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【対訳】秋の歌(ヴェルレーヌ)

大野透『誤訳』を読んでいたら、『アリとキリギリス』が『蟻と蝉』だったとか、前田晃訳『クオレ』が「殆ど意味をなさない」とか、『こねこのねる』石井桃子訳が「誤訳とも言えない」とか、いろいろ気になる中でも上田敏訳『落葉』を「重大な誤訳」という。なるほどそういう読み方もあるか、と読み飛ばしかけて漸く気付いたのは、これがボードレール『秋の歌』の本歌取りであると。

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そう言えば詩集の題名からしてそれっぽいし(Saturn/Sāturnus はローマ神話に於ける農耕神で、ギリシア神話のクロノスと同一視されて土星となり、メランコリーの象徴となる)、最初に PROLOGUE を置いた次から MÉLANCOLIA の章が始まる構成にしても、明らかに狙った感じ。なので、いずれはこの詩集も訳してみたいが、取り敢えずはこの一曲を。


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ヴェルレーヌ『サトゥルヌス信徒の詩集』POÈMES SATURNIENS*1 より

PAYSAGES TRISTES

5. 秋の歌(萩原學 訳)
V. CHANSON D’AUTOMNE

6行3節 脚韻AABCCB


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長く啜り泣く
ヴァイオリン弾く
 秋の
こころ傷つく
ひとり物憂く
 単調。

Les sanglots longs
Des violons*2
  De l’automne
Blessent mon cœur
D’une langueur*4
  Monotone.

くっと息つめて
青ざめ、そして
 鐘よ鳴れ、
思い出して
昔なにして
 涙あふれ…

Tout suffocant
Et blême, quand
  Sonne l’heure,
Je me souviens
Des jours anciens
  Et je pleure ;

そして去りゆく
この身まかす
 性悪な風
あちらこちら、
それそのまま
 枯葉なれ。

Et je m’en vais
Au vent mauvais*3
  Qui m’emporte
Deçà, delà,
Pareil à la
  Feuille morte.


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ゴッホ『落葉』

『落葉』(上田敏 訳) 

秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
ひたぶるに
身にしみて
うら悲し。

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。



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*1 SATURNIENS:
サトゥルヌス Saturn/Sāturnus は、ローマ神話の農耕神で、早くからギリシア神話のクロノスと同一視され、土星そして憂鬱 mélancolie の象徴となった。

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*2 violons:
複数形なので合奏、すると「ヴァイオリン群」が正しい。が、間延びし過ぎるので削る。このヴァイオリンについて、秋口には演奏会が多くなるから、訳者は季語のように受け止めていた。ところが、「実際の楽器ではなく秋風の音」などと妄言を垂れる文学者が跡を絶たず、演奏会に通う習慣のない音痴を天下に晒して恥じない、その筆頭が堀口大學というのは実に情けない。

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松井るみ『ポール・ヴェルレーヌ作品における音楽的性格の考察 ―未完のオペレッタ《フィッシュ・トン・カン》と 詩集《言葉のないロマンス》の音効果分析を通じて―』に拠ると、ドビュッシーはじめ同時代のフランス音楽界に影響していたヴェルレーヌ自身も、オペレッタに傾倒した時期があり、エマヌエル・シャブリエの作曲でオペレッタを2本作ろうとしていた。残念ながら未完に終り、忘れられたが、それなら詩人の脳内にはシャブリエの音があったのであろう


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*3 vent mauvais:
「嵐」「台風」を指す事がある。しかしここでは、下手に解釈しない方が良いと判断
*4 langueur:
spleen でも mélancolie でもないのは、cœur と押韻するためであろう。