[POETIC LABORATORY] ★☆★魔術幻燈☆★☆

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【対訳】ボードレール『悪の華』57. 或るマドンナへ

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charlesシャルル Baudelaireボードレール/萩原 學(訳)


憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL

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57. 或るマドンナへ
〜スペイン風の奉納品〜
LVII
À UNE MADONE
ex-voto*1 dans le goût espagnol

マリー・ドーブラン詩群ここまで 対句

私は貴女に捧げたい、聖母マドンナよ、わが恋人よ、
私の苦悩の奥底に、地の下深くの祭壇を、
先ず我が心の一番暗い隅を掘り下げる、
世俗的な欲望や嘲る目から遠く離れる、
艶やかな壁龕へきがん、紺碧と黄金に彩られ
そこに立つ貴女、奇跡の彫像となれ。
磨かれた詩句、純粋な金属の格子もて、
水晶の韻をそこに精巧にちりばめて、
貴女の頭に大きな花輪を作ってあげよう。
わが嫉妬のうちに、はや死すべき聖母よ、
貴女の外套マントかたならまあ解る、
ゴツゴツと硬く、重く、裏地は疑惑、
それは監視哨のように、貴女の魅力を封じ込めて。
真珠の刺繍の代わりに、わがのことごとくを込めて!
貴女のドレスは、打ち震え波打つわが欲望にて、
織り成せるわが欲望たるは、高くも低くて、
ひだの高みに打揺うちゆららぎ、谷へ下れば鎮まり返り、
白と薔薇色の貴女の体を、キスでくまなく覆い。
敬意を込めて奉る、美しい一足の
サテンの、貴女の謙虚な神聖な両足を、
柔らかい抱擁の中に閉じ込めるような、
忠実な木型がその形容を変えぬような。
もし我が勤勉なる技芸の総力を凝らしてもなお、
足台となる銀の月を彫ること叶わぬなら、もう
わがはらわたを噛める大蛇を押し込むは
貴女の踵の下。踏みにじり、嘲笑うは
貴女、勝利の女王、贖罪の実を結ぶだろう、
この怪物は憎しみと唾棄で膨れ上がろう。
我が想い蝋燭よろしく立ち並べ給え、
処女の女王の花咲き乱れる祭壇の前、
青く塗られた天井に映り星と輝く、
常に燃え盛る目で貴女を見守る。
して我が内なるもの、なべて貴女を慈しみ、讃えるよう、
ことごとくが安息香薫香乳香没薬となろう、
白く雪かぶるような山巓さんてんの貴女に向かって絶え間なく、
わが嵐のようなが、蒸気と化して立ちのぼる。

Je veux bâtir pour toi, Madone*2, ma maîtresse,
Un autel souterrain au fond de ma détresse,
Et creuser dans le coin le plus noir de mon cœur,*5
Loin du désir mondain et du regard moqueur,
Une niche, d’azur et d’or tout émaillée,
Où tu te dresseras, Statue émerveillée.
Avec mes Vers polis, treillis d’un pur métal
Savamment constellé de rimes de cristal,
Je ferai pour ta tête une énorme Couronne ;
Et dans ma Jalousie, ô mortelle Madone,
Je saurai te tailler un Manteau, de façon
Barbare, roide et lourd, et doublé de soupçon,
Qui, comme une guérite, enfermera tes charmes ;
Non de Perles brodé, mais de toutes mes Larmes !
Ta Robe, ce sera mon Désir, frémissant,
Onduleux, mon Désir qui monte et qui descend,
Aux pointes se balance, aux vallons se repose,
Et revêt d’un baiser tout ton corps blanc et rose.
Je te ferai de mon Respect de beaux Souliers
De satin, par tes pieds divins humiliés,
Qui, les emprisonnant dans une molle étreinte,
Comme un moule fidèle en garderont l’empreinte.
Si je ne puis, malgré tout mon art diligent,
Pour Marchepied tailler une Lune d’argent,
Je mettrai le Serpent qui me mord les entrailles*3
Sous tes talons, afin que tu foules et railles,
Reine victorieuse et féconde en rachats,
Ce monstre tout gonflé*4 de haine et de crachats.
Tu verras mes Pensers, rangés comme les Cierges
Devant l’autel fleuri de la Reine des Vierges,
Étoilant de reflets le plafond peint en bleu,
Te regarder toujours avec des yeux de feu ;
Et comme tout en moi te chérit et t’admire,
Tout se fera Benjoin, Encens, Oliban, Myrrhe,
Et sans cesse vers toi, sommet blanc et neigeux,
En Vapeurs montera mon Esprit orageux.

最後に、貴女にマリア役を遂げさせるため、
そして愛と蛮行を混ぜ合わせるため、
黒い欲望!「七つの大罪」に数えられるうち、
悔恨の処刑人、私は鋭利なナイフを7本持ち、
鋭敏で、かつ鈍感な曲芸師のようにして、
貴女の愛の深さを狙う的にして、
全て突き刺す、貴女の喘ぐ心臓へ、
啜り泣く心臓へ、血を流す心臓へ!

Enfin, pour compléter ton rôle de Marie,
Et pour mêler l’amour avec la barbarie,
Volupté noire ! des sept Péchés capitaux,*6
Bourreau plein de remords, je ferai sept Couteaux
Bien affilés, et, comme un jongleur insensible,
Prenant le plus profond de ton amour pour cible,
Je les planterai tous dans ton Cœur pantelant,
Dans ton Cœur sanglotant, dans ton Cœur ruisselant !


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訳注

*1 ex-voto:
エクス ヴォート(Ex Voto)とはラテン語で「奉納品」をいう。教会で願掛けをし、その願い事が叶った時に感謝を込めて奉るもの。

en.m.wikipedia.org

よく「絵馬」と訳されるが、奉納する時点も目的も姿形も異なるので、少し変えた。というか、形は全く際限ない。例えば、『1662年の奉納品』(Ex-Voto de 1662)と呼ばれるものは、治癒の奇跡を描いた一幅の絵である。

他にも多種多様な奉納品が見つかる。ただ、此処では聖心 Scared Heart と呼ばれる、心臓を象った捧げ物をいうのであろう。逆にいうと、この詩は「聖心」信仰に基いて書かれている。

ja.m.wikipedia.org

Ex Voto sacred heart として検索すると、売り物の「心臓」が大量に出てくる。奉納以外にもお守りとして、また蒐集の対象にもなるようだ。奉納品が払い下げになることもあるらしい。

画像はオックスフォード大学の Amulet コレクションにある Sacred Heart Ex-Voto, France と題されたもので、説明によると

聖心の信仰は 11 世紀にまで遡ることができます。これは17世紀、フランスの修道女マルグリット=マリー・アラコックが救い主イエスの幻視を体験し、その中で救い主イエスは彼女に語りかけ、茨と炎に絡め取られ十字架に覆われた心臓を見せたことで人気を博しました。彼女は、自身と祖国を聖心の崇敬に捧げ、聖心の祝日を制定しました。
マルグリットの死後 30 年経った 1720 年、マルセイユの司教は、ヨーロッパ全土に蔓延していた疫病からこの地域を救おうと、教区を聖心に奉献しました。街は疫病の流行からすぐに回復し、聖心は危険や病気から身を守るために身に着けられる人気の紋章となりました。 

という。この「心臓」に剣を突き立てた意匠のものもあり、「スペイン風」とはそのことであろう。しかし Ex Voto Sacred Heart sword として検索しても、引っかかるのは商品ばかりで、画像として使えそうなものが見当たらない。奉納品とか聖心とか称する割には、商魂逞しいページばかり出てくるのは正直、うんざり。このような「エクス・ヴォート」を巡る事象については、岩井洋『出現・奇跡・奉納』が詳しいけれど、払い下げについては触れられていない。
と書いていたのだが、大きな見落としがあった。「剣7本」は、信心業「聖母マリアの七つの悲しみ」を表してもいたのだ。

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*2 Madone:
「聖母子」と訳されるのが La Madone au Chanoine であるから、この語は「聖母」そのもの。愛欲の対象とする女「マリー」を「聖母マリア」に重ねている訳で、これは題名共々、冒瀆に近い。毎回そんなギリギリを攻めなくてもと思うが、幸い(?)裁判の対象にはならなかったようである。
なお、イタリア語では Madonna といい、我々に馴染みの「マドンナ」は此方の発音に近く、Missa della Madonna(聖母のミサ)と言えばフレスコバルディの大作『音楽の花束 Fiori musicali』の一部をなす典礼曲集。Marienvesper とも呼ばれるモンテヴェルディ聖母マリアの夕べの祈り (Vespro della Beata Vergine; SV 206, 206a)』も似たようなものだが、此方は題名に「処女マリア」を謳うせいか、 Madonna と呼ばれることはあまりないようである。いよいよ関係ないけれど、合衆国の歌手“マドンナ”に至っては波長が合わないというのか、出てきた時から大嫌い。あの小娘はマドンナじゃなくてマリリン(の追っかけ)じゃないのか?と最初に思ったからか、未だに歌を聞こうという気にはなれない。
*3 le Serpent...:
創世記3章

14 主なる神はへびに言われた、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。
15 わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」。

*4 gonflé:
怪物が「膨れ上がる」までしか書いていないが、これを「足台と為し給え」という訳で、聖母は勇ましくも怪物を踏んで立つ形。

聖人が怪物を踏みつけにする構図は、聖ゲオルギウスの竜退治に倣ったものかもしれない。

更にこの構図の元ネタと目されるホルス神ワニ退治の彫刻も発掘され、ルーブル美術館が所蔵している。

踏み心地が良さそうには見えないけれど、邪鬼を踏みつけにする図は仏像、特に四天王像や降三世明王像にも見られる。

日本や中国では本来の意味が失われてしまったが、元になったヒンズー神像図の約束事では、邪鬼と見えるものは他の神であり、その権能を奪い取った事を示している。

poetlabo.hatenablog.jp

マハーカーラの謎

あるいは東西交流から生まれた姿かもしれない。ヘーラクレースがヴァジュラパーニとして仏教に取り込まれ、執金剛神として伝わるくらいだから、前例がない訳でもない。

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*5 cœur;
「心」であり「心臓」でもある。英語の heart も、両者を区別しない。従って物理的に「お前の心臓を突き刺す」という表現で、心理的に「お前の心を刺す」という意味になる。
*6 des sept Péchés capitaux,:
絵図のとおり『7つの大罪』は
  • 強欲 avarice
  • 憤怒 colère
  • 嫉妬 envie
  • 暴食 gourmandise
  • 色欲 luxure
  • 傲慢 orgueil
  • 怠惰 paresse
であり、「悔恨 remord」は入っていない。内容からして「嫉妬 envie」である筈だが、詩集『悪の華』に含まれる envie は1箇所のみ、jalousie も1箇所のみ。対して remord/remords は20箇所に及ぶから、これは書き損ねではなく、故意に書き換えたものであろう。