残骸。
Les Épaves.
シャルル・ボードレール 作
萩原 學 訳
讃辞。
ÉPIGRAPHES.
トルクァート・タッソ(Torquato Tasso, 1544 - 1595)は、16世紀イタリアの叙事詩人。叙事詩『リナルド(Rinardo, 1562)』『エルサレム解放(La Gerusalemme liberata, 1575)』など。
エステ家のフェラーラ公アルフォンソ2世に厚遇され、しかし『解放されたエルサレム』の内容が異端と見られることを恐れ、一部を書き改めたが、そのことを心痛し精神に異常を来し、幽閉された。一度は逃げ出したものの、再び癲狂院に収容された。
この詩人を取り上げたゲーテの戯曲 Torquato Tasso 上演に際し(1849)、フランツ・リストの交響詩が序曲として演奏された。
おそらく、この舞台で知られるようになった題材を、ドラクロワが取り上げ、ボードレールの共感を呼んだのであろう。ただ「獄中 en prison 」としているが、実際は「保護された」ようだ。
フランツ・リスト第2交響詩『タッソー、悲劇と勝利』(Tasso, lamento e trionfo)S.96
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ドラクロワの油彩画は下に見る通りで、画像は Wikipedia から持ってきたのだが。違う構図の石版画があって、ボードレールが讃辞を書いたのは、そっちの方らしい。しかし石版画だけに未だに複数のギャラリーから販売されており、転載可の画像が見つからない。……こんな暗い絵を、欧米人はカネ出して自宅に飾るのか?ちょっと信じられない感性というか……
16. 獄中のタッソ
XVI
SUR LE TASSE EN PRISON
ウジェーヌ・ドラクロワ作 d’Eugène Delacroix

地下牢の詩人、身なり乱れ、病に蝕まれ、
痙攣する足をもて原稿を散らかしていて、
恐怖に燃える視線上げて測る、
魂堕ちゆく階段、目もくらむ。
Le poëte au cachot*1, débraillé, maladif,
Roulant un manuscrit sous son pied convulsif,
Mesure d’un regard que la terreur enflamme
L’escalier de vertige où s’abîme son âme.
牢獄を満たす酔っぱらうような笑い声
理性は奇妙で不条理なものへと誘われ。
疑念に取り囲まれ、滑稽な恐怖
醜く、多様な姿で、周りを回る。
Les rires enivrants dont s’emplit la prison
Vers l’étrange et l’absurde invitent sa raison ;
Le Doute l’environne, et la Peur ridicule,
Hideuse et multiforme, autour de lui circule.
不衛生な荒屋に監禁されたこの天才に、
しかめ面、叫び声、群れなす亡霊たち
耳の後ろで渦巻き、騒ぎ立てるか。
Ce génie enfermé dans un taudis malsain,
Ces grimaces, ces cris, ces spectres dont l’essaim
Tourbillonne, ameuté derrière son oreille,
その住まいの恐ろしさに目覚める夢想家。
これぞまさしく貴方の象徴、闇を夢見る魂だ、
「現実」が四方の壁の内に押し込んでしまった!
Ce rêveur que l’horreur de son logis réveille,
Voilà bien ton emblème*2, Âme aux songes obscurs,
Que le Réel étouffe entre ses quatre murs !
1842.*3
訳注
タッソ本人、及びその作品は、わが国での人気のなさに反比例するかのように、欧米ではよく取り上げられ、『トルクァート・タッソ』と同じくゲーテによる『リナルド Rinaldo』をブラームスが作曲。
モンテヴェルディ『タンクレディとクロリンダの戦い』は『エルサレム解放』に基づく。
同じく『エルサレム解放』に基づく『アルミード l'Armide』は、 リュリ Lully・スカルラッティ Scarlatti・ヴィヴァルディ Vivaldi・ヘンデル Haendel・ハイドン Haydn・サリエリ Salieri・ケルビーニ Cherubini・グルック Gluck・ロッシーニ Rossini・ドヴォルザーク Dvořák が作曲している。
タッソ作品、中でも『エルサレム解放』は異国情緒もあって『アラビアン・ナイト』並みに幻想的な世界として受け取られたようである。此処で取り上げた作品は、そのごく一部に過ぎない。実は訳者も今まで見聞しておらず、泥縄式に視聴しているところだ(笑) なお、モンセラート・カヴァリエ女史の歌声は、15:40 辺りから始まる。それまで待てないという方は、手動でどうぞ

