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【対訳】ボードレール『悪の華』32. 無題(ある晩、醜悪なユダヤ人女性の傍に居た、)

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charles Baudelaire


憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL

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32. 無題(ある晩、醜悪なユダヤ人女性の傍に居た、)
XXXII

ジャンヌ・デュヴァル詩群

ソネット形式 脚韻ABBA CDDC EFF EGG 


ある晩、醜悪なユダヤ人女性の傍に居た、
死体の横に横たわる死体のように
この売られた身体の傍に拡げる想い、
哀れな美女が、わが欲望を持って行った。

Une nuit que j’étais près d’une affreuse Juive*1,
Comme au long d’un cadavre un cadavre étendu,
Je me pris à songer près de ce corps vendu
À la triste beauté dont mon désir se prive.

彼女の生まれながらの威厳を思い浮かべる、
活力と気品に満ちた姿を、
彼女の髪は香りの兜、
その愛の記憶が私を蘇らせる。

Je me représentai sa majesté native,
Son regard de vigueur et de grâces armé,
Ses cheveux qui lui font un casque parfumé,
Et dont le souvenir pour l’amour me ravive.

白い足から黒い三つ編みまでも
気高い肉体に熱烈な口づけをしたかった、
深い愛撫の宝庫を解き放ちたかった、

Car j’eusse avec ferveur baisé ton noble corps,
Et depuis tes pieds frais jusqu’à tes noires tresses
Déroulé le trésor des profondes caresses,

とある宵、努力もせずに得た涙でも
あなただけは、残酷な女王よ!
曇らせたなら、その冷たい瞳の輝きを。

Si, quelque soir, d’un pleur obtenu sans effort
Tu pouvais seulement, ô reine des cruelles !
Obscurcir la splendeur de tes froides prunelles.


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訳注

*1 affreuse Juive:
affreuse は「ぞっとするような」「酷く醜い」といった怖気を振るう形容だから、娼婦の中にも特に器量が悪く人気のない女であったようで、おそらくジャンヌ・デュヴァルのことではない。「藪睨みのサラ」と呼ばれた女性だとか解説書には出てくるけれど、そこは重要ではない。何でまた、そんな安い女(?)を買ったかというと、それなりに美人だが、夫の死後すぐに再婚した母親への反発があったとか、これも解説書にあって、それなら『ハムレット』を意識した筈なのに、作中では一切触れていないので、これも疑わしい。当時はCarnaval de Paris(パリのカーニヴァル)があって、オノレ・ドーミエも「シャリバリ」誌上にこれを描いたらしき1枚があるから、おそらくその雰囲気に乗って色々やらかした晩のことではあるまいか。その勢いで、せっかく女を買って寝たのに、添い寝する間にも別の女のことを考えてしまうとは、まあ罰当たりな話ではある。思い出された女の方は、この位置にある以上はジャンヌ・デュヴァルに違いないのだけれど、憧憬の的にされるのは違和感があって、同棲を始めるよりも前に書かれた1篇との説に賛同。