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【対訳】ボードレール『悪の華』7. 病める美神

憂鬱と理想 Spleen et idéal

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VII
LA MUSE MALADE
7. 病める美神

Charles Baudelaire/萩原 學(訳)

哀れな我が美神びじんよ、今日はどうした?
虚ろな瞳に夜の幻影宿る、
私にも見て取れる、顔色に現れたのは
狂気と恐怖、冷淡と沈黙。

Ma pauvre muse*1, hélas ! qu’as-tu donc ce matin ?
Tes yeux creux sont peuplés de visions nocturnes,
Et je vois tour à tour réfléchis sur ton teint
La folie et l’horreur, froides et taciturnes.

緑の夢魔サクベ桃色ピンク小悪魔リタン
恐怖と愛を、あなたに水瓶から注ぎかけた?
有無を言わせぬ悪夢の悪戯好きな拳が
伝説のミントゥルノにあなたを沈めた?

Le succube verdâtre et le rose lutin
T’ont-ils versé la peur et l’amour de leurs urnes ?
Le cauchemar, d’un poing despotique et mutin,
T’a-t-il noyée au fond d’un fabuleux Minturnes*2 ?

健やかな香りを放つあなたの胸に
いつも強い想いを宿していたあなたの胸に、
願わくはキリスト教徒の血が脈々と流れますように、

Je voudrais qu’exhalant l’odeur de la santé
Ton sein de pensers forts fût toujours fréquenté,
Et que ton sang chrétien coulât à flots rhythmiques

太古の音節が織り成す数多ある調べのように、
代わる代わる継がせられます歌の父よ、
太陽神ポエブスよ、そして偉大なるパーン、収穫の主よ。

Comme les sons nombreux des syllabes antiques,
Où règnent tour à tour le père des chansons,
Phœbus*3, et le grand Pan, le seigneur des moissons.


訳注

*1 muse:
ムーサ/ムーサイ Musa/Mousai は技芸を司る一連の女神たちを指し、英語でも Muses と複数形で使われる事がある。音楽 music がこの名に由来するので、特に音楽との関わりが深い。ムーサイを構成する女神は、数も神名も定まらず、アオイデーAoide(歌唱)ムネーメーMneme(記憶)メレテーMelete(実践)、またはネテー Nete メセー Mese ヒュパテー Hypate、あるいはケフィソー Kephiso アポローニス Apollonis ボリュステーニス Borysthenis の3柱とされる外、ネイロー Neilo トリトーネ Tritone アソポー Asopo ヘプタポラー Heptapora アケロイース Achelois ティポプロー Tipoplo ローディア Rhodia の7柱ともされ、ヘーシオドスは9柱とした。ここでは単数形なので、愛人をその一柱に見立てる。
*2 Minturnes:
イタリア中部の地方都市ミントゥルノ Minturno。オノレ・ドーミエの版画集『古代史』に「ミントゥルナエのマリウス Marius à Minturnes」という作品がある。ローマの執政官だったガイウス・マリウスが失脚後、この地で捕らえられ処刑されそうになった。
*3 Phœbus:
この神は専らアポローンと呼ばれるが、パエトーン(#5参照)との関わりからか、詩人はこの名を好んだようだ。但し神話に於ては、パーンの笛とアポローンの竪琴で楽技を競い、審判の山神トモーロスは一聴してアポローンに軍配を上げた。怒って抗議したフリギアのミダース王は、アポローンに下劣とされロバの耳に変えられてしまう。