悪の華
Les Fleurs du mal (1861)
Charles Baudelaire/萩原 學(訳)
憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL
25. 無題(全宇宙を閨のひまへと押し込めてしまう、)
XXV
« Tu mettrais l’univers entier dans ta ruelle »
ジャンヌ・デュヴァル詩群 対句
全宇宙を、閨のひまへと押し込めてしまう
穢れた女よ! 倦怠が魂を残酷にしてしまう。
この特異なゲームで歯を鍛えるには、
心臓を1日に一つ、義歯に掛けねば。
貴女の瞳の照り映えること、お店のよう
お祭りで燃え盛るイチイの木のよう、
借り物の力を乱暴に使い
その美の法則は弁えない。
Tu mettrais l’univers entier dans ta ruelle*1,
Femme impure ! L’ennui rend ton âme cruelle.
Pour exercer tes dents à ce jeu singulier,
Il te faut chaque jour un cœur au râtelier*2.
Tes yeux, illuminés ainsi que des boutiques
Et des ifs flamboyants dans les fêtes publiques,
Usent insolemment d’un pouvoir emprunté,
Sans connaître jamais la loi de leur beauté.
目も見えず、耳も聞こえず、残酷無比の機械よ!
驕れる器よ、世界の血を飲み干してしまう者よ、
どうして貴女は恥ずかしく思わないのか?
鏡という鏡に映る容色が枯れていないか?
自分は賢いと思っている頭の悪さは大したもの
ゆえに、決して恐怖に怯えることもない程の
隠された企みに、大自然が貴女を利用
しているのなら、 女よ、罪の女王よ、
…下劣な獣め、 …天才を捏ね上げようとでも?
なんと穢らわしい偉大!崇高なる汚名とも!
Machine aveugle et sourde, en cruautés féconde !
Salutaire instrument, buveur du sang du monde,
Comment n’as-tu pas honte et comment n’as-tu pas
Devant tous les miroirs vu pâlir tes appas ?
La grandeur de ce mal où tu te crois savante
Ne t’a donc jamais fait reculer d’épouvante,
Quand la nature, grande en ses desseins cachés,
De toi se sert, ô femme, ô reine des péchés,
— De toi, vil animal, — pour pétrir*3 un génie ?
Ô fangeuse grandeur ! sublime ignominie !
訳注
- *1 ruelle:
- 「路地」「小道」「裏通り」、同様に狭い壁と寝台の隙間をいう。転じて寝室、及び寝室で催された会合をも指す事がある。「閨のひまさへ つれなかりけり」と歌われた「ひま」は「隙間」をいうので、語感の近いのはこれくらいか
- *2 râtelier
- 棚、架台、あるいは入れ歯。英語の rack に相当、但し the rack は「拷問台」を指す。仏語にも同様の言い回しがある筈だが、見つかっていない。
- *3 pétrir:
- 「練る」「捏ねる」動作から「もみくちゃにする」「(精神を)鍛錬する」まで様々に使われるが、文脈によっては「こき使う」にもなるようだ。どうも訳文がスッキリしないのは、ボードレールのことだから、掛け合わせになっているとは思う。
日本語で「捏ね上げる」は食品製造の一工程なのに、「捏ち上げる」なら捏造=でっち上げの意味になる。フランス語に同様の使い回しがあるかどうか、今のところ判らない。
画像は塗り絵アプリ「Color Planet」「Sexy Color」から。後半は吸血鬼な詩句があるので、それっぽいのを。この描写からして元ネタ有りそうな気が。
レナ・ツォラキス女史の絵
翻訳中に「悪の華」の素晴らしい挿絵を見つけた。
L'atelier de Rena Tzolakis Charles-Baudelaire. Les Fleurs du Mal
こんな感じの水彩画がいくつもあって、これを挿絵にした美麗な『悪の華』が出版されたようだ。しかし注文しようにも廃刊したのか、オークションサイトにしか見当たらない。画家の人は Rena Tzolakis といって、画歴も長いらしいのに、なぜか今までその名を知らなかったし、検索しても日本語ページはない。絵を観る限り、もう何度個展が開催されていてもおかしくない実力なのに、何とも不思議。公式サイトもあるのにフランス語だし、連絡先はないし、どうやって了解を得たらいいか判らないので、取り敢えずサムネイルの引用としてご紹介しておく。どなたか展覧会をご存知であれば、ぜひ教えてください。