[POETIC LABORATORY] ★☆★魔術幻燈☆★☆

詩と翻訳、音楽、その他諸々

【対訳】ボードレール『悪の華』62.悲しび彷徨へる

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charlesシャルル Baudelaireボードレール/萩原 學(訳)


憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL


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62.悲しび彷徨へる
LXII
MŒSTA ET ERRABUNDA

1855-06-01 : Revue des Deux Mondes

表題のみラテン語、出典不明

その他のヒロイン詩群

各節初行を最終行に繰り返し 脚韻ABABA 

教えてよ、時に君の心は飛び立つのか、アガーテ
汚い都市の黒い海原から遠ざかって
きらめき輝くもう一つの海原目指して、
青く、深い、処女みたいに、澄みきって?
教えてよ、時に君の心は飛び立つのか、アガーテ?

Dis-moi, ton cœur parfois s’envole-t-il, Agathe,
Loin du noir océan de l’immonde cité,
Vers un autre océan où la splendeur éclate,
Bleu, clair, profond, ainsi que la virginité ?
Dis-moi, ton cœur parfois s’envole-t-il, Agathe ?


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海が、広漠たる海が、我等の労苦を慰めてくれる!
海に、しわがれ声の歌手に、どんな悪魔が
巨大なオルガン、轟く風が伴奏してくれる、
この崇高な子守唄の機能を授けたものやら?
海が、広漠たる海が、我等の労苦を慰めてくれる!

La mer, la vaste mer, console nos labeurs !
Quel démon a doté la mer, rauque chanteuse
Qu’accompagne l’immense orgue des vents grondeurs,
De cette fonction sublime de berceuse ?
La mer, la vaste mer, console nos labeurs !

乗せて行け、貨車ワゴンさらって行け、高速艦フリゲート
遠く!遠く!ここでは、泥が涙で出来ていて!
…本当だろうか、アガーテの悲痛な心が言うのだと、
折にふれ。「悔恨から、罪から、痛みから離れて、
乗せて行け、貨車! 拐って行け、高速艦!」

Emporte-moi, wagon ! enlève-moi, frégate !
Loin ! loin ! ici la boue est faite de nos pleurs !
— Est-il vrai que parfois le triste cœur d’Agathe
Dise : Loin des remords, des crimes, des douleurs,
Emporte-moi, wagon, enlève-moi, frégate ?

なんと遠いのだろう、香り高き楽園よ、
澄み切った紺碧の下、すべては愛と喜びに満ち、
愛するものすべてが愛されるに値するところよ、
心溺れるは、ただ純粋な官能に!
なんと遠いのだろう、香り高き楽園よ!

Comme vous êtes loin, paradis parfumé,
Où sous un clair azur tout n’est qu’amour et joie,
Où tout ce que l’on aime est digne d’être aimé,
Où dans la volupté pure le cœur se noie !
Comme vous êtes loin, paradis parfumé !

されど無垢なる恋の緑の楽園、
レース、歌、キス、花束に、
丘の向こうで響くヴァイオリン、
黄昏時、木立ちの中、ワインのジョッキを片手に、
…されど無垢なる恋の緑の楽園。

Mais le vert paradis des amours enfantines,
Les courses, les chansons, les baisers, les bouquets,
Les violons vibrant derrière les collines,
Avec les brocs de vin, le soir, dans les bosquets,
— Mais le vert paradis des amours enfantines,

人知れぬ快楽に満ちた無邪気な楽園よ、
もはや唐天竺よりも遠くにあるのだろうか?
私たちは悲痛な叫びで呼び戻し、それを
銀鈴の声で活かすことができるのだろうか、
人知れぬ快楽に満ちた無邪気な楽園よ?

L’innocent paradis, plein de plaisirs furtifs,
Est-il déjà plus loin que l’Inde et que la Chine ?
Peut-on le rappeler avec des cris plaintifs,
Et l’animer encor d’une voix argentine,
L’innocent paradis plein de plaisirs furtifs ?


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訳注

Agathe:
女性の名、委細不明。訳例は「アガーテ」「アガート」と一定しない。歌を聞いてみても同様、更に「アガサ」に近いもの、「アガっ」までしか聞こえないものと多様な発音あり。実在するAgathe女史は複数あって、印象の近い人を選んでみた。
océan:
もっぱら「大洋」をいうが、普通に「海」を指す事もある。2行目と3行目で明らかに同じ言葉を使い分けてあり、訳すのが面倒。
wagon:
元は馬車の一種、四輪の荷車。鉄道が普及してからは、貨車・客車。特に鉄道用語では貨車を wagon、客車を voiture と称する。
enlève-moi,:
翻訳機は前の句 Emporte-moi, 共々「(私を)連れて行け」と訳すけれど、原文は違う言葉を使っているので、訳し分ける。
frégate:
高速戦闘艦。当時は漕ぎ船か帆船なので、艦砲を多く積んだ大型の戦列艦は鈍足となり、軽装で敏捷な艦種を要した。
remords:
既出につき説明略。
paradis:
「天国」でもある。しかし、以下の行を読み返していると、「エデンの園」を意識したとしか思えなくなった。それで Wikipedia からルーカス・クラナッハ(父)「エデン」を引っ張ってきたのだが、わが国にも優れた作品があることを文化遺産オンラインで初めて知った。それが、その次に貼った山本芳翠『エデンの園』(油彩)。暗い色調ゆえか、何を描いてあるかよく見えなかったので、Photoshop Express で明瞭度を上げてみた。背景は、おそらくアララト山を意識したものであろう。絵の説明に「薔薇(ばら)の木の後ろでヘビが鎌首を持ち上げています。」とあるのも、これで見えるようになった。…いや、まだ初見では見えないか。ほら、ここですよ。

元画像への連鎖を入れておくので、見比べて頂きたい。極めて高い技術でリアリスティックに描かれた薔薇の木が素晴らしい、モダンなこの絵が明治時代の作品というから驚かずに居られない。

ja.m.wikipedia.org

迂闊にも今まで知らなかった山本芳翠という画家は、岐阜県恵那市に生まれ育った開化期の洋画家で、明治11年にフランスへ渡り留学。下宿先で料理して同朋の留学生に馳走し、その中に居た黒田清輝を説得して画家に成らしめたというから、かなり早くからわが国の藝術に多大な貢献をしている。更に興味深いのは、日本人キャストによるオペラの初公演に協力しており、歌劇「オルフォイス」背景を描いた。「オルフォイス」とはグルックオルフェオとエウリディーチェ』のことで、昭和音楽大学オペラ研究所オペラ情報センター

公演日程 1903-07-22 18:30
会場 東京音楽学校奏楽堂

と公演記録がある。

ja.m.wikipedia.org

ただ、描かれた「蛇」は人を狙うでもなく、大蛇 serpent にも見えないのは残念なところ。しかし、そう言えば本作には viper も serpent も出てこないので、「祝祷」や「踊る蛇」とは別の世界ということで良いのかもしれない。

 

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enfantines:
「子供っぽい」「幼稚な」と、否定的な文面ばかり出てくるのは如何なものか。
argentine:
今では南米の国名ばかり有名だが、etymoline に拠ると
argentine(adj.)
15世紀中頃、「銀色の」; 1500年頃、「銀に似た」という意味で、古フランス語の argentin(12世紀)から来て、ラテン語の argentinus「銀の」、argentum「銀」から派生し、PIE ルートの *arg-「輝く; 白い」という意味から、「輝くまたは白い金属」として「銀」を表します。
という。わが国で「銀の声」という言い方は馴染みがない。しかし似たような、より具体的な言葉があるので置き換えた。