悪の華
Les Fleurs du mal (1861)
Charles Baudelaire/萩原 學(訳)

憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL
75. 憂鬱
2版LXXV、3版LXXVII
SPLEEN
1851年『議会通信』に発表。制作年月日不詳、4篇を数える SPLEEN の中で最も古い作品
憂鬱詩群 ソネット形式 脚韻ABAB CDCD EEF GGF
共和暦「雨月」怒り心頭、街全体に
骨壷から黒い風邪の奔流を放つ
近隣の墓地の青白い住人たちに
そして霧の郊外に集団死を齎す。
Pluviôse*1, irrité contre la ville entière,
De son urne*2 à grands flots verse un froid ténébreux*3
Aux pâles habitants du voisin cimetière
Et la mortalité*4 sur les faubourgs brumeux.
石畳にトイレを探す愛猫
疥癬の痩身を忙しげに揺らして、
老詩人の魂が側溝をさまよう
寒くてならない亡霊の悲しげな声にて。
Mon chat sur le carreau cherchant une litière
Agite sans repos son corps maigre et galeux ;
L’âme d’un vieux poëte erre dans la gouttière
Avec la triste voix d’un fantôme frileux.
大鐘は嘆き、薪は烟り
裏声もて合奏するは、風邪の時計
香水ベタつくゲームの最中に、
Le bourdon*5 se lamente, et la bûche enfumée
Accompagne en fausset la pendule enrhumée,
Cependant qu’en un jeu plein de sales parfums,*6
水疱瘡の老婆が遺した宿命の遺品
ハンサムなハートのジャックとスペードのクイーン
2人の失恋を罪深く曰く有りげに。
Héritage fatal d’une vieille hydropique,
Le beau valet de cœur et la dame de pique*7
Causent sinistrement de leurs amours défunts.
訳注
- *1 Pluviôse:
- フランス革命暦第5月、現行の1月〜2月。フランスのみならず、西欧では秋から冬にかけて降水量が多くなる。
- *2 urne :
- 先ず「骨壺」、次いで「壺」全般を指す。「投票箱」という意味もある(佐々木稔「解釈の方法について一一ボードレール受容史の再構成」 )。「花瓶」「ポット」「一輪挿し」は vase 、「水瓶」は cruche d'eau と、使い分けされているようだ。
- *3 froid ténébreux:
- ténébreux(暗黒の)froid(寒け)とは、冬場の胃腸風邪ではあるまいか。
- *4 mortalité:
- 専ら「死」「死亡率」と訳すが、阿部良雄氏の指摘では「直訳すると『集団的死亡』あるいは『死亡率』」とのことで、疫病の蔓延とも読める。二月革命の背景には大飢饉に伴う疫病があり、また当日は雨が降っていたので、その暗さの描写か。
- *5 bourdon:
- マルハナバチ。低音管、大鐘。ふさぎの虫。
- *6 sales parfums:
- ナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte, 1769-1821)はオー・デ・コロンを愛用し、多い日は20本にも及んだという。
訳者も好きな香りだったりするので、あまりにつけ過ぎて「臭い」「汚い」と嫌われるのは寂しい。薬品は用法用量を守って正しく使いましょう。
- *7 la dame de pique:
- プーシキン『スペードの女王』(1834)では、「横から見ればナポレオン」と評される主人公ゲルマンが、亡霊の助言に従って大博打に勝つものの、最終的には負けて発狂する。その結末は、アペル『魔弾の射手』を思わせる。




