残骸。
Les Épaves.
シャルル・ボードレール 作
萩原 學 訳
雑多な品々。
PIÈCES DIVERSES.
スタンダールからホフマンへ
ー1845-1846年に発表されたボードレールの三つの詩篇についてー
20. マラバール人の女性へ
XX
À UNE MALABARAISE
マラバールとは、インド亜大陸西岸南部の呼び名である。紀元前3000年頃からその名が知られているというから、日本人にとっての「天竺」よりも、西欧人にとっては馴染み深い地名であろう。
ボードレールは、カルカッタ行きの船に乗せられ、生涯一度きりの航海に出たのであったが。マダガスカルの東800kmにあるレユニオン島に滞在し、別の船でパリに戻ったから、マラバールの実際を見たわけではない。旅に出れば退屈するくせに、パリに戻れば忘れられずに居るのだから、詩人としての業を煮詰めたような男ではあった。
題名からしてマラバール出身の女性に捧げた作品の筈だが、相手が誰だか解っていない。それも冒頭から黒人扱いしているけれど、マラバール出身ならインド人で、アフリカ人ではない。マラバールはドラヴィダ語族の範囲と重なるから、アーリア系が多いインド人の中では黒っぽく見えるかも知れないが。オーストラロイドではあっても、ネグロイドではない。
当時はまだ人種問題が表面化していなかったが、今日では微妙なところを含む作品と言わねばなるまい。

貴女の足は手と同じくらい細い、
腰は白人の美女も羨むほど広い。
物思いにふける芸術家に、貴女の体は柔らかく愛しい。
貴方の大きなびろうどの両目は、貴女の肉よりも黒い。
神が貴女を創造した暖かく青い土地で、
貴女の仕事は主人のパイプに火をつけ、
水筒に新鮮な水と香りを満たし、
うろつく蚊を寝台から追い払い、
朝が訪れプラタナスの木が歌い始めると直ぐに、
バザールに行くこと、アナナとバナナを買いに。
貴女は一日中、どこでも裸足で歩き、
古く知られざる曲をそっと口ずさみ。
そして夕暮れが降りてくる、紅いマントをまとって、
そこで貴女はもの柔らかに、マットに身を横たえて。
貴女が浮かべる夢は、ハチドリでいっぱい、
そしていつも優雅で華やか、貴女のように。
幸せな子よ、何故わがフランスを見たいのか、
この国を、人が多過ぎて苦しみに荒れ廃てた?
そして、その生命を船乗りたちの力強い腕に託し、
盛大に別れ告げるや、愛するタマリンドの木々に?
薄っぺらいモスリンまとうも半身のみ、
雪や雹の下に身ぶるいばかり、
なんと嘆こうや、甘美気楽の日々に比し、
脇腹を締め上げるコルセットはきついし、
我等が泥濘にて夕食を拾い集めざるを得ず
奇妙な魅惑の香りを売りさばかざるを得ず、
もの思いに耽る目で、我等が汚した霧中に、
ココナツの木の幻影散りゆくを追うばかり!
Tes pieds sont aussi fins que tes mains, et ta hanche
Est large à faire envie à la plus belle blanche ;
À l’artiste pensif ton corps est doux et cher ;
Tes grands yeux de velours sont plus noirs que ta chair.
Aux pays chauds et bleus où ton Dieu t’a fait naître,
Ta tâche est d’allumer la pipe de ton maître,
De pourvoir les flacons d’eaux fraîches et d’odeurs,
De chasser loin du lit les moustiques rôdeurs,
Et, dès que le matin fait chanter les platanes,
D’acheter au bazar ananas*1 et bananes.
Tout le jour, où tu veux, tu mènes tes pieds nus,
Et fredonnes tout bas de vieux airs inconnus ;
Et quand descend le soir au manteau d’écarlate*2,
Tu poses doucement ton corps sur une natte,
Où tes rêves flottants sont pleins de colibris,
Et toujours, comme toi, gracieux et fleuris.
Pourquoi, l’heureuse enfant, veux-tu voir notre France,
Ce pays trop peuplé que fauche la souffrance,
Et, confiant ta vie aux bras forts des marins,
Faire de grands adieux à tes chers tamarins ?
Toi, vêtue à moitié de mousselines*3 frêles,
Frissonnante là-bas sous la neige et les grêles,
Comme tu pleurerais tes loisirs doux et francs,
Si, le corset*4 brutal emprisonnant tes flancs,
Il te fallait glaner ton souper dans nos fanges
Et vendre le parfum de tes charmes étranges,
L’œil pensif, et suivant, dans nos sales brouillards,
Des cocotiers absents les fantômes épars !
1840.*5
訳注
初出は À une Indienne つまり『インド人の女性へ』と題した。南洋の女性を歌うのは『悪の華』#61 との対比であろうか。
*1:パイナップルsalut-takahama.com
*2:スカーレット。#FF2400ja.wikipedia.org
*3:その名はモースル(Mosul)の絹織物から来ているものの、実際はオランダ・イギリス両国の東インド会社が、白く柔らかい綿織物をダッカ等から輸入したものが、モスリンと呼ばれるようになった。1770年代頃よりイギリスやフランスで白いモスリンのシュミーズドレスが流行し、世紀末から19世紀初頭には新古典主義ドレスに発展したja.wikipedia.org
*4:コルセットは、腰のくびれを強調する婦人用胴着の一種。
ja.wikipedia.org
であるが、詩人本人が装着する訳でもないのに brutal(残忍な)emprisonnant(拘束具)と強調するキツさは只事ではなく、望月三起也のマンガ『ワイルド7』では肋骨骨折のギプス代わりに使うほどであったが、しかし押韻のため訳出できなかった。世の女性に陳謝
*5:ボードレールが航海に出たのは1841年6月であったから、それより前。実際には初出 1846-12-13 : L’Artiste なので、この作品の制作日ではなく、その素になった思い出という事であろう。いよいよ誰だか判らない。訳者はマネ『オランピア』(1863)の黒人女性を思い出したが、前述の通り「マラバールの女性」はインド人で、アフリカ人ではない
