[POETIC LABORATORY] ★☆★魔術幻燈☆★☆

詩と翻訳、音楽、その他諸々

【対訳】ボードレール『悪の華』41. まるごと全部

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charlesシャルル Baudelaireボードレール/萩原 學(訳)


憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL

サバティエ詩群


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41. 丸ごと全部
XLI
TOUT ENTIÈRE

バラッド 脚韻ABAB

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悪魔、わが寝室に居着くのが
この朝、私に会いに来て
揚げ足でも取ろうとしたのか
問うて曰く「一つ教えて、」

Le Démon*1, dans ma chambre haute*2,
Ce matin est venu me voir,
Et, tâchant à me prendre en faute,
Me dit : « Je voudrais bien savoir,

「あらゆる美しいものの中で
 彼女に魔法をかけている、
 黒やピンクの物の中で
 艶々な彼女の身体を形作る、」

Parmi toutes les belles choses
Dont est fait son enchantement,
Parmi les objets noirs ou roses
Qui composent son corps charmant,*3

「最も甘美なものは何かな?」 …わが魂よ!
よくぞ答えた、忌むべき者
「彼女の丸ごと全部だよ、
 選り好みの余地もあるまいに。」

Quel est le plus doux. » — Ô mon âme !
Tu répondis à l’Abhorré :*4
« Puisqu’en Elle tout est dictame,
Rien ne peut être préféré.

「すべてが喜ばしい以上、私にも判らない
 何が私を惹きつけるのか。
 彼女は夜明けのように眩い
 そしてまたのように安らか」

Lorsque tout me ravit, j’ignore
Si quelque chose me séduit.
Elle éblouit comme l’Aurore*5
Et console comme la Nuit*6 ;

「その調和はあまりにも絶妙にして、
 美しい身体全体を司る。
 それを無意味に分析しようとして
 その和音多数を書き分ける?」

Et l’harmonie est trop exquise,
Qui gouverne tout son beau corps,
Pour que l’impuissante analyse
En note les nombreux accords.

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「変わりようの謎尽きず
 五感すべてが溶け合い一つに!
 彼女の吐息は音楽と化す
 その声音が香り立つと同様に!」

Ô métamorphose mystique
De tous mes sens fondus en un !
Son haleine fait la musique,
Comme sa voix fait le parfum ! »


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訳注

*1 Démon:
「悪霊」あるいは「悪魔」をいう。ラテン語 daemon に由来し、それ自体ギリシャ語 δαίμων / daímōn から来ており、神を指した。ホメロス『イリアッド』では、daimôn が多くはアプロディーテーを指し、ゼウスやアポローンを指すこともあった。同時に「神の力」でもあり、転じて「運命」復讐者と結びついて「怨霊」ともなった。つまりギリシャ語ダイモーン自体が多義的であったので、これを継承したラテン語も多義的であり、これを祀るローマの神殿パンテオン Pantheon/Pantheum はそのまま「万神殿」であった。ミルトン『失楽園』におけるパンデモニウム Pandaemonium も、これが素であろう。神であったデーモンは、キリスト教徒と化したギリシャ人がギリシャ語聖書を編纂して以来、悪の象徴となった。つまり悪魔とは他人の神のことである。
このような経緯から、Démon を単純に「=悪魔」と訳すべきではない。けれど、本作に於ける Démon は、単純に「悪魔」と見てよいであろう。前提として、ナザレのイエスが荒野で修行中、悪魔の問いかけを受ける場面がある。
マタイによる福音書4章
1 さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。
2 そして、四十日四十夜、断食をし、そののち空腹になられた。
3 すると試みる者がきて言った、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。
4 イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。
*2 chambre haute:
字義は「上の部屋」。議会の「上院」をいう事もあるが、欧米の住宅は2階が寝室になっているので、その事であろう。訳例に「高い部屋」「屋根裏部屋」とあるのは不審に堪えない。尤も、この1行で「悪魔が自分の寝室に居る」というのに、次行で「私に会いに来た」というから、理解に苦しむ状況ではある。朝食に階下へ降りたら、後から悪魔も降りてきたという所だろうか?たぶん、舞台か何かの元ネタがあった筈だが、よく解らない。
*3 corps charmant:
サバティエ女史は、Augusteオーギュスト Clésingerクレサンジェの彫刻『蛇に咬まれた女 (Femme piquée par un serpent)』のモデルになった事で有名になった。当然、この蛇はエデンの園に出てくる「誘惑の蛇」と重ね合わされている。

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*4 l’Abhorré:
Abhorré は「ぞっとするような嫌悪感を引き起こすもの」の意で、次節の l’Aurore と呼応する語が選ばれている
*5 l’Aurore:
ラテン語 aurōra に由来し、ギリシア神話のエーオース Ēōs をローマ神話に取り込んだ女神アウローラ Aurōra を指す。

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これは暁の神格化であるから、普通に「暁」と訳されるけれども、「オーロラ」と読めば北の大地に現れる極光である。北緯48度58分に位置するパリは、43度46分の北海道旭川市より北にあるものの、オーロラ発生地点よりずっと南になるので、見えるのは最上部の赤いところのみとなり、凶兆とされた。

*6 Nuit:
18.『理想』に出てきた「夜」そのもの。

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改めて調べると、エジプト神話のヌト Nut に由来し、英語では Night となる、とても由緒正しく力ある神。

エジプト人によれば、太陽や月などの天体が、日中はヌトの身体を横切るように移動する。夕暮れ時に飲み込まれ、夜の間に彼女の腹を通過し、夜明けに再び生まれ変わるのだという。交流はなかった筈のメソアメリカ文明にも、似たような神話が伝わるのは興味深い。

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