[POETIC LABORATORY] ★☆★魔術幻燈☆★☆

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【対訳】ボードレール『悪の華』106. 人殺しのワイン + ショスタコーヴィチ第11弦楽四重奏曲

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charlesシャルル Baudelaireボードレール/萩原 學(訳)


葡萄酒ワイン
LE VIN


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106. 人殺しのワイン

CVI

LE VIN DE L’ASSASSIN

8音節四行詩 × 13節 脚韻ABBA 

一人称ながら、当の暗殺者に酒場で語らせる演出。但し「暗殺」を意味する assassin を掲げるのは標題のみ。のみならず、暗殺教団もハッシシも詩句には一切出てこないので、「暗殺」と訳すべきか疑わしく、あるいは酒呑みのホラ話と見る事もできる。そのせいか『暗殺者の酒』と訳すことはあまり無い。恋女房を手に掛ける筋書きと描写は、変に具体的なところがあって、これもモデルがあった筈。阿部良雄訳注では、ペトリュス・ボレル『医学生パッスロー』、民謡『荷車ひきの妻』を挙げるが、何れとも見つからない。

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小説『吸血鬼』を含む短編集「セラピオン倶楽部」や、ボードレールが絶賛した『ブラムビラ姫』を書いたE.T.A.ホフマンの詩を挙げる向きもあり、しかし当の詩が何と言う作品か解らない。この訳書も興味深いので、後で別に紹介しよう。

訳者にはウェーバー『魔弾の射手』ほか舞台のこだまが聞こえる。自分の嫁を自分の手で殺してしまう話は、こればかりではないにしても、詩人と同時代でこれ以上劇的な作品は他にあるまい。ウェーバーのオペラでは、結末が捻じ曲げられてはいるとはいえ。

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もう一つの可能性として、アベ・プレヴォー『マノン・レスコー』(1731)を挙げたい。複数のオペラが作曲され、その皮切りはオーベール(1856初演)。後にマスネ(1884)でかすみ、プッチーニ(1893)に至ってすっかり忘れられてしまったが、詩人の生前に初演されたオペラはオーベールのものが唯一。


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もっとも、この詩は『悪の華』初版(1857)以前に作詩されたという話もあるから、その影響は消極的だったかもしれない。

俳優ティセランと共に「酔っぱらい」と題した演劇の企画も練られた。1854年ボードレールが書いた手紙には、未完成のまま残されたその構想が記されている。

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女房が死んで、俺は自由だ!
だから飲めるぞ、酔っ払うまで。
帰宅したとき、無一文では、
金切り声に神経ズタズタ。

Ma femme est morte, je suis libre !
Je puis donc boire tout mon soûl.
Lorsque je rentrais sans un sou,
Ses cris me déchiraient la fibre.


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王様のように幸せだ。
空気は清らか、見事な空……
似たような夏があったな
彼女に恋したあの頃だ!

Autant qu’un roi je suis heureux ;
L’air est pur, le ciel admirable..
Nous avions un été semblable
Lorsque j’en devins amoureux !


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恐るべく俺を引き裂く
渇きを癒す必要がある
ワインを、墓すら浸る
ほど、……言うにや及ぶ、

L’horrible soif qui me déchire
Aurait besoin pour s’assouvir
D’autant de vin qu’en peut tenir
Son tombeau ; — ce n’est pas peu dire :

彼女を井戸に投げ捨てた、
そして上から押しつけて
縁石から敷石まで全て。
……できることなら、忘れたい!

Je l’ai jetée au fond d’un puits,
Et j’ai même poussé sur elle
Tous les pavés de la margelle.
— Je l’oublierai si je le puis !


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2人は優しき誓いの名のもと
何人なんぴとたりとも引き離し得じ、
そして2人の和解だといい
古き良き酔える時代と同様、

Au nom des serments de tendresse,
Dont rien ne peut nous délier,
Et pour nous réconcilier
Comme au beau temps de notre ivresse,

逢瀬を懇願したものだ、
たそがれ時に、暗い道での。
やって来た!……狂った生き物!
誰しも多少は狂っているが!

J’implorai d’elle un rendez-vous,
Le soir, sur une route obscure.
Elle y vint ! — folle créature !
Nous sommes tous plus ou moins fous !


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まだまだ可愛らしかった、とても
やつれてはいたけれど!そして俺は、
彼女を愛し過ぎていた!だから俺は
言ってやったのだ。この世から出て行け!と。

Elle était encore jolie,
Quoique bien fatiguée ! et moi,
Je l’aimais trop ! voilà pourquoi
Je lui dis : Sors de cette vie !


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誰も理解などできまい。一人
愚かしい酔っぱらい共の中で
イカれた夜に考えたところで
思いつくか、ワインを経帷子きょうかたびらにと?

Nul ne peut me comprendre. Un seul
Parmi ces ivrognes stupides
Songea-t-il dans ses nuits morbides
À faire du vin un linceul ?


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この無敵のろくでなし
まるで鉄でできた機械
決して、夏も冬もない、
真実の愛を知ることなし、

Cette crapule invulnérable*1
Comme les machines de fer
Jamais, ni l’été ni l’hiver,
N’a connu l’amour véritable,

暗黒の呪縛もて、
ずらり地獄の警報や、
毒の小瓶や、涙滴や、
鎖や骨の音がして!

Avec ses noirs enchantements*2,
Son cortége infernal d’alarmes,
Ses fioles de poison, ses larmes,
Ses bruits de chaîne et d’ossements !


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……俺は今、自由で孤独!
今宵は死ぬほど酔えるまま、
恐れも悔やみもしないまま、
地べたに横になるとしよう、

— Me voilà libre et solitaire !
Je serai ce soir ivre mort ;
Alors, sans peur et sans remord,
Je me coucherai sur la terre,

そして眠ろう、犬ころのように!
貨車の車輪もずっしりと
石やら泥やらごろごろ積むと、
怒り狂う荷馬車、偶然に

Et je dormirai comme un chien !
Le chariot aux lourdes roues
Chargé de pierres et de boues,
Le wagon enragé peut bien

罪深き俺の脳天砕く
あるいは俺を真っ二つにしようが、
気にしない、例えば神とか、
悪魔とか、聖なる食卓とかと同じく!

Écraser ma tête coupable
Ou me couper par le milieu,
Je m’en moque comme de Dieu,
Du Diable ou de la Sainte Table*3!


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ショスタコーヴィチ第11弦楽四重奏曲


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演奏時間は18分前後と短く、これまでを回想するかの旋律が随所に出てきて、新しさはあまり感じられないけれど、作曲家自身によるセルフ・カヴァーを聞く面白さがある。それまでよく初演を担当したベートーヴェン四重奏団の、第2ヴァイオリン奏者ワシリー・シリンスキー逝去を悼んで書かれた作品というから、その音色を懐かしんでいたのかもしれない。この歳になって、そういう話を聞くと「死ぬのはいつも他人ばかり」という一言を思い出してしまう。誰の、どういう台詞だったかは、もう忘れてしまった。ただ、毎回「次はおまえだ」と言われている気がして、なのに自分だけが生き残ってしまった。そういう奇妙な感覚ばかり、演奏が終わってもずっと残っている。
ザグレブ四重奏団の名は、クロアチア共和国の首都に因んでおり、わが国の東京カルテットに近い感じ。オーケストラでは珍しくないのだが、弦楽四重奏団ではあまり見かけない。クロアチアも馴染みがないけれど、記録された最初の吸血鬼ユウレ・グランドが出現したイストリア半島を抱える東欧の国である。

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訳注

*1 invulnérable:
ひろゆきが提唱する「無敵の人」が、今となっては最も近いのではないか。ここは案外と迷うところで、訳例を取り沙汰しているところもある。 sumus.exblog.jp
*2 enchantement:
chant(歌う)に由来する「魅了」または「呪縛」をいう。その効果から「魔法」とも訳され、その場合は charm の意味に近い。歌は呪いにして祝福。一語で相反する効果を担う事情は、日本語「呪い」が「まじない」であり「のろい」でもある事実に似る。ゲームの「エンチャント」は付与魔術限定だったりするのに対し、enchantement は魅了魔法に近いわけで、使い方を考え直すべきであろう。
*3 la Sainte Table:
キリスト教会では『最後の晩餐』の故事に因み、聖餐として赤ワインを飲む。
マタイによる福音書26章

26 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」27 また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。28 これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。