POETIC LABORATORY ★☆★魔術幻燈☆★☆

詩と翻訳、音楽、その他諸々

小さな頃から音楽を

お題「自分にとってお守りのような曲5選」

ジョン・コルトレーン ジャイアント・ステップス


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GIANT STEPS [CD] (MONO REMASTER)

GIANT STEPS [CD] (MONO REMASTER)

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大学に上がって入学祝いに、ステレオ一式買ってもらった時には既に「モダン・ジャズは死んだ」とか言われていて、乗り遅れた感一杯だったけれど。まだジャズ喫茶はあちこち残っていて、デカいスピーカーを高らかに鳴らす良さも味わえた最後の世代だったかもしれない。自分が買ったのはステレオ盤だったが、これに限らず、トレーン先生のレコードは中々思うように鳴ってくれなかった。特にスマートフォンなんかで聞くと、ともすれば古ぼけた音に聞こえてしまうので、モノラル盤の方がまだマシだろう。あなたがオーディオマニアなら、ステレオ盤でも、苦労するだけの価値はある。

サンダーバード・マーチ


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番組の開始と終了で少し違い、短縮版と長尺版があって、短縮版は色々省略されて寂しかった。と覚えていたのだが、日本語版は色々継ぎ足して作られ、短縮版と思っていた方が正式だったようだ。幼稚園にプールがあったので、サンダーバードの浮き輪を買ってもらった覚えがあるから、放映開始は1967年頃だったか。八幡製鐵所の職工で新物好きの父が、給料を工面して初めて買った真空管式テレビが白黒だったのに、この作品はフルカラーなのを後で知って、さすが戦勝国と驚き呆れた。サンダーバード及びファイヤフラッシュ号の動力は原子炉なのがまた、時代である。米ソが宇宙開発の先陣争いをしていた時期でもあり、子供も大人も夜になると「宇宙時代の到来だ!」と星空を見上げたものだ。その憧れを形にしたような作品だったから、プラモデルを始めそれはもう売れに売れたというより社会現象になり、「客を取られる!」と焦った円谷プロが『マイティジャック』を作り『ウルトラセブン』にメカ描写を採り入れたとか。まだ街灯は少なくアパートの上に架かる星座を探せたくらいで、工場が7色の煙を上げていたとはいえ、それが空を覆うのはごく一部の地域だったように思う。

ガーション・キングスレイ ポップコーン


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サンダーバード操縦士の名はマーキュリー計画の飛行士から拝借したものだが、実際に月へ行くなんて遠い未来と思われていたから、舞台は21世紀の設定。なのに、小学校に上がった1969年、アポロ11号が月に着陸したから、それはもう大騒ぎ。中継映像がテレビで流れ、何だかボコボコした格好悪い形のものが、これまたボコボコ穴の開いた世界をスーッと滑って行く… とまでしか記憶にない。見ながら寝落ちしてしまったらしい。肝心要のときに眠くなる悪癖は、どうやらこの時には始まっていたのか。で、その年にムーグ・シンセサイザーを使ったこの画期的な一曲が世に出た筈なのだけど、これまた80年代になるまで記憶にない。さっそく輸入した冨田勲氏が税関で止められ

「これは何だ?」
「楽器だ」
「楽器なら音を出してみろ」
「このままでは音は出ない」

と、ムーグの扱いにたいそう苦労なさった思い出を、何処かのラジオ番組で語り遊ばされ、しかし何という番組であったかは、もう覚えていない。

レーナード・スキナード フリー・バード


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これは彼等のデビュー・アルバムで、バンド名 Lynyrd Skynyrd そのままな筈が。ひねりまくった書き方が一般ピープルには読めないであろうと御丁寧にも(Pronounced 'Lĕh-'nérd 'Skin-'nérd)と、愚民どもに読み方を教えてやったところ、何故かそっちがアルバム・タイトルになってしまい、幾ら "Lynyrd Skynyrd" で検索しても出てこないという悲劇のアルバム。この変な名前は、メンバーが通った高校で、だらしなく髪を伸ばしたロックンロールな身形を厳しく咎めた、レナード・スキナー先生の名から捻り出したものという。その割にはスキナー先生を演奏会に招待し、先生もこれに応じたというから、仲は悪くなかったらしい。
別のアルバム Second Helping 収録の Workin' for MCA という、そのまんま「MCA(レコード会社)にお勤めしてんだぜェェ」と自慢だか自虐だか微妙な愚痴を延々聞かせるのが、レーナード・スキナードの曲の中では好きなのだが、まあそれは置いておくとして。このファースト・アルバムのトリを飾るこの曲が、その後の演奏会でもトリを飾る曲となったのは、なるほど鳥を歌った歌詞ではあるけれど、真相は別のところにある。ファンなら説明不要だし、ご存知ない方には説明するだけ無駄なので、まずは最後までお聞き頂きたい。

モーツァルト 第40交響曲ト短調K.550 ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィル


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大学に上がって次の年から、我が家は家庭崩壊の危機を迎えた。その次の年には登校も難しくなり、その頃に寄り添ってくれたのは、中島みゆきブルーノ・ワルターさんの音楽だった。
世界三大指揮者に数えられたワルターさんだが、大抵はヴィルヘルム・フルトヴェングラーの次か、アルトゥーロ・トスカニーニの次になっていたのに対し、小生にはワルターさんが一番。本名はシュレディンガー、その名が示す通りユダヤ人であったから、ナチス党が政権を獲るとベルリンから追い出されてしまった。逃げ出した先のウィーンではグスタフ・マーラーと知り合い、フルトヴェングラーと人気を二分したけれど、オーストリアがドイツに併合されウィーンにも居られなくなり、フランスに移る。でも、フランスもドイツに敗けたので、結局は合衆国に渡る。この録音は終戦後、ウィーンに来たときのライヴで、それだけに思いのこもった拍手を浴びている。

【名作】償ひの道、あるいはハンムラヒの法典

Codex Hammurabi (King translation, 1910)

バビロニア王ハンムラヒが正義の神マルドゥク及び各都市神に捧げまつる裁きの例~

キング英訳版 (1910) からの重訳

by Hammurahi, the Prince of Sumer and Akkad
translated to English by Leonard William King
邦訳:萩原 學

画像はルーヴル美術館にあるハンムラヒの法典。Wikipedia からのファイルにつき、再利用は CC BY 3.0 以降に従うこと。
ハンムラビ法典』と呼ばれる史料の、連合王国の史学者 Leonard William King(1869–1919) による英訳(1910)から、萩原が『小説家になろう』に於て邦訳公開したものを以下にまとめた。お題『名作』が出たのでコレしかないと考え、弄っていたらとっくに1週間は過ぎてしまったが。原文・英訳とも、作者死亡から100年以上経過しており、著作権は存在しない。邦訳については、GNU FDL に拠る free document とする。創作などの小ネタにどうぞ。

原典は玄武岩の石柱にアッカド語楔形文字にて刻んだもので、その上に浮彫があり、王権神授の図を示す。1902年、フランスのモルガン調査隊によりスーサで発掘されたので、パリのルーブル美術館にある(展示用の模造品は青銅。購入公開しているのは山梨学院大学大学院、西南学院大学図書館など)。出土した時は3分割されていたのをルーブルで修復したが、なおも削られたと見える部分や欠落がある。後には欠落を他の史料から補うけれど、king 版ではそこまで進んでいなかった。訳者はアッカド語を読めないので、本書は Wikisource にある英訳を元にしており、それ自体に含まれる誤訳には手を付けていない。悪しからず。なお、原典に題名や番号などは一切なく、訳者の都合と趣味にて付加したものであることも、併せて承知されたい。

序 Prologue

宣旨

いと高きアヌ*1即ちアヌンナキ*2の王と、
ベル*3即ち当地に運命下し給ふ天壌*4の主、
マルドゥク*5即ちエア*6の太子にして正義の神に、地上の者統べる王権賜り、イギギ*7の中に際立つものと為し給ひてより、
バビロン*8はその輝かしき名もて呼ばはれ、地上に際立つものと為され、久遠なる王国こゝに立てり、そが礎*9、天地の基*10ほどにも堅く築かれたり。
かくてアヌとベルは朕を號*11け給へり、神を畏*12む高貴なる王*13ハンムラヒ*14と。この国に正義の法を齎し、邪悪な者、悪を行う者を滅ぼさむが為。

故、強者が弱者を傷つけぬやう、黒頭の民*15を治むることシャマシュ*16の焦がせるやう、この国に光為し、人々の福をより増さむ。

When Anu the Sublime, King of the Anunaki, and Bel, the lord of Heaven and earth, who decreed the fate of the land, assigned to Marduk, the over-ruling son of Ea, God of righteousness, dominion over earthly man, and made him great among the Igigi, they called Babylon by his illustrious name, made it great on earth, and founded an everlasting kingdom in it, whose foundations are laid so solidly as those of heaven and earth; then Anu and Bel called by name me, Hammurabi, the exalted prince, who feared God, to bring about the rule of righteousness in the land, to destroy the wicked and the evil-doers; so that the strong should not harm the weak; so that I should rule over the black-headed people like Shamash, and enlighten the land, to further the well-being of mankind.

各都市宛て

ハンムラヒ王とベルの號けし朕は。財(たから)を成さしめ富ましめ。ニップル*17栄へさせダーイル抜きん出せしむ、エ・クル*18のいと高き篤志家に候(そうろう)。
エリドゥ*19再建しエ・アプス*20崇拝を純化せる者に候。
四分世界の四部までを征服しバビロンの名を高からしめ、マルドゥクの心を、サッギル宮*21にて日々祈り捧げる主教を悦ばす者に候。
ウル*22富ましむシン*23立てし王統の後継者に候。謙虚な、敬虔な、ギシュ・シル・ガル*24に富をもたらす者に候。
Hammurabi, the prince, called of Bel am I, making riches and increase, enriching Nippur and Dur-ilu beyond compare, sublime patron of E-kur; 
who reestablished Eridu and purified the worship of E-apsu; who conquered the four quarters of the world, made great the name of Babylon, rejoiced the heart of Marduk, his lord who daily pays his devotions in Saggil; 
the royal scion whom Sin made; who enriched Ur; the humble, the reverent, who brings wealth to Gish-shir-gal;

全能のシャマシュ耳にせる白の王*25、シッパル*26の基礎再建せし者に候。
マルカト*27の墓石緑もて衣なした者、天にも届けとエ・バッバル*28大と成せる者に候。
ラルサ*29を守り、シャマシュが助力の許、エ・バッバル改めし戦士に候。
 the white king, heard of Shamash, the mighty, who again laid the foundations of Sippara; who clothed the gravestones of Malkat with green; who made E-babbar great, which is like the heavens, the warrior who guarded Larsa and renewed E-babbar, with Shamash as his helper;

ウルク*30を新生せしめた統治者、豊かな水を民に齎し、エ・アンナ*31の顔を立て、アヌとイナンナの美を全うせる者に候。
国の盾となり、四散せるイシン*32の住民を再会させる者、エ・ガル・マック*33に気前よく寄附せる者に候。

 the lord who granted new life to Uruk, who brought plenteous water to its inhabitants, raised the head of E-anna, and perfected the beauty of Anu and Nana; shield of the land, who reunited the scattered inhabitants of Isin; who richly endowed E-gal-mach;

都市を守護する王にしてザママ神*34の兄弟、キシュ*35の農場揺るぎなく立て、エ・メ・テ・ウルサグ*36栄光もて飾り、イナンナの大いなる聖宝倍増し、戦勝に貢献せし敵の墓たるハサグ・カルマの神殿を管理せる者に候。

 the protecting king of the city, brother of the god Zamama; who firmly founded the farms of Kish, crowned E-me-te-ursag with glory, redoubled the great holy treasures of Nana, managed the temple of Harsag-kalama; the grave of the enemy, whose help brought about the victory;

 クター*37の力いや増せる者に候。エ・シドラム*38に凡ゆる栄誉を極め、敵穿ける黒牛*39に候。

 who increased the power of Cuthah;
 made all glorious in E-shidlam, the black steer, who gored the enemy;

ナブー*40の神に愛され、いと高きボルシッパ*41の住民を喜ばす者、エ・ジダ*42なる白き賢き彼の都市の主神が為には苦労厭はぬ者に候。

 beloved of the god Nebo, who rejoiced the inhabitants of Borsippa, the Sublime;
 who is indefatigable for E-zida;
 the divine king of the city;
 the White, Wise;

ディルバト*43の畑広げし者、
ウラシュに収穫奉る者に候。

 who broadened the fields of Dilbat, who heaped up the harvests for Urash;

全能なる、王笏王冠もて着飾れる者、
女神マ・マ*44に選ばれし、
ケシュの神殿修復奉る者、
ニン・トゥ*45の聖餐いや増せる者に候。

 the Mighty, the lord to whom come scepter and crown, with which he clothes himself;
 the Elect of Ma-ma;
 who fixed the temple bounds of Kesh, who made rich the holy feasts of Nin-tu;

 ラガシュとギルシュの飲食絶やさぬ、ニンギルス*46神殿の供物大いに獻る、気遣へる先見者に候。

 the provident, solicitous, who provided food and drink for Lagash and Girsu, who provided large sacrificial offerings for the temple of Ningirsu;

 敵を捉へし、ハラブ*47の予言実現せむとの神託に選ばれし者、女神アヌニ*48の意に叶ふ者に候。

 who captured the enemy, the Elect of the oracle who fulfilled the prediction of Hallab, who rejoiced the heart of Anunit;

 至純の君主、その祈り神アダド*49聞し召す者、都市カルカル*50に神アダドの意満たせる戦士、エ・ウト・ガル・ガルに崇拝の器繕へる者に候。

 the pure prince, whose prayer is accepted by Adad; who satisfied the heart of Adad, the warrior, in Karkar, who restored the vessels for worship in E-ud-gal-gal;

 アダブ*51の街に命吹き込める王、エ・マッチ*52の案内人。マシュカンシャブリ*53の住民に命を与へ、シドラム神殿*54に有り余る物齎す、街に君臨せる王にして、魅力的な戦士に候。

 the king who granted life to the city of Adab; the guide of E-mach; the princely king of the city, the irresistible warrior, who granted life to the inhabitants of Mashkanshabri, and brought abundance to the temple of Shidlam;

白き、強き、盗賊の秘されし洞窟あばき、マルカ*55の住民不運から救ひ、素早くその家富に埋める者、エアとダム・ガル・ヌン・ナに捧げまつる至純の供犠定めし者に候、偉大なれ彼の王国よ永久(とこしへ)に。

 the White, Potent, who penetrated the secret cave of the bandits, saved the inhabitants of Malka from misfortune, and fixed their home fast in wealth;
 who established pure sacrificial gifts for Ea and Dam-gal-nun-na, who made his kingdom everlastingly great;

威風堂々たる王、創り手ダゴン*56くねらせ給ふウト・キブ・ヌン・ナ*57河に沿へる都市しろしめす、メラ*58とトゥトゥル*59の住民助くる者に候。

 the princely king of the city, who subjected the districts on the Ud-kib-nun-na Canal to the sway of Dagon, his Creator;
 who spared the inhabitants of Mera and Tutul;

ニンニ*60の顔輝かす崇高なる君主に候。
聖餐獻るはニン-ア-ズ*61の神性に、その慈しみ給ふ住民の求むに応じ、そをバビロンにて和やかに分かち合へる者に候。

 the sublime prince, who makes the face of Ninni shine;
 who presents holy meals to the divinity of Nin-a-zu, who cared for its inhabitants in their need, provided a portion for them in Babylon in peace;

虐げられし者や下男下女たちの羊飼にて之あり候*62
その行ひ女神アントゥのお気に召す者、またアッカド*63郊外に坐すドゥーマスの神殿、女神アントゥへ捧げまつる者に候。
正しきを識る者、法もて裁ける者に候。

 the shepherd of the oppressed and of the slaves;
 whose deeds find favor before Anunit, who provided for Anunit in the temple of Dumash in the suburb of Agade;
 who recognizes the right, who rules by law;

 アシュル*64の町に、その守護神返せる者。
ニネベのイシュタルの名をエ・ミシュ・ミシュに残せる者に候。

 who gave back to the city of Ashur its protecting god; 
who let the name of Ishtar of Nineveh remain in E-mish-mish; 

至高にして、偉大なる神々を前に跪く者に候。
スムラ・イルの後継者。シン・ムバリットの息子たる強者。 
永遠なる王家の末裔。

the Sublime, who humbles himself before the great gods; successor of Sumula-il;
 the mighty son of Sin-muballit; the royal scion of Eternity;

強き君主、バビロンの太陽、その光シュメールとアッカドの地遍く照らさむ。
世界の四半従へし王に候。
神ニンニが最愛の者、朕なりき。

 the mighty monarch, the sun of Babylon, whose rays shed light over the land of Sumer and Akkad;
 the king, obeyed by the four quarters of the world;
 Beloved of Ninni, am I.

宣誓

マルドゥク、人々を統らすべく朕を遣わし給ふに於て、この地に正しき光の加護賜ひけり。されば朕、光の中に正しきを為さむ、かくして虐げられし者にも福齎さむ。

When Marduk sent me to rule over men, to give the protection of right to the land, I did right and righteousness in [...], and brought about the well-being of the oppressed.

主の掟 The Code of Laws

第282条までの条文中、第13条と第69~99条は欠落。他にも部分的な欠落がある。後に発見された粘土板で欠落を補った版もあるが、キング英訳版ではそのような事はしていない。
原典に表題や番号はなく、英訳も「条文」程度の意味しかなく、『主の掟』とは聖書からの借用である。そもそも本書は成立趣旨からして、作者名に拠るよりは、『マルドゥクガイドライン』又は『バビロニア判例集』と称すべきであろう。

【誣告罪・偽証罪

1.誣告の罪

何人も*65、呪いをかけてきた*66として他人を告発しながら、その罪の立証ならずば、告発者は死を賜るべし。

If any one ensnare another, putting a ban upon him, but he can not prove it, then he that ensnared him shall be put to death.

2.河神の神判

何人も、人に対して告訴し、それで被告が聖河*67へ行って飛び込み、溺れたならば、原告は被告の家の所有権*68を得べし。

しかし聖河が被告を無罪と認め、被告が傷つかず免れるならば、原告は死を賜るべし。また飛び込んだ被告は、原告の物であった家の所有権を得べし。

If any one bring an accusation against a man, and the accused go to the river and leap into the river, if he sink in the river his accuser shall take possession of his house.

 But if the river prove that the accused is not guilty, and he escape unhurt, then he who had brought the accusation shall be put to death, while he who leaped into the river shall take possession of the house that had belonged to his accuser.

3.偽証の罪

何人も、長老たちの前に犯罪の告発を持ち込みながら、告発した事実を立証せぬまま死罪を求むるならば、死を賜るべし。

If any one bring an accusation of any crime before the elders, and does not prove what he has charged, he shall, if it be a capital offense charged, be put to death.

4.贈賄の罪

その長老たちに穀物や金銭を押し付けて買収したなら、その行動が生(な)す額の罰金を受けるべし。

If he satisfy the elders to impose a fine of grain or money, he shall receive the fine that the action produces.

5.不正審理の罪

判事が事件を審理の末、判決に達し、判旨を書面にしたとして。
後に誤り見つかり、それが判事の過失によるならば、事件の罰金12倍して返すべし。またその者法廷より除かるべし、して判決を左右する席に就くこと二度と有るまじく。*69

If a judge try a case, reach a decision, and present his judgment in writing; if later error shall appear in his decision, and it be through his own fault, then he shall pay twelve times the fine set by him in the case, and he shall be publicly removed from the judge's bench, and never again shall he sit there to render judgement.

【窃盗罪】

以下の規定は至って論理的に構成されているにも拘わらず、或いはそれ故にか、冷酷非情と断じた感想が昔から少なくない。本書は正義の神の掟である一方、人間が持つ最も尊いものは生命であると考えるからこそ、神の祭儀を損ねるような神殿王宮からの窃盗という非常に重い事態でも、その生命で『罪を贖あがなう』ことが可能とされているのである。言い換えれば、人はその生命を捧げる事により、その瞬間は神にも等しいとされた訳で、これは本来有り得ない程の、人間性の尊重に他ならない。

6.神物に係る窃盗、及び贓物故買の罪

何人も、神殿宮廷の財*70*71めるならば、死を賜るべし。盗める財に手を出す(贓物故買に関わる*72)者も、同じく死を賜るべし。

If any one steal the property of a temple or of the court, he shall be put to death, and also the one who receives the stolen thing from him shall be put to death.

7.未成年者等奪取の罪

何人も、他人の子や下人から、証人・契約なくして金・銀・下人・牛・羊・驢(ろば)その他の物を買付け、或ひは付けにしたならば、泥棒として死を賜るべし。

If any one buy from the son or the slave of another man, without witnesses or a contract, silver or gold, a male or female slave, an ox or a sheep, an ass or anything, or if he take it in charge, he is considered a thief and shall be put to death.

8.宮廷等財物窃盗の罪

何人も、牛・羊・驢・豚・山羊を盗み、それが神か宮廷*73のものなら、30倍して返すべし。王に仕へる奉公人*74のものなら、10倍して返すべし。返すべき財産を持たぬなら、死を賜るべし。

If any one steal cattle or sheep, or an ass, or a pig or a goat, if it belong to a god or to the court, the thief shall pay thirtyfold therefor; if they belonged to a freed man of the king he shall pay tenfold; if the thief has nothing with which to pay he shall be put to death.

9.泥棒の推定

何人も、物品を失ひ、それが他人の所持になる処を見つけた場合。
その物を所持せる処を見つかる者が「商人がそれを売り、私は証人の前に買い取った」と言ひ、その物の持ち主が「私の財産を知る証人を連れて来よう」と言ふならば。
買い手は品物売りし商人及び購入時の証人を連れて来るべし、持ち主は財物を見分ける証人を連れて来るべし。
判事は証拠を吟味すべし、買い物が前に在りし証人と、遺失物とする証人と、何れとも誓約の上。
かくて、かの商人こそ泥棒と認められるにより、死を賜るべし。遺失物の持ち主は財物の返却を得、買い手は商人が財産から賠償を受けるべし。*75

If any one lose an article, and find it in the possession of another: if the person in whose possession the thing is found say "A merchant sold it to me, I paid for it before witnesses," and if the owner of the thing say, "I will bring witnesses who know my property," then shall the purchaser bring the merchant who sold it to him, and the witnesses before whom he bought it, and the owner shall bring witnesses who can identify his property. The judge shall examine their testimony — both of the witnesses before whom the price was paid, and of the witnesses who identify the lost article on oath. The merchant is then proved to be a thief and shall be put to death. The owner of the lost article receives his property, and he who bought it receives the money he paid from the estate of the merchant.

10.(承前)

商人及び買い物の証人を買い手が連れて来ず、遺失物たる証人を持ち主が連れて来たならば。買い手こそが泥棒であり死を賜り、持ち主は遺失物の返却を得るべし。

If the purchaser does not bring the merchant and the witnesses before whom he bought the article, but its owner bring witnesses who identify it, then the buyer is the thief and shall be put to death, and the owner receives the lost article.

11. (承前)

持ち主が、遺失物を見分ける証人を連れて来なければ。その者こそ誣告(ぶこく)なせる悪人であり、死を賜るべし。

If the owner do not bring witnesses to identify the lost article, he is an evil-doer, he has traduced, and shall be put to death.

12.(承前)

証人直ちに出頭ならずば、判事は6ヶ月までの猶予期限を設けるべし。6ヶ月以内に証人現れずに及んでは、その者こそ悪人であり、その件に係る罰金を負担すべし。

If the witnesses be not at hand, then shall the judge set a limit, at the expiration of six months. If his witnesses have not appeared within the six months, he is an evil-doer, and shall bear the fine of the pending case.

[欠]

14.他所の子の略取

何人も、他所の子を盗むなら、死を賜るべし。

If any one steal the minor son of another, he shall be put to death.

【逃亡下人の扱い】

slave とあるのは「奴隷」と訳されてきたところだが、古代ギリシア/ローマの奴隷よりも、我が国の『労務者』又は『奴婢』『下男下女』に近かったようだ。
freed man は「解放奴隷」を意味するのに対し、アッカド語MAŠ.EN.KAK(ムシュケーヌム)は「地面に向かって自分の身体を屈折する者」(佐藤信夫氏による)つまり『奉仕者』の位置にありながら、下人を従える存在ということで、これに相当する訳語を考え『奉公人』とする。

15.下人の逃亡幇助の罪

何人も、宮廷または奉公人の下人を男女問わず、都市の門外に出すなら、死を賜るべし。

If any one take a male or female slave of the court, or a male or female slave of a freed man, outside the city gates, he shall be put to death.

16.逃亡下人隠匿の罪

何人も、宮廷または奉公人からの逃亡下人をその家に匿ひ、宮宰より公表のお触れ有らふとも之を無視するなら、その家の主は死を賜るべし。

If any one receive into his house a runaway male or female slave of the court, or of a freedman, and does not bring it out at the public proclamation of the major domus*76, the master of the house shall be put to death.

17.逃亡下人逮捕の報酬

何人も、逃亡下人を曠野に見つけ、その主人の許に連行するなら、下人の主人は銀2シケルを償ふべし。

If any one find runaway male or female slaves in the open country and bring them to their masters, the master of the slaves shall pay him two shekels of silver.

18.主人不詳のとき

その下人、主人の名を知らせずに於ては、宮廷に連行すべし。より詳らかな取調べの後、下人は主人に返さるべし。

If the slave will not give the name of the master, the finder shall bring him to the palace; a further investigation must follow, and the slave shall be returned to his master.

19.逃亡下人留置の現行犯

その下人を自宅に留め置き、その場に逮捕されたなら、死を賜るべし。

If he hold the slaves in his house, and they are caught there, he shall be put to death.

 

20. 捕まえた下人が逃げ出したなら、その主人へ誓言*77すべし、されば咎一切を免れる。

If the slave that he caught run away from him, then shall he swear to the owners of the slave, and he is free of all blame.

【強盗罪及び被害者支援など】

21.押込み強盗の現行犯

何人も、家に穴を開けた(押込み強盗を働く)なら、かの穴を前に死を賜り、埋めらるべし*78

If any one break a hole into a house (break in to steal), he shall be put to death before that hole and be buried.

22.強盗の罪

何人も、強盗を犯して捕まったなら、死を賜るべし。

If any one is committing a robbery and is caught, then he shall be put to death.

23.強盗の損害補償

強盗捕縛されずんば、被害者は誓約の許、損失合計を請求すべし。これに村落及び[欠]は、その土地と領土とその領域に於て、盗まれた品物につき補償すべし。

If the robber is not caught, then shall he who was robbed claim under oath the amount of his loss; then shall the community, and [欠] on whose ground and territory and in whose domain it was compensate him for the goods stolen.

24.誘拐被害者への施し

拐われた者在らば*79、村落及び[欠]は、その親戚に銀1ミナを施すべし。

If persons are stolen, then shall the community and [欠] pay one mina of silver to their relatives.

25.火事場泥棒の罪

家に火事が起こり、火消しに来た人が、その家の主人が有する財(たから)に目をつけ、その人の物に手を出したなら、正にその火の中に投げ込まるべし。

If fire break out in a house, and some one who comes to put it out cast his eye upon the property of the owner of the house, and take the property of the master of the house, he shall be thrown into that self-same fire.

【軍官の財産】

軍人は一種の公務員待遇で、必要な財産を与えられ、その代わりその財産を私用してはいけないものだったようだ。

26.召集代行の襲名

一士官*80または一兵卒*81に召集あって、王の公道*82上るべき折、その身に代へて傭兵雇ひながら、払ふべきも払はねば、この士官または兵卒は死を賜り、その家は代役務めし者これを継ぐべし。

If a chieftain or a man (common soldier), who has been ordered to go upon the king's highway for war does not go, but hires a mercenary, if he withholds the compensation, then shall this officer or man be put to death, and he who represented him shall take possession of his house.

27.虜囚の財産

士官または兵卒、王の不運に巻き込まれ(捕虜となり)、他人の与(あずか)りとなった畑と庭の所有に就いては、釈放され己が領に帰着したなら、畑と庭その手に返さるべし、再びその者の領(しら)す処となるべし。

If a chieftain or man be caught in the misfortune of the king (captured in battle), and if his fields and garden be given to another and he take possession, if he return and reaches his place, his field and garden shall be returned to him, he shall take it over again.

28.虜囚の嗣業

士官または兵卒、王の不運に巻き込まれしが、その息子の所有に差し支えなくば、畑と庭その与りとし、父の所領を引き継ぐべし。

If a chieftain or a man be caught in the misfortune of a king, if his son is able to enter into possession, then the field and garden shall be given to him, he shall take over the fee of his father.

29.母の後見

息子まだ幼年にして所有に能はざれば、畑と庭の1/3まで母の与りとされ、母その子を養育すべし。

If his son is still young, and can not take possession, a third of the field and garden shall be given to his mother, and she shall bring him up.

30.時効取得

一士官または一兵卒の発つに当たり、家・庭・畑を貸し出すに、その家・庭・畑を己がものとし3年もの間使ひ渡る者在らば。先の持ち主帰還し家・庭・畑を求めやうとも、与ふるべからず。己がものとし耕せる者こそ耕し続けるべし。*83

If a chieftain or a man leave his house, garden, and field and hires it out, and some one else takes possession of his house, garden, and field and uses it for three years: if the first owner return and claims his house, garden, and field, it shall not be given to him, but he who has taken possession of it and used it shall continue to use it.

31.所領の返還

貸し出して後、一年の間に帰還したなら、家・庭・畑は返還され、再び所領を治めるべし。

If he hire it out for one year and then return, the house, garden, and field shall be given back to him, and he shall take it over again.

32.虜囚の身請け

士官または兵卒、(戦争中の)『王の道』にて虜(とりこ)となるを、商人が購入し、その里に連れ戻すなら。
家に帰らば、己が身上買ひ戻すべき金があるなら、己が身請け出すべし。
己が身上買ひ戻すべき金もないなら、里の寺院これを請け出すべし。
身請けすべきもの寺院に無くば、宮廷これを購入すべし。
その畑・庭・家は、身請けが為に譲らるること罷りならず。

If a chieftain or a man is captured on the "Way of the King" (in war), and a merchant buy him free, and bring him back to his place; if he have the means in his house to buy his freedom, he shall buy himself free: if he have nothing in his house with which to buy himself free, he shall be bought free by the temple of his community; if there be nothing in the temple with which to buy him free, the court shall buy his freedom. His field, garden, and house shall not be given for the purchase of his freedom.

33.徴兵忌避の罪

[欠]または[欠]が『王の道』からの脱走兵に加はり、代わりに傭兵送れるものの、それも撤退させたなら、[欠]または[欠]死を賜るべし。

If a [...] or a [...] enter himself as withdrawn from the "Way of the King," and send a mercenary as substitute, but withdraw him, then the [...] or [...] shall be put to death.

34.隊内収奪の罪

[欠]または[欠]、士官の財を損なひ、士官を傷つけ、王に賜りしを士官から奪ふなら、[欠]または[欠]死を賜るべし。

If a [...] or a [...] harm the property of a captain, injure the captain, or take away from the captain a gift presented to him by the king, then the [...] or [...] shall be put to death.

35.下賜品の売買無効

何人も、士官の王に賜りし牛や羊を買ひ取るなら、その銀子を失ふ。*84

If any one buy the cattle or sheep which the king has given to chieftains from him, he loses his money.

36.官有財産の売買禁止

士官または兵卒あるいは免税となる者の畑・庭・家は、売却不可。

The field, garden, and house of a chieftain, of a man, or of one subject to quit-rent, can not be sold.

37.官有財産の買い取り無効

何人も、士官・兵卒または免税となる者の畑・庭・家を買い上げたなら、その売買契約板は(無効を宣言され)壊され、その銀子失ふべし。その畑・庭・家は持ち主に戻る。

If any one buy the field, garden, and house of a chieftain, man, or one subject to quit-rent, his contract tablet of sale shall be broken (declared invalid) and he loses his money. The field, garden, and house return to their owners.

38.官有財産の譲渡禁止

士官・兵卒または免税となる者、その畑・家・庭の所有権を妻や娘に譲ることならず、借金に充てることならず。

A chieftain, man, or one subject to quit-rent can not assign his tenure of field, house, and garden to his wife or daughter, nor can he assign it for a debt.

39.購入私財の譲渡

但し、別途購入し己が財産として保持せる畑・庭・家ならば、妻や娘に譲る、または借金の形に充ててよし。

He may, however, assign a field, garden, or house which he has bought, and holds as property, to his wife or daughter or give it for debt.

40.官有財産の差し押さえ

畑・庭・家を、(王室御用)商人ほか公務員すなはち、用益権差し押さえし買手に売るは止むなし。

He may sell field, garden, and house to a merchant (royal agents) or to any other public official, the buyer holding field, house, and garden for its usufruct.

41.官有財産に付加された物

何人も、士官・兵卒または借地権を有する者の畑・庭・家に柵を立て、囲い込んだところで。士官・兵卒または借地権を有する者が戻り次第、立てられた柵は彼の財産となる。*85

If any one fence in the field, garden, and house of a chieftain, man, or one subject to quit-rent, furnishing the palings therefor; if the chieftain, man, or one subject to quit-rent return to field, garden, and house, the palings which were given to him become his property.

【農耕地の貸借あるいは小作料】

42.借地料あるいは小作料

何人も、畑を耕すべく借り上げながら、そこから収穫得られずは、畑仕事せざる証拠に他ならず。隣人育てしと同程度の穀物を、地主へ届けざるを得ず。

If any one take over a field to till it, and obtain no harvest therefrom, it must be proved that he did no work on the field, and he must deliver grain, just as his neighbor raised, to the owner of the field.

43.休耕の補償

畑を耕す事無く休耕させたなら、隣人と同程度の穀物を地主に与へ、休耕畑は耕し種を播き、所有者に返さざるを得ず。

If he do not till the field, but let it lie fallow, he shall give grain like his neighbor's to the owner of the field, and the field which he let lie fallow he must plow and sow and return to its owner.

44.未開墾地の補償

何人も、荒れ地を開墾すべく借り上げながら、怠けて開墾せぬならば。4年目には休耕地を掘り起こし、均し耕してから地主へ返却の上、10ガン当たり10グルの穀物償へるべし。

If any one take over a waste-lying field to make it arable, but is lazy, and does not make it arable, he shall plow the fallow field in the fourth year, harrow it and till it, and give it back to its owner, and for each ten gan (a measure of area) ten gur of grain shall be paid.

45.災害損失

人が定額にて耕作用の畑を貸し出し、その地代を得たならば。悪風来りて収穫台無しにしても、その損失、土を耕せる人これ蒙る。

If a man rent his field for tillage for a fixed rental, and receive the rent of his field, but bad weather come and destroy the harvest, the injury falls upon the tiller of the soil.

§ 45.—XIII, 35–46.
(Akkadian transliteration by Robert Francis Harper)
35 šum-ma a-wi-lum 
36 eḳil-šu a-na biltim 
37 a-na ir-ri-ši-im 
38 id-di-in-ma *86

39 u bilat eḳli-šu 
40 im--ḫa-ar 
41 wa-ar-ka eḳlam 
42 iluAdad ir-ta-ḫi-iṣ 
43 u lu bi-ib-bu-lum 
44 it-ba-al 
45 bi-ti-iḳ-tum 
46 ša ir-ri-ši-im-ma
46.割合による小作料

固定賃貸に依らず、収穫の半分または1/3の分け前にて小作を許すものなら、畑の作物は小作人と地主が分け前に応じ分け合ふべし。

If he do not receive a fixed rental for his field, but lets it on half or third shares of the harvest, the grain on the field shall be divided proportionately between the tiller and the owner.

47.小作人の交替

小作人が初年に成功せず、故に他の人が土を耕したものとして、地主の異議はこれを許さじ。畑は耕作されたる以上、取り決めの通り収穫を収むべし。

If the tiller, because he did not succeed in the first year, has had the soil tilled by others, the owner may raise no objection; the field has been cultivated and he receives the harvest according to agreement.

48.天災による債務免除

何人も、融資の債務を負ひながら、嵐が作物を打ち倒すか収穫に失敗、または旱魃にて作物育たざるなら。その年には債務履行の要なし。粘土板に刻める契約は水に流し、この年の地代は免除となる。

If any one owe a debt for a loan, and a storm prostrates the grain, or the harvest fail, or the grain does not grow for lack of water; in that year he need not give his creditor any grain, he washes his debt-tablet in water and pays no rent for this year.

49.小作人に対する債権者と地主の関係

何人も、金貸しから金銀を借り、穀物かゴマの耕作できる畑を見つけ、穀物かゴマを植ゑて作物を収穫するものと契約したとき。

かく小作人穀物かゴマを畑に植ゑたものなら、収穫時の畑にある穀物かゴマは是、地主に属すべし。地主は、小作人の債務肩代はりして、金貸しに穀物を納むべし。小作人の生計もまた、金貸しに与うべし。

If any one take money from a merchant*87, and give the merchant a field tillable for corn*88 or sesame and order him to plant corn or sesame in the field, and to harvest the crop; if the cultivator plant corn or sesame in the field, at the harvest the corn or sesame that is in the field shall belong to the owner of the field and he shall pay corn as rent, for the money he received from the merchant, and the livelihood of the cultivator shall he give to the merchant.

50. (承前)債務の償還

耕作済みの穀物畑かゴマ畑を借りたなら、畑の穀物かゴマは地主に帰属すべし、かの借金は地主の債務として金貸しに償還すべし。

If he give a cultivated corn-field or a cultivated sesame-field, the corn or sesame in the field shall belong to the owner of the field, and he shall return the money to the merchant as rent.

51. (承前)現物償還

(地主に)償還すべき金銀なくば、金貸しから借りた金銀に相当すべき債務として、代はりに穀物かゴマにて国定処罰表に従ひ償還すべし。

If he have no money to repay, then he shall pay in corn or sesame in place of the money as rent for what he received from the merchant, according to the royal tariff.

52. (承前)

かの小作人にして、穀物やゴマを植ゑずとも、かかる債務の棒引きなし。

If the cultivator do not plant corn or sesame in the field, the debtor's contract is not weakened.

【溢水の補償等】

53.井堰の管理不行届きの罪

何人も、堰を適切に保つには怠惰に過ぎ、管理不行届き為りし折。即ち堰の決壊ありて、畑といふ畑浸かったなら。堰を決壊に至らしめた者は金で売られ、その金をもて台無しになせる穀物の損害賠償に充てるべし。

If any one be too lazy to keep his dam in proper condition, and does not so keep it; if then the dam break and all the fields be flooded, then shall he in whose dam the break occurred be sold for money, and the money shall replace the corn which he has caused to be ruined.

54.(承前)

彼もし被害に値せざるは、彼及びその所有物は、氾濫の害蒙りし衆にて分かち合ふべし。

If he be not able to replace the corn, then he and his possessions shall be divided among the farmers whose corn he has flooded.

55. 溢水の補償

何人も、己が作物に水引く溝を掘りながら、不注意にして隣人の畑浸かるなら、隣人の穀物に及べる損害を賠償すべし。

If any one open his ditches to water his crop, but is careless, and the water flood the field of his neighbor, then he shall pay his neighbor corn for his loss.

56.(承前)

人が水を引き、その水、隣人の農地に溢れ出たなら、土地10ガン当たり10グルの穀物償ふべし。

If a man let in the water, and the water overflow the plantation of his neighbor, he shall pay ten gur of corn for every ten gan of land.

【放牧】

57. 無断放牧の補償

羊飼ひ、畑の地主の許可なく、羊の飼ひ主も知らぬうち、羊を畑に放したなら。地主は作物収穫すべし。地主の許可なく放牧せる羊飼ひは、10ガン当たり20グルの穀物を地主に賠償すべし。

If a shepherd, without the permission of the owner of the field, and without the knowledge of the owner of the sheep, lets the sheep into a field to graze, then the owner of the field shall harvest his crop, and the shepherd, who had pastured his flock there without permission of the owner of the field, shall pay to the owner twenty gur of corn for every ten gan.

58. 放牧地の占有

その群、かの地より離し、城門の共用囲ひに閉じ込めて後に、羊飼ひ何某(なにがし)とある畑にそれを入れ、道草食はすなら。この羊飼ひは、放牧許されし畑の占有を認めらるべし。但し収穫時、10ガン当たり60グルの穀物を納めざるを得ず。

If after the flocks have left the pasture and been shut up in the common fold at the city gate, any shepherd let them into a field and they graze there, this shepherd shall take possession of the field which he has allowed to be grazed on, and at the harvest he must pay sixty gur of corn for every ten gan.

【果樹園】

59. 庭木(果樹)の補償

何人も、庭*89の所有者これ知らぬうち、庭の木倒せるなら、金半ミナを償ふべし。

If any man, without the knowledge of the owner of a garden, fell a tree in a garden he shall pay half a mina in money.

60. 果実の分配

何人も、庭師に庭造りさすべく畑を譲れるとき、庭師そこに勤め、4年の間、世話するならば。5年目に地主と庭師は(果実を)分かち合ひ、但し地主の分を優先すべし。

If any one give over a field to a gardener, for him to plant it as a garden, if he work at it, and care for it for four years, in the fifth year the owner and the gardener shall divide it, the owner taking his part in charge.

61. (承前)

庭師の作付けし果(おほ)せず、一部手つかずのままにするなら、庭師の取り分差し引かるべし。

If the gardener has not completed the planting of the field, leaving one part unused, this shall be assigned to him as his.

62. 果樹未作付の補償

庭とすべく与えられた畑を作付せず、それが(穀物またはゴマ用に)耕作可能な土地であるならば。庭師は、畑の休耕期間中に有って然るべき農産物を、隣接する畑の出来高に従って地主へ補償の上、 畑は耕作可能な状態にして地主に返却すべし。

If he do not plant the field that was given over to him as a garden, if it be arable land (for corn or sesame) the gardener shall pay the owner the produce of the field for the years that he let it lie fallow, according to the product of neighboring fields, put the field in arable condition and return it to its owner.

63.(承前)

荒地を耕作地に変えて返還するのなら、地主は1年につき10ガン当たり10グルを酬ゆべし。

If he transform waste land into arable fields and return it to its owner, the latter shall pay him for one year ten gur for ten gan.

64. 造園の報酬

何人も、自分の庭を庭師に渡して働かせるなら、その庭師なせる限りのかの庭の産物は、2/3を地主に献上すべし、残り1/3を己が取り分とすべし。

If any one hand over his garden to a gardener to work, the gardener shall pay to its owner two-thirds of the produce of the garden, for so long as he has it in possession, and the other third shall he keep.

65. 造園の補償

庭師、庭に働かず、果実落失するなら、隣接する庭に比して補償すべし。

If the gardener do not work in the garden and the product fall off, the gardener shall pay in proportion to other neighboring gardens.


碑文の表側は、これを最後に、削られてしまっている。石碑を略奪したエラム王シュトゥルク・ナフンテが、己が事績を刻むため削除したと考えられているけれど、それにしては追加記事がない。

[欠]


100条とするのは碑文の裏面冒頭であり、実際に第100であったか定かではない。表面の削られた面積を、他の条文が占める面積と比較して、第66~99となるべき34条が存在したものと推し量るに過ぎない。その第100条はおそらく表側から続いたので、欠落により文章が完結せず、やや意味不明なのは如何ともし難い。


【委託販売等】

100. 利息

[欠]金銭に対する利息は、受け取っただけの額につき、そこに書付を為し。やがて来るべき精算の日を以て、問屋に償還すべし。

[...] interest for the money, as much as he has received, he shall give a note therefor, and on the day, when they settle, pay to the merchant*90.

101.受託金の返還

行商先に問屋の手配なきときは、受け取り居りし全額まるまる、問屋へ返すべく、仲買人に渡し置くべし。

If there are no mercantile arrangements in the place whither he went, he shall leave the entire amount of money which he received with the broker*91 to give to the merchant.

102. 投資信託の補償

問屋が何か投資を目論み仲買人に資本金を託し、行商先にて損失を被ったなら、仲買人は問屋に対し、当該資本を補填すべし。

If a merchant entrust*92 money to an agent (broker) for some investment, and the broker suffer a loss in the place to which he goes, he shall make good*93 the capital to the merchant.

103. 受託者の免責

旅上にて、所持品ことごとく追剥に遭うななら、仲買人は天地神明に宣誓の上、免責さるべし。

If, while on the journey, an enemy take away from him anything that he had, the broker shall swear by God and be free of obligation*94.

104. 委託取引の証文

問屋が行商人に穀物、羊毛、油、その他の輸送する商品を預けるに於ては、行商人はその合計の預かり証を渡し、その代金を問屋に支払ふべし。次に、行商人は支払へる金銀につき、問屋から定型領収書を取得すべし。*95

If a merchant give an agent*96 corn, wool, oil, or any other goods to transport, the agent shall give a receipt for the amount, and compensate the merchant therefor. Then he shall obtain a receipt form*97 the merchant for the money that he gives the merchant.

105. 証文の優先

行商人不注意にして、問屋に渡せるお金の領収書を受け取らざりしも、領収なきお金を己がものと見なすべからず。

If the agent is careless, and does not take a receipt for the money which he gave the merchant, he can not consider the unreceipted money as his own.

106. 解約金

行商人が問屋からお金を受け取りながら、問屋と諍*98ひ有った*99なら。問屋は天地神明及び証人を前に誓ふべし、証人とはこのお金を行商人に与えたことの目撃者なり、されば行商人は額面の3倍を償ふべし。

If the agent accept money from the merchant, but have a quarrel with the merchant (denying the receipt), then shall the merchant swear before God and witnesses that he has given this money to the agent, and the agent shall pay him three times the sum.

107. 違約金

問屋の行商人を欺きし折、後者与えられしもの一切を返却するも、問屋返却品の受領を拒むなら、この行商人は天地神明及び判事を前に、問屋が罪を立証すべし、かくして問屋なお受け取り拒否するならば、行商人に額面の6倍を償ふべし。

If the merchant cheat the agent, in that as the latter has returned to him all that had been given him, but the merchant denies the receipt of what had been returned to him, then shall this agent convict the merchant before God and the judges, and if he still deny receiving what the agent had given him shall pay six times the sum to the agent.

【酒場の商い】

108. 呑代胡麻化しの罪

酒場の女将、呑代につき、重量分の穀物は受け入れず、お金を取りながら。飲み物の値、当該穀物より安きに於ては、有罪とされ聖河に投げ込まるべし。*100

If a tavern-keeper (feminine)*101  does not accept corn according to gross weight in payment of drink, but takes money, and the price of the drink is less than that of the corn, she shall be convicted and thrown into the water*102.

108.(ハーパー英訳版)酒屋にして呑み代を穀物にては受けず、大きな石のお金なら之を受く、または飲み物の量を穀物の量より少なくするに於ては、皆その説明求むべし、皆してその女、水に投げ込むべし。

 If a wine-seller do not receive grain as the price of drink, but if she receive money by the great stone, or make the measure for drink smaller than the measure for corn, they shall call that wine-seller to account, and they shall throw her into the water.

109. 共謀の罪

破落戸(ごろつき)ども酒場の女将の家に集へるに於て、捕らはれ宮廷に引き渡されずんば、女将は死を賜るべし。

If conspirators*103 meet in the house of a tavern-keeper*104, and these conspirators are not captured and delivered*105 to the court, the tavern-keeper shall be put to death.

110. 聖職者の出入り禁止

「神の姉妹」が酒場を開くか、酒場に入って飲むものなら、この女は火炙りに処せらるべし。

If a "sister of a god"*106 open a tavern, or enter a tavern to drink, then shall this woman be burned to death.

111. 掛け売りの現物払い

宿屋の女将、60クーのピーフー酒を[欠] に掛け売りしたなら、収穫時に50クーの穀物を受け取るべし。

If an inn-keeper furnish*107 sixty ka*108 of usakani-drink*109 to [...]she shall receive fifty ka of corn at the harvest.

【横領や違法な債権回収など】

112. 寄託品横領の罪

何人も、旅立つに当たり、銀・金・宝石その他動産、他の人に託せるを取り戻すに於て、後者が全財産を指定場所に齎さず、己が身に使ふべく横領するなら。引き渡すべき財を持ち来らざるこの男は有罪とされ、託されし全ての5倍を償ふべし。

If any one be on a journey and entrust silver, gold, precious stones, or any movable property to another, and wish to recover it from him; if the latter do not bring all of the property to the appointed place, but appropriate it to his own use, then shall this man, who did not bring the property to hand it over, be convicted, and he shall pay fivefold for all that had been entrusted to him.

113. 了解なき回収の禁止

何人も、穀物またはお金を託されしものを、所有者の了解なく穀倉または箱から持ち出せるなら。所有者の了解なく穀倉または箱から持ち出せる者は有罪とされ、持ち出せる物を返済すべし。支払はれし、または支払はるべき手数料は何であれ、認められず。*110

If any one have consignment of corn or money, and he take from the granary or box without the knowledge of the owner, then shall he who took corn without the knowledge of the owner out of the granary or money out of the box be legally convicted, and repay the corn he has taken. And he shall lose whatever commission was paid to him, or due him.

114. 暴力的な債権回収の賠償

人が穀物金銭につき、人に普通に請求するでもなく、力づくに回収を試みるなら、すべての場合に銀1/3ミナを賠償すべし。

If a man have no claim*111 on another for corn and money, and try to demand it by force,*112 he shall pay one-third of a mina of silver in every case.

115. 死亡による債務消滅

何人も、他人に穀物金銭の債権ある者、債務者投獄せるにつき。牢屋にて囚人の自然死あらば、事件それまでとすべし。*113

If any one have a claim for corn or money upon another and imprison him; if the prisoner die in prison*114 a natural death, the case shall go no further.

116. (承前)

かの囚人、刑務所にて殴打または虐待により死亡したなら、囚人の主人は判事を前に、かの問屋を有罪とすべし。それが一般男子なら、問屋の息子は死を賜るべし。それが下人なら、金1/3ミナを償ふべし、囚人に主人与へしは悉く没収すべし。

If the prisoner*115 die in prison from blows or maltreatment, the master of the prisoner shall convict the merchant before the judge. If he was a free-born man*116, the son of the merchant shall be put to death; if it was a slave, he shall pay one-third of a mina of gold*117, and all that the master of the prisoner gave he shall forfeit.

117. 債務不履行者の身売り

何人も、債務不履行に陥り、自分自身か妻子女を金銭にて売るか、労務の課さるに任すなら。その何れも購入せる者の家または経営者の下にて3年間働くべし。 後4年目に至るや、解放さるべし。*118

If any one fail to meet a claim for debt, and sell himself, his wife, his son, and daughter for money or give them away to forced labor: they shall work for three years in the house of the man who bought them, or the proprietor, and in the fourth year they shall be set free.

118. 債務者の下人

もし債務者が、性別問はずその下人を、労務の課さるに任せたならば、債権者これを転貸したり、売り払ふとも、異議唱ふるべからず。

If he give a male or female slave away for forced labor, and the merchant sublease them, or sell them for money, no objection can be raised.

119. 債務者の子がある下女

何人も、債務不履行に陥り、その子を産める下女をお金で売れるに於て。債権者融通せるところのお金は下人の主人から返済さすべし、かくて彼女は請け出さるべし。

If any one fail to meet a claim for debt, and he sell the maid servant who has borne him children,*119 for money, the money which the merchant has paid shall be repaid to him by the owner of the slave and she shall be freed.*120

【寄託】

120.寄託物横領の賠償

何人も、穀物を保管すべく他の人の家に預けたところ、保管中の穀物に何らかの害が生じたなら、または家主が穀倉を開け穀物少々失敬したなら、または特に家主が当該穀物の屋内保管を否定したなら。穀物の所有者は神前に(宣誓の上)穀物を要求すべし、
されば家主は横領せる穀物すべて償ふべし。

If any one store*121 corn for safe keeping in another person's house, and any harm happen to the corn in storage, or if the owner of the house open the granary and take some of the corn, or if especially he deny that the corn was stored in his house: then the owner of the corn shall claim his corn before God (on oath), and the owner of the house shall pay its owner for all of the corn that he took.

121. 寄託料

何人も、穀物を人の家に預けるに於ては、1グルにつき年5クァの割合にて酬ゆべし。

If any one store corn in another man's house he shall pay him storage at the rate of one gur*122 for every five ka*123 of corn per year.

122. 寄託契約書

何人も、他の人に銀・金・その他物品を預けるに於ては、その全てを証人複数立合ひの下、契約書を作成し、保管の安全を期し引き渡すべし。

If any one give another silver, gold, or anything else to keep, he shall show everything to some witness, draw up a contract, and then hand it over*124 for safe keeping.

123. 契約違反の禁止

証人や了解なしに保管に係る契約翻さむとし、品物預かれる人そを拒めるなら、その求めの合法たり得ず。

If he turn it over for safe keeping without witness or contract, and if he to whom it was given deny it, then he has no legitimate claim.

124. 契約否認

人が証人を前にして、銀・金・その他保管すべき物を他の人に引渡し、しかし彼その事実を否むなら。判事が前に引き出さるべし、否める物ことごとく全額償ふべし。

If any one deliver silver, gold, or anything else to another for safe keeping, before a witness, but he deny it, he shall be brought before a judge, and all that he has denied he shall pay in full.

125. 保管責任

人が、己が財を保管すべく他の人に預け、そこに泥棒または強盗押し込み、その財産及び他の人の財失せぬれば。家主は、その用心を怠りし科にて、預けられし全てを持ち主に補償すべし。而して家主は、己が財の追跡回収これ努め、遂にかの泥棒より取り返すが宜し。*125

If any one place his property with another for safe keeping, and there, either through thieves or robbers, his property and the property of the other man be lost, the owner of the house, through whose neglect the loss took place, shall compensate the owner for all that was given to him in charge. But the owner of the house shall try to follow up and recover his property, and take it away from the thief.

【嘘つきの制裁】

126. 逸失詐欺の罪

何人も、失はざりしものを失せりとし、虚偽の賠償求むと在らば。損なはざるにも関わらず、神前に損害積み上げ求むと在らば。賠償請求せるそっくりそのまま報ひ受けるべし。

If any one who has not lost his goods state that they have been lost, and make false claims: if he claim his goods and amount of injury before God, even though he has not lost them, he shall be fully compensated for all his loss claimed. (I.e., the oath is all that is needed.)

126. (ハーパー英訳版)人が何物をも失はずして、何物か失へりと虚言(そらごと)せるは、または何物も損なはずして損害賠償求むとなれば、神前にてその損害なるもの申告すべし、而して求むところの倍額償ふべし。

If a man have not lost anything, but say that he has lost something, or if he file a claim for loss when nothing has been lost, he shall declare his (alleged) loss in the presence of god, and he shall double and pay for the (alleged) loss the amount for which he had made claim.(Harper translation)

127. 誹謗中傷の印

何人も、神の姉妹または何人かの妻を指弾しながら、立証ならずば。判事が前に引き出され、その額に(皮膚または髪などを切って)印付けらるべし。

If any one "point the finger"*126 (slander) at a sister of a god or the wife of any one, and can not prove it, this man shall be taken before the judges and his brow shall be marked. (by cutting the skin, or perhaps hair.)*127

【夫婦】

128. 婚姻成立の要件

人が女を娶るも、男女の交はり持たざれば、この女は彼の妻に在らず。

If a man take a woman to wife, but have no intercourse*128 with her, this woman is no wife to him.

128. (ハーパー版)人が妻を娶るも、(適正な)契約結ばずは、その女は(合法的な)妻に在らず。

If a man take a wife and do not arrange with her the (proper) contracts, that woman is not a (legal) wife.(Harper translation)

129. 浮気者の始末

人の妻が別の男と(現行犯で)不意打たれたなら、何れとも縛って聖河に投げ込まるべし。但し、夫はその妻を赦すも可、されば王はその下人を。

If a man's wife be surprised*129 (in flagrante delicto) with another man, both shall be tied and thrown into the water, but the husband may pardon his wife and the king his slaves.*130

130. 姦通罪

男が無理やり他人の妻(婚約者または幼妻)、まだ男を知らず、父親の家に住まひしが、共に寝て囚はれれば。この男は死を賜るべし、而してその妻咎なし。

If a man violate the wife (betrothed or child-wife) of another man, who has never known a man, and still lives in her father's house, and sleep with her and be surprised, this man shall be put to death, but the wife is blameless.

131. 不倫の否認

男が妻を起訴したところ、他の男を寄せ付けざれば、彼女は誓ひ立てざるを得ず、而して元の家に戻るも赦す。

If a man bring a charge against one's wife, but she is not surprised with another man, she must take an oath and then may return to her house.

132. (承前)

他の男と浮き名流せる人妻、他の男と共に寝ぬるを猶ほ囚はれずも、夫がため聖河に飛び込むも致し方なし。

If the "finger is pointed" at a man's wife about another man, but she is not caught sleeping with the other man, she shall jump into the river*131 for her husband.

133. 虜囚の妻

戦にて人が捕虜になり、家に蓄へ有りながら、その妻、家庭宮廷を離れ他家に去ぬは。宮を守せず他家へ出奔の科にて、責を負ふべく、水に投げ込まるべし。

If a man is taken prisoner in war, and there is a sustenance*132 in his house, but his wife leave house and court, and go to another house*133: because this wife did not keep her court, and went to another house, she shall be judicially condemned and thrown into the water.*134

134. (承前)

戦にて人の囚はれし家に蓄へ欠くなら、その妻の他家へ去ぬも、この女に咎なかるべし。

If any one be captured in war and there is not sustenance in his house, if then his wife go to another house this woman shall be held blameless.

135. (承前)

戦にて人の囚はれ、その家に蓄へなく、その妻、他家へ去に子を産むに於ては。後に夫釈放され帰宅したなら、この妻は夫の元に戻るべし、されど子女はその父に従ふべし。

If a man be taken prisoner in war and there be no sustenance in his house and his wife go to another house and bear children; and if later her husband return and come to his home: then this wife shall return to her husband, but the children follow their father.

136. 家出人の妻

何人も、その家から出奔し、故にその妻、他家へ去ぬに於ては。戻るや即ち、妻連れ戻さむと願へども、家出人の妻戻るべからず、彼既に自宅を棄て逃げ去りし故に。

If any one leave his house, run away, and then his wife go to another house, if then he return, and wishes to take his wife back: because he fled from his home and ran away, the wife of this runaway shall not return to her husband.

【男からの離婚】

137. 離婚相手への養育費

何人も、その子を産める女、または子を産める妻から、いざ離れむとするなら。その妻に持参金及び、畑・庭の用益権と財の一部を持たすべし、その子を育てあげる故に。子の養育に当たり、息子一人に係るべき全額に等しき分を譲り渡すべし。なお女はその後、意中の男と結婚して差し支えなし。

If a man wish to separate from a woman who has borne him children, or from his wife who has borne him children: then he shall give that wife her dowry, and a part of the usufruct of field, garden, and property, so that she can rear her children. When she has brought up her children, a portion of all that is given to the children, equal as that of one son, shall be given to her. She may then marry the man of her heart.

138. 石女離縁の返還金

何人も、子を産まざる妻から離れむとするなら。結納金と、その父の家からの持参金とを持たせた上で、手放すが宜し。

If a man wishes to separate from his wife who has borne him no children, he shall give her the amount of her purchase money and the dowry which she brought from her father's house, and let her go.

139. (承前)

結納金なかりせば、解放の贈り物として、金1ミナを譲るべし。

If there was no purchase price he shall give her one mina of gold as a gift of release.

140. 奉公人からの離縁

奉公人に在りせば、女に金1/3ミナを譲るべし。

If he be a freed man he shall give her one-third of a mina of gold.

【女からの離婚】

141. 借金の山

人の妻にして、その人の家に住める者がいざ離れむとて、その家傾けむばかりに借金の山へ突込み、夫を疎んじ、有罪の判決受くに於ては。夫が釈放申し出たなら、女はその道進むも構はず、但し旅立てる餞別の如きは受けられじ。女解き放つを夫望まずに於て、別の妻と再婚するなら、女は夫の家に婢として留まるべし。

If a man's wife, who lives in his house, wishes to leave it, plunges into debt,*135 tries to ruin her house, neglects her husband, and is judicially convicted: if her husband offer her release, she may go on her way, and he gives her nothing as a gift of release. If her husband does not wish to release her, and if he take another wife, she shall remain as servant in her husband's house.

142. 理由の呈示

女が夫と喧嘩し、「あんたとはやっていけん」と申すなら、毛嫌ひの理由示されざるを得ず。女の側に過失なく無罪にして猶、夫離れ疎んじたなら、この女に罪は認められじ、されば持参金を取り上げ実家に戻るべし。

If a woman quarrel with her husband, and say: "You are not congenial*136 to me," the reasons for her prejudice must be presented. If she is guiltless, and there is no fault on her part, but he leaves and neglects her, then no guilt attaches to this woman, she shall take her dowry and go back to her father's house*137.

143. 女の有罪

女が無実ならずして、夫を離れ、夫を疎み家を滅ぼしたなら、この女は水に投げ込まるべし。

If she is not innocent, but leaves her husband, and ruins her house, neglecting her husband, this woman shall be cast into the water.

【側室】

144. 子があると重婚禁止

人の妻を娶るや、この女の下女を夫へ宛てがはるに、彼の子生すにも関はらず。この男、別の妻を娶らむとても、こは許されじ。側室など娶ること有るまじく。

If a man take a wife and this woman give her husband a maid-servant, and she bear him children, but this man wishes to take another wife, this shall not be permitted to him; he shall not take a second wife.

145. 側室の待遇

何人も、妻を娶るに、その女が子を生さず、依て側室娶らむとするならば。側室を娶り家に連れ込まふとも、正室と同じ扱ひは許されじ。

If a man take a wife, and she bear him no children, and he intend to take another wife: if he take this second wife, and bring her into the house, this second wife shall not be allowed equality with his wife.

146. 子のある下女

人の妻を娶るや、その女の下女を側女に宛てがふが、乃ち彼の子生すならば、この下女は妻も同然。子を生す以上は主人と雖も、母を換金すること有るまじく。但し彼女が雇用を切らず、下女に数ふは差し支へなし。

If a man take a wife and she give this man a maid-servant as wife and she bear him children, and then this maid assume equality with the wife: because she has borne him children her master shall not sell her for money, but he may keep her as a slave, reckoning her among the maid-servants.

147. 下女の売却

当該下女にして主人の子生さずは、主婦これを換金して差し支へなし。

If she have not borne him children, then her mistress may sell her for money.

148. 妻を看取る義務

人が妻を娶るに、病に侵されしに於ては。彼すなはち側室切望しやうと、病に倒れし妻放り出すべからず。設えし離れに妻留め置き、生ある限り、こを支へよ。

If a man take a wife, and she be seized by disease*138, if he then desire to take a second wife he shall not put away his wife, who has been attacked by disease, but he shall keep her in the house which he has built and support her so long as she lives.

149. (承前)

この女、夫の家に留まるを望まずに於ては。父親が家からの持参金、夫補償せざるを得ず、女去ぬに任せよ。

If this woman does not wish to remain in her husband's house, then he shall compensate her for the dowry that she brought with her from her father's house, and she may go.

【相続】

150. 家督相続

人が妻に畑・園・家及びその証文を与へしに於て、夫の死後、息子等の求めなかりせば。母親は全てを最愛なる息子1人に継がせ、その兄弟に何一つ残さずも差し支へなし。

If a man give his wife a field, garden, and house and a deed*139 therefor, if then after the death of her husband the sons raise no claim, then the mother may bequeath all to one of her sons whom she prefers, and need leave nothing to his brothers.

150. 指定相続

男が妻に畑・庭・家または品物を与へ、封印証書を引渡せるなら。夫(の死)の後、子等は母に対抗し得ず。母親の遺言、最愛の子に為すは可、兄弟には不可なり。

If a man give to his wife field, garden, house or goods and he deliver to her a sealed deed*140, after (the death of) her husband, her children cannot make claim against her. The mother after her (death) may will to her child whom she loves, but to a brother she may not.(Harper translation)

151. 婚姻前後の債務

人の家に住まふ女、その夫と合意を為す事、金貸し手出しならずとし、係る文書所与のものならば。男に係る結婚以前の債務がためには、彼が債権者は女を捕へるべからず。逆に女が、男の家に入る前に抱へたる債務がためには、彼女が債権者はその夫を捕へるべからず。

If a woman who lived in a man's house made an agreement with her husband, that no creditor can arrest her, and has given a document therefor: if that man, before he married that woman, had a debt, the creditor can not hold the woman for it. But if the woman, before she entered the man's house, had contracted a debt, her creditor can not arrest her husband therefor.

152. (承前)

女が男の家に入って後、双方共に債務負へるなら、共に金貸しに返さざるを得ず。

If after the woman had entered the man's house, both contracted a debt, both must pay the merchant.

153. 間男との共犯

人の妻が、他の男と示し合はせ、各々身内(彼女の夫と間男の妻)を殺害したなら、諸共に串刺しとさるべし。

If the wife of one man on account of another man has their mates (her husband and the other man's wife) murdered, both of them shall be impaled.

154. 近親相姦

人が娘との近親相姦犯さば、その場所から放逐さるべし。

If a man be guilty of incest with his daughter, he shall be driven from the place (exiled).

155. 嫁の強姦

人が、女子を息子と婚約させ、息子彼女と交はりしに、その後この父彼女を汚し、捕はれたなら、縛られ水に投げ込まるべし。

If a man betroth a girl to his son, and his son have intercourse with her, but he (the father) afterward defile her, and be surprised, then he shall be bound and cast into the water (drowned).

156. 婚約者の強姦

人が、女子を息子と婚約さすも、息子手を出さぬままの彼女を汚したとなれば。金半ミナを償ひ、彼女が父の家からの持参品悉く賠償すべし。女は意中の人と結婚して差し支へなし。

If a man betroth a girl to his son, but his son has not known her, and if then he defile her, he shall pay her half a gold mina, and compensate her for all that she brought out of her father's house. She may marry the man of her heart.

157. 実母との姦通

何人も父の(死)後、母と近親相姦の罪犯せるなら、諸共に火炙りにさるべし。

If any one be guilty of incest with his mother after his father, both shall be burned.

158. 義母との姦通

何人も父の(死)後、父の子生せる正妻と一緒のところを捕まれば、父の家から放逐さるべし。

If any one be surprised after his father with his chief wife, who has borne children, he shall be driven out of his father's house.

159. 婚約破棄の代償

何人も、義父の家に家財持ち込み、結納金まで納めながら、別の妻を探し義父に「あなたの娘は欲しくない」 と申すに於ては。娘の父、持ち込まれしもの悉く取り上げて差し支えなし。

If any one, who has brought chattels into his father-in-law's house, and has paid the purchase-money, looks for another wife, and says to his father-in-law: "I do not want your daughter," the girl's father may keep all that he had brought.

160. (承前)

人が、義父の家に家財持ち込み、(妻の)結納金納むに於て。娘の父曰く「お前に娘はやれん」と告ぐには、持参品悉く返却すべし。

If a man bring chattels into the house of his father-in-law, and pay the "purchase price" (for his wife): if then the father of the girl say: "I will not give you my daughter," he shall give him back all that he brought with him.

160. (承前)

人が、義父の家に結納持ち込み、結婚の合意に漕ぎ着けながら、娘の父曰く「お前に娘はやれん」と告ぐに於ては。義父は彼が持参金を2倍にして返すべし。

If a man bring a present to the house of his father-in-law and give a marriage settlement and the father of the daughter say, "I will not give thee my daughter;" he (i.e., the father-in-law) shall double the amount which was brought to him and return it.(Harper translation)

161. (承前)

人が、義父の家に家財持ち込み結納金納めながら、友人の告げ口あって、義父から「お前に娘はやれん 」と告げしかば。持参されし悉く、義父は余すところなく返すべし。但し彼の妻は、その友人と結婚すべからず。

If a man bring chattels into his father-in-law's house and pay the "purchase price," if then his friend slander him, and his father-in-law say to the young husband: "You shall not marry my daughter," the he shall give back to him undiminished all that he had brought with him; but his wife shall not be married to the friend.

161. 人が、義父の家に結納持ち込み、結婚を認めながら、友人の告げ口あって、義父、婚約者に「お前に娘はやれん」と告げしかば、義父は彼の持参金2倍にして返すべし。但し彼の友人、彼の妻迎へるべからず。

If a man bring a present to the house of his father-in-law and give a marriage settlement, and his friend slander him; and if his father-in-law say to the claimant for the wife, "My daughter thou shalt not have," he (the father-in-law) shall double the amount which was brought to him and return it, but his friend may not have his wife.(Harper translation)

【相続】

162. 持参金の相続

人が女性と結婚し、子等を生すに於て。この女性儚くなるも、彼女の父親は持参金につき、何ら請求し得ず、そは子等のものなり。

If a man marry a woman, and she bear sons to him; if then this woman die, then shall her father have no claim on her dowry; this belongs to her sons.

163. 持参金の返却

人が女性と結婚するも、子を生さぬまま、この女性儚くなり、義父の家に納めし結納金返済に及んでは。夫はこの女性の持参金請求し得ず、そは彼女の実家のものなり。

If a man marry a woman and she bear him no sons; if then this woman die, if the "purchase price" which he had paid into the house of his father-in-law is repaid to him, her husband shall have no claim upon the dowry of this woman; it belongs to her father's house.

164. (承前)

義父が結納金を返済せざるは、持参金から結納金相当を差し引き、残りを義父の家に納めて差し支へなし。

If his father-in-law do not pay back to him the amount of the "purchase price" he may subtract the amount of the "Purchase price" from the dowry, and then pay the remainder to her father's house.

165. 指定相続

人が最愛の息子一人に畑・園・家およびその証文やるならば。後に父亡くなり、兄弟間の遺産分割に際し。先ず彼に、父の贈物渡すべし、彼そを受くべし。残りの父方の財産は皆で分かち合ふべし。

If a man give to one of his sons whom he prefers a field, garden, and house, and a deed therefor: if later the father die, and the brothers divide the estate, then they shall first give him the present of his father, and he shall accept it; and the rest of the paternal property shall they divide.

166. 未婚の子の相続

人が子等に嫁取るも、下の子には嫁取らぬまま亡くなるに於ては。子等の遺産分割に際し、未だ娶らぬ下の子の取り分に加え、結納金相当を取り置きの上、その子の嫁確保すべし。

If a man take wives for his son, but take no wife for his minor son, and if then he die: if the sons divide the estate, they shall set aside besides his portion the money for the "purchase price" for the minor brother who had taken no wife as yet, and secure a wife for him.

167. 再婚者からの相続

人が妻を娶り、子等を生し。この妻が身罷りし後、再婚し子等を生し。後に父亡くなるに際し、子等は母に従い遺産分割すべからず。持参金のみ、その様にすべし。父方の遺産は、めいめい等しく分かち合ふべし。

If a man marry a wife and she bear him children: if this wife die and he then take another wife and she bear him children: if then the father die, the sons must not partition the estate according to the mothers, they shall divide the dowries of their mothers only in this way; the paternal estate they shall divide equally with one another.

【親子】

168. 勘当理由の吟味

人が子を家から追ひやらむとし、判事が前に「あげな子は勘当や」とぞ宣ふに、判事たる者その言ひ分よく吟味すべし。勘当すべき大いなる過失なく罪犯さざりしに、我が子を父は見捨てるべからず。

If a man wish to put his son out of his house, and declare before the judge: "I want to put my son out," then the judge shall examine into his reasons. If the son be guilty of no great fault, for which he can be rightfully put out, the father shall not put him out.

169. (承前)

その子、勘当せざるを得ぬほど重大なる過失にて、有罪と認められるに於て、まだ初犯ならば父は許すべし。しかし再犯にて有罪となれば、父は息子と、親子の縁切るも致し方なし。

If he be guilty of a grave fault, which should rightfully deprive him of the filial relationship, the father shall forgive him the first time; but if he be guilty of a grave fault a second time the father may deprive his son of all filial relation.

170. 正妻の子と側妻の子

人に妻がその子を生し、また下女も子を生せることありて、且つ父の存命中、下女の生せる子等を「我が息子たち」と呼び、妻の息子たちと共に読み渡りければ。この父の身罷りし後に於ては、妻及び家政婦の子等、父方の遺産を共に分かち合ふべし。妻の子、取り仕切り為せ。

If his wife bear sons to a man, or his maid-servant have borne sons, and the father while still living says to the children whom his maid-servant has borne: "My sons," and he count them with the sons of his wife; if then the father die, then the sons of the wife and of the maid-servant shall divide the paternal property in common. The son of the wife is to partition and choose.

171. (承前)

対して、存命中に父が下女の子を「我が息子たち」と呼ばずして、父亡くなるに及んでは。下女の子は妻の子と資産共有し得ず、されど下女とその子の解放認めらるべし。妻の子に、下女の子を下人にする権利を認めず。妻は(父親からの)持参金と、夫からの証文つき遺贈(持参金とは別の、または父親に納められた結納)を受け取り、夫の家に住まふべし。生ある限り、彼女これを享有すべし、金銭に換へることならず。彼女が遺せる何物も、彼女の子供たちのものとなるべし。

If, however, the father while still living did not say to the sons of the maid-servant: "My sons," and then the father dies, then the sons of the maid-servant shall not share with the sons of the wife, but the freedom of the maid and her sons shall be granted. The sons of the wife shall have no right to enslave the sons of the maid; the wife shall take her dowry (from her father), and the gift that her husband gave her and deeded to her (separate from dowry, or the purchase-money paid her father), and live in the home of her husband: so long as she lives she shall use it, it shall not be sold for money. Whatever she leaves shall belong to her children.

【相続】

172. 指定なき妻の相続

夫から妻に遺贈なかりせば、彼女は持参金を補償され、夫の遺産から子供1人分になる分け前受け取るべし。さても彼女の子、辛く当り、家から出るを強いるに及んでは。判事は事件を吟味し、子に過失あるならば、女性を夫の家から逐ふべからず。女性その家出むとするなら、子等に夫からの結納置かざるを得ず、但し父親の家からの持参金受け取るはよし。而して意中の人と結婚して差し支へなし。

If her husband made her no gift, she shall be compensated for her gift, and she shall receive a portion from the estate of her husband, equal to that of one child. If her sons oppress her, to force her out of the house, the judge shall examine into the matter, and if the sons are at fault the woman shall not leave her husband's house. If the woman desire to leave the house, she must leave to her sons the gift which her husband gave her, but she may take the dowry of her father's house. Then she may marry the man of her heart.

173. (承前)

この女の再婚先にて、再婚相手の子を生し、而して亡くなれば。先の息子と、後の息子は、持参金を皆で分割すべし。

If this woman bear sons to her second husband, in the place to which she went, and then die, her earlier and later sons shall divide the dowry between them.

174. (承前)

再婚相手に子を生さぬなら、先の夫の子が持参金を得べし。

If she bear no sons to her second husband, the sons of her first husband shall have the dowry.

175. 人の娘と下男の子

宮廷下人または奉公人の下人が人の娘を娶り、子を生せるに於ては。下人の主人と雖も、その子を下人にする権利持ち得ず。

If a State slave or the slave of a freed man marry the daughter of a free man, and children are born, the master of the slave shall have no right to enslave the children of the free.

176. (承前)

宮廷下人または奉公人の下人が人の娘を娶るや、結婚に当たり彼女が父親の家から持参金持ち込めるに於ては。夫婦2人はそれを享受し家を立て、財産を蓄積し、そして下人亡くなれば。女は持参金、そして夫と2人して稼げる全てを引き継ぎ、これ2つに割くべし。半分を下人の主人が取り、残り半分は女が子供たちに取り置くべし。女に持参金有らずんば、彼女は夫と2人して稼げる全てを引き継ぎ、2つに割くべし。下人の主人は半分を取り、もう一方を女が子供たちに取り置くべし。

If, however, a State slave or the slave of a freed man marry a man's daughter, and after he marries her she bring a dowry from a father's house, if then they both enjoy it and found a household, and accumulate means, if then the slave die, then she who was free born may take her dowry, and all that her husband and she had earned; she shall divide them into two parts, one-half the master for the slave shall take, and the other half shall the free-born woman take for her children. If the free-born woman had no gift she shall take all that her husband and she had earned and divide it into two parts; and the master of the slave shall take one-half and she shall take the other for her children.

177. 子連れ再婚の審査

寡婦に幼子有れば、別の家に入る(再婚)を望めるに於て、判事の関知なくしてその家に入るは許さず。彼女別の家に入るには、判事まづ先夫の家の状態よく吟味すべし。而して、前夫の家は、後夫と彼女を管理者として託さるべし、その旨の記録為さざるを得ず。彼女は家を整頓し、子を育てるべし、家財道具は売るべからず。寡婦の子供たちの道具買ひ上ぐは銀子を失ひ、品物は持ち主に返さるべし。

If a widow, whose children are not grown, wishes to enter another house (remarry), she shall not enter it without the knowledge of the judge. If she enter another house the judge shall examine the state of the house of her first husband. Then the house of her first husband shall be entrusted to the second husband and the woman herself as managers. And a record must be made thereof. She shall keep the house in order, bring up the children, and not sell the house-hold utensils. He who buys the utensils of the children of a widow shall lose his money, and the goods shall return to their owners.

178. 「神の姉妹」または女官の相続

「神の姉妹」または遊女に、父親が持参金及びその証文与へしに於て、しかしその証書、彼女の欲すまにまに遺贈し得るとは記されず、処分の権利ありと明らかにせぬものにして、後に彼女の父亡くなれば。彼女の兄弟、畑と園を確保し、分け前に応じ穀物・油・乳を与え、彼女を納得せしめよ。彼女の兄弟、分け前に応じ穀物・油・乳を彼女に与へぬに於ては、畑と園、彼女に授かるべし。彼女の生ある限り、畑と園の用益権及び父親からの贈り物全てを得るべし、但し他人へ売却または譲渡すべからず。彼女に関する相続権は、その兄弟に帰属する。

If a "devoted woman" or a prostitute to whom her father has given a dowry and a deed therefor, but if in this deed it is not stated that she may bequeath it as she pleases, and has not explicitly stated that she has the right of disposal; if then her father die, then her brothers shall hold her field and garden, and give her corn, oil, and milk according to her portion, and satisfy her. If her brothers do not give her corn, oil, and milk according to her share, then her field and garden shall support her. She shall have the usufruct of field and garden and all that her father gave her so long as she lives, but she can not sell or assign it to others. Her position of inheritance belongs to her brothers.

179. (承前)

「神の姉妹」または女官、父親から遺贈及び、欲すまにまに処分し得る、全き処分権を与へると明らかに為せる証書を受け取りしかば。

彼女の父亡くなり次第、乃ち彼女は誰なりと、自分の遺産相続人を選んでよし。彼女の兄弟、それに対し何ら請求立て得ず。

If a "sister of a god", or a prostitute, receive a gift from her father, and a deed in which it has been explicitly stated that she may dispose of it as she pleases, and give her complete disposition thereof: if then her father die, then she may leave her property to whomsoever she pleases. Her brothers can raise no claim thereto.

180. 娘への遺贈

父親が(結婚の可能不可能を問わず)娘に、遺贈を決め、後に亡くなれば。娘は父の子として遺産の一部を受け取り、生ある限り、その用益権を享受するもの也。その遺産は兄弟に帰属する。

If a father give a present to his daughter — either marriageable or a prostitute (unmarriageable) — and then die, then she is to receive a portion as a child from the paternal estate, and enjoy its usufruct so long as she lives. Her estate belongs to her brothers.

181. 神に捧げられた神殿女性の相続

父親が神殿の女官または神殿の処女を神に捧げ、遺贈なきに於ては。此の父親亡くなりしかば、父親の家継げる者より、子の取り分の1/3を彼女受け、生ある限り、その用益権享受すべし。彼女の遺産は兄弟に帰属す。

If a father devote a temple-maid*141 or temple-virgin*142 to God and give her no present: if then the father die, she shall receive the third of a child's portion from the inheritance of her father's house, and enjoy its usufruct so long as she lives. Her estate belongs to her brothers.

182.(承前)

父親が娘を(前条のように)都市バビロンに坐す神マルドゥクの妻として捧げ、遺贈も証書もやらぬに於て。而して父親亡くなり次第、彼女は兄弟から、父の家の子にあるべき取り分×1/3相当を受け取るべし、但しその遺産は、意中の者に遺すをマルドゥク許し給ふ。

If a father devote his daughter as a wife of Mardi*143 of Babylon*144 (as in 181), and give her no present, nor a deed; if then her father die, then shall she receive one-third of her portion as a child of her father's house from her brothers, but Marduk may leave her estate to whomsoever she wishes.

182. 人が、都市バビロンに坐す神マルドゥクの巫女たる娘に、持参金与へず、贈与証書も認めざるに於ては。その父親亡くなりしかば、娘は兄弟との分け前として、父親の家の遺産につき息子の1/3を受け取るべし、但し事業経営に関はるべからず。マルドゥクの巫女、意中の者に、その遺産を継がせて差し支へなし。

If a man do not give a dowry to his daughter, a priestess of Marduk of Babylon, and do not write for her a deed of gift; after her father dies she shall receive as her share with her brothers one-third the portion of a son in the goods of her father's house, but she shall not conduct the business thereof. A priestess of Marduk, after her (death), may give to whomsoever she may please.(Harper translation)

183. 側女の娘が受け取る物

人が側室の娘に持参金、夫、及び証書呉れて遣るに於ては。後、父親亡くならふとも、娘は父方の遺産何ら受け取るを得ず。

If a man give his daughter by a concubine a dowry, and a husband, and a deed; if then her father die, she shall receive no portion from the paternal estate.

184. (承前)

人が側室の娘に持参金も夫も呉れて遣らぬまま、この父親亡くなれば。兄弟はこの娘に、父の富に応じて持参金を与へ、夫の1人も迎へてやるべし。

If a man do not give a dowry to his daughter by a concubine, and no husband; if then her father die, her brother shall give her a dowry according to her father's wealth and secure a husband for her.

【養子】

185. 養子の出戻り禁止

人が子供を養子に採り、名を与えて息子とし、養育せしものは。この息子成人に及ぶとも、出戻りを禁ず。

If a man adopt a child and to his name as son, and rear him, this grown son can not be demanded back again.

186. 養子縁組解消

人が息子を養子に出し、連れて行ける先にて、その子、養父養母傷害に及びては。この養子は実父の家に帰さるべし。

If a man adopt a son, and if after he has taken him he injure his foster father and mother, then this adopted son shall return to his father's house.

187. 神殿奉仕者の出戻り禁止

神殿奉仕者または遊女の養子は、出戻りを禁ず。

The son of a paramour in the palace service, or of a prostitute*145, can not be demanded back.

187. ギルセクムの息子取り返すは許さず、そは宮殿の警護、または帰依者の息子と為れば也。

One may not bring claim for the son of a NER.SE.GA.*146 who is a palace guard, or the son of a devotee.(Harper translation)

188. 職人養子の出戻り禁止

職人が養子に、養育を約束し、持てる技術を教へるに於ては、その子の出戻りを禁ず。

If an artizan has undertaken to rear a child and teaches him his craft, he can not be demanded back.

189. (承前)

養父が養子に、持てる技術を教へずに於ては、この養子は実父の家に帰るを得。

If he has not taught him his craft, this adopted son may return to his father's house.

190. (承前)

人が養子を取りながら面倒を見てやらず、他の子供と一緒くたに育てたなら、この養子は実父の家に戻るを得。

If a man does not maintain a child that he has adopted as a son and reared with his other children, then his adopted son may return to his father's house.

191. 離縁の代償

人が養子をとり養育し、さて家を建て実子授かるに及び、この養子用済みとならふとも、ただ道を譲らせること有るまじく。養父の財貨にして実子の相続分1/3相当を譲るべし、然る程に養子去らせてよし。畑・園・家は譲るべからず。

If a man, who had adopted a son and reared him, founded a household, and had children, wish to put this adopted son out, then this son shall not simply go his way. His adoptive father shall give him of his wealth one-third of a child's portion, and then he may go. He shall not give him of the field, garden, and house.

192. 養子の舌禍

神殿奉仕者または遊女の養子、その養親に向かひ「おまへなんか親ぢゃない」と申すに於ては、その舌ちょん切る。

If a son of a paramour or a prostitute say to his adoptive father or mother: "You are not my father, or my mother," his tongue shall be cut off.*147

193. 養子の不忠

神殿奉仕者の養子、実父の家を望み、養父養母を捨て実父の家へ去ぬに於ては、その目抉り出さるべし。

If the son of a paramour or a prostitute desire his father's house, and desert his adoptive father and adoptive mother, and goes to his father's house, then shall his eye be put out.

194. 乳母の不忠

人がその子を乳母に預け、乳母の腕の中にその子亡くなるも、父母に知らせずして別の子供へ授乳せるに於ては。父母の関知なく別の子供へ授乳した科にて有罪とされ、その胸ちょん切る。

If a man give his child to a nurse and the child die in her hands, but the nurse unbeknown to the father and mother nurse another child, then they shall convict her of having nursed another child without the knowledge of the father and mother and her breasts shall be cut off.

【傷害】

聖書への引用により、おそらくハンムラヒの法典に於て最も有名な一節。

出エジプト記21章

22 もし人が互に争って、身ごもった女を撃ち、これに流産させるならば、ほかの害がなくとも、彼は必ずその女の夫の求める罰金を課せられ、裁判人の定めるとおりに支払わなければならない。

23 しかし、ほかの害がある時は、命には命、

24 目には目、歯には歯、手には手、足には足、

25 焼き傷には焼き傷、傷には傷、打ち傷には打ち傷をもって償わなければならない。

マタイによる福音書5章

38 『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。

39 しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。

聖書には他にも多大な影響が認められ、その比較は William Walter Davies による The Codes of Hammurabi and Moses(1905、未訳)に、king 英訳を元に解説されているので、何れ翻訳する。

195. 子が父を殴打

子が父を殴りしに於ては、その両手を刎ねらるべし。

If a son strike his father, his hands shall be hewn off.

196. 目には目を

人が人の目を抉り出したなら、その目を抉り出さるべし。

If a man put out the eye of another man, his eye shall be put out.

197. (承前)骨には骨を

人の骨を砕いたなら、その骨を砕かるべし。

If he break another man's bone, his bone shall be broken.

198. 奉公人ならその値を

奉公人の目を抉り出し、又は骨を砕いたなら、金1ミナを償ふべし。

If he put out the eye of a freed man, or break the bone of a freed man, he shall pay one gold mina.

199. 下人なら半額を

人の下人の目を抉り出し、又は骨を砕いたなら、その値の半額を償ふべし。

If he put out the eye of a man's slave, or break the bone of a man's slave, he shall pay one-half of its value.

200. 歯には歯を

人が同じ身分の者の歯を折ったなら、その歯を折らるべし。

If a man knock out the teeth of his equal, his teeth shall be knocked out.

201. (承前)奉公人の歯なら

奉公人の歯を折ったなら、金1/3ミナを償ふべし。

If he knock out the teeth of a freed man, he shall pay one-third of a gold mina.

202. 高位の人を殴打

何人も、高位の人を殴打したなら、鞭打ち60を公衆の前に受けるべし。

If any one strike the body of a man higher in rank than he, he shall receive sixty blows with an ox-whip in public.

203. 同位の殴打

人が一般の人又は相当の身分の者を殴打したなら、金1ミナを償ふべし。

If a free-born man strike the body of another free-born man or equal rank, he shall pay one gold mina.

204. 奉公人同士の殴打

奉公人が奉公人を殴打したなら、銀10シケルを償ふべし。

If a freed man strike the body of another freed man, he shall pay ten shekels in money.

205. 下人が奉公人を殴打

奉公人の下人が奉公人を殴打したなら、下人は耳を削ぎ落とさるべし。

If the slave of a freed man strike the body of a freed man, his ear shall be cut off.

206. 暴行傷害

人が喧嘩して他人を殴打し傷つけたなら。「故意に傷つけたものではない」と誓ひ、治療費を負担すべし。

If during a quarrel one man strike another and wound him, then he shall swear, "I did not injure him wittingly," and pay the physicians.

207. (承前)傷害致死

その人が負傷から死に至ったなら。同様に誓ふべし、故人もし自由人ならば、金半ミナを償ふべし。

If the man die of his wound, he shall swear similarly, and if he (the deceased) was a free-born man, he shall pay half a mina in money.

208. (承前)奉公人なら

奉公人であれば、1/3ミナを償ふべし。

If he was a freed man, he shall pay one-third of a mina.

209. 妊婦を殴打

人が女性を殴打し、胎児を失ふに至らしめたなら、銀10シケルを償ふべし。

If a man strike a free-born woman so that she lose her unborn child, he shall pay ten shekels for her loss.

210. (承前)妊婦の傷害致死

女が死んでしまったら、加害者の娘が死を賜るべし。

If the woman die, his daughter shall be put to death.

211. (承前)奉公人なら

殴打により、奉公人程度の女が児を亡くしたなら、銀5シケルを償ふべし。

If a woman of the free class lose her child by a blow, he shall pay five shekels in money.

212. (承前)

その女が死んでしまったら、金半ミナを償ふべし。

If this woman die, he shall pay half a mina.

213. (承前)下女なら

人の下女を殴打し、その児を亡くしたら、銀2シケルを償ふべし。

If he strike the maid-servant of a man, and she lose her child, he shall pay two shekels in money.

214.(承前)

そのメイド死に至れば、金1/3ミナを償ふべし。

If this maid-servant die, he shall pay one-third of a mina.

【手術・治療等結果の報い】

215. 手術成功の報酬

医師が手術刀もて大切開して治す、或いは手術刀もて(目の上なる)腫瘍を切開し目を治すなら、銀10シケルを受け取るべし。

If a physician make a large incision*148 with an operating knife and cure it, or if he open a tumor (over the eye) with an operating knife, and saves the eye, he shall receive ten shekels in money.

216. (承前)奉公人なら

患者が奉公人であれば、5シケルを受け取る。

If the patient be a freed man, he receives five shekels.

217. (承前)下人なら

下人であれば、その主人が医師に2シケルを酬ゆべし。

If he be the slave of some one, his owner shall give the physician two shekels.

218. 患者死亡の罰

医師が手術刀もて大切開の末、患者を死なせた、或いは手術刀もて腫瘍を切開するのに、目を切ったなら、その両手を刎ねらるべし。

If a physician make a large incision with the operating knife, and kill him, or open a tumor with the operating knife, and cut out the eye, his hands shall be cut off.

219. (承前)奉公人の下人なら

医師が奉公人の下人に大切開を行い、死なせた場合、医師は別の下人へ入れ換えるべし。

If a physician make a large incision in the slave of a freed man, and kill him, he shall replace the slave with another slave.

220. (承前)下人の目玉なら

手術刀もて腫瘍を切開するに、目玉を剔出してしまったら、下人の値段の半分を償ふべし。

If he had opened a tumor with the operating knife, and put out his eye, he shall pay half his value.

221. 骨折等治療の報酬

医師が人の骨折または病んだ軟部を治療したなら、患者は医師に銀5シケルを酬ゆべし。

If a physician heal the broken bone or diseased soft part*149 of a man, the patient shall pay the physician five shekels in money.

222. (承前)奉公人なら

奉公人であれば、3シケルを酬ゆべし。

If he were a freed man he shall pay three shekels.

223. (承前)下人なら

下人であれば、その主人が医師に2シケルを酬ゆべし。

If he were a slave his owner shall pay the physician two shekels.

 

224. 家畜の手術料

獣医が、驢や牛に大きな手術を行って治したなら、飼い主は獣医に1/6シケルを料金として酬ゆべし。

If a veterinary surgeon perform a serious operation on an ass or an ox, and cure it, the owner shall pay the surgeon one-sixth of a shekel as a fee.

 

225. (承前)家畜死亡の償い

大きな手術を驢や牛に行って死なせたら、その値の1/4を飼い主に償ふべし。

If he perform a serious operation on an ass or ox, and kill it, he shall pay the owner one-fourth of its value.

【下人の印】

226. 不正切除

床屋が、その主人の関知なくして、下人の印を売り物でない下人から剃り落とすなら、床屋は両手を刎ねらるべし。

If a barber, without the knowledge of his master, cut*150 the sign of a slave*151 on a slave not to be sold, the hands of this barber shall be cut off.

227. 不正表示

何人も、床屋を欺き、売り物に在らざる下人に下人の印を付けさせしかば、死を賜り、その家に埋めらるべし。床屋誓ふべきは「故意に印を付けてはおりません」と、然る程に無罪となるべし。

If any one deceive a barber, and have him mark a slave not for sale with the sign of a slave, he shall be put to death, and buried in his house. The barber shall swear: "I did not mark him wittingly," and shall be guiltless.

【建築の報い】

228. 新築の報酬

大工が人の家を建て完成したら、見付面積*1521サル当たり2シケルの料金を受くべし。

If a builder*153 build a house for some one and complete it, he shall give him a fee of two shekels in money for each sar of surface.

229. 欠陥住宅の死亡事故

大工が人の家を建て、その造り要領を得ずして建てた家崩じ、その持ち主を死なせたら、その大工は死を賜るべし。

If a builder build a house for some one, and does not construct it properly, and the house which he built fall in and kill its owner, then that builder shall be put to death.

230. (承前)息子が死んだら

その家の息子死なせたら、大工の息子が死を賜るべし。

If it kill the son of the owner the son of that builder shall be put to death.

231. (承前)下人が人死んだら

その家の下人死なせたら、その下人に代はる下人を主人に償ふべし。

If it kill a slave of the owner, then he shall pay slave for slave to the owner of the house.

232.  (承前)再建

商品を損ねたなら、損ねられたもの一切を補償すべし。この家、造りの要領得ずして崩ずるものゆゑ、大工の負担に於て再建すべし。

If it ruin goods, he shall make compensation for all that has been ruined, and inasmuch as he did not construct properly this house which he built and it fell, he shall re-erect the house from his own means.

233.  (承前)補修

大工が人の家を建て、まだ完成して居らずとも。壁がぐらついているようなら、大工の負担に於て壁を堅く為さざるべからず。

If a builder build a house for some one, even though he has not yet completed it; if then the walls seem toppling, the builder must make the walls solid from his own means.

【造船】

234. 舟艇新造

船大工、人に60グルの舟艇建造せるに於ては、銀子2シケル酬ゆべし。

If a shipbuilder build a boat of sixty gur for a man, he shall pay him a fee of two shekels in money.

235. 1年保証

船大工、舟艇建造するに堅牢とせず、納品されしその年に破損蒙れば。船大工は自己負担にて、舟艇分解の上、これを堅く組み直すべし、堅牢なる舟艇持ち主へ引渡すべし。

If a shipbuilder build a boat for some one, and do not make it tight, if during that same year that boat is sent away and suffers injury, the shipbuilder shall take the boat apart and put it together tight at his own expense. The tight boat he shall give to the boat owner.

【水運】

236. 貸船難破の賠償

人が船頭に貸せる船、かの船頭不注意にして、難破または座礁さるに於ては。船頭は船主に代償として、別の船引渡すべし。

If a man rent his boat to a sailor, and the sailor is careless, and the boat is wrecked or goes aground, the sailor shall give the owner of the boat another boat as compensation.

237. 雇われ船長の難破賠償

人が、雑穀・衣類・油・ナツメヤシ・その他必需品届ける船及び船頭雇ふに於て、船頭の不注意より難破を招き、中の物ササホウサにしをつては。かの船頭、難破せる船及び台無しに為せる積荷全てを補償すべし。

If a man hire a sailor and his boat, and provide it with corn, clothing, oil and dates, and other things of the kind needed for fitting it: if the sailor is careless, the boat is wrecked, and its contents ruined, then the sailor shall compensate for the boat which was wrecked and all in it that he ruined.

238. 難破船引揚げ

船頭にして、人の船を壊し乍も、引揚げるに於ては、舟の値段の半分を銀子にて償ふべし。

If a sailor wreck any one's ship, but saves it, he shall pay the half of its value in money.

239. 船頭への報酬

人が船頭雇ふに於ては、年当り雑穀6グル支給すべし。

If a man hire a sailor, he shall pay him six gur of corn per year.

240. 渡し船撃沈の賠償

手代が渡し船にぶつかり壊せるに於ては、壊されし船の船主は、神明裁判求むべし。渡し船壊せる手代の主は、船及び台無しに為せる全てを船主に償はざるを得ず。

If a merchantman run against a ferryboat, and wreck it, the master of the ship that was wrecked shall seek justice before God; the master of the merchantman, which wrecked the ferryboat, must compensate the owner for the boat and all that he ruined.

【牛馬】

241. 牛の抵当

何人も、強制労働の印、牛に押せるに於ては、銀子1/3ミナ支払ふべし。*154

If any one impresses an ox for forced labor, he shall pay one-third of a mina in money.

241. 人が借金のカタに牛1頭押収するに於ては、銀1/3マナ貸すべし。

If a man seize an ox for debt, he shall pay one-third mana of silver.(Harper translation)

242. 牛の賃貸料

何人も、牛を1年借りるには、穀物4ガル負担すべし。

If any one hire oxen for a year, he shall pay four gur of corn for plow-oxen.

243. (承前)

牛の群れを借りるなら、穀物3グル飼主に納むべし。

As rent of herd cattle he shall pay three gur of corn to the owner.

244. 獅子による損失

何人も、借りたる牛や驢馬、獅子が野原に襲ふに於ては、その損失、飼主負ふべし。

If any one hire an ox or an ass, and a lion kill it in the field, the loss is upon its owner.

245. 過失からの損害賠償

何人も牛を借り、扱い悪いか打ちて死なせるに於ては、代はりの牛を以て飼主に賠償すべし。

If any one hire oxen, and kill them by bad treatment or blows, he shall compensate the owner, oxen for oxen.

246. (承前)牛の骨折

人の借りたる牛、その足を骨折または首の靭帯切るに於ては、代はりの牛を以て飼主に弁償すべし。

If a man hire an ox, and he break its leg or cut the ligament of its neck, he shall compensate the owner with ox for ox.

247. (承前)牛の失明

何人も牛を借り、その目潰すに至れば、牛の値段の半額を飼主に償ふべし。

If any one hire an ox, and put out its eye, he shall pay the owner one-half of its value.

248. (承前)牛の損傷

何人も借りた牛の角を折る、尻尾を切る、鼻面を傷つけるに於ては、牛の値段の1/4を銀子にて償ふべし。

If any one hire an ox, and break off a horn, or cut off its tail, or hurt its muzzle, he shall pay one-fourth of its value in money.

249. (承前)不慮の事故

何人も借りた牛、不慮の事にて死なすに於ては、牛を借りた人神前に誓約為すにより、無罪とさるべし。

If any one hire an ox, and God strike it that it die, the man who hired it shall swear by God and be considered guiltless.

250. 牛の一突き

牛が通り(市場)を通過中、誰か手を出し死なせたなら、所有者は訴訟において(雇用者に対して)請求為し得ず。*155

If while an ox is passing on the street (market) some one push it, and kill it, the owner can set up no claim in the suit (against the hirer).

250. 雄牛が通りを抜けるとき、人を突いて死に至らしむも、この件に咎めなし。

If a bull, when passing through the street, gore a man and bring about his death, this case has no penalty.(Harper translation)

251. 暴れ牛の管理責任

牛に暴れ癖があり、暴れるものと判って居ながら、角を縛ったり繋ぎ止めたりしなかったものが、(一般)人を襲って死なせるに於ては。持主は、銀子半ミナ償ふべし。

If an ox be a goring ox, and it shown that he is a gorer, and he do not bind his horns, or fasten the ox up, and the ox gore a free-born man and kill him, the owner shall pay one-half a mina in money.

252. (承前)下人なら

牛が人の下人死なすに於ては、銀1/ 3ミナ償ふべし。

If he kill a man's slave, he shall pay one-third of a mina.

農奴

253.受託耕作人の横領

人が他の人に、畑の世話さすべく合意の上。種をやり、牛のくびき託し、耕作すべく縛れる者、苗穀物を盗み我が物と為すに於ては、その両手刎ねらるべし。*156

If any one agree with another to tend his field, give him seed, entrust a yoke of oxen to him, and bind him to cultivate the field, if he steal the corn or plants, and take them for himself, his hands shall be hewn off.

253. 人が農場監督する人を雇ふに、種を与へ、牛を預け、畑作すべく契約しながら、その者、種なり作物なり掠め盗り、そを所持せるところ見つかれば。彼が十指切り落さるべし。

If a man hire a man to oversee his farm and to furnish him the seed-grain and intrust him with oxen and contract with him to cultivate the field, and that man steal either the seed or the crop and it be found in his possession, they shall cut off his fingers.(Harper translation)

254.(承前)種のみなら

種を横領するのみ、牛のくびき使はぬに於ては、補償すべきは種の量次第。

If he take the seed-corn for himself, and do not use the yoke of oxen, he shall compensate him for the amount of the seed-corn.

255.(承前)耕作放棄したなら

くびき掛ける牛を又貸し、または穀物の種掠め、畑作らざるに於ては。受託者有罪とされ、100ガン当り60グルの穀物を償ふべし。

If he sublet the man's yoke of oxen or steal the seed-corn, planting nothing in the field, he shall be convicted, and for each one hundred gan he shall pay sixty gur of corn.

256. (承前)賠償できない場合の懲役

彼が村、その負担受けずに於ては、受託者は牛共々、その畑に置かる(仕事につく)べし。*157

If his community will not pay for him, then he shall be placed in that field with the cattle (at work).

256.受託者その義務を果たせずにあれば、牛と共にその畑に捨て置かるべし。

If he be not able to meet his obligation, they shall leave him in that field with the cattle.(Harper translation)

【農耕の給料・賠償】

257. 農夫の給料

何人も、耕作人*158を雇ふには、年に穀物8グル酬ゆべし。

If any one hire a field laborer, he shall pay him eight gur of corn per year.

258.牛追いの給料

何人も、牛追ひを雇ふには、年に穀物6グル酬ゆべし。

If any one hire an ox-driver, he shall pay him six gur of corn per year.

259. 犂泥棒

何人も、水車を畑から盗むに於ては、その持主に銀子5シケル償ふべし。

If any one steal a water-wheel*159 from the field, he shall pay five shekels in money to its owner.

§ 259.—XXXVIII, 10–15.
(Akkadian transliteration by Robert Francis Harper)
10 šum-ma a-wi-lum
11 GIŠ.APIN*160 i-na ugarim
12 iš-ri-iḳ
13 V šiḳil kaspim
14 a-na be-el GIŠ.APIN
15 i-na-ad-di-in
260. (承前)馬鍬泥棒

何人も、(川や運河から水を引くために使用される)撥ね釣瓶または犁を盗むに於ては、銀子3シケル償ふべし。

If any one steal a shadduf (used to draw water from the river or canal)*161 or a plow*162, he shall pay three shekels in money.

§ 260.—XXXVIII, 16–20.
(Akkadian transliteration)
16 šum-ma*163 GIŠ.APIN.TUK.KIN*164
17 u lu GIŠ.GAN.UR*165
18 iš-ta-ri-iḳ
19 III šiḳil kaspim
20 i-na-ad-di-kiin

【牧童】

261. 牧童の給料

何人も、牛や羊の牧童雇ふに於ては、穀物にして年に8グル支給すべし。

If any one hire a herdsman for cattle or sheep, he shall pay him eight gur of corn per annum.

262. (承前)

何人も、牛か羊か[欠]

If any one, a cow or a sheep [...]

263. (承前)

預かりし牛または羊死なすに於ては、これに代はるべき牛または羊、飼主に補償すべし。

If he kill the cattle or sheep that were given to him, he shall compensate the owner with cattle for cattle and sheep for sheep.

264. 家畜の損失補償

牛または羊の見張りを託され、合意せる賃金文句なく受け取れる牧童、牛または羊の数を減らすか、出生減を招くに於ては。契約になる条件からして損失となる頭数または利益を回復すべし。

If a herdsman, to whom cattle or sheep have been entrusted for watching over, and who has received his wages as agreed upon, and is satisfied, diminish the number of the cattle or sheep, or make the increase by birth less, he shall make good the increase or profit which was lost in the terms of settlement.

265. 牧童の不正報告・横領

牛や羊の世話を託されし牧童、詐欺を働き、偽りの自然増を報告または、家畜を銀子へ換へるに於ては。有罪とされ、損失の10倍を飼主へ償ふべし。

If a herdsman, to whose care cattle or sheep have been entrusted, be guilty of fraud and make false returns of the natural increase, or sell them for money, then shall he be convicted and pay the owner ten times the loss.

266. 被災無過失

かの家畜、厩舎にて神に召された(事故に遭った)、または獅子に喰はれたなら。牧童は神前に無実を宣誓し、厩舎の事故飼主にて負担すべし。

If the animal be killed in the stable by God (an accident), or if a lion kill it, the herdsman shall declare his innocence before God, and the owner bears the accident in the stable.

267. 牧童の過失責任

牧童何やら余所見の隙に、厩舎にて事故あれば、厩舎に起こせる事故の責任を負ひ、当該牛や羊の分を飼主に補償せざるべからず。

If the herdsman overlook something, and an accident happen in the stable, then the herdsman is at fault for the accident which he has caused in the stable, and he must compensate the owner for the cattle or sheep.

【家畜】

268. 牛の脱穀用賃貸

何人も、脱穀に牛を借りるに於ては、借り賃穀物にして20クァとす。

If any one hire an ox for threshing*166, the amount of the hire is twenty ka of corn.

269. (承前)驢馬の賃貸

脱穀に驢馬を借りるにも、借り賃穀物20クァとす。

If he hire an ass for threshing, the hire is twenty ka of corn.

269. 脱穀に驢馬を借りるに於ては、穀物10 クァを借り賃とす。

If he hire an ass to thresh, 10 KA*167 of grain is its hire.(Harper translation)

270. (承前)

脱穀に若い動物借りるに於ては、借り賃穀物10クァとす。

If he hire a young animal for threshing, the hire is ten ka of corn.

270. 脱穀に若い動物(山羊)借りるに於ては、穀物1KAを借り賃とす。

If he hire a young animal (goat) to thresh, 1 KA of grain is its hire.(Harper translation)

§ 270.—XXXVIII, 96–98.
(Akkadian transliteration)

96 šum-ma lalâm*168
97 a-na di-a-ši-im i-gur
98 I ḲA*169 še’im ID-šu

271. 牛車一式の賃貸

何人も、牛及び牛車借り、牛追ひ雇ふに於ては、穀物にして1日あたり180クァ酬ゆべし。

If any one hire oxen, cart and driver, he shall pay one hundred and eighty ka of corn per day.

272. 牛車のみの賃貸

何人も、牛車のみ借るに於ては、穀物にして1日あたり40クァ酬ゆべし。

If any one hire a cart alone, he shall pay forty ka of corn per day.

【人の雇用】

273. 日雇い人夫の賃金

日雇い人夫雇ふに於ては、正月から5の月(日が長く、より働く4月から8月)までは、銀子にて日給6シェ酬ゆべし。6の月から年末までは、日に5シェ酬ゆべし。

If any one hire a day laborer, he shall pay him from the New Year until the fifth month (April to August, when days are long and the work hard)*170 six gerahs in money per day; from the sixth month to the end of the year he shall give him five gerahs per day.

§ 273.—XXXIX, 8–19.

(Akkadian transliteration)

8 šum-ma a-wi-lum 9 amêluagram i-gur 10 iš-tu ri-eš*171 bša-at-tim*172 11 a-di ḫa-am-ši-im barḫi-im 12 VI ŠE*173 kaspim 13 i-na ûmi Ikam 14 i-na-ad-di-in 15 iš-tu ši-bši-im arḫi-im 16 a-di ta-ak-ti-da bša-at-tim 17 V ŠE kaspim 18 i-na ûmi Ikam 19 i-na-ad-di-in

274. 職人の賃金

何人も、熟練工を雇ふに於ては日給として、[欠] には5シェ、陶芸家には5シェ、仕立屋には5シェ、[欠]シェ、縄綯には4シェ、[欠]シェ、石工には[欠]シェ酬ゆべし。

If any one hire a skilled artizan, he shall pay as wages of the [...] five gerahs, as wages of the potter five gerahs, of a tailor five gerahs, of [...] gerahs, [...] of a ropemaker four gerahs, of [...] gerahs, of a mason [...] gerahs per day.

275. 渡し船賃貸

何人も、渡し船借上げに於ては、日に銀子3ゲラ酬ゆべし。

If any one hire a ferryboat, he shall pay three gerahs*174 in money per day.

275. 人が [欠] を雇ふなら、1日当り銀3シェ酬ゆべし。

If a man hire a … its hire is 3 SE of silver per day.(Harper translation)

276. 貨物船賃貸

貨物船借上げに於ては、日に2.5シェ酬ゆべし。

If he hire a freight-boat, he shall pay two and one-half gerahs per day.

§ 276.—XXXIX, 49–52.

(Akkadian transliteration)

49 šum-ma ma-ḫi-ir-tam*175 i-gur 50 II1/2

 ŠE kaspim bID-ša 51 i-na ûmi Ikam 52 i-na-ad-di-in

277. (承前)大型船

何人も、60グル積みの船借上げに於ては、銀子にて日給1/6シケル酬ゆべし。

If any one hire a ship of sixty gur, he shall pay one-sixth of a shekel in money as its hire per day.

【下人】

278. 病人の返却

何人も、下男下女を購入し、1月にもならぬ内にベヌ病発症に於ては。当該下人は売り手に返し、その返金受けるべし。

If any one buy a male or female slave, and before a month has elapsed the benu-disease be developed, he shall return the slave to the seller, and receive the money which he had paid.

278. 人が下男下女を売れる折、月満たずして、弁膜熱下れるならば、彼(購入者)その下人を売主に返し、支払へる金銭取り戻すべし。

If a man sell a male or female slave, and the slave have not completed his month, and the bennu fever fall upon him, he (the purchaser) shall return him to the seller and he shall receive the money which he paid.(Harper translation)

279. 人買いの責任

何人も、下男下女購入せるものを、第三者求むに於ては、売手その責を負うべし。

If any one buy a male or female slave, and a third party claim it, the seller is liable for the claim.

279. 人の売る下男下女につき、(返品)要求あるに於ては、売手応へる責任あり。

If a man sell a male or female slave and there be a claim upon him, the seller shall be responsible for the claim.(Harper translation)

280. 異国の下人

異国に遊びし折、人が異国の下男下女買へるに於て、その人の帰国となるとき。下男下女の(前)所有者そを認め、かの下男下女その国の生抜ならば、無償にて解放すべし。

If while in a foreign country a man buy a male or female slave belonging to another of his own country; if when he return home the owner of the male or female slave recognize it: if the male or female slave be a native of the country, he shall give them back without any money.

281. (承前)

下男下女にして他国からの者ならば、買手は商人に支払へる費用総額を申告すべし、(前所有者)当該下人の身請けしてよし。

If they are from another country, the buyer shall declare the amount of money paid therefor to the merchant, and keep the male or female slave.

282. 下人反抗の処罰

下人にしてその主人へ曰く「お前なんか主でない」と申すに於て、有罪とされるなら、主人は其奴の耳を切り落とすべし。

If a slave say to his master: "You are not my master," if they convict him his master shall cut off his ear.

跋 The Epilogue

以上をもて正義の掟、賢明なる王ハンムラヒ|茲《こゝ》に定めたり。

正しきは法(のり)、敬(うやま)ふは典(のり)、然るべく此の国に教へよ。

Laws of justice which Hammurabi, the wise king, established. A righteous law, and pious statute did he teach the land. 

|朕《ちん》はハンムラヒ、護(まも)りの王なり。

朕は身を引くことなし、ベルの賜(たま)ひし人々、マルドゥクの授けし王権から。

朕おさおさ怠らず、皆へ安住の地|拵《こしら》へるに於て。

朕ありとあらゆる難題、之に説き明かし、照らし出せり。

Hammurabi, the protecting king am I. I have not withdrawn myself from the men, whom Bel gave to me, the rule over whom Marduk gave to me, I was not negligent, but I made them a peaceful abiding-place. I expounded all great difficulties, I made the light shine upon them. 

戦神ザママとイシュタル託せる強(こは)き兵(つはもの)もて、

水神エアの恵みし直感もて、

我がマルドゥク|賜《たまは》りし知恵もて、

朕は|上下《かみしも》(南北)の|敵《かたき》を根こそぎにし、

この大地を征服し、

この国に繁栄もたらし、

皆の住まひの安全保証は水も漏らさじ。

With the mighty weapons which Zamama and Ishtar entrusted to me, with the keen vision with which Ea endowed me, with the wisdom that Marduk gave me, I have uprooted the enemy above and below (in north and south), subdued the earth, brought prosperity to the land, guaranteed security to the inhabitants in their homes; a disturber was not permitted. 

さても大いなる神々、朕を召し給へり。

されば朕羊飼なり、救ひ|齎《もたら》せるもの也。

その杖|直《すぐ》にして、清き影我が都に敷かむ。

The great gods have called me, I am the salvation-bearing shepherd, whose staff is straight, the good shadow that is spread over my city;

我が胸に、シュメールとアッカドの地に住まふ民|抱《いだ》かむ。

我が宿りに、皆安らけく休ませむ。

我が知恵に、皆深く匿(かくま)はむ。

強きが弱きを傷つけぬやう、

寡婦や孤児たち庇護するやう、

 on my breast I cherish the inhabitants of the land of Sumer and Akkad;

 in my shelter I have let them repose in peace;

 in my deep wisdom have I enclosed them.

 That the strong might not injure the weak,

 in order to protect the widows and orphans,

我がバビロンの都に在るは、

アヌとベルの顏(かむばせ)高く上げたるエ・サギラ、

その礎(いしずへ)ぞ天壌(あめつち)と窮(きは)まりなき寺院、

 I have in Babylon the city

 where Anu and Bel raise high their head, in E-Sagil, the Temple, whose foundations stand firm as heaven and earth,

この国に正義を示し、揉め事すべてを解決し、傷つける者すべてを癒さむが為、

 我が覚(おぼ)への石に刻みし我が撰べる言の葉立てよ、義の王たる我が像の前。

 in order to bespeak justice in the land, to settle all disputes, and heal all injuries,

 set up these my precious words, written upon my memorial stone, before the image of me, as king of righteousness.

後継者へ

やがては来るべき世代すべてを通し、この国に在らむ王をして、

朕が覚(おぼ)への石に刻みし義の言葉を守らせよ。

朕が授ける国の律法、朕が定む勅令を変へること有るまじく。

朕が覚への石は誰一人傷つけず。

In future time, through all coming generations,

 let the king, who may be in the land, observe the words of righteousness which I have written on my monument;

 let him not alter the law of the land which I have given, the edicts which I have enacted;

 my monument let him not mar.

さる統治者にして知恵あり、その国|整《ととの》へ|保《たも》てるならば、この碑文に朕の刻みし言の葉守るべし。

国の律法、勅令、規則、|茲《こゝ》に朕は授けたり。朕が下せる判決、この碑文が示し行かむ。

これにより、その臣民従はしめよ、

正しきを物語り、

正しき判決下し、

この国から悪党や犯罪者を根絶し、

臣民に繁栄を与へたまへ。

 If such a ruler have wisdom, and be able to keep his land in order, he shall observe the words which I have written in this inscription;

 the rule, statute, and law of the land which I have given;

 the decisions which I have made will this inscription show him;

 let him rule his subjects accordingly, speak justice to them, give right decisions, root out the miscreants and criminals from this land, and grant prosperity to his subjects.

祝福あるいは呪詛

ハンムラヒ、シャマシュの王権(または掟)授けし義の王こそは朕なり。

朕が言の葉、思案の末なり。

朕が行ひ、等しからず。

高くあるもの之を低くし、

誇り高きを謙虚ならしめ、

倨傲を排する所以なり。

Hammurabi, the king of righteousness, on whom Shamash has conferred right (or law) am I.

 My words are well considered;

 my deeds are not equaled;

 to bring low those that were high;

 to humble the proud,

 to expel insolence.

後継すべき統治者、我が碑文に刻める我が言の葉、慮り、

我が法律を無効にしたり、

我が言葉を損じたり、

我が覚への石弄ったりせぬに於ては、

シャマシュかの王の治世延ばし給はむ、

義の王たる朕の同類として、

彼が臣民に義をもて治めたらしむべく。

 If a succeeding ruler considers my words, which I have written in this my inscription, if he do not annul my law, nor corrupt my words, nor change my monument, then may Shamash lengthen that king's reign, as he has that of me, the king of righteousness, that he may reign in righteousness over his subjects.

この統治者にしてもし我が碑文に刻める我が言葉を尊重せず、

我が呪ひ蔑み、神の呪ひ恐れず、

我が授けし律法壊し、我が言葉堕落させ、

我が覚への石弄り、我が名の処にその名記すなら、

または呪いのために他の者にそうするよう依頼するなら、

その男、王ならむと統治者ならむと、君主ならむと庶民ならむと、誰彼構はず、

偉大なる神(アヌ)、神々の父にして、朕に統治命じ遊ばすが、

その王家の栄誉潰へさせ、その尺壊し、その運命呪ひ給はむ。

 If this ruler do not esteem my words, which I have written in my inscription,

 if he despise my curses, and fear not the curse of God,

 if he destroy the law which I have given, corrupt my words, change my monument, efface my name, write his name there, or on account of the curses commission another so to do,

 that man, whether king or ruler, patesi, or commoner, no matter what he be, may the great God (Anu), the Father of the gods, who has ordered my rule, withdraw from him the glory of royalty, break his scepter, curse his destiny. 

運命据へたりし主ベルよ、その命変はることなく、我が王国を大となせる神よ、彼の者の手に余る反乱命じられますやうに。

May Bel, the lord, who fixeth destiny, whose command can not be altered, who has made my kingdom great, order a rebellion which his hand can not control;

風が彼の者の住まひ吹き転がしますやうに、

かの者定められますやうに、

呻き嘆きの占めたる年月、

欠乏に悩める年月、

飢饉に苦しめる年月、

光なき暗闇の日々、

死ぞ眼窩も虚ろに取り憑きますやうに。

 may he let the wind of the overthrow of his habitation blow,

 may he ordain the years of his rule in groaning, years of scarcity, years of famine, darkness without light, death with seeing eyes be fated to him;

神(ベル)ぞ強き口もて命ぜられますやうに、

彼の都の破壊、

彼の臣民の逃散、

彼の支配の断絶、

この国から彼が名と謂れの除去を。

 may he (Bel) order with his potent mouth the destruction of his city, the dispersion of his subjects, the cutting off of his rule, the removal of his name and memory from the land. 

大いなる母たる神后よ、

お命じのことエ・クル(バビロニアオリンパス)に止める者とて無き女王陛下よ、

我が請願へ丁寧に耳傾け給ひし女神よ、

願はくは(ベルが運命を決める)裁判と判決の席にて、

ベルの前に彼の者の事を悪に帰し給へ、

彼の者の国の荒廃及び、

その臣民の崩壊を呼び、

その生命の吸ひ出され、

ベル王陛下が口内へ注がれますやうに。

May Belit, the great Mother, whose command is potent in E-Kur (the Babylonian Olympus), the Mistress, who harkens graciously to my petitions, in the seat of judgment and decision (where Bel fixes destiny), turn his affairs evil before Bel, and put the devastation of his land, the destruction of his subjects, the pouring out of his life like water into the mouth of King Bel.

大いなる統治者たるエアよ、

そが命運の来りませ、

神々の中にも物を思へる方、全知の方よ、

我が生の日を長くなせる方よ、

彼の者から理性と知恵なくし、

彼の者を忘却の川に導き、

彼の川の源枯れますやうに、

その国に穀物その他食糧の生産許されざるやうに。

May Ea, the great ruler, whose fated decrees come to pass, the thinker of the gods, the omniscient, who maketh long the days of my life, withdraw understanding and wisdom from him, lead him to forgetfulness, shut up his rivers at their sources, and not allow corn or sustenance for man to grow in his land. 

天地に並びなき裁判官シャマシュよ、

生計手段といふもの支え給ふ方よ、

生き抜くべき気力もたらせる主よ、

彼の支配を打ち砕き、

彼の法を無効にし、

彼の道を打ち壊し、

彼の軍隊行進虚しくし、

予知の夢見に送り給へ、

彼の係累根こそぎにさるを

彼の国の崩壊を。

シャマシュの宣告直ちに彼の者を襲うやうに。

生きていく上で水を事欠き、

地の底へとその魂を呑まれますやうに。

May Shamash, the great Judge of heaven and earth,

 who supporteth all means of livelihood,

 Lord of life-courage, shatter his dominion,

 annul his law,

 destroy his way,

 make vain the march of his troops,

 send him in his visions forecasts

 of the uprooting of the foundations of his throne

 and of the destruction of his land. 

May the condemnation of Shamash overtake him forthwith; may he be deprived of water above among the living, and his spirit below in the earth. 

天の主にして神々の父たるシン(月の神)よ、

その三日月ぞ神々の中に光放ちませる神よ、

かの者から王位王冠取り去れかし、

かの者に重き罪及び衰退負はせよかし、

かの者より低きは無きやうに。

May Sin (the Moon-god), the Lord of Heaven, the divine father, whose crescent gives light among the gods, take away the crown and regal throne from him; may he put upon him heavy guilt, great decay, that nothing may be lower than he. 

彼の者|運命《さだめ》られますやうに、

年百年中、年々歳々、

ため息と涙の日々を、

支へる領土の重荷いや増し、

遂にはその死に至りますまで。

May he destine him as fated, days, months and years of dominion filled with sighing and tears, increase of the burden of dominion, a life that is like unto death. 

実りの主たるアダドよ、

天地の支配者、我が助け手よ、

天からの雨差し控え給へ、

泉からの湧き水枯らし給へ、

彼が国滅ぼされむ事を、

飢饉と欲望によって。

彼が怒り激しく自分の町に及び、

自分の国を大洪水の丘と為しますやうに。

May Adad, the lord of fruitfulness, ruler of heaven and earth, my helper, withhold from him rain from heaven, and the flood of water from the springs, destroying his land by famine and want; may he rage mightily over his city, and make his land into flood-hills (heaps of ruined cities). 

無二の戦士ザママ、エ・クルの長男よ、

我が右手に進み給へる神よ、

かの者の武器戦場にて粉砕し、

かの者の昼を夜に変へ、

敵をしてかの者打ち負かせかし。

May Zamama, the great warrior, the first-born son of E-Kur, who goeth at my right hand, shatter his weapons on the field of battle, turn day into night for him, and let his foe triumph over him. 

闘争と戦争の女神イシュタルよ、

我が武器解き放ちます、我が優雅なる守護精霊よ、

我が領土慈しみ給ふ神よ、

その怒りのまにまに彼の王国呪ひ置きませ。

計り知れぬ憤怒にあって、

彼賜りし恩寵、害悪に変へ、

その武器、闘争戦争の場に粉砕し給へ。

May Ishtar, the goddess of fighting and war, who unfetters my weapons, my gracious protecting spirit, who loveth my dominion, curse his kingdom in her angry heart; in her great wrath, change his grace into evil, and shatter his weapons on the place of fighting and war. 

彼が膝元、暴動扇動起こし給へ、

彼の戦士を打ち倒し給へ、

彼らの血を大地に飲ませ、

死体の山を野原に積みませ。

彼が生命に慈悲ある勿れ、

敵が手中にその身を渡し、

敵の地に彼投獄されかし。

May she create disorder and sedition for him, strike down his warriors, that the earth may drink their blood, and throw down the piles of corpses of his warriors on the field; may she not grant him a life of mercy, deliver him into the hands of his enemies, and imprison him in the land of his enemies. 

ネルガルよ、神々の中にも健(たけ)き、

向かふ所敵なき、我が勝利授け給ひし神よ、

その剛力もて彼が臣民、か細き葦茎よろしく火にくべ、

強(こは)き武器もて彼が手足切り落とし、

土の偶像よろしく彼を粉砕し給へ。

May Nergal, the might among the gods,

 whose contest is irresistible,

 who grants me victory,

 in his great might burn up his subjects like a slender reedstalk,

 cut off his limbs with his mighty weapons,

 and shatter him like an earthen image. 

ニントゥよ、いと高きこの国の女神よ、

稔り豊かなる地母神よ、

彼に息子は有る勿れ、

彼に名前は授かる勿れ、

彼に後継者現る勿れ。

May Nin-tu, the sublime mistress of the lands, the fruitful mother, deny him a son, vouchsafe him no name, give him no successor among men. 

ニンカラクよ、我が恵み賜りしアヌの娘よ、

エ・クルにおける彼の仲間に|来《きた》らせ給へ、

高熱、重傷、治癒に至る事ならぬ、

医師の理解を超えたる|性質《たち》の、

軟膏にて手当ても叶はぬ、

死の一噛み、取り除けぬを、

彼らが生命奪はるまで。

May Nin-karak, the daughter of Anu, who adjudges grace to me, cause to come upon his members in E-kur high fever, severe wounds, that can not be healed, whose nature the physician does not understand, which he can not treat with dressing, which, like the bite of death, can not be removed, until they have sapped away his life. 

生命力の喪失を彼嘆くがよい、
そしてアヌナキよ、天壌と窮まり無き*176神よ、
災ひ害悪一斉に負はせ給へ、
神殿の領域に、
エ・バッバル*177が壁に、
彼の領土に、
土地に、
戦士に、
臣民に、
軍隊に。

May he lament the loss of his life-power, and may the great gods of heaven and earth, the Anunaki, altogether inflict a curse and evil upon the confines of the temple, the walls of this E-barra (the Sun temple of Sippara), upon his dominion, his land, his warriors, his subjects, and his troops. 

さても主よ、彼に災ひあれかし、
災ひの元は己が口から
吐いた唾呑む事もならじ
そして直ちに彼が上に降りかからめ。

May Bel curse him with the potent curses of his mouth that can not be altered, and may they come upon him forthwith.

終。

*1:メソポタミア神話の天空神、創造主にして最高神。都市ウルクの守護神でもある。大地の女神 Ki を妻とした。早々に隠居し、一般に至高神とは認識されない。

*2:アヌとキの子孫である上級神族をいう。人間の運命を司る。

*3:ベイル又はバアル。「主」を意味し、その当時の至高神を称していう。従って中の人はエンリルであったりマルドゥクであったりする。本書ではマルドゥクを別人扱いするので、このベイルはエンリルを指すと考えられる。

*4:あめつち

*5:バビロンの都市神。木星の守護神、太陽神、呪術神と、多面的な神格を持ち合わせ、嵐と雷、洪水を武器とし、雷の象徴たる三叉戟を持つ姿は、破壊神シヴァ若しくはルドラを彷彿させる。バビロニア国の神となり、ベイルと呼ばれた。
マルドゥクの名は、旧約聖書では『メロダク』とされ、刃向かって捕えられたユダの王エホヤキンを釈放している。叛逆を赦してやったのに、

「国々のうちに告げ、また触れ示せよ、旗を立てて、隠すことなく触れ示して言え、『バビロンは取られ、ベルははずかしめられ、メロダクは砕かれ、その像ははずかしめられ、その偶像は砕かれる』と。
エレミヤ書第50章 2節)

と、散々な言われようである。

*6:都市エリドゥの神。シュメール語では Enki。淡水を司る水神、マルドゥクの父。

*7:アヌンナキの配下である下級神族

*8:バビロニアの首都。聖書に於て『バビロン捕囚』の実行犯にして頽廃の象徴のように言われ、目の敵にされる。実際のところ、カナンへ帰郷したユダヤ人指導者としては「先進地バビロンで高待遇を受けた」とは言えなかったのであろう

*9:いしづへ

*10:もとひ

*11:なづ

*12:かしこ

*13:英訳者は母国の制に擬し、King と区別して prince としている。これは「公」と訳される地位に当たるが、ハンムラヒその人より上位の人はなく、「王」と訳しておく。

*14:条文を刻んだ石碑に標題はない。『ハンムラビ法典』とは、掘り出した学者が便宜的に號けたに過ぎない。これについて英訳版は "Codex Hammurabi" と題し、訳者が義務教育で習った「ハムラビ法典」とは、英語読みだとそうなる。その名について佐藤信夫氏は「ハンムラピ」中田一郎氏は「ハンムラビ」に作る。

J. Caleb Howard の AMORITE NAMES THROUGH TIME AND SPACE(2023) では

I cannot offer any certain interpretation of the spellings of the second element of the name Hammurabi at Alalaḫ. .....The spellings of Hammurabi with -GAL at Alalaḫ Level VII and Level IV participate in this practice, since they represent reanalysis (GAL as rabi) and/or scribal creativity (GAL as rāpiʾ ) as Amorite names were transmitted through the second millennium.

とし、その前段では More-over, it should be remembered that at nearby Ugarit, the name was rendered with /p/, though later. ともいうから、ハンムラピ/ハンムラビの何れが正しいとも決し難い。この点、本邦におけるハ行音は、pa→fa→ha と変遷しており、今日なお接続詞「は」を「わ」と読む程度には発音が難しく、しかも今なおピはヒの半濁音、ビはヒの濁音であるから、これに鑑みてここでは「ハンムラヒ」と記し、ハンムラピ/ハンムラビの何れを発音するかは読者に任せる

*15:シュメール人は自らを「シュメール人」とは呼ばず、「黒頭人」と称した。その意味はよく解っていない。ただ、この語は「黒髪」「日に焼けた者」の意を含むと思われる

*16:メソポタミアの太陽神。シュメール語では Ud。シッパルの守護神。イシュタルの双子とされ、女神であったのが、男神に転化した。昼は地上を、夜は地下を照らすので、冥界の神でもある。正義の神であり、法典をハンムラビ王に与えたとも言われるが、この序文に出てくるシャマシュは日光としての描写のみ

*17:シュメールの都市。現在のヌファル(Nuffar)。

*18:ニップールの守護神エンリルが自ら立てたという神殿。王権を授ける神であったエンリルはベイルと呼ばれ、至高神として崇められた。嵐の神ゆえ強力にして短慮激情、シヴァやスサノオの原型かも

*19:ユーフラテスの河口に位置したシュメール都市。ウルの南東10km。シュメール神話では、エンキ(エア)神が建て、王権が成立した初の都市

*20:エンキ神殿は当初、水辺アプスーに鎮まり、エ・アプス(深き者の家)と呼ばれた。

*21:バビロンに鎮座したマルドゥク神殿の名

*22:ユーフラテスの河口に位置したシュメール都市。現存するジッグラト E-temen-nigur には、彼を祀る神殿があった。これを立てたウル第3王朝の開祖 Ur Nammu は、世界最古と目されるウル・ナンム法典を成立させている

*23:月神の名(アッカド語)、シュメール語では Nanna。エンリルとニンリルの子。ウルの守護神。太陽神シャマシュより高位

*24:ウル最大のナンナ神殿

*25:シュメール人は太陽を白色と見た

*26:バビロンよりやや上流側に位置した都市

*27:不詳。シャマシュ神を祀る都市の名と思われる

*28:シッパルの守護神シャマシュの神殿。その名は「白い家」を意味し、イラクを嫌う某合衆国政府の呼称でもある。語感は『バベルの塔』に似るような?

*29:ウルとウルクの間にあったシュメール都市。シャマシュを守護神とし、エ・バッバル神殿を置いた。ウル第3王朝没落後、メソポタミア覇権をイシンと争ったが、ハンムラビ王率いるバビロンに敗北

*30:楔形文字を発明したともされ、ギルガメッシュ王と並び称される英雄エンメルカル王が建設したと伝わるシュメール最古級の都市。ウルよりやや上流側、現サマーワ市の東30km ほど。イナンナ神とアヌ神の神殿複合体からエ・アンナ地区とアヌ地区ができた

*31:ウルクの神殿。その名は「Inanna の邸宅」を意味する

*32:ウルク北西に位置した都市。イシン第1王朝はラルサ王朝に滅ぼされ、直後にハンムラビ王が制圧した

*33:「高貴な寺院」という程度の、よくある神殿の呼称。ここではイシン守護神 Gula の神殿をいう

*34:ザババ Zababa 或いはザママ。キシュのエドゥブバ神殿に祀る、イナンナ/イシュタルと並び称される戦争の神にしてキシュの守護神。ハンムラビ王を称えザババに触れる文献は少なくなく、王を支えることアヌ、エンリル、シャマシュ、アダド、マルドゥクに続き、イナンナに先行する神とされた

*35:バビロンの東12km 。伝説の大洪水後、最初に王権が降りた(キシュ第1王朝)とされる。ハンムラビ王は、ザババとイシュタルの助けを借り、キシュの壁を再建した。これにより、2柱の神が彼を評価し、敵を倒すのを助けたという

*36:一般に文献が参照する「エメンテウルサグ」は、神殿というより奉納所。キシュ以外には、ウル・タビラ・アッシュールにザババ神殿が存在したと解っている

*37:クサ Kutha 、クタ、シュメール語 Gudua などと様々に読まれる、バビロン北東40kmに位置したアッカド都市。冥王ネルガル及び女神エレキシュガルを奉じた。そのためか、この名はシュメール人が考えた冥界に於ける首都の名でもある

*38:クタハのネルガル神殿

*39:雄牛はネルガル信徒のトーテムで、後にアッシリア人が戦いの御守りとした

*40:ナブー Nabu は知恵と書記の神、マルドゥクとザルバニトゥの子。ボルシッパの守護神。旧約聖書イザヤ書』では「ネボ」とする

*41:バビロンの下流側20kmに位置した衛星都市

*42:ボルシッパのナブー神殿

*43:ボルシッパの隣

*44:女神ニンフルサグの別名

*45:女神ニンフルサグの別名

*46:ラガシュの都市神

*47:シリア北部の都市アレッポAleppo (Halab)。現代の都市アレッポ内に古代都市アレッポがある上、内戦が続く政情不安のため、発掘は進まず、女神アントゥの神殿は未だ出ていない

*48:Antuとも。メソポタミア地母神。アヌの配偶者、古代シュメールの女神キに由来。バビロニアのアキト祭での象徴、後には娘であったイナンナ/イシュタルに人気が移る

*49:Hadad とも。メソポタミアの天候神。アヌの子、シュメールの嵐神イスクル Iskur に由来

*50:Bitkarkara とも。アダド神殿E-ud-gal-galがあった都市とされるが、所在不明。対してアレッポは、ハダドを崇めたアムル人の国、ヤムハド王国の首都ハルペでもあり、今のアレッポ城塞からハダドの古代神殿が発掘され、ヤムハドはアムル人であるハンムラビ王と同盟している

*51:今のBismayaにあった古代都市。E-mach神殿が鎮座。より古代には枢要な都市だったらしいが、度重なる征服を受けて落ち目になり、ハンムラビ王の言及を最後に歴史から消えていた

*52:「大神殿」程度の意味であろう。アダブ都市神を祀る筈で、しかし何と言う神なのか

*53:アダブの隣町

*54:クタハの E-Shid-lam すなわちネルガル神殿に並ぶものであろう。すると E-mach もネルガル神殿だったか

*55:マルギウムMalgium(ma-al-gi-im)とも。ティグリス沿いにあったと推定される都市。ハンムラビ王と同盟したが、後に攻め滅ぼされる

*56:或いはダガン da-gan 。メソポタミア西部の王権を授ける豊穣の神。彼をCreatorとするのは、ユーフラテスの事と愚考。エアが川下の神であるように、ダゴンは川上の神だったのであろう。例によって旧約聖書は神ダゴンを罵倒して止まないが、その時の信奉者ペリシテ人は地中海沿岸に在ったから、同じ神を指すとは限るまい

*57:ユーフラテスの現地名Buranunaのシュメール表記

*58:おそらくMerを守護神とした都市マリ ma-ri 。バビロンよりずっと川上でユーフラテスに面し、ダゴン神を信仰。後にハンムラビ王に敵対し破壊された。発掘結果に拠ると、厚さ8mにも及ぶ外壁があり、堤防として機能したらしい。そのままでは船が入れず取水もできないので、深さ2mの運河を開削してあったとか

*59:シリア北部ユーフラテス沿い、青銅器時代の町Tuttul。ダゴン信仰の中心地であった

*60:都市Isinの守護神にして癒神Ninisinna

*61:冥界神にしてエネギ Enegi とエシュヌンナの守護神。都市エネギはエリドゥの近くにあったらしい

*62:遥か後世、ナザレのイエスが譬えたと福音書に伝える『羊飼』のイメージは、このとき既に確立されていたのであろう。しかし単に民衆を率いるのでなく、「虐げられし者や下人たち」を導くと宣言できた王が、他にどれほど在ったのであろう。

*63:アッカド Akkad または A-ga-de、シュメール語 URIKI

*64:ティグリス上流に面するアッシリアの母市にして、その守護神。アッシュル神殿の他、シンとシャマシュの神殿、アヌとアダドの神殿、イシュタル神殿、アキツ神殿を擁した。都市アッシュルは、神アッシュルを王とし、地上の王を副王または総督とする独特の信仰を持っていた。アッシリア帝国成立後、ハンムラビ王に敗れた

*65:アッカド語原文をラテン文字表記に置き換えた資料では、a-wi-lum a-wi-lam とある。バビロニアは、アウィールム/ムシュケーナムMAŠ.EN.KAK/ワルダムwardam の3階級からなる社会だったようだ。これを自由人/平民/奴隷と置き換えた訳が流通してきたのであるが、アウィールムが職業の多くを担い、どうやら賃労働というものがなく代わりに奴隷となったため各階層は流動的で、必ずしも適切な訳語とは言えない。以下本稿に於ては、アウィールム/ムシュケーナム/ワルダムを、(一般)人/奉公人/下人(下男下女)と訳す

*66:今日の ban は専ら「禁止」の意味に使われるが、古くは curse に当たる。呪いは非常に恐れられたので、もし「呪いを掛けられた」との訴えが認められたら、被告は死刑確実であった

*67:おそらくユーフラテス川あるいはその河神を指す。都市エリドゥの神エア(エンキ)の姿は「携えた水瓶から流れ出る二筋の水がチグリス・ユーフラテスとなる」と考えられていたから、この神の事であろう。神名を欠くのは、神を畏れてか。「河神の神判」は殊の外重視され、後にヘブライ人が採り入れ「洗礼」と称した

*68:所有権の概念がこの時代にあったのかは明らかでない。取り敢えず英訳者に従う

*69:やけに厳しいというか怒りに満ちた文章なのが不思議であったが、これは誤審というより、買収されて不正を働く判事を弾劾したものらしい。ハンムラビ法典は後の刑法と異なり、強制力はほとんどなく、裁判官への技術的支援に近いものであるから、この規定は異色というべきで、不正を許さない王の意思が感じられる。

*70:たから

*71:かす

*72:回りくどい言い方になっているのは、「故買屋」"Fence" など端的な表現が未だ無かったとも、忌避したとも考えられる。現在の刑法では「盗品譲り受け」と言い、判り易くはあるものの、違法である事の重さが伝わらない単なる用語に堕してしまった

*73:the court は「法廷」にも当たるが、英訳者は「王の宮殿」を想定しているようだ。the court と a freed man の間が抜けて見えるのは、原義は「宮廷から民草に至るまで」だったかもしれない

*74:ムシュケヌー MAŠ.EN.KAKと呼ばれた解放奴隷。当時の奴隷制は必ずしも固定したものではなく、我が国の年季奉公に近いものもあったらしい。一方、「民」の字は「目を潰した奴隷」の意味があるそうで、そうすると「市民」とは甚だ微妙な表現になる。8条に出てくるムシュケヌーは、王宮に直属して神事に仕える者であろう。我が国にも、皇室の祭祀に関わる神人というのがあった。6条との違いは、8条の対象が補填可能な家畜であるのに対し、祭祀に用いる神物は掛け替えがないもので、これを持ち出すことは神の冒瀆を意味したからであろう

*75:本項は罪科の定義ではなく、論理的な推理法を教授する。当時既に行われていた論法ではあろうが、それを解明し伝えようとする王の知性は実に開明的である

*76:domusは「家」を表すラテン語を借りたもの、Major Domusとは王家の管理人に当たるものである

*77:swearは『ハムレット』にも『吸血鬼』にも出てくる台詞で、何らかの権威により誓約者一定の行為を制限する。ここでは神に誓って嘘偽りなしとする。このような制約を要したのは、それだけ偽証・隠匿が多かったからであろう

*78:英訳者は生き埋めを想定したようだ。佐渡先生の試訳では「投げ出す」とする。何れにしても埋葬ではない

*79:佐藤先生の試訳では、上記に於て「人命が失われたなら」

*80:レードゥム lu rid ṣâbê の訳語に当てられる。後段で officer と呼び換えるなど、どうやら英訳者は captain を含意したようで、判り易くした。軍隊は、指揮を執る士官と、指揮を受ける兵卒で構成される

*81:バーイルム lu bâ’irum の訳語に当てられ、a-wi-lim とは区別するものらしい

*82:「学問に王道なし」の故事に因む『王の道』は、アケメネス朝ペルシア帝国のダレイオス1世が紀元前5世紀に建設した公道であり、ヘロドトスの記述で知られる。遡ること千年以上、その原型がハンムラビ王の時代にあったのか定かでない。という以前に本来は、この訳語が原文にどう対応するかが問われるべきであろうが、訳者にアッカド語は読めない。

*83:理不尽にも見える時効取得の規定は、民主主義者の世の中では「権利の上に眠る者は許されない」などと取ってつけたような説明が付けられるが、もちろん此処ではそうではない。今も昔もメソポタミアは雨の少ない土地で、絶えず手入れをしていないとガラガラに荒れてしまう。土地の所有権を認めたのに荒れ地が増えては意味がなく、取得に問題があっても土地の手入れを欠かさない方が、神の意に沿う行いだった訳である

*84:後世には「金子」という所だが、当時の貨幣は銀であり、金はあまり用いられなかったようである

*85:よく判らない文章だが、「官有財産の譲渡無効」は変わらず、そこに付加された物も管理者に帰属するという規定のようだ

*86:佐藤先生によると、

動詞id-di-inは「売る、売買する」が本来の意味であるが、第42条から第44条まで続いてきた条文と関連すると「賃貸借する」あるいは「その田畑における収穫物を引き渡す条件 で貸しあたえる」すなわち「その使用料を受けとる」ぐらいに解釈するほ うがよいのかも知れない。

とのこと。本条のみ取り上げると「売り払う」とした方が納得がいく規定となる。しかし前後の繋がりからすると「定額賃貸」を意図したとしか考えられず、それだと借り手に厳しい話になってしまう。何かが抜けている気がしてならないけれど、これ以上のことは判らない

*87:この語は専ら「貿易商」を指すのに対し、この存在は金融業を営んでいるので、「商人」には当てはまらないと考える

*88:元々は、粒々の穀物を指した英語。翻訳機は「トウモロコシ」と訳してくれるのだが、新大陸の産物が古代メソポタミアにあった訳ではない

*89:実はナツメヤシ栽培所らしく、「果樹園」とする翻訳もある。ナツメヤシは古くから栽培されてきた果樹で、植えて概ね5年くらいで実がなる。

*90:この条以降しばらくは、「商人」の中でも委託販売業を指すようで、それなら「問屋」に近い存在ではないか

*91:質屋のような『仲介者』を指す。行商する小売と、販売品目を卸し運送販売を委託する問屋とを、手数料を取り仲介する事業があったと考えられる

*92:今で言う『信託契約』とは別物に違いないが、その概念が近いであろう

*93:「成し遂げる」「埋め合わせる」などを意味する成句

*94:誰に対する『義務』であるか記されていないが、英訳を見る限りは、信託者に対する免責事項と思われる

*95:翻訳してみたら委託販売ではなく買取にしか見えないが、そもそもそんな区別は無かったとも考えられる。

*96:代理人」「手先」を指すが、ここでは運送業と小売業を兼ねた受託者を想定しているようだ

*97:領収書の型式が既に定められていたのは、必要とされる機会が多い、つまり商取引の盛んな様子を示す。とはいえ粘土板であるから、携帯しての取扱いは慎重を要したであろう

*98:いさか

*99:受領を拒否した

*100:酒場でのぼったくりは、死に値する重い罪であるとは、まことに尤もな話である。が、それをわざわざ規定するとは、昔からぼったくりも絶えなかったのであろう

*101:酒場経営者は女性限定だったか。だとすれば宗教的理由があった筈で、その分だけ立場が強く、代わりに責任が重かったのか。

Harper版はやや意味合いが異なるので追加

*102:第2条と同等の河神審判であろう

*103:英訳では「共謀者」とされる。見ただけでそれと解るかどうか

*104:tavernそのものでなく、女将のhouseとする意味は、その建物の中に匿うとか、泊まらせるという事だろうか。home が「家族の住処」を指すのに対し、house は「神の家」に由来し建物としての「家」を表す

*105:お尋ね者を女将手ずからしょっ引けという話ではあるまい。酒場に用心棒が常駐したのか、お巡りさんのような存在があったのか

*106:神殿の祭祀に関わる、巫女というより女性限定の祭司があったらしく。古来、酒類は祭祀に用いたので、酒場の主人と神殿の祭司の利害が相反するとは必ずしも言えない。或いは、利害の一致する部分が有ればこそ、この規定の厳しさなのか

*107:「提供」とすると趣旨が不明なので意訳

*108:1クーまたは1シラ≒1リットル

*109:U.SA.KA.NIの音写。掛け値に穀物を充てているので、この飲料はビールの類と推定される。佐藤先生によると、u2-sa-ka-du3アッカド語でpihu(ピーフー)と読み、酒の種類と考えられてきたが、最近のアッカド語学者の見解によって酒類の容器であると解釈されるようになってきた

*110:英訳では前条との違いが不明だが、佐藤先生の解釈では窃盗に当たるような債権回収を言うらしい

*111:「主張」「請求」などと訳される。この場合は請求権というより債権であろう

*112:債権回収は必要だが、暴力は良くない。当時既にこの考え方があった訳で、人類社会は進歩成長などしていない

*113:債務は相続されないと読めるが、誤訳の可能性

*114:囚人を収監する刑務所が存在したかの書き方になっているが、当時そのようなものはなく、誤訳の可能性

*115:囚人ではなく人質であったようだ

*116:原文は、これまで単に man と記してきた者に同じく、a-wi-lim

*117:ハンムラヒ王が求める正義は一貫して等価交換にあり、平等な処罰ではない。人の生命が失われたなら、人の生命を以て贖う以外にない。下人(奴隷)は主人の財産であるから、その買い値を主人に対して補償するもので、金1/3ミナとは一般的な下人の値段だったらしい

*118:ローマ時代に至ってなお刑務所及び刑罰は存在せず、負債分を働いて返すのが一般的だったようである

*119:主人のお手付きとなったメイドが、この時代にもあったという

*120:「解放さるべし」とすると、子との関係が切れるようにも見える。が、意図する処は逆に「やっちまった子は取らずに置いてやるから、一児の母となった女を責任もって買い戻せ」であろう。こんな規定を置くとは、責任から逃げる男もあったのか。この場合、債権者自身が奴隷を買い、手元に置いていないと、返済により請け出すことはできない。すると、売られた下女は人質でもあった事になる。

*121:この英語が「保存」に当たるとは、日本人にはやや理解し難い。『ストレージ』の元だと覚えよう

*122:約255リットル(佐藤氏)約300リットル(中田氏)

*123:≒リットル

*124:何を「引き渡せ」というか不明瞭。直前にあるのは『契約書』、やや離れるが『預かり物』でも不自然ではあるまい

*125:泥棒からは実力を以ての回収が認められたということは、公権による警察は存在しなかったと考えられる。すると、家主に厳しい規定ではある

*126:不貞不倫と指差し罵る。今の週刊誌的行動はしかし、処罰対象と成りえたのは、忌憚に触れる行動だったのか

*127:額に切られた印がどのようなものか、具体的には解らない。生命に関わることはなく、しかし社会的制裁として有効だったのであろう。226 - 227 に「下人の印」を床屋が「切り落とす」事の規定があるから、同様の印、あるいは髪型だったかもしれない。この条は、女子の立場を守る取り決めであるが、それほどまでに讒言からの不法行為が横行した可能性もある

*128:アッカド語 "ri-ik-sa-ti" の訳として、我が国で言う『契りを結ぶ』に近い解釈。対して Harper 版では『契約の締結』と見ており、佐藤信夫先生は『婚姻契約書』とする。但し先生の引用になる中田一郎氏の註釈では、その『契約』が書面ではないという。しかし、条文は『印す』その他表現手段を規定しないので、粘土板文書ではないとすると、具体的に何であったかは解らない

*129:おそらく英訳者のニュアンス的には「寝込みを襲われた」つまり、アプロディーテーが浮気したアレース共々、夫ヘーパイストスが仕掛けたベッドの罠に囚われた状況を言うのであろう

*130:おそらく英訳者は the king を浮気者と見たか、「夫が妻を赦すなら、王は(浮気者が)奴隷 (となるところ)を赦す」というのであろう。しかし古代にあって、浮気男を奴隷に堕とすなど、処罰を厳しくした例を聞かない。

*131:河神の審判に身を委ねる点は、2条や129条と共通するものの、縛られる事無く単身自ら飛び込む点で、また浮気の証拠はない点で、129条と異なる。それで英訳の趣旨からは離れるけれども、「夫の体面を守ってやれ」的雰囲気に訳してみた。とはいえ、古代バビロニアで女子の水泳は可能だったのか、疑問は残る。

*132:「食糧」「生計手段」などと訳すのは、何か違うように感じる

*133:他家へ「行く」と言いつつ、再婚的な感じ

*134:これも2条と同じく、河神の神判であろう。つまり助かったら、神が無罪としたことになる

*135:plunge は「飛び込み」に当たり、普通に「借金を重ねる」よりも強烈な表現。せっかくなので再現してみる

*136:この英語は「気が合う」程度の意味だが、実際に何が「合わない」のかは微妙

*137:この英語は「父親の家」に当たるけれど、我が国で言う「実家」により近い気がする

*138:おそらく天然痘。強い感染力を持ち、人の顔に瘢痕を齎す天然痘は、長らく人類の敵であった

*139:『捺印証書』と訳される厳格な契約書の概念は、我が国の歴史にはない。印鑑のように押印した訳でもない。但し、円筒印章が紀元前3000年頃に現れ、ハンムラビ治世下ではごく一般的に使われたようである

*140:円筒印章を封泥か粘土板に押付け転がして象ることにより、認証としたものらしい。用語として、此方が実態に合うように思える

*141:おそらく神殿に仕えるうち、雑役婦となる女性があったのであろう。佐藤先生に拠ると、カディシュトゥムと呼ばれる女官

*142:神に仕えるため結婚できない、修道女のような存在があったのだろうか。佐藤先生に拠ると、クリマシトゥムと呼ばれる神官。

*143:"Marduk"の誤記と思われる。ハーパー版と見比べても、此処だけ"Mardi"とする理由がない

*144:英訳者は修道女のように考えて『神の妻』としたのであろう。しかし、この存在はどうやら、神殿の中でも支配的地位にあったものらしい

*145:アッカド語 gir3-si3-ga に当てた訳語であるが、これは宮廷関係を言うらしい。つまり「宮廷に仕える者の養子」と訳す方が穏当か

*146:The ideogram NER.SE.GA should be read gir-se-ga, i. e., "one who places or gives the foot" (gir, "foot"+sega=naddnu, "give, place," hence "a retainer"). by GEORGE H. GILBERT "THE CODE OF HAMMRABI"

*147:閻魔様のような事を言うのは、実際にやったのではないと信じたい((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

*148:「切開」と訳してみたが、どうやら切開して臓器を処置する手術ではなく、瀉血の類のようだ。瀉血とは血を抜くことで、悪い血と共に病毒も抜けるものと信じられていた。百害あって一利なしの類であるのに、19世紀に入ってなお欧米で一般的に行われたから、英訳者はその積もりであろう

*149:内臓のことではないようだ。骨格以外の部分を「軟部」と呼んで適当なのか疑問もあるが、ここでは英訳者に従う

*150:とあるのは、原文では「切り落とす」ではなく「剃り落とす」になっているそうで、首輪とかなら「外す」だろうし、持ち主の家紋を彫った装身具でも有ったのか

*151:床屋で付け外しできる下男下女の印とは何か、具体的には解っていない。床屋は外科医の起源でもあるところから、刺青説もあるが、刺青は剃り落とせない。床屋なのだから、特定の髷のようなものか。あるいはバールのようなものが髪留めにでもなったのだろうか

*152:外壁の床から軒までの面積

*153:メソポタミアに樹木は珍しく、日干し煉瓦を組み立てた。大工でなく石工とすべきか。旧約聖書に伝わる『バベルの塔』逸話の描写では

創世記11章

3 彼らは互に言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。

*154:意味が判らないのでハーパー訳も入れたが、はっきりしない。牛一頭を抵当に取れば、この額を貸さねばならぬ、という趣旨か

*155:この規定は次のように聖書へ取り込まれている。

出エジプト記21章28節

もし牛が男または女を突いて殺すならば、その牛は必ず石で撃ち殺されなければならない。その肉は食べてはならない。しかし、その牛の持ち主は罪がない。

 これを見ると、牛が人を殺した時の規定である事が解る。キング英訳では人が牛を殺した時のように読めるので、ハーパー英訳版を添える

*156:同じアウィルム階層の人が耕作を委託し、または受託していたようで、以前はこれを『小作』と訳していたが、どうやら農場で働く農奴に近い存在のようだ。小作人農奴に含まれないか微妙なところではあるものの、42 - 52 の借地契約とは区別された筈

*157:何だか曖昧な訳文になっているのは、そういうアッカド語になっているらしく。佐藤先生の解釈に従うと

彼その義務を果たせずにあれば、その畑に牛代りに置くべし

となり、中田氏に従うと

その畑に於て、牛これを引き摺り回すべし

となる。等価交換の原則に従うのは前者ではないか

*158:雇われて農場に働く農夫であろう。前条までの受託者とは違うものか不明確

*159:どう見てもこの英語は「水車」だが、「犂」の誤訳らしい。

*160:犂(プラウ)は牛馬に曳かせる農耕具で、シュメール人が発明した。佐藤先生の図示になる「鋤」apin 絵文字は犂そのもの。

*161:英訳では撥ね釣瓶を想定しているが、どうやら誤訳のようだ。この時代に存在したかも定かでなく、一説によると、アッカドサルゴンの治世に有ったとか。撥ね釣瓶とは、シーソー式の揚水用手動エレベーターを水源上に固定したもので、ポンプがなくても楽に水汲みできる。バケツは外せるので、木材を輸入しているメソポタミアに於て盗難は多かったであろう

*162:原文は「軽犂または馬鍬」らしい

*163:a-wi-lum が省略されている。前条の続きという事であろう

*164:佐藤訳では apin-tuk2-gur10 「開墾鋤」とされる。apin の一種のようだが、前条より安いので、より簡略なものと考えられる。実態は不明

*165:佐藤訳では gan2-ur3「まぐわ」。馬鍬 Harrow は熊手を強力にしたような、あるいは円盤形などの代掻き機

*166:脱穀に牛馬とは、どのように使ったのか不思議だった。脱穀橇を使ったらしいと、『古代西アジアにおける都市の発生と変容の学際研究』所収の有村誠『地中海世界脱穀橇』を読んで初めて解った。添えられた写真を見ると、脱穀橇とはスノーボードの草スキー版みたいな板を牛に牽かせ、これに人が乗って操縦するもの。

収穫束を敷いたところに、この橇を走らせて脱穀する訳だが、よほど操縦が巧くないと無様に転びそうな代物。練習したのだろうな。

*167:何故かキング英訳版のみ twenty ka とするが、他は何れも10kaとするようだ

*168:具体的にいかなる家畜なのかは不明

*169:此処でもキング英訳のみ読み損ねか

*170:わざわざ注釈して4月〜8月とするのはキング版のみのようだ。バビロニア暦では、1年が春に始まる

*171:初め

*172:年の

*173:1シェ=1/180シケル。1シケル≒8gなので6シェ≒1/30g。しかし銀片でこれは小さ過ぎ、約2.5gとする意見あり

*174:gerah は聖書に出てくる貨幣。

民数記3章47節

そのあたまかずによって、ひとりごとに銀五シケルを取らなければならない。すなわち、聖所のシケルにしたがって、それを取らなければならない。一シケルは二十ゲラである。

*175:ヘロドトス『歴史』ににも特筆される丸い船。

相馬隆『革船考』にて解説されている皮革船でもある。「丸い船」というのは「丸っこい形の船」ではなく、quffaまたはkupharと呼ばれる本当に円形の船である。クファはアルメニアで切り出した柳を骨組にして革を張り、アスファルトで接着・水止めして作る舟で、櫂で漕ぐか岸から曵く。ウル第 III 王朝時代の資料によると、川を遡上する船曳きは 1 人で 1 t の荷物を積んだ船を、1日あたり 20~30 km 曳くことができたという。

*176:あめつちときはまりなき

*177:シッパルの太陽神殿

萩原朔太郎「群衆の中を求めて歩く」の誤植、あるいは早すぎた男の悲劇について

しばらく前に、住んでいた公団アパート(UR)が取り壊しになるとのことで、同じ UR 団地内の別の棟に引っ越した。同じ団地内なら、引越し費用は向こう持ちになるという事だったので、選択の余地はない。それはいいが、脳梗塞で入院して間もない時期だったから、動けるまで回復したものの、荷運びなど覚束無い。せっかく持ってきた書棚は、組み立てると壊れていた。そんなこんなで、もうそれから数年経つのに、本箱もそのままだったりするので、古本市で買ってきた筈の『青猫』復刻版が見つからない。

まさか捨ててはいないと思うが、そう言えば引っ越し前に職場の同僚が片付けを手伝ってくれたのは良いが色々棄てられたものもあったか…
仕方ないので記憶を頼りに書く。『青猫』復刻版をお持ちの方は、該当ページを見せて頂けると幸甚。

 

『青猫』復刻版にあった詩は、次の通り。 

群衆の中を求めて歩く

私はいつも都會をもとめる
都會のにぎやかな群集の中に居ることをもとめる。
群集は大きな感情をもつたひとつの浪のやうなものだ
どこへでも流れてゆくひとつのさかんな意志と愛慾とのぐるうぶだ。
ああ ものがなしき春のたそがれどき
都會の入り混みたる建築と建築との日影をもとめ
大きな群集の中にもまれて行くのはどんなに樂しいことか
みよ この群集のながれてゆくありさまを
ひとつの浪はひとつの浪の上にかさなり
浪はかずかぎりなき日影をつくり 日影はゆるぎつつひろがりすすむ
人のひとりひとりにもつ愁ひと悲しみと みなそこの日影に消えてあとかたもない。
ああなんといふやすらかな心で 私はこの道をも歩いてゆくことか。
ああこの大いなる愛と無心のたのしき日影
たのしき浪の彼方につれられてゆく心もちは涙ぐましくなるやうだ。
うらがなしい春の日のたそがれどき
このひとびとの群は建築と建築との軒を泳いで
どこへどうして流れゆかうとするのか
私のかなしい憂愁をつつんでゐるひとつの大きな地上の日影
ただよふ無心の浪のながれ
ああどこまでもどこまでも この群集の浪の中をもまれて行きたい。

 

朔太郎がわざわざ傍点を附して強調した「ぐるうぶ」が、全集版では「ぐるうぷ」になっている。(はてなブログで傍点は使えないので、強調のみ)そのため全集版を参照しての引用は、ことごとく「ぐるうぷ」になってしまった。馬鹿な誤植をしたものだ。
おそらく誤植というより、三好達治の監修で変えられてしまった一語であるけれども、これは間違いで、「ぐるうぶ」が正しい。詩人が見つめ唄ったのは浪 groove であって、集団 group なんぞに関心はないからである。

 

朔太郎という詩人の半分以上は、音楽で出来ている。当時にあっては海外から来た歌と踊りの「ネ申」のような存在で、詩人自らマンドリンを弾き楽団を創設し作曲もし、


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家族友人にダンスを強要し、手取り足取りダンスを教え込まれた妻のほうが夢中になってダンス仲間と駆け落ちするに至ったのだから、ちょっとやそっとの怪我では済まない、業の深い人である。そんな詩人が発した「ぐるうぶ」に、しかし三好達治は乗らなかった。…いや、三好だけではあるまい。詩集『青猫』刊行は1923年。レッド・ガーランド『グルーヴィー』Groovy(1957)より34年前では、いくら何でも早すぎる。関東大震災が起きた大正12年の時点で、Groooviee ! などとヘコヘコ踊っているヴァカは、天下広しと雖も朔太郎以外に存在しなかったであろう。


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グルーヴィー

グルーヴィー

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こういう時代を先取りし過ぎた異人というのは、ずっと後になって偉人扱いされるけれども。その当時は歩く迷惑、動くシケイン以外の何者でもなく、爪弾きに遭うのも仕様がないと言えば仕様がない側面もある。だからといって何時までも誤解を放置して良い訳がなく、誤植は誤植としてさっぱり直すことを、ここに提案するものである。ジョジョのちょっとした誤植も修正されたそうだし。

いや、面白ければ別に良いかと思わないでもないが。当初は割と写実的だったね。

【作詩】火事だ!

と叫ぶ人はいなかった
自分は夜食を摂っていた
何かぶつける物音はしたが
酷い悲鳴が聞こえはしたが
クリスマス・イブの日になったばかりで
喧嘩は善くないぞとしか思えなくて
でもアパートの廊下を走る人もあり
そのうち不穏な気配というか焦げ臭くもあり
……え、焦げ臭く?
と、扉を少し開く

もくもくもくもくもくもくもくもく
煙が充満もくもくもくもく
ゑ何じゃこりゃもくもくもくもく
風呂沸かしてるのにもくもくもくもく

慌てて引っ込み消火器掴み
少し考えマスクを探し
自転車用の鉄兜(ヘルメット)……は、まあいいか
外は寒いし半纏のままだがいいか

扉を閉めると反対側に
何やら明るく火もついて
…ひ?まさか?灯(あかり)じゃない?
ご主人向こうでバタバタしてない?
なんか玄関、火が出てない?
なんで報知機鳴ってない?

ご主人うろうろ何かを探す
「消火器なら、ほら」つい差し出す
ひったくるように持って行かれて
ジウウとたちまち火が消え…
消え……消し切れずにまた出る焰、ええ…

これはもうダメか逃げ出すか
貴重品だけ詰め込むか
買える本ならまた買えばいいが
引っ越してきた本箱もまだそのままだが
とりあえず上着の上にガウンを羽織って
お隣の老夫婦の旦那さんが野次馬していて
いや、危ないですよ避難しませんか?
そうこうするうち、サイレン鳴らして消防車が

階段降りて思い出して風呂を止めに戻る
自動運転だが焼けてしまったら止まらなくもなる
下から見たら火元は下階からだった
悔しいが、どうせ消せやしなかった…

どうやら火が消え、帰って見たら
換気のためか窓が開き、白い布団に黒い靴跡
焦げ臭い以外はほぼ被害なし、やれやれ
暖房入れてざっと掃除、もう眠いやら寒いやら

明るくなってから見ると、燃えたのは
自分の部屋の隣の隣、その先に消火栓と火災報知器が…
まあそういうこともあるものだ
ほぼ被害なし、自分が熱出して寝込んだだけだ

 

火の用心!


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【翻訳】ウイリアム・ハリスン・エインズワース2つの『亡霊の花嫁』

『吸血鬼の歴史に詳しくなるブログ』を運営なさっているノセール氏が、森口大地氏の新刊『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇譚集』中「死者を起こすなかれ」を講評。それで小生も、手元の同書を読み返している。

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ドイツ語など読めない小生にとって、願ってもない一冊だ。残念な点もあって、『クリングの吸血鬼』は載っていない。第5話の題名『狂想曲:ヴァンパイア』これは原題を見ると Der Vampyr: Ein Capriccio、つまり「吸血鬼の綺想曲(カプリッチョ)」であって、パガニーニ:24の綺想曲(1820)を下敷きにしたものに違いないのだが


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翻訳者は解説でもホフマンの影響を指摘しながら、パガニーニの音楽には全く触れていない。24部あるのかと思ったが、全く気にしていないようで、22部までしか数えられなかった。extravaganza の訳語として「狂想曲」というジャンルもあるけれど、これは茶番劇を含むオペレッタ、「ゆっくり茶番劇」舞台版のようなもの。この際、「綺想曲」「奇想曲」であるべき Caprices/Capriccios を「狂想曲」と訳してしまうのは誤訳であると指摘しておく。
一方、『ファウスト』について「シュポーアのオペラ」との指摘は有り難い。オペラ『ファウスト』といえば、今ではグノー Charles F. Gounod 作曲のもの(1859)ばかり有名で、シュポーアのオペラ(1816)は正直、知らなかった。ゲーテによるグノー作品とは違い、此方はそれ以前の民間伝承に拠るものらしく、その点でも貴重品と言える。


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今一つは『死人花嫁』が、小生の探したものかと期待したのだが、別の作品であったこと。

LEGENDS OF TERROR ! という怪奇小説集をご存知だろうか。小生の知る限り、邦訳されたことはない。怪奇小説の評論家兼編集者ピーター・へイニング Peter Haining の種本となったらしきこの本の冒頭を飾る1篇が、

THE SPECTRE BRIDE, OR, THE LEGEND OF HERNSWOLF.である。作者名は示されていない。FROM THE GERMAN. というから、ドイツ語原典からの翻訳。これを  へイニング編 Great British Tales Of Terror vol.1

The Spectre Bride. William Harrison Ainsworth

としている。これがそっくりそのままプロジェクト・グーテンベルク・オーストラリアに The Spectre Bride by William Harrison Ainsworth として掲載され、同様に The Spectre Bride(1821) by William Harrison Ainsworthとして、Wikisource にもある。さらに前書きを附して次のように言う。

この物語は1821年にThe European Magazineに The Baron's Bridalとして発表されたものである。作者名はWHAとされ、これはEMにおけるエインズワース一般の署名であることが知られている。この物語が発表されたとき、彼は16歳であった。その後、1822年の Arliss's Pocket Magazine 第9巻に The Spectre Bride として、匿名で掲載された。

This story was first published in The European Magazine in 1821, as 'The Baron's Bridal.' The author's name was given as WHA, which is known to be Ainsworth's usual signature in the EM. He was 16 when the story was published. It later appeared anonymously in Volume IX of Arliss's Pocket Magazine, 1822, as 'The Spectre Bride.'

ピーター・へイニングも前書きに

After a number of successful magazine appearances (of which the story here was one, being published in Arliss's Pocket Magazine in 1822), Ainsworth embarked on his first novel, Rookwood(1834) which was inspired by a visit to the old manner house at Cuckfield Place.

という。ところが。The European Magazine(1821) にあるはずの The Baron's Bridal. を探したら、見つかったものは確かに巻末に W.H.A. とあるものの、文章が違う。

へイニングの紹介にもある Arlss's Pocket Magazine 第9巻(1822)に掲載された The Spectre Bride は、by Thomas Hall と明示され、その文章は The Baron's Bridal. そのものだった。

という事は、Pocket Magazine の by Thomas Hall か、The European Magazine の W.H.A. か、あるいは双方とも作者名は間違っている事になる。へイニングは Arlss's Pocket Magazine を挙げておりながら、Thomas Hall の事は書いていないし、W・H・エインズワースの名がどこから来たかも書いていない。Legends of Terror! をへイニングが所有していた証拠もあり(別作品でお目にかけよう)、Arlss's Pocket Magazine も手元にあるというのだから、両方を参照したに違いないのに、 Pocket Magazine にはトマス・ホール作とあるのをエインズワース作と書いてあるように偽り、内容は別作品を写すなど、捏造以外の何物でもあるまい。

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但し発端はこの男に違いないけれど、European Magazine については触れていないから、Wikisource の紹介文には複数の捏造が重なったと考えざるを得ない。

2024. 5. 6追記 
エインズワースの Wikipedia へ超連鎖するついでに読み返していたら、1820年代には Thomas Hall を名乗り、Arliss's Pocket Magazine に投稿していたそうで、Thomas Hall = W.H.A. = William Harrison Ainsworth で問題ないようだ。しかしへイニングも Wikisource 解説も、この筆名には触れていない。実際には、Pocket Magazine の実物は持っていなかったのではないか?Pocket Magazine の THE SPECTRE BRIDE とは、題名しか一致していないのは、実物を見比べると一目瞭然。ということは、へイニングは「エインズワースの THE SPECTRE BRIDE が、POCKET MAGAZINE に載っている」という話だけ何処かで聞いて、手元にある Legends of Terror! の THE SPECTRE BRIDE そのものだと勘違いしたのではあるまいか。

では、LEGENDS OF TERROR ! に収録されたこの話は、誰の作品なのだろう。探してみたら、William Oxberry という道化師が出した雑誌 THE FLOWERS OF LITERATURE ; OR ENCYCLOPEDIA OF ANECDOTE : A WELL DIVERSIFIED COLLECTION In history , Biography , Poetry , AND ROMANCE .第2巻(1821)に、THE SPECTRE BRIDE. がある。作者名はない。

同じ文章を記した本が、今のところは他に見つからず。おそらく Legends of Terror! は、これを写したものと思われる。但し、オックスベリー氏の自作か、翻訳なのかは判らない。Legends of Terror! が言う通りドイツ語からの翻訳であれば、ドイツ語原典があるはずで、それが『死人花嫁』なのではないかと、小生は期待した訳であるが、そうではなかった。今後に期待というところだ。随所にポリドリ『吸血鬼』(1819)の影響が窺えるこの短編が果たして、2年も経たないうちにドイツで書かれ、イギリスの道化師が目にして翻訳出版するのに間に合うかどうか。

ただ、そもそもエインズワースの作品自体が日本では知られておらず、当然のように本作も未訳であったから、小生が『小説家になろう』で公開した翻訳をここに纏めておく。何れが本物のエインズワース作品であるか、読者にお考え頂きたい。

亡霊の花嫁、またはヘルンスヴォルフの伝説
THE SPECTRE BRIDE, OR, The Legend of Hernswolf.

FROM THE GERMAN .

1655年末のヘルンスヴォルフ城は、ファッションと娯楽のリゾート地であった。男爵はドイツで最も有力な貴族であり、息子たちの愛国的な功績と、一人娘の美しさでも有名であった。黒い森の中心に位置するヘルンスヴォルフの領地は、国民の感謝から彼の祖先の一人に与えられ、他の世襲財産と共に現在の所有者の一族に受け継がれてきた。邸宅は、当時の流行に沿って建てられた、最も壮麗な建築様式のゴシック様式の城館であった。暗い曲がりくねった廊下と丸天井のタペストリー部屋で構成され、その規模は実に壮大だが、その不恰好なまでの大きさゆえに個人の快適には向かない。松やナナカマドの暗い木立が、城の四方を取り囲んでいる。天の陽光が差し込むことも少なく、暗い雰囲気が漂っていた。

The castle of Hernswolf*1, at the close of the year 1655, was the resort of fashion and gaiety. The baron of that name was the most powerful nobleman in Germany*2, and equally celebrated for the patriotic achievements of his sons, and the beauty of his only daughter. The estate of Hernswolf, which was situated in the centre of the Black Forest*3, had been given to one of his ancestors by the gratitude of the nation, and descended with other hereditary possessions to the family of the present owner. It was a castellated, gothic mansion, built according to the fashion of the times, in the grandest style of architecture, and consisted principally of dark winding corridors, and vaulted tapestry rooms, magnificent indeed in their size, but ill-suited to private comfort, from the very circumstance of their dreary magnitude. A dark grove of pine and mountain ash encompassed the castle*4 on every side, and threw an aspect of gloom around the scene, which was seldom enlivened by the cheering sunshine of heaven.

***

冬の夕暮れ時、城の鐘は楽しげに鳴り響いた。城壁の上には監視員が従者とともに配置され、城内で繰り広げられる娯楽に招待された一行の到着を告げていた。男爵の一人娘であるクロチルダ嬢は17歳になったばかりで、その誕生日を祝うために華やかな集会が催された。丸天井の大広間は大勢の客を迎えるために開放され、夜の宴が始まるやいなや、地下牢の塔の時計が異様なほど厳かに打ち鳴らされるのが聞こえたその時、背の高い見知らぬ男が、深い黒のスーツに身を包み、舞踏場に姿を現したのである。各方面に礼儀正しく頭を下げたが、迎え入れるには誰もが厳しい態度をとった。彼が誰なのか、どこから来たのか誰も知らなかったが、その風貌から一流の貴族であることは明らかであった。その挨拶には不信感を持たれたものの、皆から敬意をもって扱われた。彼は特に男爵の娘に語りかけ、その発言は非常に知的で、活発で、魅力的であったので、若くて敏感な聴衆の感情にすぐに興味を抱かせた。その結果、主催者側は、他の参加者とともに、この見知らぬ人物に無関心ではいられないと躊躇した後、この城に数日滞在するよう要請し、その招待は快く受け入れられた。

The castle bells rung out a merry peal at the approach of a winter twilight, and the warder was stationed with his retinue on the battlements, to announce the arrival of the company who were invited to share the amusements that reigned within the walls. The Lady Clotilda, the baron's only daughter, had but just attained her seventeenth year, and a brilliant assembly was invited to celebrate the birthday. The large vaulted apartments were thrown open for the reception of the numerous guests, and the gaieties of the evening had scarcely commenced when the clock from the dungeon tower was heard to strike with unusual solemnity,*5 and on the instant a tall stranger, arrayed in a deep suit of black, made his appearance in the ballroom. He bowed courteously on every side, but was received by all with the strictest reserve. No one knew who he was or whence he came, but it was evident from his appearance, that he was a nobleman of the first rank, and though his introduction was accepted with distrust, he was treated by all with respect. He addressed himself particularly to the daughter of the baron, and was so intelligent in his remarks, so lively in his sallies, and so fascinating in his address, that he quickly interested the feelings of his young and sensitive auditor. In fine, after some hesitation on the part of the host, who, with the rest of the company, was unable to approach the stranger with indifference, he was requested to remain a few days at the castle, an invitation which was cheerfully accepted.

夜も更けて、皆が寝静まった頃、森の木々にはそよとも風は吹かないのに、鈍く重い鐘が灰色の塔の中であちらこちらと揺れる音が聞こえた。

翌朝、朝食の席で多くの客が、天上の音楽のような音がしたと言ったが、その全員が、他所者がいた部屋からその時、酷い物音が聞こえたと断言した。

彼はすぐに朝食の輪の中に姿を現し、前夜の状況に話が及ぶと、言いようのない暗い微笑みが土気色の顔の周りに弾け、直ぐに深い憂鬱の表情に戻った。彼は主にクロチルダに話を振った。彼が訪れたさまざまな気候の話、空気そのものが花の香りを漂わせ、夏のそよ風がお菓子の国にため息をつく、イタリアの陽光あふれる地方の話をした。昼の微笑みが夜の柔らかな美しさの中に沈み、天の美しさが一瞬たりとも隠れることのない、そんな素晴らしい国々の話をした彼は、美しい聞き手の胸から悔し涙を絞り出させ、彼女は初めて自分が引き籠もっていることを悔やんだ。 

The dead of the night drew on, and when all had retired to rest, the dull heavy bell was heard swinging to and fro in the grey tower, though there was scarcely a breath to move the forest trees. Many of the guests, when they met the next morning at the breakfast table, averred that there had been sounds as of the most heavenly music, while all persisted in affirming that they had heard awful noises, proceeding, as it seemed, from the apartment which the stranger at that time occupied. He soon, however, made his appearance at the breakfast circle, and when the circumstances of the preceding night were alluded to, a dark smile of unutterable meaning played round his saturnine features, and then relapsed into an expression of the deepest melancholy. He addressed his conversation principally to Clotilda, and when he talked of the different climes he had visited, of the sunny regions of Italy, where the very air breathes the fragrance of flowers, and the summer breeze sighs over a land of sweets; when he spoke to her of those delicious countries, where the smile of the day sinks into the softer beauty of the night, and the loveliness of heaven is never for an instant obscured, he drew tears of regret from the bosom of his fair auditor, and for the first time she regretted that she was yet at home.

日が経つにつれ、他所者が彼女に吹き込んだ言いようのない感情は、刻一刻と熱を帯びていった。彼は愛について語ることはなかったが、その言葉、態度、声の仄かな調子、微笑みのまどろむ柔らかさの中に、愛を見たのだ。そして、彼女に好意的な感情を抱かせることに成功したとわかったとき、邪悪この上ない嘲笑が一瞬だけ何事かを語り、しかし直ぐに暗い特徴的な表情に戻った。彼女の両親と一緒に会ったときは、尊敬と服従の念を見せた。彼女と二人きりになったとき、森の暗い奥地を散策しているときだけ、熱烈な崇拝者を装ってみせたのである。

Days rolled on, and every moment increased the fervour of the inexpressible sentiments with which the stranger had inspired her. He never discoursed of love, but he looked it in his language, in his manner, in the insinuating tones of his voice, and in the slumbering softness of his smile, and when he found that he had succeeded in inspiring her with favourable sentiments, a sneer of the most diabolical meaning spoke for an instant,*6 and died again on his dark featured countenance. When he met her in the company of her parents, he was at once respectful and submissive, and it was only when alone with her, in her ramble through the dark recesses of the forest, that he assumed the guise of the more impassioned admirer.

ある晩、男爵と図書館の羽目板張りの部屋に座っていると、偶然にも超常現象について話が及んだ。しかし、男爵が冗談めかして霊の存在を否定し、その姿を風刺的にあざけると、彼の目は得体の知れない輝きを放ち、その姿は有り得ない大きさにまで膨らんで見えた。会話が途絶えたとき、数秒の恐るべき沈黙が訪れ、天の声のような合唱が、暗い森の木立の中に聞こえてきた。皆、歓喜に包まれ、他所者ばかりは動揺して陰鬱に、高貴な主人を憐れみの目で見つめ、その黒い瞳に涙のようなものを浮かべた。数秒後、音楽は遠くで静かに消え、すべては以前のように静まり返った。男爵はすぐに部屋を出て行き、他所者もすぐにそのあとを追った。男爵が席を立って間もなく、死の苦しみの中にいる人のようなひどい音が聞こえ、男爵が廊下で死んでいるのが発見された。男爵の顔は苦痛に痙攣しており、黒くなった喉には人の手の跡が見えた。すぐに警報が出され、城内をくまなく探したけれど、他所者はもう姿を見せなかった。男爵の死体は静かに土に埋葬され、この恐ろしい出来事は過去のものとされた。

As he was sitting one evening with the baron in the wainscotted apartment of the library, the conversation happened to turn upon supernatural agency. The stranger remained reserved and mysterious during the discussion, but when the baron in a jocular manner denied the existence of spirits, and satirically mocked their appearance, his eyes glowed with unearthly lustre, and his form seemed to dilate to more than its natural dimensions. When the conversation had ceased, a fearful pause of a few seconds and a chorus of celestial harmony was heard pealing through the dark forest glade. All were entranced with delight, but the stranger was disturbed and gloomy; he looked at his noble host with compassion, and something like a tear swam in his dark eye. After the lapse of a few seconds, the music died gently in the distance, and all was hushed as before. The baron soon after quitted the apartment, and was followed almost immediately by the stranger. He had not long been absent, when an awful noise, as of a person in the agonies of death, was heard, and the Baron was discovered stretched dead along the corridors. His countenance was convulsed with pain, and the grip of a human hand was visible on his blackened throat. The alarm was instantly given, the castle searched in every direction, but the stranger was seen no more. The body of the baron, in the meantime, was quietly committed to the earth, and the remembrance of the dreadful transaction, recalled but as a thing that once was.

***

クロチルダの五感を魅了した他所者が去った後、優しい彼女の心は、目に見えて弱ってしまった。明けても暮れても、彼がかつて通った散歩道を歩き、彼の最後の言葉を思い出し、彼の甘い微笑みを思い浮かべ、そして、かつて愛を語り合った場所へと彷徨うばかり。人付き合いを避け、自分の部屋に一人でいるとき以外は、決して幸せには思えなかった。その時こそ、涙を流して苦悩を吐露するのだ。乙女の謙遜の誇りから、人前では隠していた愛が、一人の時間に爆発したのだ。この美しい喪主の姿は、すでにこの世の束縛から解放され、天国へ飛び立とうとする天使のように見えた。

After the departure of the stranger, who had indeed fascinated her very senses, the spirits of the gentle Clotilda evidently declined. She loved to walk early and late in the walks that he had once frequented, to recall his last words; to dwell on his sweet smile; and wander to the spot where she had once discoursed with him of love. She avoided all society, and never seemed to be happy but when left alone in the solitude of her chamber. It was then that she gave vent to her affliction in tears; and the love that the pride of maiden modesty concealed in public, burst forth in the hours of privacy. So beauteous, yet so resigned was the fair mourner, that she seemed already an angel freed from the trammels of the world, and prepared to take her flight to heaven.

ある夏の夕方、彼女がお気に入りの住居として選んだ人里離れた場所までぶらぶら歩いていると、ゆっくりとした足取りが近づいてきた。振り向く。と、驚いたことに、かの他所者が居るではないか。彼女のそばに男が歩み寄り、生き生きとした会話が始まった。

As she was one summer evening rambling to the sequestered spot that had been selected as her favourite residence, a slow step advanced towards her. She turned round, and to her infinite surprise discovered the stranger. He stepped gaily to her side, and commenced an animated conversation. 

「あなたは私を捨てたのよ」と乙女が喜び詰る、「すべての幸せから逃げられてしまったと思ったわ。でもあなたが戻ってきたのなら、私たちはまた幸せになれるんじゃない?」

「幸せ、か」と、見知らぬ人は軽蔑に満ちた嘲笑を込めて答え「再び幸せになれる?僕が?済まないが、難しい。再会を喜んでくれるのは良いのだが。ああ、僕はあなたに話すことがたくさんある、そしてそうすれば、暖かい言葉をたくさん受け取れよう。そうではないか、恋人よ?僕がいない間、あなたは幸せでしたか?違うね!その沈んだ目と蒼ざめた頬を見ると、哀れな放浪者は愛する者の心に、少しは入り込めたようだ。僕は他所の土地を歩き回り、他所の国々を見てきて、美しい女性も見たけれど。会えた天使はただ一人、今、僕の目の前に。愛情こめたこの素朴な贈り物を受け入れてください、親愛なる人。」他所者は野薔薇を茎から摘み取り「あなたの髪を飾る野花のように美しく、僕があなたに抱く愛のように甘く。」と続けた。

'You left me,' exclaimed the delighted girl; 'and I thought all happiness was fled from me for ever; but you return, and shall we not again be happy?'

—'Happy,' replied the stranger, with a scornful burst of derision, 'Can I ever be happy again—can there;—but excuse the agitation, my love, and impute it to the pleasure I experience at our meeting. Oh! I have many things to tell you; aye! and many kind words to receive; is it not so, sweet one? Come, tell me truly, have you been happy in my absence? No! I see in that sunken eye, in that pallid cheek, that the poor wanderer has at least gained some slight interest in the heart of his beloved. I have roamed to other climes, I have seen other nations; I have met with other females, beautiful and accomplished, but I have met with but one angel, and she is here before me. Accept this simple offering of my affection, dearest,'

 continued the stranger, plucking a heath-rose from its stem; 'it is beautiful as the wild flowers that deck thy hair, and sweet as is the love I bear thee.'

「本当に綺麗ね」とクロチルダは答え「でも、それって夜が来るまでには枯れてしまうのよ。人間が見せる愛のように、短命な美。このような、あなたの愛着を表すようなものでなく、繊細な常緑樹か、一年を通して咲く花を持ってきてください。それなら髪に巻き付けながら歌いましょう、

「スミレは咲いては消え、バラは栄えては朽ちていった。しかし常緑樹はいつも若々しい、心の愛もそう!」と。あなたは私を見捨てない、見捨てられない。私はあなたの中にしか生きていない。あなたは私の希望であり、私の考えであり、私の存在そのものなのだから。もし私があなたを失えば、私のすべてを失うことになる。私も自然の荒野に咲く一輪の花にすぎなかった、あなたが私をもっと温和な土地に植え替えてくれるまでは。そして、あなたの方から情熱を以て教え育てた情愛の心を、今度はあなたに壊せるかしら?」

 —'It is sweet, indeed,' replied Clotilda, 'but its sweetness must wither ere night closes around. It is beautiful, but its beauty is short-lived, as the love evinced by man. Let not this, then, be the type of thy attachment; bring me the delicate evergreen, the sweet flower that blossoms throughout the year, and I will say, as I wreathe it in my hair, "The violets have bloomed and died—the roses have flourished and decayed; but the evergreen is still young, and so is the love of heart!"—you will not—cannot desert me. I live but in you; you are my hopes, my thoughts, my existence itself: and if I lose you, I lose my all—I was but a solitary wild flower in the wilderness of nature, until you transplanted me to a more genial soil; and can you now break the fond heart you first taught to glow with passion?'

「そんなことを言ってはいけない」と、他所者は返した。「あなたの話に付き合うと、こっちの魂が引き裂かれるようだ。僕を捨てなさい、永遠に避けなさい、さもなければ永遠の破滅が待っている。…僕は神からも人からも見捨てられた存在なのだ。この動く奇形の塊の中で、縮こまった心臓が鼓動もしていないのが解れば、あなたは路傍の葦のように、僕を追い払うでしょう。これが僕の心臓だ、愛しい人よ、どれほど冷たいか感じてくれ。意に背く脈も最早ない。かつて私が知っていた友人たちのように、すべて冷え切って死んでいるのだ。」

 —'Speak not thus,' returned the stranger, 'it rends my very soul to hear you; leave me—forget me—avoid me for ever—or your eternal ruin must ensue. I am a thing abandoned of God and man—and did you but see the scared heart that scarcely beats within this moving mass of deformity, you would flee me, as you would an adder in your path. Here is my heart, love, feel how cold it is; there is no pulse that betrays its emotion; for all is chilled and dead as the friends I once knew.'*7

「まあ、不幸せなのね貴方。細腕ながらクロチルダがお守りしますわよ。そんな不運な人を見捨ててやるなんて思わないでね。こうなったら、私はあなたと一緒に広い世界をさまよい、あなたが望むなら、あなたの使用人、あなたの奴隷になってあげる。晒した頭に吹きつける夜風から守り、周囲に吠え立てる大嵐から守ってあげる。たとえ冷たい世界が貴方の名を蔑み、友を失い、仲間を墓場に枯らそうとも、貴方の不幸をより愛し、貴方を慈しみ、貴方を祝福する者が一人は居ないとね。」

—'You are unhappy, love, and your poor Clotilda shall stay to succour you. Think not I can abandon you in your misfortunes. No! I will wander with thee through the wide world, and be thy servant, thy slave, if thou wilt have it so. I will shield thee from the night winds, that they blow not too roughly on thy unprotected head. I will defend thee from the tempest that howls around; and though the cold world may devote thy name to scorn—though friends may fall off, and associates wither in the grave, there shall be one fond heart who shall love thee better in thy misfortune, and cherish thee, bless thee still.'

言い終えた彼女は、青い瞳を涙で泳がせながら、愛情に輝くその瞳を他所者に向けた。

男は彼女の視線から顔を背け、あまりにも暗く、あまりにも致命的な悪意の侮蔑的な嘲笑が、男前な顔つきによぎった。一瞬にしてその表情は治まり、固まったガラスのような目が、得体の知れない冷たさを取り戻し、再び向き直った。

 She ceased, and her blue eyes swam in tears, as she turned it glistening with affection towards the stranger. He averted his head from her gaze, and a scornful sneer of the darkest, the deadliest malice passed over his fine countenance. In an instant, the expression subsided; his fixed glassy eye resumed its unearthly chillness, and he turned once again to his companion. *8

「もう日が沈む時間だ」と彼は叫んだ。「恋人たちの心が幸せで、自然がその気持ちと一体となって微笑む、柔らかで美しい時間だ。しかし、僕にはもう微笑むことはないだろう…、明日の夜明けまでには、僕は果てしなく遠く遠ざかるのだ、愛する人の家から、我が心が墓のように安置されている場所から。しかしそれでは、荒野の愛しい花よ、僕はあなたを残して、つむじ風に弄ばれ、吹き降ろしの餌食になるしかないのだろうか?」

'It is the hour of sunset,' he exclaimed; 'the soft, the beauteous hour, when the hearts of lovers are happy, and nature smiles in unison with their feelings; but to me it will smile no longer—ere the morrow dawns I shall very far, from the house of my beloved; from the scenes where my heart is enshrined, as in a sepulchre. But must I leave thee, dearest flower of the wilderness, to be the sport of a whirlwind, the prey of the mountain blast?'

「あら、別れてなんかやらないわ」と熱烈な少女は答え「あなたが行くところに私は行くの。あなたの家は私の家、そしてあなたの神は私の神でないと。」

—'No, we will not part,' replied the impassioned girl; 'where thou goest, will I go; thy home shall be my home; and thy God shall be my God.'

-「誓って、それを誓って、」他所者は乱暴に彼女の手をつかんで、「今から教える恐るべき誓言を誓ってください」と続けた。それから彼女にひざまずくように要求し、右手を天に向けて威嚇するような姿勢で、暗いカラス色の髪を後ろに投げ、悪魔の化身のような恐ろしい笑みを浮かべながら、苦い呪文のような調子で声を張り上げた。

—'Swear it, swear it,' resumed the stranger, wildly grasping her by the hand; 'swear to the fearful oath I shall dictate.' *9

He then desired her to kneel, and holding his right hand in a menacing attitude towards heaven, and throwing back his dark raven locks, exclaimed in a strain of bitter imprecation with the ghastly smile of an incarnate fiend, 

「怒れる神の呪いが、汝に降りかかるように」と彼は叫んだ。

「大荒れのときも平穏なときも、昼も夜も、病める時も悲しめる時も、生くるも死ぬるも、汝がここで交わした我がものになるという約束に背けば、永遠に汝につきまとい、汝にまとわりつくだろう。汝の耳には呪われた悪魔の合唱が聞こえ、汝の胸には地獄の鎮まらぬ炎が吹き荒れるであろう。汝の魂が腐敗の隠れ家となり、亡き喜びの亡霊が墓の中に鎮座し、百頭の虫が決して死なず、火が決して消えない場所とならん。また『汝は神と人とに見捨てられた者なり』と、汝の眉間を悪霊が支配し、汝が通り過ぎる時に宣言するであろう。また、夜の季節には恐ろしい亡霊が汝を悩まし、汝の親愛なる友は日に日に墓場に落ち、その死に際に汝を呪わん。このような、人間の本性にある最も恐ろしいもの、言葉が組み立てることができないほど、あるいは唇が発することができないほど厳粛なもの、これが、そしてこれ以上に、汝が誓い破りしに於ては、永遠に汝が上に憑きまとわん。」

'May the curses of an offended God,' he cried, 'haunt thee, cling to thee for ever in the tempest and in the calm, in the day and in the night, in sickness and in sorrow, in life and in death, shouldst thou swerve from the promise thou hast here made to be mine. May the dark spirits of the damned howl in thine ears the accursed chorus of fiends—may the air rack thy bosom with the quenchless flames of hell! May thy soul be as the lazar-house of corruption, where the ghost of departed pleasure sits enshrined, as in a grave: where the hundred-headed worm never dies where the fire is never extinguished. May a spirit of evil lord it over thy brow, and proclaim, as thou passest by, "THIS IS THE ABANDONED OF GOD AND MAN;" may fearful spectres haunt thee in the night season; may thy dearest friends drop day by day into the grave, and curse thee with their dying breath: may all that is most horrible in human nature, more solemn than language can frame, or lips can utter, may this, and more than this, be thy eternal portion, shouldst thou violate the oath that thou has taken.' 

男は言い終えた……、自分が何をしたのかほとんどわからないまま、怯えた少女は恐ろしい宣言を受け入れ、今後彼女の主となる人物に永遠の忠誠を誓った。

「呪われた霊たちよ、汝の援助に感謝する」と見知らぬ男は叫んだ。「僕は勇敢にも美しい花嫁を口説き落とした。彼女は我がものだ、永遠に我がものだ、そう、身体も魂も我がものだ、生も死も我がものだ。涙を流してどうする、愛しい人よ、まだ蜜月が過ぎないうちに?いや、確かにあなたは泣く理由があるが。次に会うときは、婚姻の契りを交わすことになる。」

He ceased—hardly knowing what she did, the terrified girl acceded to the awful adjuration, and promised eternal fidelity to him who was henceforth to be her lord. 

'Spirits of the damned, I thank thee for thine assistance,' shouted the stranger; 'I have wooed my fair bride bravely. She is mine—mine for ever.—Aye, body and soul both mine; mine in life, and mine in death. What in tears, my sweet one, ere yet the honeymoon is past? Why! indeed thou hast cause for weeping: but when next we meet we shall meet to sign the nuptial bond.' 

そして、若い花嫁の頬に冷たい敬礼を刷り込み、その表情の言いようのない恐ろしさを和らげた。そして、次の日の夜8時に、ヘルンスヴォルフ城に隣接する礼拝堂で会うように求めた。彼女は、自分からの保護を求めるかのように、燃えるようなため息をついて彼の方を振り向いたが、男は男は姿を消していた。

He then imprinted a cold salute on the cheek of his young bride, and softening down the unutterable horrors of his countenance, requested her to meet him at eight o'clock on the ensuing evening in the chapel adjoining to the castle of Hernswolf. She turned round to him with a burning sigh, as if to implore protection from himself, but the stranger was gone.

城に入ると、深い憂鬱に襲われているのを見られてしまった。親族はその原因を探ろうとしたが、誓いを立てたばかりである。彼女は誓った途端、話す機能が完全に麻痺してしまったし、わずかな声の抑揚や表情の変化でも自分を裏切ることを恐れていた。夜が更けて、一家は休息に入った。しかし、クロチルダは落ち着かず、自分の部屋に隣接する書斎に一人で留まることを希望した。

On entering the castle, she was observed to be impressed with deepest melancholy. Her relations vainly endeavoured to ascertain the cause of her uneasiness; but the tremendous oath she had sworn completely paralysed her faculties, and she was fearful of betraying herself by even the slightest intonation of her voice, or the least variable expression of her countenance. When the evening was concluded, the family retired to rest; but Clotilda, who was unable to take repose, from the restlessness of her disposition, requested to remain alone in the library that adjoined her apartment.

家庭の人々は皆、とっくに休息に入り、聞こえるのは月が欠けた時に吠える番犬の不機嫌な遠吠えだけであった。クロチルダは書斎で深い瞑想の姿勢のままであった。彼女が座っているテーブルの上で燃えていたランプは消えつつあり、居室の下端はすでに半分以上見えなくなっていた。城の北側の時計は12時を告げ、その音は夜の厳粛な静寂の中で不気味に響いた。突然、部屋の奥にあるオーク材の扉が静かに持ち上げられ、墓の衣装をまとった血の気のない人物が、ゆっくりと部屋を進んできた。音もなく、その人物は女性の座っているテーブルの前まで音を立てずに移動した。

彼女は最初、それを知覚しなかったが、死のように冷たい手が自分の手を素早く掴むのを感じた。そして、彼女の耳元で「クロチルダ」と囁く厳粛な声が聞こえた。彼女は叫ぼうとしたが、その声は力及ばなかった。魔法のように彼女の目を釘付けにしたその姿が、顔を隠していた衣をゆっくりと脱ぎ捨てると、父親の青ざめた目と骸骨の形が出てきた。憐れみと後悔の念で彼女を見つめ、悲しげに声を張り上げた。

-「クロチルダ、ドレスも召使いも準備万端、教会の鐘も鳴り、司祭も祭壇にいるが、婚約者の花嫁はどこだ?墓には彼女のための部屋がある。明日には我が許に至るであろう」

-「明日?」気が動転した少女は言いよどんだ。

「地獄の精霊が登録したのだから、明日には契りが解かれるに違いない」

その人影は途絶え、ゆっくりと退散し、やがて遠くに消えていった。

All was now deep midnight; every domestic had long since retired to rest, and the only sound that could be distinguished was the sullen howl of the ban-dog as he bayed, the waning moon. Clotilda remained in the library in an attitude of deep meditation. The lamp that burnt on the table, where she sat, was dying away, and the lower end of the apartment was already more than half obscured. The clock from the northern angle of the castle tolled out the hour of twelve, and the sound echoed dismally in the solemn stillness of the night. Sudden the oaken door at the farther end of the room was gently lifted on its latch, and a bloodless figure, apparelled in the habiliments of the grave, advanced slowly up the apartment. No sound heralded its approach, as it moved with noiseless steps to the table where the lady was stationed. She did not at first perceive it, till she felt a death-cold hand fast grasped in her own, and heard a solemn voice whisper in her ear, 'Clotilda.' She looked up, a dark figure was standing beside her; she endeavoured to scream, but her voice was unequal to the exertion; her eye was fixed, as if by magic, on the form which, slowly removed the garb that concealed its countenance, and disclosed the livid eyes and skeleton shape of her father. It seemed to gaze on her with pity, an regret, and mournfully exclaimed—'Clotilda, the dresses and the servants are ready, the church bell has tolled, and the priest is at the altar, but where is the affianced bride? There is room for her in the grave, and tomorrow shall she be with me.'—'Tomorrow?' faltered out the distracted girl; 'the spirits of hell shall have registered it, and tomorrow must the bond be cancelled.' The figure ceased—slowly retired, and was soon lost in the obscurity of distance.

朝が来て、広間の時計が8時を告げたとき、クロチルダはすでに礼拝堂に向かっていた。暗い夜で、厚い雲の塊が天空を駆け巡り、冬の風の唸り声が森の木々の間をひどく響いていた。彼女は約束の場所に到着した。人影が彼女を待っていた。

「これは!よく来た、私の花嫁、」彼は不敵に叫んだ、「よくよくあなたの好意に報いねば、な。ついてきなさい」。

二人は礼拝堂の曲がりくねった小道を静かに進み、隣接する墓地に辿り着いた。ここで二人は一瞬立ち止まり、見知らぬ男が和らいだ調子で言った。

「1時間もすれば、この闘いは終わるだろう。しかし、この悪意の化身とも言える心は、これほど若く、これほど純粋な精神を墓に捧げるとき、感じることができるのです。しかし、そうでなければならない」と、彼女の過去の愛の記憶が彼女の心に駆け巡ると、彼は続けた。「私が従う悪魔がそう望んだからだ。哀れな少女よ、私は確かにあなたを婚礼に導いている。しかし、司祭は死であり、あなたの両親は腐った骸骨であり、私たちの結婚の証人は、死者の腐った骨で喜ぶ怠惰な虫である。さあ、我が初々しい花嫁よ、司祭は犠牲者を待ち焦がれているのだ。」

彼らが進むと、目の前に薄暗い青い光が素早く移動し、教会堂の端に丸天井の入り口が見えた。それは開いていて、彼らは黙ってその中に入った。棺の残骸が積み上げられ、湿った泥の上に少しずつ落下している。一歩一歩が死体の上であり、漂白された骨は足元で恐ろしく音を立てた。その中央には、埋葬されていない骸骨の山があり、そこに座っているのは、最も暗い想像力をもってしても想像できないほど恐ろしい姿であった。彼らがそこに近づくと、空洞の丸天井は地獄のような笑い声で鳴り響き、すべての腐敗した死体は邪悪な生命を帯びているように見えた。見知らぬ男が立ち止まり、犠牲者を手にすると、彼の心から一つのため息がこぼれ落ち、彼の目には涙が光っていた。しかし、それは一瞬のことであった。その人物は彼の動揺にひどく顔をしかめ、やせ細った手を振っていた。

The morning—evening—arrived; and already as the hall clock struck eight, Clotilda was on her road to the chapel. It was a dark, gloomy night, thick masses of dun clouds sailed across the firmament, and the roar of the winter wind echoed awfully through the forest trees. She reached the appointed place; a figure was in waiting for her—it advanced—and discovered the features of the stranger. 'Why! this is well, my bride,' he exclaimed, with a sneer; 'and well will I repay thy fondness. Follow me.' They proceeded together in silence through the winding avenues of the chapel, until they reached the adjoining cemetery. 

Here they paused for an instant; and the stranger, in a softened tone, said, 'But one hour more, and the struggle will be over. And yet this heart of incarnate malice can feel, when it devotes so young, so pure a spirit to the grave. But it must—it must be,' he proceeded, as the memory of her past love rushed on her mind; 'for the fiend whom I obey has so willed it. Poor girl, I am leading thee indeed to our nuptials; but the priest will be death, thy parents the mouldering skeletons that rot in heaps around; and the witnesses to our union, the lazy worms that revel on the carious bones of the dead. Come, my young bride, the priest is impatient for his victim.' 

As they proceeded, a dim blue light moved swiftly before them, and displayed at the extremity of the churchyard the portals of a vault. It was open, and they entered it in silence. The hollow wind came rushing through the gloomy abode of the dead; and on every side were piled the mouldering remnants of coffins, which dropped piece by piece upon the damp mud. Every step they took was on a dead body; and the bleached bones rattled horribly beneath their feet. In the centre of the vault rose a heap of unburied skeletons, whereon was seated, a figure too awful even for the darkest imagination to conceive. As they approached it, the hollow vault rung with a hellish peal of laughter; and every mouldering corpse seemed endued with unholy life. The stranger paused, and as he grasped his victim in his hand, one sigh burst from his heart—one tear glistened in his eye. It was but for an instant; the figure frowned awfully at his vacillation, and waved his gaunt hand.

見知らぬ男は前進した。空中に神秘的な円を描き、得体の知れない言葉を発し、恐怖の余り立ち止まった。突然、彼は声を張り上げ、荒々しく叫んだ-

「闇の霊の配偶者よ、まだ少し時間がある。汝が誰に身を任せたか知らせよう。

私は、十字架の上で救い主を呪った愚か者の不滅の魂だ。彼はその存在の最後の瞬間に私を見て、その視線はまだ消えていない。私は地上のすべての人の上に呪われている訳だ。

私は永遠に地獄に堕とされ、世界が巻物のように乾き、天と地が過ぎ去るまで、私の主人の好みに合わせて食事をしなければならない。私は、あなたも読んだことが有ろう者であり、その偉業について聞いたことが有ろう者である。我が主人は100万人の魂を陥れるよう命じた。そして、私の懺悔は完了し、私は墓の安らぎを知ることができる。

汝は私が呪った千番目の魂である。私はあなたの純真を見て、すぐに我が家へ招くべく刻印した。そなたの父を殺したのは気の迷いからだ、運命を告げるのを許したのだ。そして 私は純真さに魅入られたのだ。ハッ!呪文は勇敢に働く。そしてすぐにわかるだろう、我が愛しき者よ、不滅の運命を誰に繋いだのか。季節が自然の流れに沿って動く限り、雷が光り、雷鳴が転がる限り、汝の償いは永遠である。下を見よ!そして汝の運命がどうなるかを見るのだ」。

見ると、丸天井は千々に割れ、大地は引き裂かれ、強大な水の轟音が聞こえた。下の深淵には溶けた火の海が輝き、呪われた者たちの悲鳴や悪魔たちの勝利の叫びと混ざり合って、想像以上に恐ろしい恐怖を与えていた。何千万もの魂が燃える炎の中で悶え、沸騰する波が彼らを黒々としたアダマントの岩にぶつけると、彼らは絶望の冒涜を呪い、それぞれの呪いが雷となって波を越えてこだました。

見知らぬ男が犠牲者に向かって突進してきた。彼は一瞬、燃え盛る景色の上で彼女を抱きしめ、その顔を愛おしそうに見つめ、まるで子供のように泣いた。それも一瞬の衝動に過ぎず、彼は再び彼女を腕に抱き、怒りに任せて引き離し、彼女の最後の別れの視線が彼の顔に優しさのうちに投げられると、大声で叫んだ。

「私ではなく、あなたの宗教の罪なのだ。悪人の魂のために準備された永遠の火があると言われ、そして、あなたはその苦しみを負っていないのですか?」

彼女は、憐れな少女は、冒涜者の叫びを聞いていないし、聞いたことがない。彼女の繊細な姿は、岩から岩へ、波や泡の上を飛び回り、彼女が落ちると、海は彼女の魂を受け入れようと、まるで勝利のように打ち寄せ、彼女が燃える穴に深く沈むと、底なしの深淵から1万の声が響き渡った。

「悪の魂よ!ここには確かに、あなたのために用意された永遠の苦しみがある。ここでは、虫の一匹も死ぬことがなく、火は決して鎮まらないからだ」。

The stranger advanced; he made certain mystic circles in the air, uttered unearthly words, and paused in excess of terror. On a sudden he raised his voice and wildly exclaimed—'Spouse of the spirit of darkness, a few moments are yet thine; that thou may'st know to whom thou hast consigned thyself. I am the undying spirit of the wretch who curst his Saviour on the cross. He looked at me in the closing hour of his existence, and that look hath not yet passed away, for I am curst above all on earth. I am eternally condemned to hell and I must cater for my master's taste till the world is parched as is a scroll, and the heavens and the earth have passed away. I am he of whom thou may'st have read, and of whose feats thou may'st have heard. A million souls has my master condemned me to ensnare, and then my penance is accomplished, and I may know the repose of the grave. Thou art the thousandth soul that I have damned. I saw thee in thine hour of purity, and I marked thee at once for my home. Thy father did I murder for his temerity, and permitted to warn thee of thy fate; and myself have I beguiled for thy simplicity. Ha! the spell works bravely, and thou shall soon see, my sweet one, to whom thou hast linked thine undying fortunes, for as long as the seasons shall move on their course of nature—as long as the lightning shall flash, and the thunders roll, thy penance shall be eternal. Look below! and see to what thou art destined.' She looked, the vault split in a thousand different directions; the earth yawned asunder; and the roar of mighty waters was heard. A living ocean of molten fire glowed in the abyss beneath her, and blending with the shrieks of the damned, and the triumphant shouts of the fiends, rendered horror more horrible than imagination. Ten millions of souls were writhing in the fiery flames, and as the boiling billows dashed them against the blackened rocks of adamant, they cursed with the blasphemies of despair; and each curse echoed in thunder cross the wave. The stranger rushed towards his victim. For an instant he held her over the burning vista, looked fondly in her face and wept as he were a child. This was but the impulse of a moment; again he grasped her in his arms, dashed her from him with fury; and as her last parting glance was cast in kindness on his face, shouted aloud, 'not mine is the crime, but the religion that thou professest; for is it not said that there is a fire of eternity prepared for the souls of the wicked; and hast not thou incurred its torments?' She, poor girl, heard not, heeded not the shouts of the blasphemer. Her delicate form bounded from rock to rock, over billow, and over foam; as she fell, the ocean lashed itself as it were in triumph to receive her soul, and as she sunk deep in the burning pit, ten thousand voices reverberated from the bottomless abyss, 'Spirit of evil! here indeed is an eternity of torments prepared for thee; for here the worm never dies, and the fire is never quenched.'

 *  *  *  *  *  *  *

終。THE END.

とある男爵の婚姻。THE BARON’S BRIDAL.

 ポインター犬と銃をお供に、スコットランド高地に数時間を過ごし、日が傾いた頃に犬を呼び戻し、以前同じような機会に利用したことのあるハイランダーの住まいを探しに出発した。未開人が住むような場所を歩き回る労苦に疲れ、雨露に濡れ凍えているときの、白髪頭の主人がもてなす囲炉裏と泡立つ杯は、同じ境遇にいた人以外には容易に想像できないほど素晴らしいものである。果たしてハイランダーの小屋では、いつものように心から歓迎された。この小屋は、小屋としか言いようがない代物ではあるけれど、もっとずっと広くて便利で立派な邸宅でさえ及びもつかない程の、満足感と幸福感で満たされている。

燃え盛る火を囲んで、三世代が座った。第1に、ドナルドと年老いた配偶者。若い女性、彼等の娘とその夫が2代目。そして、祖父の膝にぶら下がったり、怒りもせず身を任せる大きな犬を弄ったりして楽しんでいる、おしゃべりな少年少女が3代目である。

気分転換をし、友人と会話をしていると、西の空の色合いが濃くなってきたことに気づかされる。原住民以外にはほとんど通行不可能な田舎を何マイルも戻らなければならないというのに、これではどう頑張っても、家に着く前に闇に覆われてしまう。一番近い帰り道を尋ねると、老人は小高い丘に曲がる道を指し示し、その後下ると、村の私の住まいまで幹線道路を通ることができると教えてくれた。

 I had been out several hours amidst the Highlands of Scotland with my pointer and gun, and the day was almost half over, when I whistled to the dog, and set off in search of the habitation of a Highlander, which I had formerly had recourse to on like occasions; when fatigued with the exertion of rambling through places fit only for the residence of savages, and wet and weary, the hospitable hearth and foaming cup of my white headed host were more acceptable than can be easily imagined, except by those who have been in like situations. I was received with the usual hearty welcome into the old Highlander’s cabin, for it could scarce lay claim to a higher title; though it was spacious and convenient, and enlivened with that content and happiness of which more splendid mansions are too often destitute. Round the blazing fire were seated three generations. Donald himself and his ancient spouse forming one; a young woman, their daughter, and her husband, making the second link in the family chain; and their children, a prattling boy and girl, who hung upon the knees of their grandfather, or amused themselves with teazing a large dog that good naturedly suffered himself to be tormented without testifying the slightest anger, being the third. Having refreshed myself, and had some conversation with my friend, the deepening tints of the western sky began to remind me, that I had several miles to return over a country almost impassable to any but it’s1 natives, and that unless I made the best of my way home, darkness would overtake me before I reached it. I enquired the nearest road back; when the old man pointed out to me a kind of path which wound about a lofty hill, and afterwards descending would bring me by the high road to my residence in the village. 

「でも、あの山を回るより、もっと近い道があるはずだ」と私は言った。

「確かに道はある、しかし……」老人は言い淀み、慎重に周囲を見回し、話を進めるべきかどうか迷っているようだった。

 「…しかし、何です?もっと近い道があるのに、その道を通ってはいけない事情でも?」

 「その道を行くのは危険だ」と答えられた。「特に夕闇が迫る時分には。」

「強盗でも出るとか?」

「いや、それは御座らぬ。でも……」

「…でも、何です?」と私は繰り返した。「他に何を恐れることがあるのですか?」

「儂が話している道は、」老人が答えた。「怖るべき存在が訪れる場所にある」と。

「ああ、それでは幽霊が心配の種なんですね。あの世から来た悪しき存在など、僕は恐れはしない。だから、道を示して、行かせてください。」

「ダメ、行っちゃダメだから」と、父も息子も叫んだ。「もし幽霊に出合ったら、命が危ない」と。

「そいつはどのように、なぜ、どのような理由で、あなたが非常に恐れているように見えるこの場所に出没しているのですか?」

「奇妙で恐ろしい話だ」ドナルドは答えた「話そうにも、時間が掛かりますぞ?」

…しかし、好奇心を刺激された私は最早、そのままにはしておけず、この「呪われた谷」の歴史を話してくれるよう説得した。

 “But surely,” said I, “there is a nearer way than round that mountain?” –– 

 “There is a way to be sure,––but––––” the old man stopped, he looked cautiously around, and seemed doubtful whether to proceed. –

 – “But what? If there is a shorter road, what is there to prevent me from taking it?”–

–“It is dangerous to go that way,” replied he, “especially as the evening is advancing.”–

– “What is there any fear of robbers?”–

– “No, no, but––––” –

– “But what?” I repeated; “what else is there to fear?”–

–“The road of which I speak,” answered the old man, “lies though a spot which is visited by fearful beings.” –

– “Oh! and so a spirit is the occasion of your alarm: I fear no evil from beings of another world, so point out the way, and let me go.” –

– “You must not, shall not go,” exclaimed both father and son: “if you should see the Spirit, your life might be in danger.” –

– “How, why, and for what cause, does any preternatural appearance haunt this spot of which you seem to entertain so great a horror?” –

– “It is a strange, a fearful story,” replied Donald, “and will detain you beyond your time.” –

– But my curiosity being awakened, was not so easily satisfied, and I at last prevailed on him to relate to me the history of this Haunted Glen.

 

老人は聞いてきた。「歩き廻る途中、石や廃墟の山の中に、ぽつんと建っている塔を見たことがお有りですな?」

…「ある。」

…「あの塔は、かつてそこに築かれた誇り高き城の、今に残る唯一の遺構なのですじゃ。

…より厚い壁や、より強固な屋根が倒れようとも、あの塔は立っておる!

…他の建物が時や嵐に打ち倒されても、あの塔は暴風雨にも動じず、頂上に破壊の火を放った雷の猛威にも耐えてきた。今まで見てきた出来事の結果、この塔には超能力が宿っているとも申します。今からお話しすることは、この時代よりずっと昔のことですが、あの塔が一部をなした要塞は、色々と後ろ暗いことが語られる貴族の住まいだったと聞いとります。……

 

グレンリスケアの領主は野心的にして陰鬱で、復讐心に燃えていた。家臣たちからは恐れられ、嫌われ、対等な者たちや目上の者たちからは嫌われていた。しかめっ面の眉は、その上にかかった黒髪で半分隠れていた。しかし、その目は顔の最も特徴的な部分であったとも。黒々と、奇妙な輝きを放っており、その言いようのない眼差しに恐怖を感じずに居られる者はまずなかった。その表情は荒々しく、しかし決然としたもので、ほとんど悪魔のようだった。背の高いこと、巨人と言っていいほど。威厳のある風貌、その厳しい顔つきと相まって、その姿は、あの世に住まう人であるかのような、言い知れぬ畏怖の念を抱かせた。そんなグレンリスケアー男爵には、昼と夜ほどにも違った妻がいた。天使と悪魔、純潔と腐敗の結合。結婚から数年後、男爵は婚姻によって権力と富を大いに増す機会が訪れたところが、既に結婚していた。野心こそ彼の支配的な情熱であるのに、彼が望む対象との間に妻が立ちはだかるので、彼は妻を憎んだ。それで彼の残酷な仕打ちはあまりにも、その感情そのままであった。しかしある日突然、彼の態度は一変し、優しくなり、愛情深くなった。

“You have doubtless,” said the old man, “during your excursions, observed a tower, which stands alone amidst heaps of stone and other ruins?” 

–– “I have.” 

–– “That tower is now all that remains of a proud castle which was once reared there; –– that tower has stood while thicker walls, and stronger roofs have fallen! –– while other buildings have been borne down by time or storms, that tower has remained unmoved by tempests, and braving the fury of those lightnings which have levelled their destroying fires at it’s summit. A preternatural strength is said to be attached to it, in consequence of the events which it has witnessed. Many years ago, I have heard, for what I am about to tell you happened long before my day, the fortress, of which that tower formed a part, was the habitation of a nobleman of whom many dark things have been said. The Lord of Glenliscair*10 was ambitious, dark, and revengeful; feared and detested by his vassals; and disliked by his equals and superiors; stern and haughty, his look spoke the mind within. His brow was frowning, half hid by the black hair which hung over it, but his eye is said to have been the most peculiar part of his countenance; it was black, but it blazed with the strangest lustre, and few could sustain without horror it’s unspeakable glance. It had a wild but determined expression, almost fiendish. His stature was tall, approaching to gigantic, giving him a commanding appearance, which, combined with his stern visage, inspired an unaccountable awe, a fearful feeling, as if the being you looked upon was of a different nature, the inhabitant of another world. The Baron of Glenliscair had a wife as different from himself as morning from midnight; it was the union of an angel with a demon, ––of purity with corruption. Some years after their marriage, an opportunity offered to the Baron of acquiring a great encrease*2 of power and riches by wedlock, –– but he was already married. Ambition was his ruling passion, his wife stood between him and the object which he wished, and he hated her; while his cruel treatment but too well corresponded with his feelings. On a sudden, however, his behaviour was changed, he became gentle in his conduct, and affectionate in his behaviour, and her grateful heart returned it tenfold. 

ある日、明日には狩りに行こうと男爵は妻に提案し、同行を望んだ。要求に応じた妻を、いつになく愛おしく思った。朝が来て、猟犬と騎兵が出動し、獲物を追って国中に広がった。狩りは夕方まで続いたが、突然、男爵夫妻が行方不明であることが判明した。狩りに夢中のあまり、夫妻が行方不明になっていることに誰も気づかなかったのだ。待っても虚しく、探しても見つからない。ついに、すべての捜索が不首尾に終わったと判明し、集まった暇人共が、むなしく探していた人々の運命の可能性について考えていたとき、男爵が見えたと叫んだ者があった。全員の視線が、示された地点に向けられた、主が全速力で近づき、馬が泡を吹いて喘ぎ、彼自身も激しく動揺しているのが見えた。

…『貴様等の奥様、我が妻を見なかったか、何か知らないか』と彼は叫んだ。 

…『奥様ですと!……グレンリスケア御婦人に何か!』驚きの答えが返ってきた。 

…『そうだ、愚か者どもよ、妻はどこにいるのだ?』

…『見ておりません、閣下、我等は奥様と閣下を広く探しましたが、不首尾に終りました』

…『クソッタレが!』…だが、自分を抑えながら、彼は続けた『狩りの最中、妻の行方が知れないことに気づいた。その身に何か災難が降りかかっているのではと恐れ、一人で馬で戻った。ふと遠くに見えたような気がして、馬を走らせたが、その姿は見えなくなった。疲れ果て、疑念と恐怖で一杯になり、引き返した。しかし、探し求めた彼女を見つけるという実りのない努力に我を忘れているうちに、時間を掛け過ぎてしまった。

…そして今、残念なことに、貴様等は恐怖に絶望を加え、疑念に確信を加えた! 

…しかし、こんなことでぐだぐだやってる場合ではない。…ついて来い!』 

……その言葉を残して、皆は再び人探しに旅立った……二度と会うことができない運命にあったのだが、少なくとも人の姿では。

One day, he proposed to hunt upon the morrow, and seemed to wish for her attendance. She complied with his request, and he seemed fonder than ever of her. The morning came, and hounds and horsemen issued forth, and spread over the country in pursuit of the game. The chase was continued till evening, when it was suddenly discovered that the Baron and his lady were missing. In the heat of the sport it had not been before remarked, and some degree of alarm seized on his attendants. They waited, but in vain; they sought for them, but they were not to be found. At last, when, all search having proved useless, and the sportsmen were gathered together, musing on the probable fate of those whom they had so vainly sought, some one called out that he saw the Baron. All eyes were turned to the point to which the speaker directed them, and they plainly saw their Lord approaching at full speed, his horse foaming and panting with exertion, and he himself violently agitated, –– ‘Your lady, have your seen her? speak, know you aught*3 of her?’ he exclaimed. 

–– ‘Our Lady! –– the Lady of Glenliscair!’ was the astonished answer. 

–– ‘Yes, fools, where is she? have you seen her? speak, or by Hell!––––’ 

–– ‘We have not, we have sought far and wide for her and you, my Lord, but in vain.’ 

–– ‘Ideots*4!’ –– but checking himself he proceeded: ‘In the midst of the chase, I perceived she was missing; fearful lest some evil should have happened to her, I rode back alone, unwilling to mention my alarms. At a distance I once thought I saw her; and spurred on my steed, but the object vanished from my sight; |and wearied, exhausted, and full of doubt and fear concerning your Lady, I turned back; but having lost myself in this fruitless endeavour to find her whom I sought, I was long ere I could regain you;––and now, alas! you add despair to fearfulness; and certainty to doubt! ––But I ought not to trifle away time thus;––follow me!’ 

––and with those words they again departed in search of her, whom they were doomed never again to behold,–– at least in human shape. 

「それから半年も経たないうちに、グレンリスケアの領主は再婚の準備を整え、喪章は華麗な装飾品や飾りに取って代わられた。男爵のあらゆる思いは、婚礼が近づくにつれ、そのことに飲み込まれていった。 

やがてその日がやってきた。宴会とお祭り騒ぎに明け暮れ、誰もが喜びに目を輝かせた。そしてついに、男爵が新たな恋の対象、いや野望の対象と結ばれる瞬間だ。 

準備はすべて整っていた。儀式を執り行うはずだった聖職者はすでに始めていた。しかし、聖職者が『誰か結婚を妨げるものを知っているか』と尋ねると、部屋の奥のほうから誰かが叫んだ…『知っています!』…その声は花嫁を除く出席者全員に聞き覚えがあったが、その場では誰も思い出せなかった。男爵は顔をしかめ…『いったい誰が』と言いかけたとき、彼と婦人の間に飛び込んできた人影があった。…『私ですとも!私は認めない!』…予期せぬ歓迎されない使者を、一同は恐怖の眼差しで見つめた。それは、むくんで変色した女性の姿だった。長い髪には水が滴り、青白く病んだ頬は腐敗の淵にあった。青く潤んだ目は男爵から離さず、血管の隅々まで響く声でこう歌った。

“Within six months after this happened, the Lord of Glenliscair made preparations for a second marriage; the sable marks of mourning gave place to splendid ornaments and decoration; and every thought of the Baron seemed swallowed up in that of his approaching nuptials. The day at length arrived; it was passed in feasting and revelry; 

every eye was lighted up with joy; and at length the moment came, which was to unite the Baron to the new object of his affections; or, rather, of his ambition. All was ready; 

the holy man who was to perform the ceremony had already commenced; but when he asked if any one knew aught of impediment to the marriage, some one from the farther part of the room cried out––‘I do!’––The voice was familiar to all present save the bride, yet no one on the moment could remember it. The Baron frowned––‘Who dares?’ he was saying, when a figure sprang between him and the lady,––‘I dare! I forbid it!’––All gazed with horror on the unexpected and unwelcome messenger; it was the form of a woman swoln5 and discoloured: her long tresses dripping with water, and her pale and sickly cheeks, seemed the residence of corruption. Her blue and watery eyes were fixed on the Baron, while with a voice that thrilled through every vein she sang,–– 

 『波間に煌《きら》めき渡る月の光が
  汝が花嫁の寝床照らさむ
 汝が真実《まこと》の愛の墓たる潮《うしお》が
  汝が頭《かうべ》に打ち寄せむ。
 祈り虚しく、陥れ
  我を汝は逆巻く深みに
 浮気者め、ここに沈め
  重き罪業、汝が上に!
 では去《い》ね!去《い》ね!今宵は休めよ
 暗がりなる潮の下に。
  腐り果てたる我が胸こそは汝が枕よ、
 我こそ汝が花嫁なり!』

  ‘The moon-beam glistening on the wave 
    Shines on thy bridal bed;
  Where the tide that is thy true love’s grave
    Shall float above thy head.
 In vain I pray’d,––you plunged me in,
   Where deep the waters roll;
  But heavily now that deed of sin 
    Shall sink thy parting soul!
 Then away! away! this night you rest
   Beneath the darkling tide;
  Thy pillow shall be my mouldering breast, 
    And I will be thy bride!’ 

「その恐ろしい姿は消え去り、亡霊の歌に当てられた彼は気絶して床に倒れ込んだ。……すべての助けは虚しく、彼は召喚に従った!そしてその時以来、ストラッセンウォーターの谷はグレンリスケアー夫人の幽霊の住処となった。…それで、願わくは」と老人は締めくくり、「幽霊の出る場所を避けられますように。そのような禁じられたものを見るなら、災いに見舞われるであろう。」

 “The fearful form vanished, and he to whom the Spirit’s song was addressed fell lifeless on the floor;––all assistance was in vain, he had obeyed his summons! and since that time, the Glen of Strathenwater has been the residence of the spirit of Lady Glenliscair; then let me entreat you,” concluded the old man, “to shun the haunted spot, for woe be to him that looks upon such forbidden things.”

正直言って、この奇妙な話にはちょっと驚かされたというか、そうでなくても信じられないもので、しかしそれもほんの一瞬のこと。私は精神的な危険に対する恐れをすぐに捨て去り、家族の温かい懇願、彼らの親切に感謝しつつも、出発した。愛犬も同行しているし、時間を有効に使い、暗くなる前に家に帰ろうと思ったのだ。太陽は確かに姿を消したが、その豊かな輝きは雲の上にあり、雲は太陽の沈むところから明るさを集めていた。実体のない美しさの幻影が、太陽が去った光景の周囲を飛び交っていた。周りの風景は壮大ではあったが、荒々しかった。それは装飾のない自然であり、滑らかに磨かれたきらびやかな宝石ではなく、磨かれていない原石であった。

 I confess my purpose was for a moment startled by this strange tale, though I did not, could not credit it, but it was only for a moment. I very speedily banished all fear of spiritual dangers, and set forth despite of the warm entreaties of the family. 

Thanking them for their kindness, however, I at length proceeded; my dog accompanied me, and I made the best use of my time to get home before dark. This I thought, with expedition, I could accomplish: the sun, it is true, had disappeared, but the rich splendour of his beams rested on the clouds, which gathered brightness from his setting; visions of unsubstantial beauty flitted around the scene of his departure. The scenery around me was grand, but rugged; it was nature unattired with decoration, the rough unpolished stone, not the smooth, polished, and glittering gem. 

やがて私は、主人の話から恐怖の場所だと思われる場所に到着した。非常な疲労を覚えたもので、しばらく石の上に座って休み、高地に伝わる荒唐無稽な話、オシアンの話、ブルマの精の話を思い浮かべた。そのときふと、力ある石の上に座っているのではないかと思った。石を調べ始めた。しかし、その形からして現代的なものだと思われたので、再びその石に座ってみた。奇妙な考えが浮かんだ。目に映るさまざまなものが、新しい形をしていると思った。奇妙な人影が行ったり来たりするのを見た。その場所は突然、元の姿を取り戻し、私は恐怖と驚きをもって、聞いたことのある、青白く腫れ上がり、死にそうな姿で水面から上がってくるその姿を見つめた!
……男爵の結婚式で歌われた言葉を歌う恐ろしい声が聞こえた。その恐ろしい声は、鳥の悲鳴や轟音に混じり、しかし、はっきりと聞こえた。何か見えない手に引きずられるような感覚を覚えた!
……恐怖でほとんど固まっていたので、震えもしなかった。声を出そうとしたが、声が出なかった!たまらず水の方に引き寄せられた……
あらゆる力を振り絞り、後ろに飛び退き、不安な眠りから覚めると、私はまだ石の上に座っており、待ちくたびれた愛犬が、コートの裾を引っ張っていた。私はそこで夢を見ていたのだ。おそらく2時間近く、というのは月が昇り、さざ波を甘美な輝きで照らしていたからだ。再び全速力で家路につき、ようやく自分の家にたどり着いた。こんなにも長い間、私を快適な炉辺から遠ざけていた、あの忌々しい悪魔を腹の中で罵りながら。

At length I arrived at the spot which I judged, from the account of my host, was the place of terror. I sat down upon a stone for a moment to rest, for I felt very tired, and thought of the wild tales of Highland tradition, of Ossian, of the Spirit of Bruma, when it occurred to me that I might be then sitting on the stone of power. I started to examine it; but it appearing from it’s shape to be modern, I again ventured to reoccupy it. Strange thoughts came upon me: I thought the various objects which I beheld assumed new forms; I saw strange figures moving to and fro; the place suddenly reassumed it’s original appearance, and I gazed with horror and astonishment on the figure of which I had heard, swoln, pale, and deathly, rising from the water!––I heard it’s horrible voice singing the words which it sang at the Baron’s wedding. The fearful sound was mingled with the screams of birds, and the roar of the cataract; but it was heard clearly above all. I felt some invisible hand drag me towards the spectre!––I did not tremble, for I was almost frozen with horror. I strove to speak, but my voice failed me! I was irresistibly drawn towards the water; when summoning every faculty, I sprang back, and starting from my uneasy slumber, found myself still sitting on the stone; where my dog, tired with waiting, was tugging at the skirts of my coat. I had been dreaming there, I imagined, nearly two hours, for the moon was up, and shone on the rippling waves with her sweetest lustre. I set off home once more at full speed, and at length reached my habitation, internally execrating the foul fiend who had so long delayed me from my own comfortable fireside. 

W. H. A.*11


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*1:地名のはずだが、地図にない。Hermsdorf ならベルリン市内に実在するけれど、幽霊譚とか1655年の事件とかは見当たらず

*2:1655年といえば、三十年戦争がウエストファリア条約(1648)で終結したばかりで、ドイツという国はない。神聖ローマ帝国が権威を失い、群雄割拠状態。

これで Germany を意識するのか微妙なところ、翻訳だからというならそれまでであるが。

*3:黒い森 Schwarzwald ならバーデン地方(当時のバーデン大公国)にある。

温泉保養地としてはバーデンバーデン Baden-Baden が有名で、Hernswolf なる地名は見当たらない

*4:城塞・東洋趣味・超常現象がゴシック・ロマンスの三要素なので、本作は基本に忠実である

*5:『クリスタベル姫』冒頭を思わせる

poetlabo.hatenablog.jp

*6:ポリドリ『吸血鬼』...except that at times he was surprised to meet his gaze fixed intently upon him, with a smile of malicious exultation playing upon his lips: he knew not why, but this smile haunted him.

*7:「動く死体」は、アルノルト・パウル事件が伝えられた時の Vampyre そのものである。この話はポリドリ『吸血鬼』編注(序文)にも引用された。

Mr. D’Anvers tells of a Conversation he had about a certain Prodigy, mention’d in the News Papers of March last, viz. that in the Village of Medreyga in Hungary, certain dead Bodies (call’d there Vampyres) had kill’d several Persons by sucking out all their Blood: That Arnold Paul, an Heyduke, having kill’d four Persons after he was dead, his Body was taken up 40 Days after, which bled at the Nose, Mouth and Ears: That, according to Custom, they drove a Stake thro’ his Heart, at which he gave a horrid Groan, and lost a great deal of Blood. And that all such as have been tormented or kill’d by Vampyres, become Vampyres when they are dead.

*8:ポリドリ『吸血鬼』Those who felt this sensation of awe, could not explain whence it arose: some attributed it to the dead grey eye, which, fixing upon the object's face, did not seem to penetrate, and at one glance to pierce through to the inward workings of the heart; but fell upon the cheek with a leaden ray that weighed upon the skin it could not pass.

*9:ポリドリ『吸血鬼』(1819)"Swear!" cried the dying man, raising himself with exultant violence, "Swear by all your soul reveres, by all your nature fears, swear that for a year and a day you will not impart your knowledge of my crimes or death to any living being in any way, whatever may happen, or whatever you may see."

*10:架空の地名なのか、検索できない。tide の語が出てくるけれど、スコットランド高地における山中の話であるから、海の潮ではなかろう。ゆったり波打つ深淵と呼べる内水面を持つ山地をモデルにしたと思われる。似たような地名としては、Glenlivetグレンリベット 醸造所というのを覚えていたので、その辺りを探すと、Loch Morlich という湖面を擁する Glenmore という町があった。翻訳にはここのイメージを借りている。

*11:前書きで触れた通り、William Harrison Ainsworth の署名。原文は飾り文字、向こうでGothic と呼ばれる書体を使って印刷されている。

【翻訳】『さまよえるオランダ人』説話集

Legends of the Flying Dutchman.


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コールリッジ『年寄り船乗り』を訳していて気になったのは、サルガッソにも「さまよえるオランダ人」にも言及がないことで、調べてみると伝説が形を整えたのは、1821年の小説 Vanderdecken's Message Home; Or, The Tenacity Of Natural Affection(作者不明)からであった。そもそもワーグナーの楽劇『さまよえるオランダ人』Der Fliegende Holländer (The Flying Dutchman), WWV 63 は、直接にはドイツの詩人ハインリヒ・ハイネ『フォン・シュナーベレヴォプスキー氏の回想記』(Aus den Memoiren des Herren von Schnabelewopski、1834)を元にしたワーグナー自身の台本によるのだが、そのまた元になるオランダ人伝説は、意外にも当時の出来立てに近い話であったのだ。但し、ワーグナーが舞台をノルウェーに持って行ったのに対し、元は喜望峰にまつわる話で、特にヴァンダーデッケンの船はケープタウン沖から離れられないことになっている。

この説話については、ピッツバーグ大学の D. L. Ashliman 教授のまとめサイト The Flying Dutchman
legends of Aarne-Thompson-Uther type 777
*1があるから、アシュリマン教授が引用遊ばされた原典を参照しつつ翻訳してみた。

なお The Flying Dutchman の呼称は「さまよえるオランダ人」号と訳されてきたけれども、これは「さまよえるユダヤ人」に準えた表現であり、元はその快速を誇る「飛ぶように走るオランダ人」の意であったと思われるので、訳語を改変するか悩み中。


TRAVELS, IN VARIOUS PARTS OF: EUROPE, ASIA, AFRICA, DURING A SERIES OF THIRTY YEARS AND UPWARDS. 1790

BY JOHN MCDONALD. p.276

天候は非常に荒れ模様で、船乗りたちはさまよえるオランダ人が出たぞと称する程であった。よく聞く話では、このオランダ人は悪天候から喜望峰に逃れ来て、港に入ろうとしたところが、導くべき水先案内人が居らず、行方不明になってしまった。以来、大時化に遭うと、かの船の幻が現れるという。その船に向かって呼びかけでもしたら、普通に返事が来るぞと、船乗りたちは恐れ慄く。やがて私たちは貿易風に乗り、好天に恵まれたため、2週間はほとんど帆を動かさなかった。私たちは喜んでセントヘレナに下り、10日間停泊した。 陸上では、私はスチュワードの代理とテイラー船長の使用人を兼務。セントヘレナでは食事が早いので、私たちは毎日夕食後、白人農民に混じって田舎を歩いた。標高が高いので、海を見渡すことができ、農家の娘や白人の少女をたくさん見かけた。

The weather was so stormy, that the sailors said they saw the flying Dutchman. The common story is, that this Dutchman came to the Cape*2 in distress of weather, and wanted to get into harbour, but could not get a pilot to conduct her, and was lost ; and that ever since, in very bad weather, her vision appears. The sailors fancy that is you would hail her, she would answer like another vessel. At length we got into the trade winds, and had fine weather, so that we hardly shifted a sail for two weeks, when the ship's company had ease after hard work. We came down with pleasure to st. Helena,*3 and stopped ten days. On shore I was acting- steward, and Captain Taylor's, servant. As they dine early at st.Helena, we walked every day after dinner up the country amongst the white farmers. As the country is very high, we could see a great way at sea ; and up the country we saw a great many white girls, farmers daughters.

A Voyage to New South Wales (London, 1795), by George Barrington. pp. 45-47.

Superstition of the sea men - Story of the Flying Dutchman

幽霊船を畏れ敬う船員の迷信について聞くことはよくあったけれど、どうにも信じられない話だった。とあるオランダの戦闘艦が喜望峰から消え、船上の人ことごとく死に絶えて後、数年ほど。その僚艦は強風を凌ぎ、まもなくその岬に到着した。修理してヨーロッパに戻ったところ、ほぼ同じ緯度で激しい暴風雨に襲われ。夜警に立った若干名は見た、または見えたと思い込んだ。帆は畳み、此方が音を上げるまで追いかけてくる船を。うち1人は特に確言したもの、この前の強風で沈んだ船だと、あれは確かにあの船に違いない、あるいはあの船の幽霊だと。ところが空が明るくなってみると、その何物かも、厚く垂れ篭めた黒雲も、すっかり消えてしまったという。これを怪奇現象とする思い込みは、何を以てしても、船員の心から拭い去ることはできなかった。そんなこんなで港に到着したときの有り様も手伝ってか、この話は野火のように広がり、かの幻影と思われる姿は、さまよえるオランダ人と呼ばれるようになった。オランダ人からイギリス人に至るまで、これを知らない船員は居ない。滅多に見ないインド人も、乗船している者によっては、幽霊を見たふりをする程である。

I had often heard of the superstition of sailors respecting apparitions, but had never given much credit to the report; it seems that some years since a Dutch man-of-war*4 was lost off the Cape of Good Hope, and every soul on board perished; her consort weathered the gale, and arrived soon after at the Cape. Having refitted, and returning to Europe, they were assailed by a violent tempest nearly in the same latitude. In the night watch some of the people saw, or imagined they saw, a vessel standing for them under a press of sail, as though she would run them down; one in particular affirmed it was the ship that had foundered in the former gale, and that it must certainly be her, or the apparition of her; but on its clearing up, the object (a dark thick cloud) disappeared.

Nothing could do away the idea of this phenomenon on the minds of the sailors; and, on their relating the circumstances when they arrived in port, the story spread like wildfire, and the supposed phantom was called the Flying Dutchman. From the Dutch the English seamen got the infatuation, and there are very few Indiamen, but what has someone on board, who pretends to have seen the apparition.

夜中の2時ごろ、肩を激しく揺さぶられて目が覚めた。ハンモックから起き上がると、甲板長が明らかに恐怖と狼狽の表情を浮かべて私のそばに立っていた。

About two in the morning I was waked by a violent shake by the shoulder, when, starting up in my hammock, I saw the boatswain, with evident signs of terror and dismay in his countenance, standing by me.

「頼むぜ、相棒」と彼は言った、「棚の鍵を渡してくれ。神かけて、俺は目茶苦茶傷ついたから。というのも、ちょうど船首の風当たりを眺めていたら、『さまよえるオランダ人』号が全部盛りで、俺たちの真下までやってくるのを見つける羽目になったんだ。…見ればわかる、あの船だ。…下甲板の砲門をすべて開き、舳先と艫の灯火が、行動開始と言わんばかりに点灯しているのが見えた。この悪天候の中、どんな船でも下甲板の砲門を開き、音も立てずに凌ぐことなどできないだろうに。波は山のように高い。この緯度で遭難したオランダ人の亡霊に違いない。その亡霊は、強風が吹くといつもこの方角に現れると聞いたことがある。

"For God's sake, messmate," said he, "hand us the key of the case, for by the Lord I'm damnably scarified; for, d'ye see, I was just looking over the weather bow*5, what should I see but the Flying Dutchman coming right down upon us, with everything set -- I know 'twas she -- I cou'd see all her lower-deck ports*6 up, and the lights fore and aft, as if cleared for action.*7 Now as how, d'ye see, I am sure no mortal ship could bear her lower-deck ports up and not*8 sounder*9 in this here weather. Why, the sea runs mountains high. It must certainly be the ghost of that there Dutchman, that foundered in this latitude, and which, I have heard say, always appears in this here quarter, in hard gales of wind."

オランダ産[の酒]を一口、二口飲ませてから、「幽霊が怖いのか」と誂うと、彼は少し落ち着きを取り戻した。

After taking a good pull or two at the Holland's [a bottle], he grew a little composed, when I jokingly asked him if he was afraid of ghosts?

「そのことに関しては、わかるだろう」と彼は言った。「どうしたら、他の人間と同じようになれるものやら。俺はずうっと、そういうものがひどく苦手だった。子供の頃から、暗闇の中で教会堂を横切るには、口笛や大声を出さずには居れなかった。物の怪どもに仲間が居ると思わせるためだ、一人のときにしか現れないと聞いたことがあるからな。ところがだ、舵を執っていたジョー・ジャクソンに、船首を見ろと声をかけたが、奴には何も見えちゃいなかった。でも、俺にはどうかというと、この瓶と同じくらいはっきり見えたんだが」と言いながら、ジュネーブの瓶からもう一口飲んだ。

"Why, as to that, d'ye see," said he, "I think as how I'm as good as another man; but I'd always a terrible antipathy to those things. Even when I was a boy, I never could find it in my heart to cross a churchyard in the dark without whistling and hallooing, to make them believe I had company with me, for I've heard say they appear but to one at a time; for now, when I called to Joe Jackson, who was at the helm, to look over the weather bow, he saw nothing; tho', ask how, I saw it as plain as this here bottle," taking another swig at the Geneva.

そのような姿をしたものを見つけられるかどうか確かめたいという好奇心から、私も甲板に出て彼に付き添った。しかし、月がとても明るく輝き、雲ひとつない晴天だった。甲板にいた他の人たちから聞いたところでは、30分ほど前はとても曇っていたそうで、もちろん私は、どんな幻影が相棒をこれほどまでに不安にさせたのか、簡単に察しがついた。波は非常に高く、強風はむしろ強まり、我々は碇泊を続けた。朝になると、他の輸送船と別れていた。帆柱上からも1隻も見つからなかった。

Having some curiosity to see if I could make out anything that could take such an appearance, I turned out, and accompanied him upon deck; but it had cleared up, the moon shining very bright, and not a cloud to be seen; though, by what I could learn from the rest of the people who were on deck, it had been very cloudy about half an hour before, of course I easily divined what kind of phantom had so alarmed my messmate. The sea running very high, and the gale rather increasing, we continued to lay too, and in the morning found we had parted company with the rest of the transports, not one being discernable from the mast head.

SCENES OF INFANCY: DESCRIPTIVE OF TEVITDALE. 1803

by JOHN LEYDEN.

南緯の高緯度アフリカ沿岸には、船乗りたち共通の迷信がある。ハリケーンにしばしば「さまよえるオランダ人」と呼ばれる幽霊船が現れるというのだ。夜が明けると、光り輝く船の形が、トップセイルを翻しながら急速に滑走し、「風の目」の中をまっすぐに航行する。 この船の乗組員は、航海が始まったばかりの頃に何か恐ろしい罪を犯し、悪疫に冒されたと考えられている。 そのため、彼らはあらゆる港への入港を拒否され、然るべき償いが終わるまで、その死を遂げた海を漂い続ける運命なのだと。チョーサーは同じような罰について言及している。

ならず者が、心から十字を切るよう、

  好色な庶民は、死んだ後にまで
苦しみに喘ぎつつ常に世をさまよう、
  世界が恐怖のうちに過ぎるまで。 

チョーサー『禽獣の集会』

It is a common superstition of mariners, that, in the high southern latitudes on the coast of Africa, hurricanes are frequently ushered in by the appearance of a specter-ship, denominated the Flying Dutchman. At dead of night, the luminous form of a ship slides rapidly, with topsails flying, and sailing straight in "the wind's eye."*10 The crew of this vessel are supposed to have been guilty of some dreadful crime in the infancy of navigation, and to have been stricken with the pestilence. They were hence refused admittance into every port, and are ordained still to traverse the ocean on which they perished, till the period of their penance expire. Chaucer alludes to a punishment of a similar kind.

'And breakers of the laws, sooth to sain,
  And lecherous folk, after that they been dead,
Shall whirl about the world alway in pain,
  Till many a world be passed out of dread.' 

CHAUCER'S Assembly of Fowls .

The Flying Dutchman; Written on Passing Dead-Man's Island In the Gulf of St Lawrence, Late in the Evening, Sept. 1804.

by Thomas Moore

見たまえ、あそこの黒雲の下に何か、
飛ぶように滑り行く、不気味な小帆船か?
満帆に、いや風は凪いでいるのに、
あの船の帆は一杯に、吹かない風に!

SEE you, beneath yon cloud so dark,
Fast gliding along a gloomy bark?
Her sails are full,—though the wind is still,
And there blows not a breath her sails to fill!

 

何をする、闇を引きずるあの船は?
そこに在るは、墓場を占める静謐では。
今再び救われるべく弔鐘鳴らせ、
夜露の降りた帆のはためき。

Say, what doth that vessel of darkness bear?
The silent calm of the grave is there,
Save now and again a death-knell rung,
And the flap of the sails with night-fog hung.

 

荒れ果てた岸に残骸の横たわるもの
冷たく無情なラブラドールの
月の下、霜の降りた乗り物に。
数え切れぬ船乗りの骨を投げ積みに。

There lieth a wreck on the dismal shore
Of cold and pitiless Labrador;
Where, under the moon, upon mounts of frost,
Full many a mariner’s bones are tost.

 

あそこの影なる小帆船こそ、その難破船だったのでは、
青い鬼火が、あちらの甲板ぼんやり点くのは、
演出なのでは、蒼くも青い乗組員の。
教会の墓地の露を飲むばかりのような奴の。

Yon shadowy bark hath been to that wreck,
And the dim blue fire, that lights her deck,
Doth play on as pale and livid a crew
As ever yet drank the churchyard dew.

亡者の島へ、台風の目にあり、
亡者の島へ、恐るべき速さに、
帆という帆は巻き上げ骸骨かたどる、
舵取る手は此の世のものならず!

To Deadman’s Isle, in the eye of the blast,
To Deadman’s Isle, she speeds her fast;
By skeleton shapes her sails are furled,
And the hand that steers is not of this world!

急ぐべし、あなや!急げや急げ、
畏れ多き小帆船よ、夜が明ける前、
荒れ狂う天候しか朝に見せないように、
いつまでも青褪めているように、その赤い目の光に!

Oh! hurry thee on,—oh! hurry thee on,
Thou terrible bark, ere the night be gone,
Nor let morning look on so foul a sight
As would blanch forever her rosy light!

ヴァンダーデッケン望郷の便り、あるいは愛着ゆえの執着(1821)Vanderdecken's Message Home;*11 Or, The Tenacity Of Natural Affection

from BLACKWOOD'S EDINBURGH MAGAZINE No. L. MAY, 1821. Vol. IX.

喜望峰に立ち寄って直ぐ、船はまた出て行った。やがて平卓山 the Table Mountain が見えなくなると、荒々しく襲い来る海、知られる限り他の大洋などよりずっと手強いと有名な海に揉まれ始めた。日は翳り霞んでいき、風も最前まで爽やかに吹いていたのが、時折ぱったり止んだと思うと短く強く吹き返し、風向きを変え、一時的に猛烈に吹き付けてはまた止みと、物悲しい綺想曲でも練習しているかのようだった。南東からは重々しいうねりが届き始めた。帆は帆柱に揺れ、船は右を左に転げ回ること、水浸しになりかねないばかり。舵を取ろうにもろくに風はなし。

Our ship, after touching at the Cape*12, went out again, and, soon losing sight of the Table Mountain, began to be assailed by the impetuous attacks of the sea, which is well known to be more formidable there than in most parts of the known ocean. The day had grown dull and hazy, and the breeze, which had formerly blown fresh, now sometimes subsided almost entirely, and then, recovering its strength for a short time, and changing its direction, blew with temporary violence, and died away again, as if exercising a melancholy caprice*13. A heavy swell began to come from the southeast. Our sails*14 flapped against the masts, and the ship rolled from side to side as heavily as if she had been water-logged. There was so little wind that she would not steer.

午後2時、雷雨を伴う突風を喰らう。船員たちは落ち着かず、前方不安に見守るばかり。この分では夜も酷かろう、ハンモックに潜り込む暇もないかもと皆が言う。二等航海士が、ニューファンドランドのレース岬で遭った強風を説明していた丁度その時、我々全員突然やられた、正にその猛烈な風圧が来た。

At 2 P.M. we had a squall, accompanied by thunder and rain. The seamen, growing restless, looked anxiously ahead. They said we would have a dirty night of it, and that it would not be worth while to turn into their hammocks. As the second mate was describing a gale he had encountered off Cape Race, Newfoundland, we were suddenly taken all aback, and the blast came upon us furiously.

夕暮れまで、二葉の主帆と前檣のトップセイルにて順走を続けたもの。しかし波が高くなると、船を停めた方がまだマシだと船長は判断した。

甲板上の当直4人のうち1人は、前を見張るよう命じられた。天候が非常に曇っており、船首から2鏈(れん)も見透せなかったため。

We continued to scud under a double-reefed mainsail and foretopsail till dusk; but, as the sea ran high, the captain thought it safest to bring her to. The watch on deck consisted of four men, one of whom was appointed to keep a lookout ahead, for the weather was so hazy that we could not see two cables' length*15 from the bows. 

この男は、名をトム・ウィリスといい、何か観察するかのようにしげしげと船首へ行った。他の者が呼び止め、何を見ているのか尋ねてみても、はっきりとは答えようとせず。仕方なく皆も船首へ行き、驚愕を顕(あらわ)にし。やっと我に返った1人が叫んだ、「ウィリアム、人を呼べ!」と。

This man, whose name was Tom Willis, went frequently to the bows as if to observe something; and when the others called to him, inquiring what he was looking at, he would give no definite answer. They therefore went also to the bows, and appeared startled, and at first said nothing. But presently one of them cried, "William, go call the watch."

ハンモックで眠っていた船員たちは、時ならぬこの召喚に不満を鳴らし、甲板上でどうなっているのか聞こうとした。トム・ウィリス答えて、「上がって来て、見てくれ。気になるのは甲板の上ではなく、先にある」と。

The seamen, having been asleep in their hammocks, murmured at this unseasonable summons, and called to know how it looked upon deck. To which Tom Willis replied, "Come up and see. What we are minding is not on deck, but ahead."

これを聞くや、上着を着るのもそこそこに皆駆け出し、船首へ来て声を潜めた。

On hearing this they ran up without putting on their jackets, and when they came to the bows there was a whispering.

1人は尋ねる、「船って何処だ?俺には見えんぞ。」別の者が答えて、「さっきの電(いなづま)にちらりとあそこに見えたは、帆の1枚も畳んでいない。船歴から知れる限り、あの帆布で入港など全然していない筈なんだが。」

One of them asked, "Where is she? I do not see her." To which another replied, "The last flash of lightning showed there was not a reef in one of her sails; but we, who know her history, know that all her canvas will never carry her into port."

この時までに、船員たちの話声で、乗客数名が甲板に上がってきた。しかしながら誰も何も見えなかった。なぜなら、船は濃い闇に、叩きつける波の音に取り巻かれ、船員は寄せられた質問を避けていたから。

By this time the talking of the seamen had brought some of the passengers on deck. They could see nothing, however, for the ship was surrounded by thick darkness and by the noise of the dashing waters, and the seamen evaded the questions that were put to them.

この時点で、船の牧師が甲板に来た。厳粛にして謙虚な態度の男ゆえ、船員たちは『寛大なるジョージ殿』と呼んで敬愛したもの。彼は耳を欹(そばだ)てた、『飛んでいくオランダ人』を見たことがあるか、そしてその船にまつわる話を知っているかと別の者に尋ねる男に。聞かれた者は答えて、「かの船がこの海に揺れているとは聞いた。港に着くことがない理由は?」と。

At this juncture the chaplain*16 came on deck. He was a man of grave and modest demeanor, and was much liked among the seamen, who called him Gentle George. He overheard one of the men asking another if he had ever seen the Flying Dutchman before, and if he knew the story about her. To which the other replied, "I have heard of her beating about in these seas. What is the reason she never reaches port?"

言い出しっぺが答えて、「人により諸説ある中、俺が知る話はこうだ。アムステルダムの港から、70年前に出航した船があった。船の主の名は、ヴァンダーデッケン。頑固者の船乗りで、悪魔に向かってすら我が道を押し通す男であった。それでも、部下の水夫たちが文句をつけるようなことも絶えてなかった。…何でまた、そんな連中が乗り合わせたか不思議でならないが。

The first speaker replied, "They give different reasons for it, but my story is this: She was an Amsterdam vessel, and sailed from that port seventy years ago. Her master*17 's name was Vanderdecken. He was a staunch seaman, and would have his own way in spite of the devil. For all that, never a sailor under him had reason to complain, though how it is on board with them now nobody knows. 

さて、物語だ。乗組員みな喜望峰へ身を屈しつつ、日がなテーブル湾、俺たちが今朝見たところへの風待ちをしていた。しかし、吹き付ける向かい風は、ますます強くなるばかり。甲板をそぞろ歩くは、風に向かって散々毒づく船長ヴァンダーデッケン。

The story is this, that, in doubling the Cape, they were a long day trying to weather the Table Bay, which we saw this morning. However, the wind headed them, and went against then more and more, and Vanderdecken walked the deck, swearing at the wind. 

日没直後、とある船から問いかけること。その夜、湾に入るつもりではなかったかと。

ヴァンダーデッケン答えたもの、『永劫の罰を喰らおうと入ってやるか、さもなくば此の辺で浮き沈みしているかだ、裁きの日までも!』

Just after sunset a vessel*18 spoke him, asking if he did not mean to go into the bay that night. Vanderdecken replied, 'May I be eternally d--d if I do, though I should beat about here till the day of judgment!' 

確かなことは、彼が湾に入ったことはない。だから彼は未だにこの海に揺られている、いつまでもそうしていると信じられている。この船は常に悪天候を纏い、人に見られることはない。」

And, to be sure, Vanderdecken never did go into that bay; for it is believed that he continues to beat about in these seas still, and will do so long enough. This vessel is never seen but with foul weather along with her."

また別の者が、「アレに近づかないようにしなければ。聞いた話ではあれの船長は、他の船が見えてくると、自ら端艇を操り並走し、手紙の束を押し付けようとするのだが。奴の言う事なぞ聞いていた日には、ろくな事にならないそうだ。」

To which another replied, "We must keep clear of her. They say that her captain mans his jolly-boat when a vessel comes in sight, and tries hard to get alongside, to put letters on board, but no good comes to them who have communication with him."

トム・ウィリスは、「今のところは距離があるのだから、そんな災難からは引き続き離れていたいね」と。

Tom Willis said, "There is such a sea between us at present as should keep us safe from such visits."

他の者は、「ヴァンダーデッケンが部下を派遣したところで、信用ならん」と。

To which the other answered, "We cannot trust to that, if Vanderdecken sends out his men."

この会話は少々、乗客にも漏れていて、ちょっとした騒ぎにもなった。その間、船を叩く波音は、遠くの雷音と区別もつかない勢いだった。|羅針盤の入った羅針箱(ビナクル)*19の光は風に消され、船の頭がどちらを向くのか誰にもわからない有様。

Some of this conversation having been overheard by the passengers, there was a commotion among them. In the meantime the noise of the waves against the vessel could scarcely be distinguished from the sounds of the distant thunder. The wind had extinguished the light in the binnacle, where the compass was, and no one could tell which way the ship's head lay. 

乗客はもう質問するのもびくびくもの、全員を震え上がらせた謎めく恐怖感を積み増したり、既に知っている以上のことを教わったりしないよう。

しばらくの間は皆、心の動揺を悪天候に帰していたのだけれど、その不安も彼らが認めなかった原因から生じたのは、たやすく見て取れた。

The passengers were afraid to ask questions, lest they should augment the secret sensation of fear which chilled every heart, or learn any more than they already knew. For while they attributed their agitation of mind to the state of the weather, it was sufficiently perceptible that their alarms also arose from a cause which they did not acknowledge.

羅針箱のランプが再点灯し、船がこれまでよりも嵐に近づいていると解って、乗客も覚悟を決めた。

The lamp at the binnacle being relighted, they perceived that the ship lay closer to the wind than she had hitherto done, and the spirits of the passengers were somewhat revived.

しかしやはり、激しい低気圧も雷も止まらず、そしてすぐに、鮮やかな電が見せたのは、この船の周りに荒れ狂う波、そして沖合に『飛んでいくオランダ人』が、帆布一杯に風を孕み、猛烈な勢いで駆け抜ける。ほんの一瞬だったが、その光景は乗客の心から、すっかり疑いを払ってしまった。一人は大声で叫んだ、「あの船か!トガンまで全部、帆を揚げてるぞ」と。

Nevertheless, neither the tempestuous state of the atmosphere nor the thunder had ceased, and soon a vivid flash of lightning showed the waves tumbling around us, and, in the distance, the Flying Dutchman scudding furiously before the wind under a press of canvas. The sight was but momentary, but it was sufficient to remove all doubt from the minds of the passengers. One of the men cried aloud, "There she goes, topgallants*20 and all."

牧師は祈祷書を持ってきた。他の人たちの心を落ち着かせ、励ましてやるようなものを、そこから引き出してやろうとして。かくて本の白いページに光が当たるよう、羅針箱の近くに陣取った彼は厳粛な口調で、海で苦しんでいる人々のための貢献を読み上げた。水夫たちは腕を組んで立ちはだかり、何の役にも立たないことをと思っているようだった。しかしこれは、しばらくの間、甲板に居る人々の気を紛らわすには十分だった。

The chaplain had brought up his prayer-book, in order that he might draw from thence something to fortify and tranquillise the minds of the rest. Therefore, taking his seat near the binnacle, so that the light shone upon the white leaves of the book, he, in a solemn tone, read out the service for those distressed at sea. The sailors stood round with folded arms, and looked as if they thought it would be of little use. But this served to occupy the attention of those on deck for a while.

そのうち、電光は鮮明を欠くようになり、船の周りをうねる大波以外は、遠くも近くも見えなくなった。水夫たちは、まだ最悪の事態には至っていないと思っていたようだが、発言と予想を漏らさないよう気をつけていた。

In the meantime the flashes of lightning, becoming less vivid, showed nothing else, far or near, but the billows weltering round the vessel. The sailors seemed to think that they had not yet seen the worst, but confined their remarks and prognostications to their own circle.

この時、それまで寝台に居た船長が甲板に上がって来て、まるで空気を読まない陽気さで、蔓延する恐怖の原因を尋ねた。彼が言うには、皆が既に最悪の天気を経験しているのに、その部下共が軽風ひとつで騒ぎを起こしたとは何事かと思ったと。『飛んでいくオランダ人』に話が及ぶと、船長はげらげら笑って、「こんな夜更けにトガンセイルを揚げる船など是非とも見てやりたいものだ、さぞかし一見の価値があることだろうよ」と。

At this time the captain, who had hitherto remained in his berth*21, came on deck, and, with a gay and unconcerned air, inquired what was the cause of the general dread. He said he thought they had already seen the worst of the weather, and wondered that his men had raised such a hubbub about a capful of wind. Mention being made of the Flying Dutchman, the captain laughed. He said he would like very much to see any vessel carrying topgallantsails in such a night, for it would be a sight worth looking at. 

船長の上着のボタンに牧師は手をかけ、脇に引っ張って、まじめな話をするよう注意した。すったもんだの末、船長は「そんなことより、この船の状況を見てくれ」と言われたのが耳に入り。そこで人を上にやり、どこもしっかりしているか確認させたのは、前檣の帆場辺り、大きな音で帆柱を擦っていたもので。

The chaplain, taking him by one of the buttons of his coat, drew him aside, and appeared to enter into serious conversation with him. While they were talking together, the captain was heard to say, "Let us look to our own ship, and not mind such things;" and, accordingly, he sent a man aloft to see if all was right about the foretopsail-yard, which was chafing the mast with a loud noise.

上がったのはトム・ウィリス。降りてきての報告に、どこもかっちり張ってあると。望むらくは早く晴れること、そして皆が何より恐れていたものを、これ以上見ずに済むようにと。

It was Tom Willis who went up; and when he came down he said that all was tight*22, and that he hoped it would soon get clearer; and that they would see no more of what they were most afraid of.

船長と一等航海士は一緒になって騒がしく笑うのが聞こえる程で、対して牧師は、そのような場所も弁えない騒々しさは抑えるべしと注意した。

The captain and first mate were heard laughing loudly together, while the chaplain observed that it would be better to repress such unseasonable gaiety. 

スコットランド出身、ダンカン・サンダーソンという名の二等航海士は、アバディーンの大学に通ったこともある男で、水夫共の言うことなどあまり真に受けない方が賢明であると考えたか、船長の味方についた。トム・ウィリスに冗談めかして言ったもの、次に前方を見張る時は、おばあちゃんの眼鏡でも借りておけと。

The second mate, a native of Scotland, whose name was Duncan Saunderson, having attended one of the university classes at Aberdeen*23, thought himself too wise to believe all that the sailors said, and took part with the captain. He jestingly told Tom Willis, to borrow his grandam's spectacles the next time he was sent to keep a lookout ahead.

むっとしたトムは立ち去り、呟いていたのは、奴は自分の目で見たものでも朝になるまで信じるまいと。ただ言われた通りに船首に陣取り、相変わらず注意深く監視していたようだった。

Tom walked sulkily away, muttering, that he would nevertheless trust to his own eyes till morning, and accordingly took his station at the bow, and appeared to watch as attentively as before.

多くの人が寝床に戻ったので、話し声は止んだ。船がどしどしと海を進んでいくと、マストにロープがはじける音と、前方の大波がはじける音しか聞こえなかった。

The sound of talking soon ceased, for many returned to their births, and we heard nothing but the clanking of the ropes upon the masts, and the bursting of the billows ahead, as the vessel successively took the seas.

暗闇にかなりの間隔を置いて後、再び電光現れ出した。
トム・ウィリス突然叫んだ、「出た、ヴァンダーデッケン!ヴァンダーデッケンが!見えたぞ、奴ら端艇(ボート)を降ろしやがった」と。

But after a considerable interval of darkness, gleams of lightning began to reappear. Tom Willis suddenly called out, "Vanderdecken, again! Vanderdecken, again! I see, them letting down a boat."

甲板にいた全員が船首に駆け寄った。次の電光は、荒れ狂う海の上を遠く広く照らし出し、彼方の『飛んでいくオランダ人』号だけでなく、4人の男を乗せてやってくる端艇(ボート)も見せてくれた。端艇は此方の舷(ふなべり)から2鏈ばかり。これを最初に見た男は船長に駆け寄り、迎え入れてよいかどうか尋ねた。船長は大いに動揺して歩き回るばかり、返事もできず。

All who were on deck ran to the bows. The next flash of lightning shone far and wide over the raging sea, and showed us not only the Flying Dutchman at a distance, but also a boat coming from her with four men. The boat was within two cables' length of our ship's side. The man who first saw her, ran to the captain, and asked whether they should hail her or not. The captain, walking about in great agitation, made no reply.

一等航海士は叫んだ「誰か行ってあの端艇を係留するんだ」と。

The first mate cried, "Who's going to heave a rope to that boat?"

誰も何もしようとはせず、互いに促し合うばかり。端艇(ボート)が鎖のすぐ近くに来たとき、トム・ウィリスが叫んだ「何がしたい?それとも、こんな天気でどんな悪魔が、ここにお前らを吹き飛ばしたのか?」と。

The men looked each other without offering to do anything. The boat had come very near the chains, when Tom Willis called out, "What do you want? or what devil has blown you here in such weather?" 

船からの声が嵐を貫き英語で答えた「船長と話したい」と。

A piercing voice from the boat replied, in English, "We want to speak with your captain." 

船長はこれを無視、ヴァンダーデッケンの端艇(ボート)は接近し横並び。男が一人、甲板に上がって来て、風雨に晒され疲れ果てた船員のように見えたその手に手紙少々を抱えて。

The captain took no notice of this, and, Vanderdecken's boat having come close alongside, one of the men came upon deck, and appeared like a fatigued and weather-beaten seaman holding some letters in his hand.

水夫たちは皆引っ込んだ。引き換え、牧師は毅然として男を見つめ、数歩進んで尋ねた、「この訪問の目的は何ですか?」と。

Our sailors all drew back. The chaplain,*24 however, looking steadfastly upon him, went forward a few steps, and asked, "What is the purpose of this visit?"

見知らぬ人は答えた、「私たちは悪天候のために長い間ここに留まっており、ヴァンダーデッケンはこれらの手紙をヨーロッパの友人に送りたいと望んでいます」と。

The stranger replied, "We have long been kept here by foul weather, and Vanderdecken wishes to send these letters to his friends in Europe."

此方の船長は今になって前に出て、何とか格好つけて言うには「ヴァンダーデッケンは彼の手紙を、私のではなく他の船に託してくれたまえ」と。

Our captain now came forward, and said, as firmly as he could, "I wish Vanderdecken would put his letters on board of any other vessel rather than mine."

見知らぬ人は答えて、「私たちは多くの船に試みたが、それらのほとんどは私たちの手紙を拒否しました」と。

The stranger replied, "We have tried many a ship, but most of them refuse our letters."

トム・ウィリスは呟いた、「我々も同じことをするのが最善だろう。お前らの紙には時々、沈没する程の重さがあると言われているからな」と。

Upon which Tom Willis muttered, "It will be best for us if we do the same, for they say there is sometimes a sinking weight in your paper."

見知らぬ人はこれに気を止めず、私たちがどこから来たのか尋ねた。ポーツマスからだと言われると、強い感情を込めて言う「アムステルダムからだったらよかったのに。ああ、故郷よ!また友達に会わないと」と。彼がこれらの言葉を発したとき、下の端艇に乗っていた男たちは手を握りしめて泣き、鋭い口調のオランダ語で、「ああ、また会えたなら!ここで長い間浮沈してきたが、私たちはまた友達に会わなければ。」と。

The stranger took no notice of this, but asked where we were from. On being told that we were from Portsmouth, he said, as if with strong feeling, "Would that you had rather been from Amsterdam! Oh, that we saw it again! We must see our friends again." When he uttered these words, the men who were in the boat below wrung their hands, and cried, in a piercing tone, in Dutch, "Oh, that we saw it again! We have been long here beating about; but we must see our friends again."*25

見知らぬ人に牧師は尋ねて「あなたはどれくらい海にいましたか?」と。

The chaplain asked the stranger, "How long have you been at sea?"

彼は答えた、「年は数えられなくなりました。年鑑が船外に吹き飛ばされたので。ほら、私たちの船がそこに見えましょうに、どれほど海に居るのかお疑いですか?ヴァンダーデッケンは家に手紙を書き、友達を慰めたいだけです。」

He replied, "We have lost our count, for our almanac was blown overboard. Our ship, you see, is there still; so why should you ask how long we have been at sea? For Vanderdecken only wishes to write home and comfort his friends."

牧師はこう答えた。「思うにあなたの手紙は、たとえ配達されたとしても、アムステルダムでは用を成さないでしょう。宛てられた人たちは、もはや見つからないでしょう。教会の裏庭に古くからある緑の芝生の下以外には。」

To which the chaplain replied, "Your letters, I fear, would be of no use in Amsterdam, even if they were delivered; for the persons to whom they are addressed are probably no longer to be found there, except under very ancient green turf in the churchyard*26."

歓迎されない見知らぬ人は思わず両手を握り締め、泣いているように見えた。「有り得ない。信じられません。私たちは長い間ここを駆けてきたけれど、郷(くに)も親戚も忘れることはできません。雨粒は一滴も空中になくても、親類のように他の誰にも感じられ、海に降ってくれば再び一緒になります。親類たる者の血はその時、何処から来たのか、どうして忘れさせることが出来ましょう?まして私たちの身体と来ては、オランダの地の一部です。ヴァンダーデッケン申しますには、他所でくたばるくらいなら、アムステルダムに着くなり石の柱に変えられた方がまだマシだ、地面に嵌められ動けなくてもと。しかし、それはそれとして、私たちはあなたにこれらの手紙を受け取るようにお願いします。」

The unwelcome stranger then wrung his hands and appeared to weep, and replied, "It is impossible; we cannot believe you. We have been long driving about here, but country nor relations cannot be so easily forgotten. There is not a raindrop in the air but feels itself kindred to all the rest, and they fall back into the sea to meet with each other again*27. How then can kindred blood be made to forget where it came from? Even our bodies are part of the ground of Holland; and Vanderdecken says, if he once were to come to Amsterdam, he would rather be changed into a stone post, well fixed into the ground, than leave it again if that were to die elsewhere. But in the meantime we only ask you to take these letters."

牧師は驚きを以て彼を見つめ、「これは自然の愛情の狂気であり、時間と距離すべての尺度に反する」と述べた。

The chaplain, looking at him with astonishment, said, "This is the insanity of natural affection, which rebels against all measures of time and distance."

見知らぬ人は続けて、「二等航海士から、スタンケンのヨット埠頭2番の家に住む商人にして、彼の親愛なる唯一の友人である叔父への手紙です。」

The stranger continued, "Here is a letter from our second mate to his dear and only remaining friend, his uncle, the merchant who lives in the second house on Stuncken Yacht Quay."

彼はその手紙を差し出したが、誰もそれを受け取ろうとはしなかった。

He held forth the letter, but no one would approach to take it.

トム・ウィリスは声高に言った、「ここに居る者の一人は、去年の夏にアムステルダムに居たってんだが。スタンケンのヨット埠頭と呼ばれた通りなら、60年前に潰されてるって。今じゃそこにあるのは、でっかい教会1つきり。」

Tom Willis raised his voice and said, "One of our men, here, says that he was in Amsterdam last summer, and he knows for certain that the street called Stuncken Yacht Quay was pulled down sixty years ago, and now there is only a large church at that place."

『飛んでいくオランダ人』から来た男は、「有り得ない。信じられません。此方は別に、私からの手紙です。 私の愛する妹に銀行券を送って、洒落たレースを買って、高級な頭飾りにしてやろうという。」

The man from the Flying Dutchman said, "It is impossible; we cannot believe you. Here is another letter from myself, in which I have sent a bank-note to my dear sister, to buy some gallant lace to make her a high head-dress."

これを聞いたトム・ウィリスは、「その子の頭はもう墓石の下に違いない、ファッションの移り変わりよりずっと永いこと。それより、あんたの銀行券って、どの家の?」

Tom Willis, hearing this, said, "It is most likely that her head now lies under a tombstone, which will outlast all the changes of the fashion. But on what house is your bank-note?"

見知らぬ人は、「ヴァンダーブリュッカー社の銀行の」と答えた。

The stranger replied, "On the house of Vanderbrucker & Company."

トム・ウィリスに促された男は語った、「額面に及ばないかな、その銀行家は40年前に破産し、その後ヴァンダーブリュッカーは行方不明になったから。…しかし覚えておいてくれ、古い運河の底をかき集めるようなものだとは。」と。

The man of whom Tom Willis had spoken said, "I guess there will now be some discount upon it, for that banking house was gone to destruction forty years ago; and Vanderbrucker was afterward a-missing. But to remember these things is like raking up the bottom of an old canal."

見知らぬ人は、「有り得ない。信じられません!こんな状態の我々に、そんなことを言うとは残酷な。
…私たちの船長からは、彼の愛する貞節な妻への手紙があります。ハーレマー・マーの国境にある快適な夏の別荘に置いてきた彼女は、彼が戻ってくる前に家を美しく塗装して金メッキし、主室用の新しい姿見を手に入れることを約束しました。ヴァンダーデッケンが映れば、一度に6人の夫がいるかのような。」

The stranger called out, passionately, "It is impossible; we cannot believe it! It is cruel to say such things to people in our condition. There is a letter from our captain himself, to his much-beloved and faithful wife, whom he left at a pleasant summer dwelling on the border of the Haarlemer Mer. She promised to have the house beautifully painted and gilded before he came back, and to get a new set of looking-glasses for the principal chamber, that she might see as many images of Vanderdecken as if she had six husbands at once."

男は答えた、「それ以来、夫が6人替わる程の時間が経った。彼女がまだ生きていても、ヴァンダーデッケンが家に帰って邪魔をする恐れはあるまいよ」と。

The man replied, "There has been time enough for her to have had six husbands since then; but were she alive still, there is no fear that Vanderdecken would ever get home to disturb her."

これを聞くや、見知らぬ人は再びはらはら涙を流し、手紙が受け取られない以上、立ち去るしかありますまいと言う。そして周りを見回し、船長、牧師、そして残りの乗組員に小包を次々と差し出したところが、めいめいが手を後ろにやり、差し出された分だけ退き下がる。仕方なくその手紙を甲板に置き、吹き飛ばされないよう、近くに落ちていた鉄片を重しに置いた。こうして後、よろよろと舷門を抜け、端艇(ボート)に乗り込んだ。

On hearing this the stranger again shed tears, and said if they would not take the letters he would leave them; and, looking around, he offered the parcel to the captain, chaplain, and to the rest of the crew successively, but each drew back as it was offered, and put his hands behind his back. He then laid the letters upon the deck, and placed upon them a piece of iron which was lying near, to prevent them from being blown away. Having done this, he swung himself over the gangway, and went into the boat.

他の人が話しかけるのが聞こえたが、俄に突風巻き起こり、彼の返事は聞き取れず。端艇(ボート)が舷を離れるのが見え、しばらくするともう、その痕跡はほとんどなく、何もそこになかったようだった。船員たちは自分が見たものを信じられずに目を擦ったが、小包は甲板に置かれたままで、全て現実であったことの証を立てていた。

We heard the others speak to him, but the rise of a sudden squall prevented us from distinguishing his reply. The boat was seen to quit the ship's side, and in a few moments there were no more traces of her than if she had never been there. The sailors rubbed their eyes as if doubting what they had witnessed; but the parcel still lay upon deck, and proved the reality of all that had passed.

スコットランド人の航海士ダンカン・サンダーソンは船長に、手紙を取り上げて郵便鞄に入れるべきかどうか尋ねた。返事がなかったので、誰もあんなものに触れてはダメだと窘めつつトム・ウィリスが引き戻していなかったら、ダンカンは手紙を持ち上げていた事だろう。

Duncan Saunderson, the Scotch mate, asked the captain if he should take them up and put them in the letter-bag. Receiving no reply, he would have lifted them if it had not been for Tom Willis, who pulled him back, saying that nobody should touch them.

そのうち船長は船室に降り、牧師は彼を追いかけ、酒棚のところで見つけ、ブランデー一杯を注いでやった。船長はやや戸惑ったものの、すぐにグラスを差し出し、「お墨付きとは、この夜寒に有難いものだ」と言った。

In the meantime the captain went down to the cabin, and the chaplain, having followed him, found him at his bottle-case pouring out a large dram*28 of brandy. The captain, although somewhat disconcerted, immediately offered the glass to him, saying, "Here, Charters*29, is what is good in a cold night."

牧師は一切飲みはせず、船長は成果を飲み込み、二人とも甲板に戻ると、船員が手紙をどうするべきか意見を交わしているところだった。トム・ウィリスは、銛で串刺し、船外に放り出そうと提案した。 

The chaplain declined drinking anything, and, the captain having swallowed the bumper, they both returned to the deck, where they found the seamen giving their opinions concerning what should be done with the letters. Tom Willis proposed to pick them up on a harpoon, and throw it overboard.

別の者が言うには、「俺がよく聞かされた話では、いずれにせよ安全ではない。受け入れようと、投げ出そうと」と。

Another speaker said, "I have always heard it asserted that it is neither safe to accept them voluntarily, nor, when they are left, to throw them out of the ship."

「誰も触らないように」と整備工は言った。「『飛んでいくオランダ人』からの手紙の始末は、奴等がもし回収しようとしたら渡せるよう、箱詰めして甲板に釘付けておくことです。」

"Let no one touch them," said the carpenter. "The way to do with the letters from the Flying Dutchman is to case them up on deck, so that, if he sends back for them, they are still there to give him."

整備工は自分の道具を取りに行った。行ってしまった間に、船は強烈な縦揺れを起こし、それで手紙から鉄片が滑り落ち。風に飛ばされ船外に渦巻いたこと、凶兆の鳥が空中に渦巻くよう。水夫たちに喜びの大歓呼。そしてすぐに起こった天候の好ましい変化を、皆ヴァンダーデッケンの消滅に帰した。こうして漸く、航路に復する。夜間当直が置かれ、残りの乗組員は寝床に退った。

The carpenter went to fetch his tools. During his absence the ship gave so violent a pitch that the piece of iron slid off the letters, and they were whirled overboard by the wind, like birds of evil omen whirring through the air. There was a cry of joy among the sailors, and they ascribed the favourable change which soon took place in the weather to our having got quit of Vanderdecken. We soon got under way again. The night watch being set, the rest of the crew retired to their berths.

終。


結局、ヴァンダーデッケン船長その人は描かれていない。そちらはフレデリック・マリアット『幽霊船』(1839)の印象があったのだろう。
この話は『さまよえるオランダ人』の要素を多く含むも、救済については一切、言及がない。ワーグナー台本の中心をなす女性の犠牲はマルシュナーのオペラ『吸血鬼』及びポリドリの原作から、その愛と献身による救済はハイネの小説から持ってきたものらしい。


*1:アールネ・トンプソンのタイプ・インデックス(英: Aarne-Thompson type index、AT分類)とは、世界各地に伝わる昔話をその類型ごとに収集・分類したもの。

*2:cape は一般的に岬を言うが、the Cape というときは喜望峰を指す。

*3:ナポレオンの流刑地になったセントヘレナ島は、大西洋の南半球側、ややアフリカ寄りにある。喜望峰からは距離があるけれど、荒れ模様の空には何処でも幽霊船が出現すると信じられたようだ。

*4:単縦陣を組む戦列艦をいう。英語では船舶一般を女性名詞とするのに対し、「男の船」を強調し "man of war ship" と呼んだものが、後に ship を外した。しかしそれなら、『さまよえるオランダ人』は商船ではなく戦闘専門の、かなり強力な軍艦で、オペラの想定とは異なるのではないか。重い艦砲を舷側に多数配備し、砲弾を備蓄した軍艦には、商品を積み込む余裕はない

*5:船首の風下となる側。適切な訳語見当たらず

*6:gunports

*7:port としか言っていないが、小窓を開けた程度で怯える理由にはならない。『さまよえるオランダ人』号は全砲門を開き、艦砲の発射準備を整え、敵対行動というか掠奪の構えを見せたから、海賊の害を恐れた訳である

*8:アシュリマン教授の引用文では pot に作るが、おそらく原典の汚損

*9:アシュリマン教授の引用文では founder に作るが、訳すと意味が通らない。これに限らず、f と記した文字が s の綴り違いと思われる箇所があり、原典を見ると、long s と呼ばれる f によく似た ſ の写し損ねであろう。古英語のアルファベットは、現在のものと異なるところがあり、写本によっても異なる事があり、どうやら発音話し方も異なっていたので、著作権のない古典も案外と面倒臭い。

*10:「台風の目」の事と思われるが、Typhoon とは書いていない

*11:オランダ人船長のこの名は、出版物ではこれが初出と見られている。しかしこの話の中では、以前から有名だったように書かれている。Wikipedia でフルネームを Hendrik Van Der Decken とするのは典拠不明。そもそも deck は『天井』『甲板』を指すドイツ語、decken はその動詞であるから、オランダ人船長に相応しい人名とも思えない。もっとも、アンドレ・ヴァンデルノート(André Vandernoot, 1927 - 1991)というベルギーの指揮者も居たから、似たような名の者は在ったかもしれない。この読み方に倣うと、「ヴァンデルデッケン」が現地読みに近いと思われる。英語読みだと「ヴァンダーデッケン」になる。

*12:cape は「岬」。中でも the Cape というと、ほぼ喜望峰 Good Hope Cape 及びケープタウンを意味する。

*13:パガニーニ24のカプリッチョは、1820年出版。凄まじい評判を得たその翌年に本作の発表であるから、作者も読者もこれを意識したであろう。後にリストやシューマンも、ピアノ独奏用に編曲している。

*14:帆船の帆は幾つにも分かれ、呼び名も統一されず、適切な訳語が判らない。とりあえず Wikipedia に拠る

*15:鏈(れん)。海上距離の単位、通例100尋すなわち1/10海里 = 185m

*16:病院・刑務所・軍隊・学校などの組織に所属する牧師。特に軍隊付の牧師は「従軍牧師」と訳されるが、chaplain は必ずしも従軍する牧師ではない。

*17:持ち主の意味の『船主』ではなく、『船長』であろう。以下は『船長』とする。

*18:She とはされていないので、別の船からの呼びかけ。当時は、船団を組んでの航海が普通だった。

*19:羅針盤その他の航法装置を格納し、操舵手の眼前に見易く保持する構造物。計器の照明を内蔵する。

*20:上檣[帆]。大型の帆船では横帆を分割して張る。下からコースセイル、トップセイル、トップセイルの上がトガンセイル。セイルは「スル」と省略して呼ばれることがある。top and top-gallant または top and topgallant という言い方で「帆を全部揚げて」「全速力で」の意味になる。

*21:船の寝床。船長が寝床に居たというのは、つまり一杯やっていた訳である。

*22:酔っ払った船長が all was right か見てこいと命じたので、このように洒落で返した。

*23:スコットランド北東の港町アバディーンの大学は、イギリスでも五指に入る古来の名門。そんなところに通った航海士というのは、エリート船員と目される。

*24:頼りにならない The captain に代わって、The chaplain が根性を見せ、結果として見せ場を作る。本作が緊迫した場面の合間にこうした駄洒落を挟むのは、航海の実際に近いのではないか。

*25:この件は、イギリス人にとっては内部告発に近かったかもしれない。ヴァンダーデッケン達が住んでいたネーデルラント連邦共和国は1795年、ナポレオン戦争で崩壊し、フランスの衛星国バタヴィア共和国にされてしまった。これを奇貨としたイギリスは、ケープタウンを占領。1803年、アミアンの和約によりバタヴィア共和国へ返還されたのもつかの間、ホラント共和国に鞍替えした1806年に再占領されたケープタウンは1815年、ウィーン議定書により正式にイギリスの領有になってしまう。つまり「さまよえるオランダ人」は「ハーメルンの子供たち」同様、権力の移行期に取り残された存在である

*26:西洋における教会の裏庭は、墓地になっている。

*27:何かの引用句に見えるが、出典不明。

*28:少量の洋酒。語源はラテン語の重量単位"drachm"

*29:人名・地名でもあるが、『憲章』でもあり、単数形では『公認』を意味する。牧師から酒を勧められ、おどけて言ったもの。

【翻訳】サミュエル・T・コールリッジ『年寄り船乗り物語り』全7部

The Rime of the Ancient Mariner, in seven parts.

3rd edition. from Sibylline Leaves (1817)


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訳注:
本作は専ら『老水夫行』と題されるけれども、誤解を含む可能性があり改題する。

by Samuel Taylor Coleridge
萩原 學(訳)

年寄りの船乗りだった、
 3人のうちの1人を止めた。
「顎ひげ伸ばし目をギラつかせ、
  あなたは僕を何故止めた?」

IT is an ancient*1 Mariner*2,
 And he stoppeth one of three.
"By thy long beard and glittering eye,
 Now wherefore stopp'st thou me?

「花婿の戸口、広々開いて、
  僕は最も近しい親戚。
 お客が揃って、料理も並んで。
  聞こえるでしょう、お祭り騒ぎ。」

The Bridegroom's doors are opened wide,
And I am next of kin;
The guests are met, the feast is set:
May'st hear the merry din."

骨張った手を離さずに、
 宣(のたま)うは「船があって、…」
「いや、離せ!髭モジャ変人!」
 やや有って、だらり下ろす手。

He holds him with his skinny hand,
"There was a ship," quoth he.
"Hold off! unhand me, grey-beard loon!"
Eftsoons his hand dropt he.

ぎらつく眼差し金縛り
 婚礼の客は突っ立ったまま
話を聞くこと3歳児のよう
 変な船乗りのなすがまま。

He holds him with his glittering eye—
The Wedding-Guest stood still,
And listens like a three years child:
The Mariner hath his will.

その辺の石に腰を下ろし、
 こうなればもはや聞くしかない。
かくて語り出すその爺(じじい)、
 眼光も鋭い船乗り。

The Wedding-Guest sat on a stone:
He cannot choose but hear;
And thus spake on that ancient man,
The bright-eyed*3 mariner.

船には喝采、港に歓声、
 賑々しくも一杯やって
教会の下、丘の下、
 岬に坐す灯台見上げて。

The ship*4 was cheer'd, the harbour clear'd*5,
Merrily did we drop*6
Below the kirk*7, below the hill,
Below the lighthouse top.

太陽が左舷から上る、
 海の下から現れる。
眩(まばゆ)く照らし、右舷に進み
 かの海の中へと没する。

The Sun came up upon the left*8,
Out of the sea came he;
And he shone bright, and on the right
Went down into the sea.

毎日だんだん空高く、
 正午に帆柱真上に至るに──
婚礼の客は胸を打つ、
 高らかにもファゴット鳴るに。

Higher and higher every day,
Till over the mast at noon*9
The Wedding-Guest here beat his breast,
For he heard the loud bassoon*10.

花嫁ゆったり踏み入れる、
 頬染めること薔薇の赤。
進めば周りは頭を垂れる
 吟遊詩人の興行さながら。

The bride hath paced into the hall,
Red as a rose is she;
Nodding their heads before her goes
The merry minstrelsy.

婚礼の客は胸を打つ、
 しかし聞くより今は外になく。
かくて語りかけるその爺、
 眼光も鋭い船乗り。
The Wedding-Guest he beat his breast,
Yet he cannot choose but hear;
And thus spake on that ancient man,
The bright-eyed Mariner.

暴風突風ひっきりなし、
 勢い強く暴虐なまでに。
あまりに大いなる翼もて
 掃き遣られるは南の果てに。

And now the storm-blast came, and he
Was tyrannous and strong:
He struck with his o'ertaking wings,
And chased us south along.

帆柱傾(かし)ぎ、舳先(へさき)には波、
あたかも喚(わめ)き鼻息もて追われ
敵の影からなお離れられずに
 頭を垂れて逃げる人のように、
軍艦疾駆、暴風咆哮、
 南へ南へ一目散に。

With sloping masts and dipping prow,
As who pursued with yell and blow
Still treads the shadow of his foe
And forward bends his head,
The ship drove fast, loud roar'd the blast,
The southward aye we fled.

辺り一面もはや霧とも霰(あられ)とも
 冷え込んできたは驚くばかりに
氷が、帆柱の高さに流れ来て
 緑なすことエメラルドの如くに。

And now there came both mist and snow
And it grew wonderous cold:
And ice, mast-high, came floating by,
As green as emerald.

流氷、雪積もる崖、透けても
 見えたは陰気な色のみ。
人の姿なし、知れる獣もなし──
 囲む全ては氷のみ。

And through the drifts the snowy clift*11
Did send a dismal sheen:
Nor shapes of men nor beasts we ken*12
The ice was all between.

氷こちらに、氷あちらに、
 周り全てが氷となって。
割れては呻(うめ)き、轟(とどろ)き響き、
 卒倒する苦鳴となって!
The ice was here, the ice was there,
The ice was all around:
It cracked and growled, and roar'd and howl'd,
Like noises in a swound!

やっとのことに横切ったは信天翁(あほうどり)、
 霧貫き渡り到れるならん。
キリスト教徒の魂持てるかの如くに、
 神の名のもと、皆万歳。

At length did cross an Albatross*13:
Thorough the fog it came;
As if it had been a Christian soul,
We hailed it in God's name.

知らなかった筈の餌を啄(ついば)み、
 ぐるりぐるりと飛び回る。
雷音立てて氷は割れて、
 操舵手我等を進め行く!

It ate the food it ne'er had eat,
And round and round it flew.
The ice did split with a thunder-fit;
The helmsman steer'd us through!

南風(はえ)折しも後ろから推せば。
 信天翁ぴったり続いて、
それから毎日、餌やり遊び、
 乗組員が呼べば来て!

And a good south wind sprung up behind;
The Albatross did follow,
And every day, for food or play,
Came to the Mariner's hollo!

霧でも曇りでも、帆柱や横索の上、
晩課に止まること九日。
夜通し煙霧の白きを通し、
月の白光ちらちら見えたとか。

In mist or cloud, on mast or shroud,
It perch'd for vespers nine*14;
Whiles all the night, through fog-smoke white,
Glimmered the white Moon-shine.*15

「神の救いを、船乗りよ!
  悪霊からか、かく苦しめるは!……
 その有様何ゆえに?」……弩(いしゆみ)もて
  射ちしゆえ、信天翁を俺は!

"God save thee, ancient Mariner!
From the fiends, that plague thee thus!—
Why look'st thou so?"—With my cross-bow*16
I shot the Albatross!


年寄り船乗り物語り、 第2部。THE RIME OF THE ANCIENT MARINER.PART THE SECOND.

今や太陽右舷から上る、
 海の下から現れる。
霧に隠れて左舷に進み
 かの海の中へと没する。

The Sun now rose upon the right:
Out of the sea came he,
Still hid in mist, and on the left
Went down into the sea.

ついて行くべき鳥はなし、
 南風未だに後ろから推すも
餌やり遊ぶ日とてなく
 乗組員が呼んで来る事も!

And the good south wind still blew behind,
But no sweet bird did follow,
Nor any day for food or play
Came to the mariners' hollo!

そして地獄を見る事になる、
皆に災難の種と思われる事に。
 全員断言、殺してしまったあの鳥が
風を吹かせていたのだと。
 クソッ!皆言った、屠(ほふ)った鳥こそ
風を吹かせていたのだと!

And I had done an hellish thing,
And it would work 'em woe:
For all averred, I had killed the bird
That made the breeze to blow.
Ah wretch! said they, the bird to slay,
That made the breeze to blow!

暗くもなく赤くもなく、神の後光の如く、
 栄光の太陽が復活果たすと。

あっさり全員|翻《ひるがえ》し、殺した鳥は
 霧や靄(もや)を齎(もたら)したものと。
違いない、と皆言った、そんな鳥は屠れ、
 霧や靄を齎すものはと。

Nor dim nor red, like God's own head,
The glorious Sun uprist*17:
Then all averred, I had killed the bird
That brought the fog and mist.
'Twas right, said they, such birds to slay,
That bring the fog and mist.

晴れの風が吹き、白く飛沫(しぶき)が飛び、
 航跡は尾を引き、離れて消えた。
我等が初めてだったらしい、
 その静かの海に飛び込んだのは。

The fair breeze blew, the white foam flew,
The furrow stream'd off free:
We were the first that ever burst
Into that silent sea*18.

風が止んでしまう、帆は垂れ下がる。
 こいつは実に最低に最低。
ひたすら話すはただ耐え難く
 あまりにもしんとした海に!

Down dropt the breeze, the sails dropt down,
'Twas sad as sad could be;
And we did speak only to break
The silence of the sea!

何もかも熱く、空は銅(あかがね)色にして、
 血の赤さの太陽が、正午になり
帆柱真上に居座るのだが、
 それが満月より大きくはない。

All in a hot and copper sky,
The bloody Sun, at noon,
Right up above the mast did stand,
No bigger than the Moon.*19

来る日も来る日も、来る日も来る日も、
 一そよぎもなく身動(みじろ)ぎもせず立ち往生。
役立たずなこと絵に描いた船が
 絵に描いた海に浮かぶよう。

Day after day, day after day,
We stuck, nor breath nor motion,
As idle as a painted ship
Upon a painted ocean.

水、水、水の直中(ただなか)、
 板は縮み反るまで乾き。
水、水、水の直中、
 飲み水だけが一滴もなし。

Water, water, every where,
And all the boards did shrink;
Water, water, every where,
Nor any drop to drink.

途方もない腐れよう。おお神よ!
 未だかつて無い代物!
スライム状のものが足で這う
 スライム状の海の上を!

The very deep did rot: O Christ!
That ever this should be!
Yea, slimy things did crawl with legs
Upon the slimy sea.

ゆらりゆらりと輪になり不穏に
 夜には群れなす鬼火が踊る。
水は魔女の油のよう、
 焦げた緑に、青くも白く。

About, about, in reel and rout
The death-fires danced at night;
The water, like a witch's oils,
Burnt green, and blue and white.

夢に見せられた者もあり
 散々悩まされた幽霊が。
九尋の深みに追いかけてくる
 あの霧と雪の国から。

And some in dreams assured were
Of the spirit that plagued us so:
Nine fathom deep he had followed us
From the land of mist and snow.

全員の舌はすっかり渇き、
 その根から枯れてしまう。 
話すこともままならず、
 煤で窒息したかのよう。

And every tongue, through utter drought,
Was wither'd at the root;
We could not speak, no more than if
We had been choak'd with soot.

いや、何たる一日!老いも若きも
 どんな悪人に俺は見えたのだ!
十字架代わりに、かの信天翁
 この首に掛けやがったのだ。

Ah! well a-day! what evil looks
Had I from old and young!
Instead of the cross, the Albatross
About my neck was hung.


年寄り船乗り物語り 第3部 THE RIME OF THE ANCIENT MARINER. PART THE THIRD.

うんざりする時が過ぎ。喉は
からから、目はかすみ。
うんざりだ、もううんざりだ!
 しょぼしょぼする目はかすみ!
時に見遣(みや)るは西のかた、
 とっくり見るに何やら空に。

There passed a weary time.Each throat 
Was parched, and glazed each eye.
A weary time! a weary time!
How glazed each weary eye!
When looking westward, I beheld
A something in the sky.

初めは小さな点々だった、
 それから霧のようにも見えた、
動いて次第に、形を取った
 とうとう解った、その姿。

At first it seem'd a little speck,
And then it seem'd a mist;
It moved and moved, and took at last
A certain shape, I wist.

点々、霧、そして形が知れた!
 近づく、今しも近づいている!
水妖をすり抜けるようにして、
 縦揺れ、切り返し、向き変えてくる。

A speck, a mist, a shape, I wist!
And still it neared and neared:
As if it dodged a water-sprite,*20
It plunged and tack'd and veer'd.*21

喉は塞がり、唇焼け焦げ、
 もはや笑えも泣けもせず。
我等棒立ち、渇ききって口も利けず!
 腕に噛みつき、血を啜り、
俺は叫んだ、船だ!船だ!

With throat unslack'd, with black lips baked,
We could nor laugh nor wail;
Through utter drought all dumb we stood!
I bit my arm, I sucked the blood,
And cried, A sail! a sail!*22

喉は塞がり、唇焼け焦げ、
 皆ぽかんとするばかり。…
喜色満面たちまちに、
 有難や!皆歯を見せ喜ぶ、
皆揃って深呼吸、
 全てを飲み尽くさんばかり。

With throats unslacked, with black lips baked,
Agape they heard me call:
A flash of joy;
Gramercy! they for joy did grin,
And all at once their breath drew in,
As they were drinking all.

見ろ!見ろ!もう切り返してもない!
 ここに幸あれ。
風もなく、波もなく、
 竜骨もすらりと立てて!

See! see! (I cried) she tacks no more!
Hither to work us weal;
Without a breeze, without a tide,
She steddies*23 with upright keel!*24

西日に波は燃え上がる
 その一日も遂に暮れ!
その西の波に乗るようにして
 広大にして明るい太陽が沈み。
そのとき異様な姿が突然
 俺たちと太陽との間に。
The western wave was all a-flame.

The day was well nigh done!
Almost upon the western wave
Rested the broad bright Sun;
When that strange shape drove suddenly
Betwixt us and the Sun.

そしてすぐに太陽は棒で仕切られ
(天なる母よ、我等に慈悲を!)
煉獄の火格子でもくぐり抜けたかのように、
 のっぺりと燃え上がる顔。

And straight the Sun was flecked with bars,*25
(Heaven's Mother send us grace!)
As if through a dungeon-grate*26 he peer'd,
With broad and burning face.*27

うわぁ!(思いあまって鼓動も高く)
 なんと速く近づき近づくこと! 
船の帆一瞥くれるは太陽に、
 落ち着かない蜘蛛の巣のよう。

Alas! (thought I, and my heart beat loud)
How fast she nears and nears!
Are those her sails that glance in the Sun,
Like restless gossameres!*28

あの船の肋骨なるや、太陽痣なす
 火格子のようなあの影は?
して、あの女、乗組員は?
 亡霊女と死の伴侶、他に乗る者とてない骸骨船。
あれぞ『死』なるや?2体のみにや?
 女の仲間は死神なるや?

Are those her ribs*29 through which the Sun
Did peer, as through a grate?
And is that Woman all her crew?
The Spectre-Woman and her Death-mate,*30 and no other on board the skeleton ship.
Is that a Death? and are there two?
Is Death that woman's mate?

女の唇赤くして、見た目からして放縦、
 髪は黄色く黄金のよう。
船と同様、船員に同様!
 肌の白さは癩病みのよう、
これぞ悪夢の不死者なれ、
 人の血も凍る人外の蝶。

Her lips were red, her looks were free,*31
Her locks were yellow as gold:
Like vessel, like crew!
Her skin was as white as leprosy,
The Night-Mair Life-in-death was she,
Who thicks man's blood with cold.*32

骸(むくろ)なる船、横付けしてきて
 骰子(さいころ)振るは2人して
「ようし、やった!私の勝ち!私の勝ち!」
 女は宣(のたま)い、指笛吹くこと3度にして。

The naked hulk*33 alongside came,
And the twain were casting dice;
'The game is done! I've won! I've won!'
Quoth she, and whistles thrice.*34[errata 1]*35

太陽が縁まで沈む。星という星が飛び出して来る。
 一足(ひとあし)に闇がやって来て。

遠く聞こえたざわざわと、海の向こうに
 亡霊の唸(うな)り放たれて。

The Sun’s rim dips; the stars rush out:
At one stride comes the dark;
With far-heard whisper, o’er the sea,
Off shot the spectre-bark.

聞こえた、そして見ていた横目に!
 心の底から震え慄く、コップ1杯に
生き血でも吸われたかのように!
 星はぼやけて、夜は濃く、
操舵手の顔はランプに白く。
 帆からぽたぽた滴る露が……
かかるは顔を出す月に。
 東の線に上るまで
角(つの)と化す月、明るい星を
 下側の切っ先に付けて。

We listen'd and looked sideways up!
Fear at my heart, as at a cup,
My life-blood seem'd to sip!*36
The stars were dim, and thick the night,
The steerman's face by his lamp gleam'd white;
From the sails the dew did drip—
At the rising of the Moon.
Till clombe*37 above the eastern bar*38
The horned Moon,*39 with one bright star
Within the nether tip.

1人また1人と、星を被れる月により、
 呻き喘ぎの暇もない、
身の毛もよだつ苦痛の顔向け
 その目で俺を呪うばかり。

One after one, by the star-dogg'd Moon,*40
Too quick for groan or sigh,
Each turn'd his face with a ghastly pang,
And curs'd me with his eye.

50の4倍もの生者、
(呻き喘ぎも聞かずして)
心臓高鳴り、常世の灯り、
 次から次に倒れ伏し。

Four times fifty living men,*41
(And I heard nor sigh nor groan)
With heavy thump, a lifeless lump,
They dropped down one by one.

皆身体から魂飛ばす、
 逃げていったは祝福か悲哀か
全ての魂、我が身をすり抜け、
 飛び退(すさ)る様は我が弩(いしゆみ)か!

The souls did from their bodies fly,—
They fled to bliss or woe!
And every soul, it passed me by,*42
Like the whizz of my cross-bow!


年寄り船乗り物語り 第4部 THE RIME OF THE ANCIENT MARINER. PART THE FOURTH.

婚礼の客は震え上がる、亡霊に語りかけられたかのよう。
「いや怖いんだが、船乗り爺様!
 骨張った手にしてから!
 それに背高く痩せこけ、日に焼けた様、
 畝なす浜の真砂かよ。」

The wedding-guest feareth that a spirit is talking to him;
"I fear thee, ancient Mariner! I fear thy skinny hand!
And thou art long, and lank, and brown,
As is the ribbed sea-sand.[2*43]

「あんたもその視線も怖い、
  手は骨張って、日に焼けて…」
怖じ恐れることは無い、婚礼の客よ
 この身は猶も倒れ伏さずして。

I fear thee and thy glittering eye,
And thy skinny hand, so brown."—
Fear not, fear not, thou Wedding-Guest!
This body dropt not down.

1人きり、独りぼっち、
 広い広い海に1人きりに!
憐れみ賜う聖人とてなく
 我が魂の苦痛に。

Alone, alone, all, all alone,
Alone on a wide wide sea!
And never a saint took pity on
My soul in agony.

累々たる犠牲者、いと安らけく!
 これに彼ら皆、死に横たわった。
対して何千ものスライム状の何か
 これを生き延びた。俺もまた。

The many men, so beautiful!
And they all dead did lie:
And a thousand thousand slimy things
Liv'd on; and so did I.

腐った海を眺めやり、
 視線を投げること遥か。
腐った甲板眺めやり、
 そこには死者が横たわり。

I look'd upon the rotting sea,
And drew my eyes away;
I look'd upon the rotting deck,
And there the dead men lay.

天に向かって祈らんとするも。
 祈りの文句が出てくる前に、
押し殺した囁き、密かに耳に
 我が心を渇かしむるに。

I look'd to heaven, and tried to pray;
But or ever a prayer had gusht,
A wicked whisper came, and made
My heart as dry as dust.

両の瞼(まぶた)閉じ、閉じたままに、
 ずきずき脈打つような目玉を。
この空と海に、この海と空に
 据えたは、かすむ目にかかる重荷のように、
そして脚元には死せる者共。

I closed my lids, and kept them close,*44
And the balls like pulses beat;
For the sky and the sea, and the sea and the sky
Lay like a load[errata 2]*45 on my weary eye,
And the dead were at my feet.

冷たい汗がその手足から滲み出る、
 腐るでもなく臭うでもなく。
見るからに皆俺を見上げたように
 その視線逸らすことなく。

The cold sweat melted from their limbs,
Nor rot nor reek did they:
The look with which they look'd on me
Had never pass'd away.

孤児の呪いは地獄に落とす
 高みにある魂なるも
だがしかし!それより恐るべきは
 死者の眼にある呪いならん!
七日七夜、その呪いを浴びた
 俺はもう死ぬこともならぬ。

An orphan's curse would drag to hell
A spirit from on high;
But oh! more horrible than that
Is the curse in a dead man's eye!
Seven days, seven nights, I saw that curse,
And yet I could not die.

さまよえる月が空に上る、
 何処に留まるという事もなく。
しなやかに上っていくのに、
 星の一つ二つが供に付く…

The moving Moon went up the sky,*46
And no where did abide:
Softly she was going up,
And a star or two beside—

月光嘲笑はん灼熱の海面、
 4月に広がる白霜よろしく。
でも軍艦の巨影差すところには、
憑かれた水もひたすら焼かれ
 動かず毒々しい赤に敷く。

Her beams bemock'd*47 the sultry main,
Like April hoar-frost*48 spread;
But where the ship's huge shadow lay,
The charmed water burnt alway
A still and awful red.

その軍艦の影の上、
 みとめられたはウミヘビ共。
蠢(うごめ)くは白く光れる筋道に、
その鎌首もたげるや、幽遠の灯り
 白く散り散りに散れるとも。

Beyond the shadow of the ship,
I watched the water-snakes:
They moved in tracks of shining white,
And when they reared, the elfish light
Fell off in hoary flakes.

軍艦の影に在る俺は目にした
 ウミヘビ共の盛装を。
青の、艶ある緑の、黒天鵞絨(くろびろうど)の、
とぐろ巻いては泳ぐ、その全ての
 筋に、黄金の火花散らすを。

Within the shadow of the ship
I watched their rich attire:
Blue, glossy green, and velvet black,
They coiled and swam; and every track
Was a flash of golden fire.

その美しく楽しげなこと。
 なんと楽しき生き物か!残念、
その美を言わん口舌なし。
心の底から迸れる愛の泉、
 神ぞ心に祝福賜わん。
して我祝えるも知らずして!
 優しき聖人の憐れみ給わん、
我祝えるは知らずして。

Their beauty and their happiness.
O happy living things!*49 no tongue
Their beauty might declare:
A spring of love gushed from my heart,
He blesseth them in his heart.
And I blessed them unaware!
Sure my kind saint took pity on me,
And I blessed them unaware.

さしもの呪文がとうとう緩む。
 祈りも届くか届かぬうちに
首からついと放れるや
 かの信天翁、落ち行き沈み
海に落とした鉛さながら。

The spell begins to break.
The self-same moment I could pray;
And from my neck so free
The Albatross fell off, and sank
Like lead into the sea.

年寄り船乗り物語り 第5部 THE RIME OF THE ANCIENT MARINER. PART THE FIFTH.

眠りよ!この寛大なるもの、
 愛されること北極から南極までも!
海の星マリアよ讃えられてあれ!
 優しき眠り天なる聖母ぞ垂れ給え、
我が魂へするり滑り込もう。

Oh sleep! it is a gentle thing,
Belov'd from pole to pole!
To Mary Queen*50 the praise be given!
She sent the gentle sleep from Heaven,
That slid into my soul.

甲板のおめでたいバケツめ、
 もうずっとほったらかしだった。
それが露で一杯になる夢を見た、
 ふと目が覚めると、雨だった。

The silly buckets*51 on the deck,
That had so long remained,
I dreamt that they were filled with dew;
And when I awoke, it rained.

唇は濡れ、喉は冷え、
 衣服もすっぽり濡れそぼり。
夢の中でも水を求めていたのが、
 身体に水を吸わせる羽目に。

My lips were wet, my throat was cold,
My garments all were dank;
Sure I had drunken in my dreams,
And still my body drank.

動いても手足の感覚はなく
 羽根のように身の軽いこと。
てっきり寝ているうちに死んだと思った、
 祝福された幽霊かと。

I moved, and could not feel my limbs:
I was so light—almost
I thought that I had died in sleep,
And was a blessed ghost.

程なく聞こえた風の唸るを。
 近くには来なかったが。
でもその音に帆が揺れた、
 すっかり乾涸び擦り切れた帆が。

And soon I heard a roaring wind:
It did not come anear;
But with its sound it shook the sails,
That were so thin and sere.

上空一気に甦り!
 閃光ぴかりと100も走って、
前に後ろに急き立てられたり、
 前に後ろに行ったり来たり、
星も微(かす)かに間(あいだ)を縫って。

The upper air burst into life!
And a hundred fire-flags*52 sheen*53,
To and fro they were hurried about;
And to and fro, and in and out,
The wan stars danced between.

吹き来る風も強くなり、
 帆は菅(すげ)のようにそよぎ。
雨降り注ぐ元は黒雲一つ、
 その際(きわ)にかかる月。

And the coming wind did roar more loud,
And the sails did sigh like sedge;
And the rain poured down from one black cloud;
The Moon*54 was at its edge.

厚くも黒い雲が割れても、
 その際にかかる月。
高い岩から叩きつける滝よろしく、
 雷落ちるは冗談ではなく、
川になるほど激しく広い。

The thick black cloud was cleft, and still
The Moon was at its side:
Like waters shot from some high crag,
The lightning fell with never a jag,
A river steep and wide.

きつい風が船に届くことはなく、
 それでも船よ、動き出せ!
あの電光と月の下
 死せる者たち、呻(うめ)き上げ。

The loud wind never reached the ship,
Yet now the ship moved on!
Beneath the lightning and the Moon
The dead men gave a groan.*55

呻いた、動いた、皆立ち上がった、
 話すことなく、目も動かさずして。
夢にも思わぬ不思議な話、
 死者の起きるを目の当たりにして。

They groan'd, they stirr'd, they all uprose,
Nor spake, nor moved their eyes;
It had been strange, even in a dream,
To have seen those dead men rise.

操舵手は舵を取る、軍艦は動き出す。
 一そよぎも吹いていないのだが。
水夫たちは皆綱引き始める、
 就くはめいめい在るべき持ち場。
不死の具のように手足振るう……
 幽霊船員なのか我等が。

The helmsman steered, the ship moved on;
Yet never a breeze up blew;
The mariners all 'gan work the ropes,
Where they were wont to do;
They raised their limbs like lifeless tools—
We were a ghastly crew.

我が兄弟の子の一体
 並んで立って、膝突き合わせ。
一体と俺、同じ一つの綱引くも、
 やっぱり何にも喋りゃせぬ。

The body of my brother's son
Stood by me, knee to knee:
The body and I pulled at one rope,
But he said nought to me.

「怖いんだが、船乗り爺さん!」
 落ち着け、婚礼客の貴君。
違うぞ、苦痛に魂散らした訳では。
 めいめい死体へ戻ってきたのは、
浄められた霊の一群。

"I fear thee, ancient Mariner!"
Be calm, thou Wedding-Guest!
'Twas not those souls that fled in pain,

Which to their corses came again,
But a troop of spirits blest:

その故は、世が明けるや。皆腕下ろして
 帆柱の周りに集まって。
甘やかな声音(こわね)ゆっくり起こるは口を通じて、
 その身体を抜けて出て。

For when it dawned—they dropped their arms,
And clustered round the mast;
Sweet sounds rose slowly through their mouths,
And from their bodies passed.

音吐朗暢、歌声流れ、
 投矢のように太陽へと突撃。
ゆっくりと歌声引き揚げ、
 混ざるもあり、一人ずつもあり。

Around, around, flew each sweet sound,
Then darted to the Sun;*56
Slowly the sounds came back again,
Now mixed, now one by one.

時に空から降り来るは
 雲雀(ひばり)歌うと聞こえたもの。
時に小鳥全部がさんざめくよう、
 空も海をも満たさん程に
その甘やかなる囀(さえず)りで!

Sometimes a-dropping from the sky
I heard the sky-lark sing;
Sometimes all little birds that are,
How they seem'd to fill the sea and air
With their sweet jargoning!

あるいはあらゆる楽器の斉奏、
 あるいは横笛の独奏、
またあるいは天使の歌声、
 数ある天も耳を凝らす。

And now 'twas like all instruments,
Now like a lonely flute;
And now it is an angel's song,
That makes the Heavens be mute.

その声音(こわね)途絶えるも。帆のなす
 はためき愉しく昼までも、
人知れぬ小川のせせらぎ
 芽吹きの6月の音、
それも夜通し樹々に歌ってやる
 密やかな調べの子守唄のよう。

It ceased; yet still the sails made on
A pleasant noise till noon,
A noise like of a hidden brook
In the leafy month of June,
That to the sleeping woods all night
Singeth a quiet tune.

昼まで静かに航走す、
 一そよぎも風は吹かずして。
ゆっくり揺れずに船進む、
 前に動くはその下部より。

Till noon we quietly sailed on,
Yet never a breeze did breathe:
Slowly and smoothly went the ship,
Moved onward from beneath.

竜骨より九尋も下の深みにぞ、
 霧と雪降る極地より、
とある精霊滑り込み。それこそ
 船動かせる力なれ。
お昼には帆も歌い止め、
 船立ち止まる、またしても。

Under the keel nine fathom deep,
From the land of mist and snow,
The spirit slid: and it was he
That made the ship to go.
The sails at noon left off their tune,
And the ship stood still also.

太陽が、ちょうど帆柱真上にあって、
 大洋に船を貼り付けたもの。
しかしそのうち身を揺すり出す、
 もぞもぞグラグラ小刻みに…
後ろに前に船の半分くらい、
 もぞもぞグラグラ小刻みに。

The Sun, right up above the mast,
Had fixed her to the ocean;*57
But in a minute she 'gan stir,
With a short uneasy motion—
Backwards and forwards half her length,
With a short uneasy motion.

地面を蹴る馬、放したように
 船はいきなり跳ね返り。
俺の頭に血が上り、
 あえなく気絶し引っくり返り。

Then like a pawing horse let go,
She made a sudden bound:
It flung the blood into my head,
And I fell down in a swound.

どれほどそうしていたろうか、
 自分では解らない。
しかし息吹き返したとき、
 聞こえた、魂に刻んだのは
虚空に伝わってきた2声(せい)。

How long in that same fit I lay,
I have not to declare;
But ere my living life returned,
I heard and in my soul discerned
Two voices in the air.

「奴か?」宣う1人は、「これがあの男?
 十字架に掛けられし人にかけて、
かの罪なき信天翁(あほうどり)を叩き落とした、
 その惨(むご)たらしい弩(いしゆみ)もて。

"Is it he?" quoth one, "Is this the man?
By him who died on cross,
With his cruel bow he laid full low,
The harmless Albatross.

独り留まる彼の精霊
 霧と雪降る極地にて、
あの男愛せるかの鳥愛し給う
 それを射た奴、弩にて。」

The spirit who bideth by himself
In the land of mist and snow,
He loved the bird that loved the man
Who shot him with his bow."

片割れはより柔らかく、
 柔らかいこと甘露のように。
宣えること「あの男の贖罪成れり、
さらなる贖罪積まれんように。」

The other was a softer voice,
As soft as honey-dew:
Quoth he, "The man hath penance done,
And penance more will do."


年寄り船乗り物語り 第6部  THE RIME OF THE ANCIENT MARINER. PART THE SIXTH.

1の声 first voice
しかし告げよ、告げよ!もう一度、
物柔らかに答え直せるそなたよ…
あの船あの速さに駆るは何?
この大洋は何をしている?
But tell me, tell me! speak again,
Thy soft response renewing—
What makes that ship drive on so fast?
What is the ocean*58 doing?
2の声 second voice
主の前なる奴隷もかくや、
大洋は吹かす風もなし。
大いなる視線はほぼ黙り込み
見上げる月に委ねられ…
Still as a slave before his lord,
The ocean hath no blast;
His great bright eye most silently
Up to the Moon*59 is cast—
よしや行くべき道を海知ろうとも、
月は揺らさず厳しく導くならんと。
見よ、兄弟よ見るがよい、あの寛大を、
海を打守りし月を。
If he may know which way to go;
For she guides him smooth or grim.
See, brother, see! how graciously
She looketh down on him.

1の声 first voice
しかしあの船駆けるは何故あの速さ、
推すべき波なく風もなく?
But why drives on that ship so fast,
Without or wave or wind?
2の声 second voice
前の大気は断ち切られ、
後ろから迫るゆえに。
The air is cut away before,
And closes from behind.
飛べ、兄弟よ飛べ!もっと高く、もっと速く!
さもないと置いていかれるぞ。
あの船ゆっくりゆっくりするのは、
あの船乗りの茫然自失を和らげている時のみぞ。」
Fly, brother, fly! more high, more high!
Or we shall be belated:
For slow and slow that ship will go,
When the Mariner's trance is abated."

目覚めるや、帆走していた
空模様も穏やかに。
夜だった、平穏な夜、月も高く、
死者たち共々並び突っ立ち。

I woke, and we were sailing on
As in a gentle weather: 'Twas night, calm night, the moon was high;*60
The dead men stood together.

皆して甲板並び立つ様、
地下墓地にこそ相応しく。
俺に張り付く石のような目、
月の光にぎらついて。

All stood together on the deck,
For a charnel-dungeon fitter:
All fixed on me their stony eyes,
That in the Moon did glitter.

痛み、悪態、みな死に際し、
避けようがなかったもの。
目を逸らすことはできなかった、
皆より上を向いてのお祈りも。

The pang, the curse, with which they died,
Had never passed away:
I could not draw my eyes from theirs,
Nor turn them up to pray.

この呪縛も漸く解けた。今一度
青海原に目をやると、
見渡す限り、見えるもの未だ僅か
何か他にも見えて来ないかと…

And now this spell was snapt: once more
I viewed the ocean green,
And looked far forth, yet little saw
Of what had else been seen—

さながら寂しい道を往く人、
恐れ戦きつつ歩む、
歩む途中に1度振り返るや、
2度と後ろは見なくなる。
なぜなら彼知る、恐ろしい悪鬼
彼の影踏む後ろに迫ると。

Like one, that on a lonesome road
Doth walk in fear and dread,
And having once turn'd round, walks on,
And turns no more his head;
Because he knows, a frightful fiend
Doth close behind him tread.*61

間もなくして風が吹きつける、
物音立てず、何も動かさず。
海上を経たものでなく、
波紋や日陰からにも非ず。

But soon there breathed a wind on me,
Nor sound nor motion made:
Its path was not upon the sea,
In ripple or in shade.

髪を持ち上げ、頬をくすぐる
春の草原の風のよう
不思議と恐怖も収まった、
おかえりなさいと言われたよう。

It raised my hair, it fanned my cheek
Like a meadow-gale of spring—
It mingled strangely with my fears,
Yet it felt like a welcoming.

素早くひゅうひゅう飛ばす船、
然して至ってふわふわと。
心地良さげにひゅうひゅう吹く風、
吹いてくれても俺1人。

Swiftly, swiftly flew the ship,
Yet she sailed softly too:
Sweetly, sweetly blew the breeze—
On me alone it blew.

や、これは夢か!これ本当に
あの灯台を見てるのか?
これはあの丘?これは教会?
これはここ、俺の郷なのか?

Oh! dream of joy! is this indeed
The light-house top I see?
Is this the hill? is this the kirk?
Is this mine own countree?

入江の砂州をやり過ごし、
すすり泣きつつ捧げる祈り…
この身を目覚めさせ給え、我が神よ!
あるいはこの身眠れるままに。

We drifted o'er the harbour-bar,
And I with sobs did pray—
O let me be awake, my God!
Or let me sleep alway.

湊の水面、鏡のように
波ひとつなく澄んで!
そこに一面月明かり、
形造るは月の影。

The harbour-bay was clear as glass,
So smoothly it was strewn!
And on the bay the moonlight lay,
And the shadow of the Moon.

岩は明るく照らされて、況(いわん)やそこの教会は、
その岩の上に立つ以上。
月光に浸るしんしんと、
風見鶏さえ音立てず。

The rock shone bright, the kirk no less,
That stands above the rock:
The moonlight steeped in silentness
The steady weathercock.

静かな光に入江も白く、
そこに出てくる数多(あまた)ある、
同じ形が、その影が、
深紅色にこれ来(きた)る。

And the bay was white with silent light,
Till rising from the same,
Full many shapes, that shadows were,
In crimson colours came.

舳先(へさき)からやや離れ
その紅い影が集(すだ)くから。
甲板のそちらに目を移すと…
おお、神よ!何じゃありゃあ!

A little distance from the prow
Those crimson shadows were:
I turned my eyes upon the deck—
Oh, Christ! what saw I there!

遺体それぞれ横たわり、生命なくして倒れ伏し、
それが、十字架にかけて!
全身光る、熾天使一体、
全ての遺体に立ち給いて。

Each corse lay flat, lifeless and flat,
And, by the holy rood!
A man all light, a seraph-man*62,
On every corse there stood.

これなるは熾天使の群れ、その手おのおのひらひらと。
これ天国の光景なりや!
陸地への信号よろしく立つ彼等、
そのめいめいが愛らしい光。

This seraph-band, each waved his hand:
It was a heavenly sight!
They stood as signals to the land,
Each one a lovely light:

これなるは熾天使の群れ、その手おのおのひらひらと。
なお1人も一言もなく…
一言もなく、しかし!その沈黙が
音楽のように我が心に沈む。

This seraph-band, each waved his hand,
No voice did they impart—
No voice; but oh! the silence sank
Like music on my heart.

程なく聞こえた櫂を漕ぐ音、
舵取りからの呼びかけ。
やむなくそちらに顔を向けると、
端艇一艘あらわれて。

But soon I heard the dash of oars,
I heard the Pilot's cheer;
My head was turned perforce away,
And I saw a boat appear.

舵取りと、その見習い、
急ぎ来るのが聞こえ。
天なる主よ!喜ばしき哉
死者たちは損なわれることなし。

The Pilot, and the Pilot's boy,
I heard them coming fast:
Dear Lord in Heaven! it was a joy
The dead men could not blast.

3人目が居た… 声も聞こえた。
それが隠者とは好都合!
彼高らかに賛美歌歌うは
森の中にて自身の作るを。
彼我が魂の懺悔受けん、彼祓い浄めん
かの信天翁の血を。

I saw a third—I heard his voice:
It is the Hermit good!
He singeth loud his godly hymns
That he makes in the wood.
He'll shrieve my soul, he'll wash away
The Albatross's blood.

年寄り船乗り物語り 第7部 THE RIME OF THE ANCIENT MARINER. PART THE SEVENTH.

海まで下り繋がるあの森に
 この隠者よく住まうとか
その美声の朗々と立つこと!
 楽しみは船乗りたちと話すこと
ゆえに遠い国から来りますとか。

This Hermit*63 good lives in that wood
Which slopes down to the sea.
How loudly his sweet voice he rears!
He loves to talk with marineres
That come from a far countree.

跪き祈るは朝に、昼に、夕べに
 ふわりとした座布団となる
苔がすっぽり隠しているのは
 朽ち果てた楢の木の切り株。

He kneels at morn, and noon, and eve—
He hath a cushion plump:
It is the moss that wholly hides
The rotted old oak-stump.

小船近づくにつれ、話し声まで聞こえ。
「なんて不思議な、信じられないや!
 あれほど綺麗にたくさんあった光はどこだ、
 合図と見えたのが今や?」

The skiff-boat near'd: I heard them talk,
"Why, this is strange, I trow!
Where are those lights so many and fair,
That signal made but now?"

「異様である、我が信仰にかけて!」隠者も言うは、
「 こちらの呼びかけには応えずして!
 厚板は歪んでいるし、あの帆と来たら
  なんと擦り切れ乾涸びて!
 あんなに傷んだものは見たこともない、
  敢えて挙げるとして

"Strange, by my faith!" the Hermit said—
"And they answered not our cheer!
The planks looked warped! and see those sails,
How thin they are and sere!
I never saw aught like to them,
Unless perchance it were

 森の小川に降り積もって
  筋だけになった枯葉くらいか
 時に蔦の茂みに雪が積もって
  フクロウの子は眼下の狼に叫ぶ、
 その狼は雌狼の子を喰らう、その頃にして。」

Brown[errata 3] skeletons of leaves that lag
My forest-brook along:
When the ivy-tod is heavy with snow,
And the owlet whoops to the wolf below,
That eats the she-wolf's young."

「我等が主よ!まるきり悪魔の顔だ…
(舵取りが答え成す)
俺だ恐れられたのは… 漕げや、漕げ!
 隠者は此処ぞと声励ます。

'Dear Lord! it hath a fiendish look—*64
(The Pilot made reply)
I am a-feared—Push on, push on!
Said the Hermit cheerily.

艦まで小船はあと少し、
 俺は話しも揺れもせず。
艦の直下に小船来て、
 途端に物音聞こえ出す。

The boat came closer to the ship,
But I nor spake nor stirred;
The boat came close beneath the ship,
And straight a sound was heard.

水面下に轟く物音、
 どんどん大きく恐ろしげに。
艦に届くや、入江を二分して
 艦が沈んだ、鉛のように。

Under the water it rumbled on,
Still louder and more dread:
It reached the ship, it split the bay;
The ship went down like lead.

かましく恐ろしげな物音に、
 空と海とを襲ったそれに気を失った、
7日間も溺れていた人のように
 俺の身体は横たわり漂った。
しかし夢のように速やかに、気がついた時には
 舵取りの小船に乗っていたのだった。

Stunned by that loud and dreadful sound,
Which sky and ocean smote,
Like one that hath been seven days drown'd
My body lay afloat;
But swift as dreams, myself I found
Within the Pilot's boat.

艦が沈んだ渦巻きに、
 小船は捕まりくるくる回り。
静まり返る、唯一除くは
 丘が木霊を返すばかり。

Upon the whirl, where sank the ship,
The boat spun round and round;
And all was still, save that the hill
Was telling of the sound.

俺は口を開き、…舵取りは悲鳴
 今にも卒倒せんばかりに
聖なる隠者は目を見開き、
 座ったなりに祈る有様に。

I moved my lips—the Pilot shrieked
And fell down in a fit;
The holy Hermit raised his eyes,
And prayed where he did sit.

櫂を取る。見習いと来ては、
 今にも気も狂わんばかり、
笑うことけたたましくも長々と、その間
 ずっと視線は行ったり来たり。
「きゃはははは、全く何てこった、
 悪魔も漕ぎ方知ってたり。」

I took the oars: the Pilot's boy,
Who now doth crazy go,
Laughed loud and long, and all the while
His eyes went to and fro.
"Ha! ha!" quoth he, "full plain I see,
The Devil knows how to row."

いや漸くだ、ここは全く俺の国だ、
 堅固な地面に降り立ったのだ!
かの隠者もまた小船から踏み出し、
 しかし立つのもやっとのようだ。

And now, all in my own countree,
I stood on the firm land!
The Hermit stepped forth from the boat,
And scarcely he could stand.

「受け給え、赦し給え、聖者よ!」
 額に手を当てる隠者は。
「手短に、まず言うてくれ… 
 そなたいったい何者じゃ?」
"O shrieve me, shrieve me, holy man!"
The Hermit crossed his brow.
"Say quick," quoth he, "I bid thee say—
What manner of man art thou?'

途端にこの身体の芯から絞り出された
 地獄の苦痛を伴って
我が語るを始めざるを得ず、…
 それから漸く解放されて。

Forthwith this frame of mine was wrench'd
With a woeful agony,
Which forced me to begin my tale;
And then it left me free.

以来、いつの事とも知れず、
 その激痛が舞い戻る。
この恐ろしい話を語るまで、
 我が内なる心燃え盛る。

Since then, at an uncertain hour,
That agony returns:
And till my ghastly tale is told,
This heart within me burns.

俺は過ぎる、夜のように、国から国へ。
 不思議な力を持ってしまった、話すにかけては。

人の顔見たその時に、
 解るのだ、聞かしてやらんとならんかどうか。
俺が教えてやれる話を。

I pass, like night, from land to land;*65

I have strange power of speech;
That moment that his face I see,
I know the man that must hear me:
To him my tale I teach.

盛り上がっているようだ、扉の向こうでは!
 婚礼の客達そこに在り。
庭の木陰に花嫁と
 付き添い達が歌い合い。
耳を澄ませば晩鐘が鳴る、
 お祈りの刻告げし。

What loud uproar bursts from that door!
The wedding-guests are there;
But in the garden-bower the bride
And bride-maids singing are;
And hark the little vesper bell,
Which biddeth me to prayer!

いや、婚礼の客よ!この魂は永いこと
 独り在った、広くも広い限りの海に。
孤独ではあった、神の御身も
 いらっしゃるのか解らないほどに。

O Wedding-Guest! this soul hath been
Alone on a wide wide sea:
So lonely 'twas, that God himself
Scarce seemed there to be.

結婚式での料理より、
 俺には遥かに美味しことに、
教会へ連れ立ち歩み入る、
 良き仲間と共に!

O sweeter than the marriage-feast,
'Tis sweeter far to me,
To walk together to the kirk
With a goodly company!—

共に歩むは教会へ、
 みんな一緒に祈りなそう、
天なる父に首を垂れ、
 お年寄りも乳飲み子も、愛すべき友達も、
若者も女性も陽気に!

To walk together to the kirk,
And all together pray,
While each to his great Father bends,
Old men, and babes, and loving friends,
And youths and maidens gay!

ではさらば、ご機嫌よう!
 ただ、これは言っておこう!
よく祈れる者こそ、よく愛せる者
 人も鳥も獣をも。

Farewell, farewell! but this I tell
To thee, thou Wedding-Guest!
He prayeth well, who loveth well
Both man and bird and beast.

至上に祈れる者こそ、至上に愛せる者
 大から小に至るまで。
慕わしき神ぞ我等愛し給う、
 彼ぞ悉くを造り愛し給う。

He prayeth best, who loveth best
All things both great and small;
For the dear God who loveth us,
He made and loveth all.

船乗りの視線鋭く、
 去るは、顎髭白く齢重ねて。
今度は婚礼の客の方が
 かの花婿の扉に背を向けて。

The Mariner, whose eye is bright,
Whose beard with age is hoar,
Is gone: and now the Wedding-Guest
Turned from the bridegroom's door.

呆然として立ち去った、
 見捨てられた気がして。
やや哀しくも、より賢くなった
 男が次の日の朝、起きて。

He went like one that hath been stunned,
And is of sense forlorn:
A sadder and a wiser man,
He rose the morrow morn.

終。


*1:「古代」から転じて「大昔」と大袈裟に言うのに近い。

*2:Sailer の古い呼び方。一般に「水夫」と訳されるけれども、後述により「水兵」と思われるので、『老水夫行』の邦題は誤訳を含むことになる。ここでは「年寄り」に合わせて「船乗り」と訳す

*3:初出当時に催眠術はまだ知られず、メスメリズム(動物磁気)として流行した。これに乗っかった表現で、船乗りが眼力で婚礼の客を呪縛していると。

*4:Ship は3本以上の帆柱(マスト)に横帆を張る帆船をいい、あるいは軍艦フリゲート)を指す。従って語り手は漁師や商人などではなく、「水夫」というより「水兵」と見るべきであろう。

*5:港から出たのを「クリアした」という言い方で 直前と押韻。そのまま訳すと意味がないので、訳文を弄る。

*6:この drop は top と押韻するにしても、「出港した」と取るのは無理。drop には(薬物を)「キメる」といった意味合いもあり、a drop で「一杯やる」ことにもなる。

*7:Churchに当たるスコットランド方言。

*8:太陽が左舷から右舷へ進むとは、船の南下を示す。

*9:正午の太陽が真上に来るのは赤道上。

*10:ファゴットバスーン)は、しばしばオーケストラの代わりに用いられた。その音が聞こえてきたとは、結婚式の始まりを意味する。

*11:流氷 drift ice は水面が凍結したもの、氷山 iceberg は氷河が千切れたもの。

clift = cliff

*12:= know

*13:ボードレールも歌った最大級の海鳥は、しかし実際には尊重されず、今では小笠原諸島にしか居らず、それも1度は絶滅したものと見込まれた。多いと人には迷惑な鳥だったのかもしれない。邦名『アホウドリ』は何とかならないのかと思うが、『沖の大夫(たゆう)』以下異称は地方名ばかりで通用しなかったらしい。アホウドリは海面で暮らす鳥ではあるが、陸上に営巣するので、その姿は陸が近いという報せでもあった。なお、本作はエドガー・A・ポオ『ナンタケットのアーサー・ゴードン・ピムの物語』のネタ元にされ、

その結末ではアホウドリ

Many gigantic and pallidly white birds flew continuously now from beyond the veil, and their scream was the eternal Tekeli-li! as they retreated from our vision.

という不思議生物にされ、この設定をラブクラフトが引き継いで『狂気の山脈にて』が生まれたのであるが、


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アホウドリの鳴き声を録画で聞く限り、「テケリ・リ!」とは聞こえないのが残念なところである。

*14:vespers は、カトリック教会で日没後にする典礼。教会暦は日没を1日の区切りとするから、晩課は1日の始まりとなる。船上で晩課に励んだわけではなく、鳥が止まるのを燭台に見立てて「1日の始まりが9度」として、"Moon-shine" に押韻している。但し実際には有り得ない。アホウドリは身体が重く、離陸には助走を要する。海面で餌を啄み、離水時には水面効果を利用しているようだが、やはり助走している。


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こんな具合なので、止まり木から飛び立つという小鳥のような真似はできない。その代わりというわけではないが、翼を動かさずに滑空するダイナミック・ソアリングも得意で、これも水面効果の利用。

*15:やや唐突に見える月の描写が、後に意味を持ってくる。

*16:兵器としてのクロスボウは16世紀までに衰退し、この頃には狩猟用。しかし利用法を書いてないので、食用になり羽毛が売れた筈のアホウドリを、目的もなく暇潰しあるいは不信ゆえに狩ったことになる。捕ったものは食って供養しろ。

*17:【古語】起床、上り坂、叛乱、(キリストの)復活

*18:風がなく音もしない死の海のイメージ。これを詩人は、赤道無風帯または熱帯収束帯 Intertropical Convergence Zone とした。redbull.com が公開している動画「60秒で体感する『砂漠のような大海原』」を見ると、上下動はあっても、速度は0。

*19:太陽が月より大きくない=月が太陽以上 というのだから、満月。

*20:セイレーン(Siren)を指す。その名の語源は「干上がる」という意味の Seirazein ではないかとする説があり、降雨ではなく旱魃を、そして船乗りに死を齎す存在として描かれている。異教の神名は控えながら、その害を信じるのは、キリスト教徒一般に見られる態度ではある。

*21:いずれも帆走の方法(用語)

*22::帆が見えた、つまり他の船が在るという。救助だ!…と思ったか?

*23:= steadies

*24:竜骨を縦にとは、船の正面が見えている。つまり此方に向かっている。

*25:横木で仕切られたとは、西陽の表面に横縞が見えた。というが、それ自体有り得ない現象で、異変の始まりを表す。

*26:dungeon は「地下牢」だが、火格子 grate が付く場所ではない。

*27:西陽のことなのに、その描写はアメリカン・コミック『ゴースト・ライダー』の造形を思わせる。


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*28:Gossamers という言葉は、ジョンソンによると、穏やかな晴天時に空中を舞う白く長いクモの巣のことで、この言葉はラテン語 gossapium に由来するという。これは全く不十分と言わざるを得ない。ゴッサマーとは、特に秋の静かな朝に、茂みの上に大量に見られるクモの巣のことで、風によって舞い上がり、空中を漂う様子を、ブラウンは『ブリタニア牧歌』で絶妙に描いている:第11巻第2曲

  "雪とも降り積もらずや、乳白色のゴッサマー"

プリズムのように光線を分離し、青・赤・黄などのスペクトルを鮮やかに乱す露が、早朝のゴッサマーに付着したときの美しい姿を、自然を愛する人なら誰でも観察し、賞賛したに違いない。オベロン王については、次のように歌われている。

豪奢なマントを彼は着ていた、
ピカピカのゴッサマーで作られた、
星とも煌めき渡るは以て
朝露のダイヤモンドを鏤めて

ゴッサマーという言葉は明らかに、ゴースやフリーズに由来している。"Goss samyt"で検索されたし。ヴォス『ルイーゼ』への注釈III.17によると、ドイツでは、ゴッサマーの製造は小人やエルフの仕業であると一般に信じられているという。[以上、トマス・C・クローカー『妖精伝』中『デュラハン』の章『収穫祭』脚注から]

*29:her は到来した船を指し、rib はそのあばら骨。助けが来たと思いきや、船と見えたものは骸骨だった。

*30:骸骨船に乗る女の傍らに『死』、骸骨か何かグリムリーパーのような『死神』に見えたということであろう。ただ、それにしては大鎌を抱えていない。
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*31:以下に見る女の描写は淫婦 Vamp を表し、この病的美女は明らかに、セイレーンより吸血鬼 Vampire に近い。但し Vampire の存在は、本作の初出時には知られておらず、従って Vamp という言葉もなかった。言うまでもないと思うが、この毒々しい赤に彩る妖女と死の取り合わせは、第1部の初々しい花嫁と花婿に照応する。

*32:19世紀半ばまで、ヒポクラテス以来の四体液説がヨーロッパ医療界では支配的であった。体液のバランスを崩すことで病気になるとする。これを逆手にとって「病気になった」と言っているのだが、病気というより我が国の「血も凍る恐怖」に近いと思われる。

*33:「船の残骸」または「大男」。人体を指すときは「ぬぼうとした」「ウドの大木」的ニュアンスを含む。

*34:船上で合図のために吹くのだから、遠くまで強く響くハンドホイッスルであろう。ギリシャ神話のセイレーンは、自らの羽根を以て飛び、その歌で船乗りを引き寄せ食ってしまうのに対し、骸骨船に乗って現れる夢魔は手を下すことなく、船長のように振る舞う。

*35:原註:この後、次の一節を削る。

A gust of wind sterte up behind
And whistled through his bones;
Through the holes of his eyes and the hole of his mouth,
Half whistles and half groans.

*36:後の吸血鬼譚とは異なり、「血を吸われた」とは言っていない。

*37:= climb

*38:海原に月が上る「線」と言ったら「水平線」の筈なのに、horizon とは言っていないのは、次行 bright star と押韻するためか。

*39:三日月を角の形とし、偃月刀に見立てる。しかし三日月なら西の空に浮かんで直ぐ沈むので、上記と矛盾するのだが。

*40:断罪の場面。適当ぶっこいた船員全員、1人ずつ星付きの三日月に斬られる。

*41:語り手を除く船員200名が揃って死亡。軍艦ゆえ乗客 passenger は含まれない。

*42:船員全員の魂が通り過ぎた後、信天翁を射った犯人の語り手は1人残される。

*43:原註[2]この節の最後の2行については、ワーズワース氏に感謝を。 この詩は1797年の秋、彼及び妹御と一緒にネザー・ストーウィからダルバートンまで楽しく歩いたときに企て、作曲まで少々。

For the last two lines of this stanza, I am indebted to Mr. Wordsworth. It was on a delightful walk from Nether Stowey to Dulverton, with him and his sister, in the Autumn of 1797, that this Poem was planned, and in part composed.

*44:瞑目は祈りの仕草。詩人は祈祷に熱中する癖があった。

*45:原註:load ← cloud

*46:先の三日月から7日経つので月齢10日、上弦の月を過ぎて満月に近い。

*47:mock「嘲る」「台無しにする」の受動態による仮定。死と浄化を齎す白い月の光が、腐り赤熱する海面を嘲弄するように覆うという、怪獣大決戦的な一節。

*48:我が国の4月に降りる霜は遅霜であるところ、より高緯度の英国には珍しくない。

*49:恐怖が歓喜へすり替わる感情の変化は、孤独感と併せ、壊血病の症状。脳が壊れる兆候でもある。

*50:聖母マリアの尊称は『天の女王(Regina caeli)』であり、その古名『海の星(Stella Maris)』は北極星を指す。この名をこの節では両義的に使うところ、理解し難いので訳し分ける。なお、新教諸派はマリア信仰を否定しながら、船乗りの聖母信仰は世界共通、今なお健在である。

*51:バケツに向かって「バカ野郎」と罵るのは、水がないから「役立たず」という訳だが。

*52:電(いなづま)

*53:前節ずたぼろ thin and sere な帆と対比しての「ぴかぴかの」的意味合いも有ろうか。

*54:この月については月齢を記さないが、雨雲に付き、甦る死者を照らすなど、その役割を果たす。

*55:ポリドリの吸血鬼が月の光を浴びて蘇るのは、これに倣ったものであろう。

*56:亡霊の歌声が太陽を敵として、攻撃を加えたことになる。そんなの有りかと思ったけれど、赤道上の太陽なんてそんなものか。

*57:これは「船を釘付けする元凶は太陽」として、「太陽に逆らって船が動こうとする」場面らしい。『船の墓場』サルガッソの海に於ても、そんな話は聞いた事がなく、ネタ元不明。

*58:大洋を指すこの語は海神ōkeanosに由来する男性名詞。以下 he

*59:年月の「月」をいうギリシャ語mēnに由来するものの、空に浮かぶ月はSelēnē、Artemis、Hekátēの3面いずれも女神なので女性名詞。以下 she。第3部で日和見主義な船員を斬殺した恐ろしい三日月に対し、慈愛の女神として振る舞うこの高く豊かな月は、その二面性を見せる。

*60:満月は真夜中に南中する。月齢が進んでいる以上、実際にはそれなりの時間がかかった事を示す。赤道からスコットランドまで5日ほど、必ずしも速いとは言えないが。

*61:第1部の喩えに類似、何かの引用にも見える。但しネタ元不明。

*62:天使にも位階があるとされ、セラピムは6翼を持つ最上位。神への愛と情熱に身体が燃えるので、熾天使という。

*63:隠者は修道士の先駆的存在で、人里離れて砂漠に住み、聖なる徳を積み、懺悔を受け罪を赦すものとされた。

*64:生き残った語り手この時の形相は、2週間以上飲まず食わずの恐ろしい見た目になり、悪魔のように見えたと。

*65:この節には『さまよえるオランダ人』の元ネタになった『さまよえるユダヤ人』のモチーフが窺える。


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また、この表現からして「年寄り船乗り」は最近のことではなく、何時の話ともしれぬ回顧譚を語っているわけで。『老水夫行』の邦題が適切であったかは、些か怪しいと言わざるを得ない。