悪の華 Les Fleurs du mal (1861)
Charles Baudelaire/萩原 學(訳)
憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL
〜藝術詩群〜
18. 理想
XVIII
L’IDÉAL
ソネット形式 脚韻ABAB CDCD EEF GGF
有り得ない、こんな小綺麗な唐草模様も、
悪意の産物、邪悪な世紀が生んだ
紐付きブーツを履くこの足も、カスタネットを持つこの指も、
納得できない、私のような心には。
Ce ne seront jamais ces beautés de vignettes,
Produits avariés, nés d’un siècle vaurien,
Ces pieds à brodequins, ces doigts à castagnettes*1,
Qui sauront satisfaire un cœur comme le mien.
任せようかガヴァルニ、萎黄病の詩人に
そのさえずる病院の美女の群れなどは、
見つかるものなら、この青白いバラの中に
わが理想の赤に近い花が。
Je laisse à Gavarni*2, poëte des chloroses,
Son troupeau gazouillant de beautés d’hôpital,
Car je ne puis trouver parmi ces pâles roses
Une fleur qui ressemble à mon rouge idéal.
奈落の底から、この心が求むは貴女、
マクベス夫人、強烈な犯罪の魂だ、
秋の気配に孵化したアイスキュロスの夢とも。
Ce qu’il faut à ce cœur profond comme un abîme,
C’est vous, Lady Macbeth, âme puissante au crime,
Rêve d’Eschyle éclos au climat des autans ;
あるいは貴女、ミケランジェロの娘、大いなる「夜」、
見知らぬ姿勢で安らかに身をひねる
貴女の魅力、巨人カオスの口中に発するとも!
Ou bien toi, grande Nuit*3, fille de Michel-Ange,
Qui tors paisiblement dans une pose étrange
Tes appas façonnés aux bouches des Titans !
訳注
- *1 castagnettes:
- カスタネットそのものは有史以前から地中海沿岸で使われてきた楽器であるが、この当時はスペイン渡りの流行品と認識されていたようで、ビゼー『カルメン』ではカスタネットを使いスペイン風の雰囲気を出している。但し1875年初演(セレスティーヌ・ガリ=マリーCélestine Galli-Marié主役)なので、詩人がこれを観ることはできなかった。
- *2 Gavarni:
- ポール・ガヴァルニ(Paul Gavarni、1804 – 1866)は雑誌『シャリバリ』を手始めにファッション・貧民・娼婦・金持ち・ジプシー女・学生・民族衣裳と、パリのことなら何でも描いた当時の人気イラストレーター。ボードレールが指摘した青白い顔をした女たちとはどの作品のことなのか、今のところ不明。
- *3 Nuit:
- 夜の神、ギリシャ神話のニュクス Nýx。タナトス(死)、ヒュプノス(眠り)、オネイロス(夢)などの母。原初の巨人にして神々の始祖カオスの娘。ミケランジェロの彫刻『夜と昼』は、向かって右に昼、左が夜。「月」を冠り、「夢」を下に敷き、足元にフクロウ。ローマ時代のフクロウは、Screech Owl と呼ばれ、夜間に泣き叫び、音もなく飛んできては血肉を喰らう不吉の鳥として恐れられたようである。「小説家になろう」で翻訳中のフクロウ Strix/Stryges → 吸血鬼 Strigaが完了したら、此方にも移植予定。