増巾回路にはパスコンが必須である、という話。異論は認める。friendsofvalves さんの、おそらく世界初となる段間直結グリッド接地アンプを読むため、自分自身の復習を兼ね、増巾回路の成り立ちとアース引き回しを考えてみた結果である。
friendsofvalves.hatenablog.com
増巾回路再考
中林歩氏の解説に基づき、三極真空管の増巾回路を勉強し直す。
- カソード接地
- グリッド接地
- カソード・フォロワ(プレート接地)
三極管の増巾回路は、この3形態に大別される。まず、音声増巾器一般に使われるカソード接地について見ていこう。
カソード接地

教科書的な自己バイアスの陰極接地回路について、入出力回路を考えると

信号は格子へ入力し、板極から出力される。陰極に対しては陽極と呼ぶべきで、欧州ではそうしているのだが、合衆国では出現当初の見た目から plate と称し、修正されないままそれが継承されてしまった。古典三極出力管は、それに近い形に見えるものの、数ある5極管や複合管は平べったくは見えず、そもそも無理があるのに、悪しき伝統はどこかの甲子園大会出場校のように、なかなか変えられないようだ。そういう訳で、ここでは「陽極」と書いて「プレート」と読むことにする。
デザートプレート。塗り絵アプリ Color Planet から
なお、グリッド Grid とは「格子」であるところ、網を円筒にしたようなグリッドを見て「格子」と称するのはやはり不自然ではあるけれども、やはり Grid と呼ぶ決まりになっている。
閑話休題。「陰極接地」というのは、このように入出力で陰極を共用する回路の事である。こうしてみると、陰極パスコン Ck が気になる。陰極抵抗 Rk も付いているけれど、電気抵抗は、電力を食って熱に変え大気中へ放熱してしまう、ブレーキの役を果たすので、信号はだいたい Ck を通り、しかしそうすると入出力とも、だいたい Ck を通る訳だ。だからといって、このパスコンが大き過ぎると、低域が膨張してしまう。逆に言うと、低音をブーストしたいなら、陰極パスコンを大きくすればよい。お薦めはできない。
思ったより重要な部品であるのに、パスコンに使われる電解コンデンサは、色々と使用条件を考慮しなければならない脆弱さを抱えている。高温高湿の環境下では、保管するだけでも寿命が縮む。それでなくても経年劣化で容量が抜け、過熱するか運が悪ければ液漏れ、最悪は爆発に至る。何事もなくても、コンデンサ全体が原理的に周波数応答を持つのは避けられない運命で、できれば定電圧ダイオードや LED などに置き換えたいところだ。
改めて見ると、friendsofvalves さんがトランジスタによるバイアス回路を組んだ理由がわかる。でも結局、電解コンデンサを追放できなかったのは微妙なところだ。
入出力回路のうち、赤で描いた入力回路は、電源に繋がっていないから、直流は流れない。でも回路が繋がっているので、波形は通る。このため入力インピーダンスとなるグリッドリーク抵抗 Rg は、普通は電力損失を考えず好きなだけ高抵抗値にすることができる。但し段間直結するときは前段の負荷及び電源を兼ねるため、ここに直流を流さざるを得ない。ロフチン・ホワイトなど、その時代によくやったと感心してしまう。
ロフチン・ホワイト式2A3シングル音声増巾器

普通は Rg に直流は流れないから 1/4W で十分なのに、この回路は直結のため R3 が前段の負荷を兼ねるから、330kΩ/1Wと余裕をみた定格電力にしたのだろう。結果的に初段には0.5mA程度、書き込まれた実際の電流値は0.43mAが流れ、すると R3 の電圧降下は 330,000 × 0.00043 = 141.9V。消費電力は 141.9 × 0.00043 = 0.061017W。4倍ディレーティングで 0.061017 × 4 = 0.244068 と、意外にも1/4Wで問題なさそうだが。そもそも利得不足だよな、この増巾器。でも3段にすると直結は難しくなるし、WE91に倣って初段を5極管にするとミラー効果を食らってハイ落ちになるしと、あちら立てればこちらが立たず、悩ましいところだ。
グリッド接地

グリッド接地とは、格子電極を入出力で共用する増巾回路。陰極から入力、陽極から出力。ということはグリッドリーク抵抗 Rg が存在せず、陰極抵抗 Rk で入力インピーダンスが決まる。これは低周波ではなかなか厄介で、オーディオに単独で使われることは殆ど無い。しかし発振しにくく高周波を扱えるため、無線ではよく使う。ところが、R を L に、つまりカソード・チョークに置き換えてインピーダンスを稼ぐなどという姑息な手段に出るので、オーディオファンとしてはあまり参考にできない。
ミラー効果
カソード・チョーク突っ込んでまでもグリッド接地にするのは、ミラー効果がなく高周波まで安定して動作できるためだ。

図が見にくいので拡大してみた。浮遊容量という奴は実に厄介で、何もしていないのに出力と入力がくっついてしまう。まあコンデンサの原理で、金属2枚が並んでいるところに電気が来たら、そこに電荷が貯まってしまうのだから仕方がない。電線にスズメが来て止まるのと同じくらい止めようがない。実際には陰極/格子間の静電容量 Ck と、格子/陽極間の Cg-p があり、特に Cg-p は陰極接地に於て、電圧増巾のついでにパワーアップされてしまう現象があり、高域特性を損ねる原因になっているのを、ミラー効果と呼ぶ。イメージとしてはお風呂の窓をさながらに、電気的に入力側から出力が見えてしまうのが問題。そこで、格子接地である。この場合「H!」と叫ぶより見えないよう隠すのが大切であって、その点格子接地なら、接地された格子電極が「許さん」と立ちはだかるオトーサンよろしく遮蔽するため、安心して入浴できることになる。なお遮蔽になるのは「接地されている」のがポイントなので、セラミック・コンデンサのようなものでも片足を接地しているなら、遮蔽として使える。雑音対策はアースが頼り、つくづく。
今回のグリッド接地回路

更に今回は段間直結なので、P - K 帰還にしても安定している筈。で、ロフチン・ホワイト式と見比べると、ある可能性に気がつく。PNP型トランジスタは、ベースから電流を吐く。Tr の品種によっては、初段の負荷を終段の球にできるのでは?

陰極接地の初段出力に格子接地の終段が乗っかると見れば、二段合わせてカスコードのようだけど、間にエミッタ・フォロワが入るから、出力インピーダンスはカスコードよりぐっと下がる。 初段からすれば、エミッタ・フォロワ駆動段に見える。3段アンプと見るべきだろうか?でも、位相反転は1段のみ。P - G 帰還は不要になる?その分を P - K 帰還に回せば、歪率は良くなるか。
しかしそもそも、Tr の吐く電流を初段に与えて問題ないのか?このエミッタ・フォロワのエミッタ電位は、ベース電位に依存する。ということは、終段バイアスが初段陽極電位に依って変動する。意図的にバイアスを変更するアンプもあるけれど、本機はトランス・バイアスではあっても、トランス・リニアになるような設計ではない。
思考実験。初段陽極電位が何らかの理由で上がったとすると、終段バイアスは深くなり、動作を抑圧する。これは safe。初段陽極電位が下がったとすると、終段バイアスは浅くなり、その分陽極電圧が上がる。するとエミッタ・フォロワが吐く電流が増え、初段陽極電位は… 上がる?その通りなら safe だが、本当にそうなるか?やってみないと解らない。
3形態の入出力回路と電源
また話が逸れたので、戻す。陰極接地の出力回路を見返すと、B電源 Ebb を通っている。

出力回路がB電源を通るのは、格子接地でも同じだ。この回路図にはアースを描いてないが、これなら格子をアースすべきだろう。

カソード・フォロワ(陽極接地)では、入出力両方がB電源を通る。カソード・フォロワに限っては自己バイアス型より、固定バイアス型の方がよく使われる傾向だが、いずれにしても。


実際の電源とはパスコンである
とまあ、図式的には全て
出力信号は電源を通る
ということが解った。では、実際には?先のロフチン・ホワイト式で見てみよう。

ああ、だからA電源側というか、ヒータ・バイアスにパスコン入ってたのか。……と納得はいったけれど。こんなに大回りしてたのか。しかも左右チャンネル混ざってないか?見れば見るほど不安になってくる。
取り敢えず、それは置いておくとして、実際の電源というものは、パスコンに他ならないことが見て取れる。ならば、もっとパスコン増やした方が良いのではないか。平滑回路のパスコンとは別に、出力回路を構成するためのパスコンを入れた方が、性能向上の一手になるのではないか。実はこうした考え方が、ノイズ対策の始まりになる。
アースとパスコン
雑音対策の本『解析ノイズ・メカニズム』
さすがに売り物の内容をネタばらしする訳には行かないので、本を買って読んでほしい。ただ、この本は絶版になっていたらしく、復刻版が出ている。
如何にも電波出してそうな青っぽい送電塔の表紙から、理由はさておきとても怒っている赤鬼のような表紙に変わってしまったが、内容は変わらない筈だ。
アースの本『アースのはなし』
伊藤健一氏のアース本は複数出ており、しかしネタの使い回しも目に付くところで、オーディオファンには1冊で充分だろう。
新回路のアース検討
この本の内容を基に、今回の増巾回路を見直すと
B電源とコレクタをパスコンで繋げば、これで回路がアースされるので、出力は電源まで遡上することなく、この回路を回ることになる。電源雑音対策と見るなら、平滑回路と共に多段のローパス・フィルタを構成するので、パスコン手前に R があると尚良し。鮭鱒が遡上して卵を産み繁殖するのはいいが、雑音を増やしてはならない。
このコレクタにパスコンを繋ぐと、入出力が集中するので、この点をアースした方が良いかもしれない。初段の出力回路を構成しつつ、終段の基点ともなり、エミッタ・フォロワ=コレクタ接地でもあるのだから、ここがフラついては困る。
但しコンデンサ自体に周波数応答があるので、オールマイティに「パスコン入れれば勝ち」と言えるものでもない、そこまで心配するなら、ケミコンに列べて、あるいは代えて、ツェナー・ダイオード ZD を入れるしかあるまい。
思い出した。前回に説明した電解コンデンサ縦積み用の分圧回路の素は、確か ZD を重ねてあった。但し、ZD は電流を流さないと、ただの逆向きダイオードに過ぎず、電流をケチるとスイッチングが激しくなり雑音発生器と化してしまうから、少なくとも1mA以上は要る。安井章氏が用いたときは、平滑回路に、ケミコンと組み合わせていたと記憶する。でもそのために、ZD に電流を供給する抵抗が必要となり、雑音を抑えつつ安定して電流を供給するには定電流ダイオード CRD が理想的であるが、高圧回路では CRD を保護する抵抗が必要。と、段々めんどくさくなり、整流ダイオードで良いじゃねえか!と省略してしまったのがアレな訳である。
そう言えば、ぺるけ氏が似たようなことをしていた。「信号経路の最短化」だったか?
「信号ループ最短化」と言っていた。今回の回路についても、意見を伺えたら良かったのだが。氏は最近、難病が嵩じて薨去されたようだ。「佳人薄命」というが、美人でなくても、いい人から先に死んでしまうのは残念でならない。南無阿弥陀仏。
ζ
( ゚д゚)つ┃
ラヴェル:古風なメヌエット
真空管などというアンティークなデバイスを使っているのだから、このくらい古風な音楽を奏でさせても許されるだろう。古風ついでに、フランスの管弦楽団をフランス人が指揮した録音を探してみたら、案外と少なかった。





