[POETIC LABORATORY] ★☆★魔術幻燈☆★☆

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【対訳】ボードレール『悪の華』110. とある女性殉教者 + ラヴェル『愛に死せる姫のバラード』

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charlesシャルル Baudelaireボードレール/萩原 學(訳)

悪の花々
FLEURS DU MAL


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110. とある女性殉教者
CX
UNE MARTYRE*1

知られざる巨匠の素描
DESSIN D’UN MAÎTRE INCONNU

脚韻ABAB、十二音綴と八音節が交錯する四行詩×15節

 この詩の元になった絵画は明らかではない。いくつか推測はされているものの、描写された通りの構図を持つものがないので、複数の絵画を組み合わせたものではないかと考えられるが、これも推測の一つに過ぎない。例えば、フランスの高等学校教材になっている文章で、ドラクロワ『サルダナパールの死』がそれだという説もある。しかし、それだけでは全く足りない。何が足りないのかは、佐藤陽介『「悪」のモラル』などを参照しつつ、以下見比べて頂きたい。

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立ち並ぶ化粧品、ラメ入りの生地きぢ
  そして官能的な家具、
大理石、絵画、衣裳には香水
  豪華なひだの裾ひく、

Au milieu*2 des flacons*3, des étoffes lamées*4
    Et des meubles voluptueux,
Des marbres, des tableaux, des robes parfumées*5
    Qui traînent à plis somptueux,


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温室のように、生ぬるい部屋で
  空気は危険で致命的な、
枯れゆく花束、ガラスの棺の中で
  最後のため息をつくような、

Dans une chambre tiède où, comme en une serre,
    L’air est dangereux et fatal,
Où des bouquets mourants dans leurs cercueils de verre
    Exhalent leur soupir final,

首なし死体は流す、川のように、
  渇きを癒す枕へ
赤い、生きた血を、画布は呑み
  牧草地の貪欲もて。

Un cadavre sans tête*6 épanche, comme un fleuve,
    Sur l’oreiller désaltéré
Un sang rouge et vivant, dont la toile s’abreuve
    Avec l’avidité d’un pré.

青白い幻覚にも似た影が生む何かが
  人の目を引き付けて、
黒いたてがみを束にしたような頭が
  貴重な宝石を纏って、

Semblable aux visions pâles qu’enfante l’ombre
    Et qui nous enchaînent les yeux,
La tête, avec l’amas de sa crinière sombre
    Et de ses bijoux précieux,

ナイトテーブルに、花金鳳花ハナキンポウゲのように、
  休む。…何も考えず、
ぼんやりと白い視線、夕暮れのように
  目をむいて逃げ出す。

Sur la table de nuit*7, comme une renoncule*8,
    Repose ; et, vide de pensers,
Un regard vague et blanc comme le crépuscule
    S’échappe des yeux révulsés.

寝台には、しどけなくも裸の胴体
  完全に放棄された
秘めたる華麗、宿命の美も顕に、
  自然が授け給うた…

Sur le lit, le tronc nu sans scrupules étale*9
    Dans le plus complet abandon
La secrète splendeur et la beauté fatale
    Dont la nature lui fit don ;

薔薇色の靴下、黄金の縁飾り、脚に、
  思い出のように残った…
靴下留めは、ひそかに燃えている瞳、
  ダイヤの視線を投げた。

Un bas rosâtre*10, orné de coins d’or, à la jambe,
    Comme un souvenir est resté ;
La jarretière*11, ainsi qu’un œil secret qui flambe,
    Darde un regard diamanté.

特異な様相、あたりを払って
  そして物憂げな大肖像画は、
態度と同様、挑発の目をして、
  腹黒い愛を露わにしてきた、

Le singulier aspect de cette solitude
    Et d’un grand portrait langoureux,
Aux yeux provocateurs comme son attitude,
    Révèle un amour ténébreux,

罪深い喜びと奇妙な祝宴にては
  地獄の接吻、充ち満ちる、
邪悪な天使の群れ、歓喜しては
  カーテンの襞を泳ぎ回る…

Une coupable joie et des fêtes étranges
    Pleines de baisers infernaux,
Dont se réjouissait l’essaim des mauvais anges
    Nageant dans les plis des rideaux ;

それでいて、見ればほっそり優雅に
  輪郭に合ってはいない肩、
くびれた胴、そして溌剌たる腰つき、
  苛立った爬虫類さながら、

Et cependant, à voir la maigreur élégante
    De l’épaule au contour heurté,*12
La hanche un peu pointue*13 et la taille fringante
    Ainsi qu’un reptile irrité,

かなり、まだ若い!……苛立つ魂、そして
  倦怠に苛まれた官能を、開け
放ってしまったか、飢えた猟犬の群れへ
  彷徨い、失われた欲望の変化形?

Elle est bien jeune encor ! — Son âme exaspérée
    Et ses sens par l’ennui mordus
S’étaient-ils entr’ouverts*14 à la meute altérée
    Des désirs errants et perdus ?


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執念深い男に、貴女はできなかった、生きている間は、
  これほどの愛にも関わらず、満足させることが、
貴女の無気力で自分勝手な肉体を満たしたというのなら、
  彼の欲望の何と巨いなることか?

L’homme vindicatif*15 que tu n’as pu, vivante,
    Malgré tant d’amour, assouvir,
Combla-t-il sur ta chair inerte et complaisante
    L’immensité de son désir ?

応えよ、不浄の屍よ!されば、その硬直した髪は
  熱っぽい腕で摑まれたのか、
教えてくれ、怖い頭よ、貴女の冷たい歯に彼は
  究極の別れを口付けたのか?

Réponds, cadavre impur ! et par tes tresses roides
    Te soulevant d’un bras fiévreux,
Dis-moi, tête effrayante, a-t-il sur tes dents froides
    Collé les suprêmes adieux ?

……嘲る世間から遠く離れ、不純な群衆から遠く離れ、
  興味津々な判事共からも遠くに、
安らかに眠れ、奇妙な生き物よ、安らかに眠れ、
  貴女の神秘なお墓の中に…

— Loin du monde railleur, loin de la foule impure,
    Loin des magistrats curieux,
Dors en paix, dors en paix, étrange créature,
    Dans ton tombeau mystérieux ;

貴女の夫は世界を動かし、して貴女の不滅の姿は、
  眠りについた彼を見守ろう。
貴女に同じく、間違いなく、彼は貴女に忠実だ、
  それはいつまでも、死ぬまでも。

Ton époux court le monde, et ta forme immortelle
    Veille près de lui quand il dort ;
Autant que toi sans doute il te sera fidèle,
    Et constant jusques à la mort.


www.youtube.com ENIGMA: I love you, I'll kill you

The Cross Of Changes

The Cross Of Changes

  • アーティスト:Enigma
  • EMI
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愛に死せる姫のバラード
Ballade de la reine morte d'aimer

ベルギーのマレ (Roland de Marès,1874-1955)の詩に、ラヴェルが作曲した声楽。この演奏では珍しくも、手話歌唱が付いている。


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かのボヘミアに姫在りき、
テュールの王が妹にして
正にお姫様という外ない、
美人の中の美人な姫。

En Bohême était une Reine,
Douce soeur du Roi de Thulé,
Belle entre toutes les Reines,
Reine par sa toute Beauté.

ボヘミアの一大宮廷詩人
悲しい赤い秋の夜
「愛している」と囁く老人!
心魂ともに狂おしく……!

Le grand Trouvère de Bohême
Un soir triste d'automne roux
Lui murmura le vieux: »Je t'aime«!
Âmes folles et coeurs si fous...

美し過ぎ、真っ白過ぎるが
穏やかな詩人は深く愛した
その時、真っ白な魂が
星に向かって脱け出した……

Et la Très Belle toute blanche
Le doux Poète tant aima
Que sur l'heure son âme blanche
Vers les étoiles s'exhala...

ボヘミアから大鐘さまざま
そして此方はトゥーレの鐘々
至高の「ホザンナ」歌い交わした!
愛に死せる姫様のため。

Les grosses cloches de Bohême
Et les clochettes de Thulé
Chantèrent l'Hosanna suprême!
De la Reine morte d’aimer.

訳注

血臭むせ返る中に川のように血を流す首切り死体……と来れば、フランス革命のギロチン乱舞回想と共に、『吸血鬼。』の印象が全面的に押し出される。

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あるいは『コリントの花嫁』または『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』を男女反転した舞台のような。

poetlabo.hatenablog.jp

ja.wikipedia.org

と訳者は感じてならないのに、そういった解説感想を見た覚えがないのは残念というしかない。

*1:この語はラテン語「martyrium」(殉教、証言)から派生した「自己犠牲や信念のために苦しむ人」をいう名詞であるところ、冠詞ともども女性形で書かれているから、女性の「殉教者」を指す。ゆえに題名を『殉教の女』と訳すことが多い。ただ、本邦のキリスト教会では「聖女」「殉教女」と称える事はあっても、「殉教の女」と称したことはなかったのではないか

*2:冒頭に置いたこの一言を以て「以下多数のモノの中」と言っているので、列挙されたモノの最後に「〜の中に」と付け加えるのが適当であろう。とは思うが、以下数行に渡って品物が列挙され、入れるところがない

*3:小さなフラスコ、つまり薬壜サイズの小瓶複数をいい、なぜ複数かというと化粧水の類は1つ2つでは収まらないからであるが、fr.wikipedia.orgわが国では化粧品類を指して「薬壜多数」と呼ぶことはなく、説明が面倒なので慣習に従う

*4:lamé の女性複数形。lamé は元来、金属の刃や薄板、金属箔をいい、転じて金属光沢を持つものを指すようになった。従って金属的に「キラキラした糸」をラメ糸、ラメ糸を織り込んだ布をラメ生地という。 ja.m.wikipedia.org www.nunogatari.co.jp
キラキラして、しかしつるりとしたサテンとは対照的に、ザラッとした細かい凹凸がある。ラメ生地の衣裳は、70年代の近未来的映像作品にしばしば登場したが、バブル崩壊後はあまり見かけなくなった。

華麗に見える反面、上品に仕上げるのは難しいのか、今ではどちらかというと、コスプレ用に人気のようである

*5:ファンタジー作品に於ける「ローブ」は魔法使いの正装のように扱われるのに対し、フランス語 robe はガウンだったりドレスだったり夜着だったり、女物の服全般を指す他にも「法服」だったりするので、単に「服」と訳した方が無難な気もする。en.wikipedia.orgなお「香水の匂いが染み込んだドレス」的な訳も見かけるけれど、さほど説明的な記述はない

*6:「首のない死体」というと、斬首された罪人の身体という事になる。それが政治犯か異端者であれば、「殉教」と見える可能性もあろう。とはいえ、そんな絵で思いつくのはビアズリーサロメ』(1894)くらいだが、アレは首だけになった預言者ヨハネだったし、時代が下る。ja.wikipedia.org探すと、ルーカス・クラナッハ(父、1472 - 1553)が『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』(1530年代)など、この主題を何度も描いていて、ボードレールも知っていただろう。ja.wikipedia.orgカラヴァッジョ (1571–1610) にも同じ題の作品(1607年頃)がある。ja.wikipedia.org
ジョン・マンデヴィル『東方旅行記』(1360年頃?)に添えられた挿絵(画家不明)で、北アフリカに住むとされた首なし族を描いたものがあるから、その類を思い浮かべたかja.wikipedia.org

*7:ナイトテーブルは、寝台横に据える小卓。そこに「首」が「休む」というのは、斬られた生首のみ寝台から外れて横に置かれた構図で、結果的に見ていないはずのビアズリーが合っている

*8:わが国の、ウマノアシガタとも呼ばれる金鳳花とは別種で、地中海沿岸原産の湿地草。学名 Ranunculus asiaticus は「小さなカエル」のラテン語に由来する。この花を「生首」の喩えに持ってきた理由は不明fr.wikipedia.org

*9:tronc を引くと先ず「トランク」と出てくるが、樹木の「幹」でもある。ここでは「体幹」つまり胴体を指す。nu は「裸の」、scrupule は「ためらう」「はばかる」だが、頭に欠落を示す sans が付くから「憚りなく裸の胴体を広げる」という意味になり、こんな判じ物のような文章で会話しているならフランス人も気苦労が多そうだなどとつい思ってしまう。なお étale は「広がる」なので、手足を揃えて小さくなっているのではなく、豪快に大の字になっている描写だが、そんな絵は見当たらない。代わりにオーギュスト・ロダンFrançois-Auguste-René Rodin (1840-1917)が彫ったトルソ(年代不詳)の図を掲げる

*10:bas は「下」一般を言うが、この場合「靴下」らしく、翻訳機は「ストッキング」と訳した。 rosâtre は、バラの花に由来する色の一種。色見本を探すと、#E09CA6 あるいは #D996A0 とある。Un bas rosâtre で「ピンクのストッキング」になるから、そのような商品が向こうでは一般的だったのかもしれない。が、それなら肌の色に近い色な可能性が高く、「ピンク」と訳すのが適当か疑わしい

*11:英語圏で garter と呼ばれる、靴下のズレ落ちを防ぐ留め具。今日ではストッキングにその機能があるため、ほぼ出番は無くなったようである

*12:contour(輪郭)と heurté(不調和)な épaule(肩)、というのだが、正直よく解らない。肩が脱臼しているという意味だろうか?翻訳機の出力を見ると「ギザギザの輪郭を持つ肩」などと、いよいよ訳が解らない

*13:既訳の大半は「(やや)尖った腰」と訳すのだが、はて「とがった腰」とは?女の尻を見下ろす男が「見事なり尖った腰」などと形容したら、「おまえは何を言っているんだ」と突っ込まれそうなものだ。そこは「尻の張り出し」とか「突き出たケツ」などと褒め称える所ではないか?少なくとも訳者としては「尖った腰」を想い描くことができない

*14:「開ける」とも「半開きにする」とも訳され、どうやら「開放」ではないらしいのだが。普通に「ちょっと開けてみる」では押韻できなかった

*15:以下は錯綜した書き方で解り難いが、下手に弄らない方がまだマシと感じ、直訳した