悪の華
Les Fleurs du mal (1861)
Charles Baudelaire/萩原 學(訳)
憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL
35. 決闘
XXXV
DUELLUM
ジャンヌ・デュヴァル詩群 ソネット形式 脚韻ABAB CDCD EFE FGG
戦士二人が互いに突進、その武器に
宙へ飛び散る、きらめき血しぶき
この試合、この鉄のぶつかり合い、
さすらう恋の、青春のざわめき。
Deux guerriers ont couru l’un sur l’autre ; leurs armes
Ont éclaboussé l’air de lueurs et de sang.
Ces jeux, ces cliquetis du fer sont les vacarmes
D’une jeunesse en proie à l’amour vagissant.
毀れた! 刃が、私たちの青春よろしく
愛しい人よ! しかし歯が、尖った爪が、
すぐに剣と短刀の仇を討つ。
……愛に深手を負った心の怒りだ!
Les glaives sont brisés ! comme notre jeunesse,
Ma chère ! Mais les dents, les ongles acérés,
Vengent bientôt l’épée et la dague traîtresse.
— Ô fureur des cœurs mûrs par l’amour ulcérés !
山猫やら豹やらも出る峡谷
我等が英雄、憎々しげに組み合い転がる、
その肌に、枯れた茨も紅く咲く。
Dans le ravin hanté des chats-pards et des onces
Nos héros, s’étreignant méchamment, ont roulé,
Et leur peau fleurira l’aridité des ronces.
……この深淵は地獄よ、我等の同類に満ちる!
悔いもなく転がり落ちよう、人でなしのアマゾンよ、
憎しみ合う我等が熱情、幾久しくも!
— Ce gouffre, c’est l’enfer, de nos amis peuplé !
Roulons-y sans remords, amazone inhumaine,
Afin d’éterniser l’ardeur de notre haine !
訳注
描写は簡潔であるが、「決闘」としては異様。公式の決闘裁判は14世紀に途絶えたものの、フランスではその後も厳格な規則に基づく私闘として続けられ、人気の見世物でもあり、19世紀半ばまで盛んに行われたという。しかし決闘には介添人を立て、証人を立て、武器は剣・サーベル・ピストルの何れかのみ許された。だから本作2節以降は、決闘では有り得ないし、最後はアマゾーンまで出てくるから、題名に反して「決闘」の描写ではないと考えざるを得ない。では血を流すような夫婦喧嘩だったのかというと、詩人は散文詩『貧乏人を殴り倒そう』でも「頑丈な生まれつきではない」と認めるばかりか、あっさり逆襲を受けているほど、喧嘩できる人ではない。そもそも自身の経験なら、もっと具体的に書くだろう。となると、例によって全体が寓意であり、何か題材を得た絵画か何か有りそうなものだが、知られていない。判り易い分、却って何を書いたのか理解し難い1篇という外はない。