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【対訳】ボードレール『悪の華』116. キティラ詣で UN VOYAGE À CYTHÈRE + ラヴェル: スペイン狂詩曲

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charlesシャルル Baudelaireボードレール/萩原 學(訳)

悪の花々
FLEURS DU MAL

116. キティラもう
CXVI
UN VOYAGE À CYTHÈRE

脚韻ABBA

ja.wikipedia.org古典ギリシア語では「キュテーラ島」(Kythēra)と呼ばれる。ヘシオドス『神統記』によれば、泡から生まれた女神アプロディーテーは西風によってまずキュテーラ島に打ち寄せられ、次いでキュプロス島キプロス島)に行き着いたという。アプロディーテー古代ローマウェヌスと習合し、この島はウェヌスの島として記憶されることとなり、「愛の島」を想像したヴァトーは「シテール島への巡礼(雅やかな宴)」を描いた。クロード・ドビュッシー「喜びの島」(1904)は、この絵の印象に基づく。


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voyage は、英語だと「航海」であるが、フランス語では「旅行」というより「移動」の意味が強いようだ。ただ、この島への旅は、上記の通り何らかの崇敬を伴っていたと思われる。

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以下の拙訳を参考にして頂いたようで、これほど嬉しいこともない。読者におかれては、ぜひ見比べ、翻訳仲間に加わってほしい。

私の心は、鳥のように楽しく羽ばたき
屈託もなく索具ロープの周りを飛び回っていた。
雲一つない空の下、船は転がっていった、
輝ける太陽に酔いしれる天使のように。

Mon cœur, comme un oiseau, voltigeait tout joyeux
Et planait librement à l’entour des cordages ;
Le navire roulait sous un ciel sans nuages,
Comme un ange enivré d’un soleil radieux.

この悲しげな黒い島は何だ?……キティラ島だと
聞かされる。歌にもなった有名な国、
お年寄りには黄金郷エルドラドとして有名なくに
刮目かつもくせよ、つまるところ、貧困の地に過ぎぬと。

Quelle est cette île triste et noire ? — C’est Cythère*1,
Nous dit-on, un pays fameux dans les chansons,
Eldorado banal de tous les vieux garçons.
Regardez, après tout, c’est une pauvre terre.


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……甘美な秘密と心の饗宴の島へ!
古風な美神ウェヌスの壮麗な幻影
お前の海を薫り立ち漂い、
魂を愛と物憂さでいっぱいにして。

— Île des doux secrets et des fêtes du cœur !
De l’antique Vénus le superbe fantôme
Au-dessus de tes*2 mers plane comme un arome,
Et charge les esprits d’amour et de langueur.

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銀梅花ミルテの木も青々と美しい島、いちめんに咲き誇る花、
幾久しくもあらゆる民から崇められる、
またはため息、心の底から慕われる
様子は、薫香がバラの園いちめんに広がっていくような

Belle île aux myrtes*3 verts*4, pleine*5 de fleurs écloses,
Vénérée à jamais*6 par toute nation,
Où les soupirs des cœurs en adoration
Roulent comme l’encens*7 sur un jardin de roses

あるいは、永遠に鳴き続けるキジバトの鳴き声!
……キティラ島は、今や荒涼たる土地でしかなく、
耳をつんざく鳴き声に悩まされる岩だらけの砂漠。
ところが私には、とんでもないものが垣間かいま見え!

Ou le roucoulement éternel d’un ramier !
— Cythère n’était plus qu’un terrain des plus maigres,
Un désert rocailleux troublé par des cris aigres.
J’entrevoyais pourtant un objet singulier !*8


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木陰豊かな寺院、さに有らず。
花に恋せる巫女若く、
秘密の熱に身を焦がす、
衣は風に開くも、通うに非ず。

Ce n’était pas un temple aux ombres bocagères,
Où la jeune prêtresse, amoureuse des fleurs,
Allait, le corps brûlé de secrètes chaleurs,
Entre-bâillant sa robe aux brises passagères ;

いよいよだ、海岸すれすれまで迫る
白い帆をもて、飛ぶ鳥の邪魔をするほどに、
気づく、それが三脚の絞首台であることに、
糸杉のように黒ぐろと空に浮き立つ。

Mais voilà qu’en rasant la côte d’assez près
Pour troubler les oiseaux avec nos voiles blanches,
Nous vîmes que c’était un gibet à trois branches,*9
Du ciel se détachant*10 en noir, comme un cyprès*11.

牧草地に止まった獰猛な鳥たち
怒り任せに壊した、すでにグズグズな絞首刑の男を
各々が突き立てる、道具のように、その不潔なくちばし
腐敗した血まみれ死体の隅々に…

De féroces oiseaux perchés sur leur pâture
Détruisaient avec rage un pendu déjà mûr,
Chacun plantant, comme un outil, son bec impur
Dans tous les coins saignants de cette pourriture ;


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その目は早や穴2つ、崩れた腹から
重たげなはらわたが太ももを流れ落ち、
醜悪な快楽に溺れる処刑人たち、
くちばしで彼を完全に玉無しにした。

Les yeux étaient deux trous, et du ventre effondré
Les intestins pesants lui coulaient sur les cuisses,
Et ses bourreaux, gorgés de hideuses délices,
L’avaient à coups de bec absolument châtré.

足下には、嫉妬深い四つ足の群れが、
鼻先を高く上げ、回り、うろつき。
その真ん中で、大きな獣が興奮し。
助手に囲まれた処刑人のようだった。

Sous les pieds, un troupeau de jaloux quadrupèdes,
Le museau relevé, tournoyait et rôdait ;
Une plus grande bête au milieu s’agitait
Comme un exécuteur entouré de ses aides.

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キティラの人よ、あまりに美しい空の子よ、
みな黙って侮辱を耐え忍んだのか
悪名高い邪教徒の罪滅ぼしだとか
墓にも入れなくなったほどの罪を認めよと。

Habitant de Cythère, enfant d’un ciel si beau,
Silencieusement tu souffrais ces insultes
En expiation de tes infâmes cultes
Et des péchés qui t’ont interdit le tombeau.

馬鹿げた首吊り男よ、お前の痛みは私のものだ!
宙に浮くお前の四肢を見て感じた、
吐瀉物同然、歯に上ってくるのは
いにしえよりの苦しみを、長く引きずる胆汁の川だ…

Ridicule pendu, tes douleurs sont les miennes !
Je sentis, à l’aspect de tes membres flottants,
Comme un vomissement, remonter vers mes dents
Le long fleuve de fiel des douleurs anciennes ;

大切な思い出を持つ哀れな悪魔よ、その目の前で、
私は、あらゆるくちばしや顎を感じた、 
うるさいカラスや黒ヒョウだった、 
かつては私の肉をかじるのが大好きだった奴等で。

Devant toi, pauvre diable au souvenir si cher,
J’ai senti tous les becs et toutes les mâchoires
Des corbeaux lancinants et des panthères noires
Qui jadis aimaient tant à triturer ma chair.


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……空は美しく、海はおだやかであった。
それが私にとっては、今や全てが黒く血まみれ、
無念!分厚い覆いに包まれたように、そして、
わが心は、この寓話に埋もれてしまった。

— Le ciel était charmant, la mer était unie ;
Pour moi tout était noir et sanglant désormais,
Hélas ! et j’avais, comme en un suaire épais,
Le cœur enseveli dans cette allégorie.

貴女の島で、女神ウェヌスよ!見つけたは
おのが心象つるされし、絞首台の象徴のみにて……
……ああ、主よ!われに力と勇気を与え給え!
わが心と身体をいとわず、見つめ直さねば!

Dans ton île, ô Vénus ! je n’ai trouvé debout
Qu’un gibet symbolique où pendait mon image……
— Ah ! Seigneur ! donnez-moi la force et le courage
De contempler mon cœur et mon corps sans dégoût !

ラヴェル: スペイン狂詩曲


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ラベック姉妹のピアノデュオを貼るつもりだったのに、フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルの演奏が目に入ってしまった。

*1:既訳ではフランス語読みを音写して「シテール島」と訳する例が多いけれども。実在する島であるから、一般的な呼び名に合わせる。この島の領主は何度も入れ代わり、1797年にナポレオンがヴェネツィア共和国を滅ぼしてから1799年にロシアがイオニア諸島を占領するまで、1807年にフランスがイオニア諸島を奪還してから1809年にイギリスが占領するまで、キティラ島はフランスに属したことがある

*2:「おまえの」とは、キティラ島を人格化しての呼びかけであろう。してみると「キティラ島周囲の海」を指して「島の海」と言っている訳で、少し判り難いように思うけれども、「島の周囲の海面上を煙のように漂い」などと説明を入れると詩でなくなるので、そんなことはしていない

*3:既に何度か出てきた銀梅花は、シュメールのイナンナ、ギリシャアプロディーテー、ローマのウェヌスと、金星♀を象徴とする美の女神に引き継がれてきた花。ja.wikipedia.orgキティラ島は女神ウェヌスの島であるからして、ここではウェヌスを飾る賛辞

*4:vert(ヴェール)#009856 は木々の「緑色」で、そこは意訳した

*5:翻訳機からは「満ちる」「いっぱい」くらいしか出てこないが、この語には「平野」の印象があるので、暮鳥の表現を借りてみる

*6:jamais 単独では「決して〜ない」という否定の強調であるのに、à が付くと never→ever のように意味が逆転し、この上なく強い肯定となる

*7:これはカトリック教会のミサに於て、侍祭の手により香炉から振り撒かれる「乳香」であり、バラの香油ではないようだ。ja.wikipedia.orgつまり「バラ園でミサをしている」キリスト教徒が居る設定

*8:ボードレール自身はキティラ島へ行ったことはなく、以下はジェラール・ド・ネルヴァルの紀行文に依拠する

*9:三脚の絞首台は、ロンドンのタイバーン荘園に常設され、Tyburn Tree として知られていた。この当時には既にキティラ島がイギリスに奪われていたので、フランス人としての皮肉であろうかen.wikipedia.org

*10:détachant 単独では「染み抜き」se が付くと「飛び出す」「浮き立つ」といった感じ

*11:イトスギは腐敗しにくく、棺を含む幅広い用途に用いられてきたが、そのため「死」の象徴になってしまったja.wikipedia.org