voûtes*4 azurées ?
毎日毎晩、自分のパンを得るべく努めよ、
侍祭のように、燃えさかる香炉を奏でよ、
ろくに信じてもいない賛歌を歌ってみせるとか、
Il te faut, pour gagner ton pain de chaque soir,
Comme un enfant de chœur*5, jouer de l’encensoir*6,
Chanter des Te Deum*7 auxquels tu ne crois guère,
あるいは沈着冷静に媚びを売る軽業師、
誰にも見せない涙に濡れた笑いに
粗野な人々の鬱憤を晴らしてやるとか。
Ou, saltimbanque à jeun, étaler tes appas
Et ton rire trempé de pleurs qu’on ne voit pas,
Pour faire épanouir la rate du vulgaire.
訳注
- *1 palais:
- 「宮殿」であり「口蓋」「上顎」でもある。「口先だけの恋人」と言っているのかどうか。
- *2 Borées:
- 風神ボレアース(Βορέας, Boreas)は冬を運んでくる冷たい北風の神。
- *3 nocturnes rayons:
- 吸血鬼は死んでも月光を浴びて蘇るものとされた。
- *4 voûte:
- 「天蓋」であり「金庫」でもある。しかし青空に手を突っ込んでも金は獲れない。金は金庫から獲らなければならない。売出し中のアイドルは、虚空に虚しく差し出した手を振るのみ。
- *5 enfant de chœur:
- 字義は「合唱の子供」。しかしフランスでは伝統的に、侍祭 Acolyte をこのように呼ぶ。侍祭を含む聖職は長らく男性の仕事とされてきたので、それを女性が請け負うなら、男装して少年のふりをした事になる。
- *6 encensoir:
- 振り香炉には鈴が付き、香炉を振れば鈴が鳴る。鈴の音は参禱者に祈りを促し、聖堂内の信徒に炉儀を報せる。正教会だと炉儀を行うのは神品(主教・司祭・輔祭)で、輔祭が居る場合には輔祭が最も頻繁に用いる。カトリックでは「助祭 deacon」に当たり、deacon とは元来、執事を指すので、新教徒は「執事」という。もっとも新教徒は香炉を用いない。スコットランドの deacon は職人長の称号で、悪名高いディーコン・ブロディなる家具職人があり、エジンバラの市議会議員でもあったが、夜は泥棒を働いた。1788年に捕まり処刑され、スチーブンソン『ジキル博士とハイド氏』の発想元になったという。
- *7 Te Deum:
- キリスト教会の聖歌で、Te Deum laudamus(われら神であるあなたを讃えん)と始まるゆえに冒頭の文句をとってこう呼ばれる。神を讃える賛歌であり、特に型式を指定したものではないので、複数の作曲家による数多の作品がある。 ところが、フランス国王ルイ14世に仕えたジャン=バティスト・リュリ(Jean-Baptiste [de] Lully', 1632 - 1687)がこれを政治利用して以来、ことフランスに限っては「フランス王室賛歌」と化してしまった。 二月革命に加担した活動家ボードレールが、これを苦々しく聞いていたのは想像に難くない。

