送信管プッシュプルアンプ回路の検討
送信管というと、1000V単位で電圧掛けないと電流がろくに流れてくれないという恐ろしい球で、見せて頂くだけで怖気を振るうというか、お腹いっぱいな感じなのだけど
friendsofvalves.hatenablog.com
みごと魔王を倒してやろうという勇者が現れたからには、怖いもの見たさで付き合ってみたい。みかん剥きつつ、何を作るのか見てみたい。そこで回路図を見てみると

うーむ、流石。ダイナミック・カップリングの球を石に替えるだけで、ここまで簡潔になるのか……。エミッタ・フォロワの電源を終段陽極から取るので、超三結にもなっている。
とはいえ、気になる点がなくもない。
差動増幅器の問題点というか前提
初段の差動増幅器は、電圧増幅と反転器を兼ね、CMRRを高くして雑音を抑えられ、負帰還を掛けて利得と再生帯域を調節でき、と、利点の多い回路だ。但し厄介な条件があって、目論見通りの性能を得るには、特性のよく揃った2管を組み合わせる必要がある。そうでないと、これはプッシュプル出力段でも同様に、打ち消しがうまく行かない。この点、3極管なら6J6など、共通カソードを持つ双3極管を使えば問題ない。利得は低いので、前段か後段を付けて2段増幅にする必要はあるが。

5極管の差動増幅器は、両側の遮蔽電極を繋いで、信号が通るようにしなければならない。金田明彦氏の作例があるから、あまり考えなくても作れるだろう。球の不揃いを解決できているとは思えなかったのが、AOC(Auto Offset Control)が付くようになったし。しかしアレって、氏が否定していたDCサーボじゃないのかな……。
カソード共通の双5極管は、高周波増幅用のロシア球ΓΥ-32(GU32, 中国製FU32)しか見つからない。ゴロンと大柄で、Gm は小さめ、反転駆動段には向かない。

電圧増幅段にはヒーター共通のコンパクトロン 6BN11 か、 6J11 が良さそうだ。確か長真弓氏も使っていた。専用ソケットが要るけど、そのぶん人気がなくて安いと考えれば…


809プッシュプル増幅器(案1)
と考えて描いてみたものが……ズレた。取り敢えず脳内補間して頂きたい。


パスコン
色々と考えた結果、差動増幅器のパスコンは、この位置になければならない。出力段も同様。他の描き方でも、このパスコンは必ず入っており、あるいは電源側に描かれているかもしれない。セットメーカーの競争華やかなりし頃には、アース回路の図は門外不出だったから、明確には描かないのがお約束だったが。我々アマチュアの工作では、机上でできることはできるだけ、判り易く描くべきだ。自分のために。
黒田徹氏の「新バイアス回路」
終段の接地にシリコンダイオード D が入っているのは、黒田徹氏が提案した「新バイアス回路」である。本機はカソード・バイアスではないから、バイアス回路は不要、その実態は歪雑音打ち消し。黒田氏は抵抗で実験され、その場合は抵抗値を小さくした方が良くなる。そこで、発光ダイオード LED や D にしてみると、これが一番良い。手間も費用も掛からず、忘れ去られるのは勿体ない。
回生ダイオード
出力トランスに逆向きで付いているシリコンダイオードは、電動機には普通に付いている回生ダイオードで、逆起電力を吸収してくれる。
正しくは「誘導起電力」で、トランスの直ぐ近くにないと意味はなく、プッシュプルでないと必要ないが、プッシュプルだから使える回路でもある。回路シミュレータがあれば、プローブを当ててみてほしい。回生ダイオードには出力信号の一部が現れ、パスコンからは波形が消えて雑音のみとなる。不平衡に対しても、サイホンの原理により低圧側が勝手に導通して差分を解消してくれる、つまりDCサーボの代わりになってくれるはず。特許申請しようかとも考えたが、手続きが煩わしくて放り出した。
差動増幅器再考
初段は電圧増幅と反転器を兼ねた差動増幅器なので、どんな回路か先ずはおさらい。設計思想的に言えば、演算増幅器という設計概念を実用化したのが差動増幅器である。
Operational amplifier symbol. The inverting and non-inverting inputs are distinguished by "−" and "+" placed in the amplifier triangle. Vs+ and Vs− are the power-supply voltages; they are often omitted from the diagram for simplicity but must be present in the actual circuit.
Omegatron • CC BY-SA 3.0
Difference amplifier.png: Rohitbd Derivative work: DesbWit • CC BY-SA 3.0
というような説明は、むしろ忘れてしまった方がいい。真空管プッシュプル音声増幅器に於ける差動増幅器は、専ら位相反転器として使われる。
演算増幅器が入力2つに出力1つを持つのに対し、反転器は入力1つに出力2つ、まるで話は逆で、カソード接地+ボルテージ・フォロワだと言う方がまだマシだろう。真空管プッシュプルアンプを作り慣れた人なら、P/K分割+グリッド接地と考えた方が解り易いかも。P/K分割では利得を稼げないので、単段で不平衡入力から平衡出力と利得、高CMRRを得られる、差動対による反転器は、お徳用な回路と言える。
差動対の入出力回路
では、差動対の入出力回路はどうなっているのだろう。石アンプの説明では「エミッタ接地とエミッタ・フォロワの組み合わせ」とする説明も見かけたが、理解できなかった。筆者の理解するところでは、カソード接地とグリッド接地の組み合わせになっている。
まず、CRDは直流のみ通し、波形は通さないから、入出力回路から除外。接地されているのは、上下の各格子電極であるから、そこを基点にしなければならない。直流は、B電源から陽極→格子→陰極→アースを通って電源に戻る。信号波形は、パスコンを介して構成される出力回路を通る。

描いてみて、自分でも意外だったのは、上下共通の入力回路。反転/非反転出力の切り分けは、P/K分割そのまま。上(反転)側の陰極出力を、そっくり下側の陰極へ入力し、陽極から出力しているので、下(非反転)側はグリッド接地になっている。それで、反転側のカソード接地は、非反転側のグリッド接地を介して接地している。ということは、グリッド接地側には、接地抵抗を入れない、あるいはできるだけ低抵抗値にした方がいい。アースから浮いた分だけ、性能が落ちる筈だ。
探してみたら、そう言う説明をしているサイトもあった。
プッシュプルアンプでは、ここが要なのは間違いない。
シュナイダーハン先生が弾いたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲カデンツァについて、1つ注意しておく。これはシュナイダーハン自作ではなく、ベートーヴェンが遺したピアノ版のカデンツァを、先生がヴァイオリン用に編曲したものである。他のヴァイオリニストも、これを弾くようになってから「シュナイダーハン作曲か」と文句をつける人を見かけたが、シュナイダーハン先生はヴァイオリンに移したまでであって、作曲はベートーヴェン大先生であることを銘記すべきだ。
5極管の差動対
3極管単段では利得が足りないので、2段にするか、5極管を使う。金田明彦氏の作例があったはずだが、見つからないので、Sea bass Sound さんの web サイトから

双5極管6J11の差動対。g2同士を交流的に接続するため、100μFが双方に入っている。これはしかし、金田式の方が簡潔だと思う。5極管差動ではないが、半導体のカスコード差動があったので引用する。なに、似たようなものだ。

増幅素子の選定に問題があることについては、引用元のwebページを参照されたい。ここでは、初段のみに注目。
D1の定電圧ダイオードが、反転/非反転共通の基準電圧になっている。単一の基準電圧なので、原理的にベース電圧のズレはなく、導通も確保される。5極管のg2も、この要領で良いだろう。

肩特性改善のため、例のg2出力加算回路を入れた。元はg2電位安定化を図ったものだが、g2出力をレベルシフトして陽極出力に加算するベース接地回路にもなっている。これで定電流性が高まるから、ただてさえ高い内部抵抗は更に高くなり、CMRR は申し分ないものになるであろう。その分、出力インピーダンスは嫌が上にも高くなってしまうが。本機ではエミッタ・フォロワで受けるから問題なし。
負帰還の考え方
負帰還を入れる時でも、接地抵抗はできるだけ低抵抗値にした方が良いとなれば。どこまで下げられるだろうか?演算増幅器の概念を援用して考えてみる。
演算増幅器は差動対というより、三極管そのもの。反転増幅器はP-G帰還、非反転増幅器はP-K帰還に当たる。



非反転増幅器の電圧増幅率は
Vout = Vin * (R1 + R2) / R1
つまりP-K帰還では、(R1 + R2) / R1を利得目標の目安とする。帰還抵抗 R2 の抵抗値が低過ぎると出力に影響するので、出力インピーダンスの10倍以上とする。負荷が8Ωのスピーカなら、R2 = 100Ωもあれば余裕だろう。30倍程度を目標とすると、R1 = 3.3Ω で済みそうだ。これなら、「アースから浮く」などという心配は要るまい。よく考えずに、この100倍くらい大きい抵抗値にしていたような気がするが、きっと木の精だ。
負荷が600Ωであれば、こうは行かない。R2 = 6,800Ω、R1 = 220Ω くらいは要りそうだ。使用環境によって負帰還の条件が変わるのは、当然ではあるけれど、あまり考えたことがなかった。こうしてみると、ヘッドフォン・アンプの需要があるのも当然かも知れない。
