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【対訳】ボードレール『悪の華』19. 女巨人

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charles Baudelaire/萩原 學(訳)

憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL
〜藝術詩群〜


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19. 女巨人
XIX
LA GÉANTE

ソネット形式 脚韻ABAB CDCD EEF GFG 

力強い生命力にあふれていた「自然」が
毎日のように怪物めいた子供を孕んでいた当時に
若い女巨人と一緒に暮らしてみたかったものだ、
女王の足元に居る一匹のなまめかしい猫のように。

Du temps que la Nature en sa verve puissante
Concevait chaque jour des enfants monstrueux,
J’eusse aimé vivre auprès d’une jeune géante,
Comme aux pieds d’une reine un chat voluptueux.

私は見たかった、彼女の肉体が魂と共に開花、
自由に成長するところを、その恐ろしい遊戯の中で
心には暗い炎がくすぶっているのだろうか
その目に浮かぶ湿った霧の中で

J’eusse aimé voir son corps fleurir avec son âme
Et grandir librement dans ses terribles jeux ;
Deviner si son cœur couve une sombre flamme
Aux humides brouillards qui nagent dans ses yeux ;

好きなように彼女の壮麗な姿を歩き回って。
その巨大な膝の坂道を這いずって、
そして時には、不健康な太陽が照りつける夏に、

Parcourir à loisir ses magnifiques formes ;
Ramper sur le versant de ses genoux énormes,
Et parfois en été, quand les soleils malsains,

疲れたら、彼女も田園に身を伸ばそう、
さり気なく眠る、乳房の陰に
山のふもとの長閑な集落のよう。

Lasse, la font s’étendre à travers la campagne,
Dormir nonchalamment à l’ombre de ses seins,
Comme un hameau paisible au pied d’une montagne.


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訳注

GÉANTE:
フランス語の名詞には性別があり、男性・女性・中性(?)に分かれる。「巨人」の場合、男性名詞が géant 、女性名詞が géante になるようで、日本語や英語では全く意識していなかったが、表題は「女性の巨人」になる。らしい。これはかの「自由の女神」でも同じ事で、実はそんな「女神」が存在する訳ではない。「自由」liberté が女性名詞だから女性の姿なので、アレは「自由」の具象化に過ぎないのだとか。…フランス語、面倒くせぇ!

まあ、それはそれとして。此処に描写されている「女巨人」は、それとは明言されてはいないものの、ガイア(大地)に違いない。この1篇は、サバティエ詩群には入っていないが、関係があるのではないか。訳者の耳には、その背後に鳴っているベルリオーズのオペラ『ベンヴェヌート・チェルリーニ』が聞こえる。
そもそもアポロニー・サバティエ Apollonie Sabatier は、オーギュスト・クレサンジェ(Auguste Clésinger, 1814 - 1883)の彫刻『蛇に咬まれた女』 (Femme piquée par un serpent, 1847)のモデルを務めて名を馳せた女性であり、その扇情的な姿勢が話題になったという。おそらく詩人はこれを観て、金細工師ベンヴェヌート・チェッリーニの名作である黄金の塩入れを連想したのであろう。向かい合う男女は「海」と「地」を表す、ギリシャ神話のポセイドーンとガイア。このガイアは寝そべってはいないが、『蛇に咬まれた女』と似通った姿勢ともとれる。その作者ベンベヌート・チェッリーニは、ベルリオーズの作曲によりオペラとなり、初演(1838)は不評だったものの、フランツ・リスト指揮するヴァイマル公演(1852)では好評を博し、これにより作曲家はオペラを改訂したという。

ジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift、1667 - 1745)『ガリバー旅行記』(1726, 1735) でも一箇所、ボードレールを引き合いに出している。考えてみれば皮肉屋の詩人が、これを読まなかった筈がなく、本作の描写にも影響している筈。逆に本作が言及されたのは、おそらくその名声高きが故に、1899年のスウィフト全集新版でリンダリーノのエピソードと共に挿入されたのであろう。挿画はアーサー・ラッカムの作品。

また、この詩に触発されたのか、オットー・グライナー Otto Greiner (1869 – 1916)『ガイア Gaa』 (1912)があり、判り易い描写になっているので貼っておく。