悪の華
Les Fleurs du mal (1861)
Charles Baudelaire/萩原 學(訳)
絵に描いたパリ様々
TABLEAUX PARISIENS

96. ゲーム
XCVI
LE JEU
十二音綴4行詩節×6 脚韻ABAB
題名からして、前先に出てきた「ゲーム」(=賭博)の敷衍。『吸血鬼』では the faro table とポリドリ博士がゲーム名を明記したのに対して、ボードレールは普通名詞で済ませる辺り、心的距離の違いが感じられる。
本作の Wikipedia では、ネタ元とされる絵が連鎖されており、辿っていくとゲランの石版画『31人』がある。
Baudelaire et les étonnantes « caricatures de modes » de Carle Vernet
白黒というよりセピア色の石版画から少し補正してみた。しかし、天井や照明まで色付きで描写するボードレールの詩に対して、それらを含まないこの絵は、詩人が描写した対象そのものとは違うのではないか。石版画の題名『31人』に対して、描かれた人物は17人に過ぎないから、原画はもっと大きかったのかもしれない。詩人が詩句で遊んだと思しき箇所もあり、辞書を引いても既訳を読んでも納得行かない語句多数。

色褪せた肘掛け椅子に年老いた遊女等、
青白く、眉描かれ、目は愛らしく命取り、
ニヤついては、自分たちの細い耳から
落とせる音はカチカチと、石と金属とに。
Dans des fauteuils fanés des courtisanes vieilles,
Pâles, le sourcil peint, l’œil câlin et fatal,
Minaudant, et faisant de leurs maigres oreilles
Tomber un cliquetis de pierre et de métal ;
賭博台の周りには、唇のない顔、
色を失った唇、歯の抜けた顎、
そして地獄の熱に震える指の
探るは、空のポケットや動悸する胸を。
Autour des verts tapis*1 des visages sans lèvre,
Des lèvres sans couleur, des mâchoires sans dent,
Et des doigts convulsés d’une infernale fièvre,
Fouillant la poche vide ou le sein palpitant ;

汚れた天井に列ぶ青白いシャンデリアと、
どデカいカンケが照らしている、
著名な詩人たちの暗い額と
無駄に血の汗を流しに来た連中。
Sous de sales plafonds un rang de pâles lustres
Et d’énormes quinquets*2 projetant leurs lueurs
Sur des fronts ténébreux de poëtes illustres
Qui viennent gaspiller leurs sanglantes sueurs ;
これぞ黒の絵画、夜の夢からの、
その展開はお見透しだ、わが先見の明にて。
沈黙の隠れ家の片隅に私自身も、
ひじ付き、冷たく、黙って、妬んで見えて、
Voilà le noir tableau*3 qu’en un rêve nocturne
Je vis se dérouler sous mon œil clairvoyant*4.
Moi-même, dans un coin de l’antre taciturne,
Je me vis accoudé, froid, muet, enviant,
この人たちの粘り強い情熱をうらやむ、
この年老いた遊女たちの悲哀に満ちた華やかさを、
そしてわが眼前に華やかに取引をする、
ある者は嘗ての名誉を、またある者はその美貌を!
Enviant de ces gens la passion tenace,
De ces vielles putains la funèbre gaieté,
Et tous gaillardement trafiquant à ma face,
L’un de son vieil honneur, l’autre de sa beauté !
そしてわが心の羨むことを恐れた、貧民多数を
口を開けた深淵へと熱狂的に駆け下りる人々を。
そして己が血に酔いしれ、つまるところ
死よりも苦痛を、虚無よりも地獄を選ぶ人々を!
Et mon cœur s’effraya d’envier maint pauvre homme
Courant avec ferveur à l’abîme béant,
Et qui, soûl de son sang*5, préférerait en somme
La douleur à la mort et l’enfer au néant !
訳注
- *1 verts tapis:
- 字面は「緑の絨毯」であるが、実は緑色のフェルトを張った台。コタツの裏側。
- *2 quinquet:
- アルガンランプ Argand lamp とも呼ばれる高効率の石油ランプ。フランスでは、これを改良して普及させた薬剤師アントワーヌ=アルヌー・カンケ Antoine-Arnoult Quinquet に因み、この名で呼ぶ。
- *3 le noir tableau:
- 「黒板」なら tableau noir というし、tableau というと「板絵」の意味なので、わざと引っくり返した感じ。これまで色付きの描写をしてきたのに、此処で白黒になるか?
- *4 clairvoyant:
- 英語では、超能力の一種として語られる「透視」「千里眼」能力を指す言葉になってしまったが、フランス語では元来「賢者」を指した。もっとも賭場に行って胴元に勝てる筈がないのは、先見の明でも何でも無く、この表現は少なからず自虐ネタ風味
- *5 son sang:
- また吸血鬼イメージと思ったが「彼の血」というから、これも自虐ネタか
