[POETIC LABORATORY] ★☆★魔術幻燈☆★☆

詩と翻訳、音楽、その他諸々

【対訳】ボードレール『悪の華』89. 白鳥

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charlesシャルル Baudelaireボードレール/萩原 學(訳)


絵に描いたパリ様々
TABLEAUX PARISIENS


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89. 白鳥

ヴィクトル・ユゴー

2版LXXXIX、3版CXIII
LE CYGNE

À VICTOR HUGO

十二音綴アレクサンドラン4行詩7節の二部構成 脚韻ABAB

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I

アンドロマケーよ、貴女を想う! この小さな川面
貧しい悲しい鏡、映すは嘗ては輝ける、
貴女の寡婦となった苦しみ、その大いなる威厳を…
偽物シモエイス、貴女の涙で肥え太る、

Andromaque*1, je pense à vous ! Ce petit fleuve,
Pauvre et triste miroir où jadis resplendit
L’immense majesté de vos douleurs de veuve,
Ce Simoïs*2 menteur qui par vos pleurs grandit,

不意に、わが豊饒なる記憶力を蘇らせた、
新しいカルーゼル広場を横切ったときに。
昔のパリは、もう無いのだ(街の形は、
人の心よりも早く変わる、残念なことに)。

A fécondé soudain ma mémoire fertile,
Comme je traversais le nouveau Carrousel*3.
Le vieux Paris n’est plus (la forme d’une ville
Change plus vite, hélas ! que le cœur d’un mortel) ;

わが脳裏に浮かぶは、この兵舎バラックの全陣営、
粗削りの柱頭やら柱身やらを積み上げた山、
雑草、水たまりの水で緑色になった巨石、
そして窓際、ピカピカ雑然たるガラクタさまざま。

Je ne vois qu’en esprit tout ce camp de baraques*4,
Ces tas de chapiteaux*5 ébauchés et de fûts*6,
Les herbes, les gros blocs verdis par l’eau des flaques,
Et, brillant aux carreaux, le bric-à-brac confus.

嘗ては動物飼育舎メナジェリーが置かれていたそこで。
ある朝、天の光が降り注ぐ時間に見たのは、
カンと晴れ渡り「労働」が目を覚まし、ゴミ収集で
暗黒の渦が静寂な空気を吹き飛ばす中、

Là s’étalait jadis une ménagerie*7 ;
Là je vis, un matin, à l’heure où sous les cieux
Froids et clairs le Travail s’éveille, où la voirie
Pousse un sombre ouragan dans l’air silencieux,


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檻から逃げ出してきた白鳥が一羽、
水かきのある足で乾いた舗道をこすり、
荒れた地面に白い羽を引きずっては。
けものくちばしを開く、水の無い小川のほとり

Un cygne qui s’était évadé de sa cage,
Et, de ses pieds palmés frottant le pavé sec,
Sur le sol raboteux traînait son blanc plumage.
Près d’un ruisseau sans eau la bête ouvrant le bec

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ホコリまみれの自分の翼にイライラしつつも、
曰く、美しい生まれ故郷の湖に思いを馳せて
「水よ、いつ雨を降らす? いつ落ちる、雷よ?」
この不幸な、 奇妙で宿命的な神話を見ていて、

Baignait nerveusement ses ailes dans la poudre,
Et disait, le cœur plein de son beau lac natal :
« Eau, quand donc pleuvras-tu ? quand tonneras-tu, foudre ? »
Je vois ce malheureux, mythe étrange et fatal,

向かうは空に、『変身物語オウィディウス』の中の人のように、
向かうは空に、皮肉で冷酷、真っ青な、
痙攣する首筋に乗せ、躍起になって頭を伸ばし、
まるでを責めようとするかのような!

Vers le ciel quelquefois, comme l’homme d’Ovide*8,
Vers le ciel ironique et cruellement bleu,
Sur son cou convulsif tendant sa tête avide,
Comme s’il adressait des reproches à Dieu !*9


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II

パリが変わる!だが、わが憂鬱には何もない
動じない! 新しい宮殿、足場、ブロック、
古い城外地、すべてが私にとって寓話となり、
そして私の大切な思い出は岩よりも重く。

Paris change ! mais rien dans ma mélancolie
N’a bougé ! palais neufs, échafaudages, blocs,
Vieux faubourgs, tout pour moi devient allégorie,
Et mes chers souvenirs sont plus lourds que des rocs.

ルーブル城の前、強迫的に、ある幻像イメージ
あの偉大な白鳥が浮かぶ、その狂った仕草と共に、
亡命者たちのように、滑稽にして崇高な、
絶えざる欲求に苛まれつつ!そして貴女に、

Aussi devant ce Louvre*10 une image m’opprime :
Je pense à mon grand cygne*11, avec ses gestes fous,
Comme les exilés, ridicule et sublime,
Et rongé d’un désir sans trêve ! et puis à vous,

アンドロマケー、偉大な夫の腕から落ちた
卑しい家畜、納まるは尊大なピュロスのもと、
恍惚としてうずくまるは、空虚な墓の傍ら。
哀れヘクトールの未亡人!ヘレノスの妻とも!

Andromaque*1, des bras d’un grand époux tombée,
Vil bétail, sous la main du superbe*12 Pyrrhus*13,
Auprès d’un tombeau vide en extase courbée ;
Veuve d’Hector, hélas ! et femme d’Hélénus*14 !

思い浮かべる、肺結核で痩せ細った黒人女性を、
泥を踏み分け、目を凝らして探している、
壮大なアフリカから姿を消したココヤシの木を
巨大な濃い霧の壁に隠れている…

Je pense à la négresse, amaigrie et phthisique,
Piétinant dans la boue, et cherchant, l’œil hagard,
Les cocotiers*15 absents de la superbe*12 Afrique
Derrière la muraille immense du brouillard ;

誰であろうと失くしたものを諦められない人を
決して、決して!涙を飲むしかない者たちを、
善良な女狼のように「苦痛」を吸い取る人を!
花のように干からびていく哀れな孤児たちを!

À quiconque a perdu ce qui ne se retrouve
Jamais, jamais ! à ceux qui s’abreuvent de pleurs
Et tettent la Douleur comme une bonne louve !
Aux maigres orphelins séchant comme des fleurs !

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ゆえに、わが魂が追放された森の中にも
遠い思い出が、朗々と角笛を吹き鳴らすこと!
島に忘れ去られた船乗りたちを思う、
加えて捕虜を、敗者を……その他諸々の人々を!

Ainsi dans la forêt où mon esprit s’exile
Un vieux Souvenir sonne à plein souffle du cor !
Je pense aux matelots oubliés dans une île,
Aux captifs, aux vaincus !… à bien d’autres encor !


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訳注

*1 Andromaque
トロイの英雄ヘクトールの妻。トロイ戦争にてアキレウスに、父、兄弟、夫を殺された。ウェルギリウスアエネーイス』に拠ると、トロイア陥落後、アンドロマケーとヘレノスは奴隷となり、仇アキレウスの子、ネオプトレモスに与えられた。エーペイロス地方に移ったアンドロマケーはネオプトレモスの子を生み、後にネオプトレモスがヘルミオネーと結婚した際、ヘレノスに下賜された。
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*2 Simoïs
トローアス地方の川スカマンドロスの支流シモエイスの河神。
ja.m.wikipedia.orgウェルギリウスアエネーイス』に拠ると、アンドロマケーはエーペイロスで、シモエイスに見立てた川のほとりの聖林に、ヘクトールの墓(遺体はトロイアに埋葬されたので空の墓)と涙を流すための祭壇を築いた。後に噂を聞いたアイネイアースが立ち寄り、祭壇前で再会したときは、お互い幽霊に見えたという。ボードレールはこれに則り、menteur(偽りの)と付け加えることで、故郷のシモエイス川ではないことを示している。
*3 Carrousel:
元は、テュルイリー宮殿の前庭に当たる場所。テュルイリー宮殿は1871年パリ・コミューン防衛戦で焼失、1883年解体され、カルーゼル広場の一部となった。

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carrousel 自体は、騎手が音楽に合わせて技を披露する馬術芸能。イベリア起源だが、ナポリで Carosello とされたものがフランスに渡り、カルーゼルとなった。ルイ14世が1662年、王太子誕生を祝って開催したカルーゼル大会に因み、その場所をこの名で呼ぶようになった。

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この時は「広場」というより「空き地」であったのが、時代が下るにつれ手狭になる。テュルゴーの地図(1739)では、 Cour Des Tuileries(テュルイリー前庭)の手前に Place Ou Carousel と小さくあり、その先に住宅街を挟んでルーブル城がある。テュルイリー宮殿両翼前面も建て混んでおり、少しずつ整理されていく。

後にナポレオンがカルーゼル凱旋門を建てる。その頃のパノラマ図が遺っており、左から右にテュルイリー宮殿・カルーゼル凱旋門カルーゼル広場・住宅街・ルーブル城となる。

見ての通り依然としてルーブル城との接続が悪いので、これを取り払うこととなり、1850年代に整理した。

下図(1860)までには区画整理〜建築工事が終了し、すっきりした。おそらく「新しいカルーゼル」とは、これを言う。本作は1860年1月初出、ユゴーへの献呈は59年12月7日付の手紙なので、意外と短期間に仕上げている。手前にテュルイリー宮殿、奥にルーブル城。右側、セーヌ川沿いにテュルイリーとルーブルを繋ぐ大回廊、左側に出入口。

*4 baraques
語源不明確。Centre national de ressources textuelles et lexicales に拠ると、1501〜06年「避難所となる木造建物」例文 "Les Genevois bruslerent leurs loges et barraques, puys myrent leur artillerye en mer et s'en allerent." おそらく借り物、バレンシアのbarraca「避難所として使用される小さな原始的な建造物」は、1249 年から確認されている。
www.cnrtl.fr
etymoline では barrack について 1680年代、「包囲戦中の兵士の仮小屋」を意味するフランス語の「barraque」から派生 としているから、英語 barrack より仏語 baraque が先にあり、戦場を背景とし、粗末な建物であった事はわかる。
www.etymonline.com
この点「兵舎」は必ずしも戦場にあるものではなく、持続性を考慮した建物も有り得るから、精確ではない。しかし、tout ce camp と前置きしており、一連の仮小屋群を軍隊に例えたように見えるので、それらしい感じを出したいと考えた。
*5 chapiteau
(梁と柱の間に入れる)「柱頭」。
fr.wikipedia.org
特にドーリア式柱頭は「男性」と解されてきた伝統があるという。
irohani.art
そのせいか、この言葉が「大天幕」を指す事もある。
chapiteauxclassic.com
マーキーとも呼ばれるようだ。
*6 fût
幹。柱身。木の柄。樽。
*7 ménagerie
動物園の前身。嘗ては王侯貴族が畜産以外に、好きな動物を飼育することがあったという。『スター・トレック』の一挿話にもなっていて、邦題は『実験動物園』。TVシリーズでは、はて何と言ったか。
*8 Ovide
オウィディウス(Publius Ovidius Naso、紀元前43 - 西暦17または18)は、『愛の歌』『恋の技法』未完に終った『祭暦』などを遺すローマの大詩人。中でも『変身物語』が有名で、どの国でも真っ先に翻訳され、本邦にても『変身物語』以外はあまり売れない模様。仮面ライダー以降の「変身もの」が伝統芸能化していることもあり、オウィディウスの名より「変身」の方がウケそうなので、涙を飲んで引っ込んでもらった。
該当箇所は第1巻冒頭の天地創造にて
他の生きものが俯きになり、地を見つめているのに対して、
人間には高々と掲げる顔を与えて、天を見つめさせ、
星辰に向かって真っ直ぐに面を擡げさせたものか。
と歌っている。(大西英文訳)
*9 Comme s’il adressait...
終り2行は白鳥の姿勢とも、詩人の心中とも取れる
*10 Louvre:
1860年頃の絵では、手前にテュルイリー宮殿、そこから回廊で繋がった奥がルーブル城。テュルイリー宮殿が焼失し除却されたので、現在はテュルイリー庭園から一続きになっている。フランス革命で美術館とされたルーブル宮殿は元来、パリ防衛戦の拠点となる城塞の一部であった。

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やがて宮殿に改装され、工事の中断や増改築を繰り返し、1610年にはセーヌ川沿いにテュルイリー宮殿と結ぶ大回廊 Grande Galerie du Louvre ができた。

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*11 grand cygne:
第1部の白鳥に流謫の詩人ユゴーを重ねている。ルイ・ナポレオンが1851年にクーデターを起こし、独裁体制を樹立して反対派の弾圧を始めたので、反対派の国民議会議員ユゴーは急遽ベルギーへ亡命。ナポレオン3世批判を続けつつ、後にイギリス領ジャージー島へ、次いでガーンジー島へ移り、1859年末はガーンジー島で『レ・ミゼラブル』ほかの執筆中であった。

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表題 cygne は、第1部と第2部にそれぞれ1箇所ずつの登場のみ。白鳥は洋の東西を問わず、神話昔話の対象となり、文学や音楽の題材となってきた。

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ギリシア神話「レダと白鳥」に於ては、美女ヘレネーの父となった雷神ゼウスの化身。

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また、死に際に絶唱するという「白鳥の歌」の伝説が古くからヨーロッパに伝えられ、オウィディウス『変身物語』14巻では

涙しながら、その時の悲痛の思いに合わせた調べに乗せて、か細い声で
嘆き悲しみつつ、歌声を響かせておられました。その様を喩えれば、よく
見られるという、今しも息絶えようとする時、自ら挽歌を歌う白鳥のよう。

と歌っている(大西英文訳)。 その真偽はさておき、イソップ寓話以来、名だたる詩人たちの題材となっており、シューベルトが夜を去って後に友人たちがまとめた遺作の歌曲集は『白鳥の歌』の名を頂戴した。

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これにも多くの録音があるけれども、訳者の感覚的にはテノールの声より、バスバリトンハンス・ホッターが合っているように聞こえる。

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その他一々挙げていく余裕はないが、テニスン『瀕死の白鳥 The Dying Swan』は特に臨場感溢れる詩で、サン・サーンス『白鳥』も、これを元にしている。

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*12 superbe:
Pyrrhus と Afrique に共通する形容詞 superbe は「際立って美しい」「凄ぇ」であるが、女性形 superbe は「傲慢」「尊大」を意味する。というが、同じ形をしているので見分けられない。
*13 Pyrrhus
アキレウスの子ネオプトレモス Neoptolemus の別名。トロイ陥落後、アンドロマケーを妻とした。
*14 Hélénus
トロイアプリアモスの子にして予言者。ヘクトールに予言してトロイア軍を救う。後にオデュッセウスに捕まり、攻略法を教えてしまう。ネオプトレモス死後、アンドロマケーを妻とした。
*15 cocotiers:
ココナツの木は原産地が東南アジア〜メラネシアにあり、オーストロネシア人が栽培化してマダガスカルコモロ諸島まで広めた。

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英語版wikiを見て、アフリカ本土には最近までなかったように思ったところが、そうでもないらしい。高村 美也子『スワヒリ農村ボンデイ社会におけるココヤシ文化』によると、紀元前にはアラブ商人の手で東アフリカ沿岸に到達しており、1世紀の『エリュトゥーラ海案内記』に記されているとのこと。

ボードレールの「アフリカから姿を消した」というのは、どうやらフランス植民地のことらしいが、確認できなかった。