悪の華
Les Fleurs du mal (1861)
Charles Baudelaire/萩原 學(訳)
憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL
26. ナホ飽キ足ラズシテ
XXVI
SED NON SATIATA
ジャンヌ・デュヴァル詩群
ソネット形式 脚韻ABBA CDDC EEF GFG
奇妙異様な神よ、夜のように黒い色の、
入り混じる香りはハバナと麝香と、
遠い国の美女、サバンナのファウスト、
黒檀の魔女にして子、黒い真夜中の、
Bizarre déité, brune comme les nuits*3,
Au parfum mélangé de musc et de havane,
Œuvre de quelque obi*1, le Faust de la savane,
Sorcière au flanc d’ébène, enfant des noirs minuits,
星座よりも、アヘンよりも、夜よりも、私は好きだ、
仙薬が、愛の駆け巡る貴女の口から。
わが欲望が貴女のもとへ辿り着いたら、
貴女の目は、わが悩みを飲み込む貯水池だ。
Je préfère au constance*2, à l’opium, au nuits,
L’élixir de ta bouche où l’amour se pavane ;
Quand vers toi mes désirs partent en caravane,
Tes yeux sont la citerne où boivent mes ennuis.
心のため息が聞こえる、大きな黒い両眼を通して、
容赦ない小悪魔よ、どうか浴びせる火焔は手加減して?
私は貴女を9度も浸す地獄の川ではない、
Par ces deux grands yeux noirs, soupiraux de ton âme,
Ô démon sans pitié ! verse-moi moins de flamme ;
Je ne suis pas le Styx*4 pour t’embrasser neuf fois,
それは私にはできかねる、この奔放な地鼠めが、
せめてはその勢いをくじき、寄せ付けまい、
貴女のベッドの地獄では、プロセルピナになるのだ!
Hélas ! et je ne puis, Mégère libertine,
Pour briser ton courage et te mettre aux abois,
Dans l’enfer de ton lit devenir Proserpine*5 !
訳注
- SED NON SATIATA:
- 題名はラテン語。クラウディウス帝の妻メッサリナが男漁りを止められず、 "Lassata, sed non satiata"「疲れているが満たされていない」 と揚言した故事による
- *1 obi :
- アフリカの魔法使い
- *2 constance:
- 南アフリカ産の極甘口ワイン Vin de Constance。セントヘレナ島に流されたナポレオンが好んで呑んだ
- *3 nuits:
- これも Nuits-Saint-Georges というワイン産地がある。特に明確な個性はなく、本邦では知られていない。但し詩人は酒より「アンニュイ」に通じるその名の響きを好んだのかもしれない
- *4 Styx:
- 地獄の川。ギリシャ神話では、地獄を7度取り巻いて流れるという。ダンテ『神曲』地獄篇では、第5層にその名を「スティージェの泥沼」とするが、地獄手前のアケローンも第9層コキュートス(嘆きの川)も同一の川であって、此方では地獄を9度も廻る事になる。
- *5 Proserpine:
- プロセルピナ(ギリシャ神話のペルセポネー)は冥王プルートー(ギリシャ神話のハーデース)の妻。略奪婚され、地母神ケレース(ギリシャ神話のデーメーテール)の嘆きを呼んだため、1年の半分だけ地獄に居ることになった。つまり詩人は「半分だけなら付き合ってやる」と言っている。……鍛えろ。