悪の華
Les Fleurs du mal (1861)
Charles Baudelaire/萩原 學(訳)
叛逆
RÉVOLTE

119. アベルとカイン
CXIX
ABEL ET CAÏN
本作は旧約聖書『創世記』、及びそれを元ネタにしたバイロン卿『カイン。CAIN.』が元ネタ。
創世記4章
人はその妻エバを知った。彼女はみごもり、カインを産んで言った、「わたしは主によって、ひとりの人を得た」。2 彼女はまた、その弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。
3 日がたって、カインは地の産物を持ってきて、主に供え物とした。4 アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた。主はアベルとその供え物とを顧みられた。5 しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。6 そこで主はカインに言われた、「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。7 正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」。
8 カインは弟アベルに言った、「さあ、野原へ行こう」。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。
9 主はカインに言われた、「弟アベルは、どこにいますか」。カインは答えた、「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」。10 主は言われた、「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。11 今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません。この土地が口をあけて、あなたの手から弟の血を受けたからです。12 あなたが土地を耕しても、土地は、もはやあなたのために実を結びません。あなたは地上の放浪者となるでしょう」。
13 カインは主に言った、「わたしの罰は重くて負いきれません。14 あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。
15 主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。
バイロン卿『カイン(英語読み「ケイン」)』はまだ翻訳途中だが、どうも温度差が気になるので、ボードレールの詩を先にする。バイロン卿の作品では、ケインが一人になったところにルシファーが現れるので、ケイン内面の葛藤とも取れる書き方になっているのに対して、ボードレールの詩には最後までルシファーなど出てこず、そのような心理劇は一切割愛されている。これは「影響を受けた」というより「反発を覚えた」と見るべきかもしれない。
出エジプト記20章
- 3 あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。
- 4 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。
- 7 あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない。主は、み名をみだりに唱えるものを、罰しないでは置かないであろう。
- 8 安息日を覚えて、これを聖とせよ。9 六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。10 七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざをもしてはならない。あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人もそうである。11 主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた。
- 12 あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。
- 13 あなたは殺してはならない。
- 14 あなたは姦淫してはならない。
- 15 あなたは盗んではならない。
- 16 あなたは隣人について、偽証してはならない。
- 17 あなたは隣人の家をむさぼってはならない。隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをむさぼってはならない」。
I
アベルの裔よ、眠れ、飲み食いせよ。
神は満足げに微笑み給う。
Race d’Abel, dors, bois et mange ;
Dieu te sourit complaisamment.
カインの裔よ、泥沼の中を
這いずって死ね、惨めたらしく。
Race de Caïn, dans la fange
Rampe et meurs misérablement.

カインの裔よ、お前の責め苦は
何処に終わりが有り得よう?
Race de Caïn, ton supplice
Aura-t-il jamais une fin ?
アベルの裔よ、見よお前の種蒔き
そして殖えゆくお前の家畜。
Race d’Abel, vois tes semailles
Et ton bétail venir à bien ;
カインの裔よ、お前の飢えに
はらわた吠えるは老犬のよう。
Race de Caïn, tes entrailles*3
Hurlent la faim comme un vieux chien.
アベルの裔よ、お前の腹でも
温めろ、族長たる者の炉端で。
Race d’Abel, chauffe ton ventre
À ton foyer patriarcal*4 ;
カインの裔、哀れなジャッカルよ、
寒さに震えよ、洞穴で!
Race de Caïn, dans ton antre
Tremble de froid, pauvre chacal !
アベルの裔よ、愛して群れを生せ!
お前の黄金もまた子を生す。
Race d’Abel, aime et pullule !
Ton or fait aussi des petits.
カインの裔よ、燃える心根、
気をつけろ、この旺盛な食欲。
Race de Caïn, cœur qui brûle,
Prends garde à ces grands appétits.
Race d’Abel, tu croîs et broutes
Comme les punaises*5 des bois !
カインの裔よ、その道程にて
窮地の家族を引き回すがいい。
Race de Caïn, sur les routes
Traîne ta famille aux abois.
II
おや!アベルの裔よ、汝の骸は
煙る大地を肥やしむる!
Ah ! race d’Abel, ta charogne*6
Engraissera le sol fumant !
カインの裔よ、汝の業は
依然として存分足らはず。
Race de Caïn, ta besogne
N’est pas faite*7 suffisamment ;

アベルの裔よ、恥を知れ。
剣が槍に打ち負かされたと!
Race d’Abel, voici ta honte :
Le fer*8 est vaincu par l’épieu*9 !
カインの裔よ、天まで昇れ、
神を地上に投げ捨てよ!
ショスタコーヴィチ:第1ヴァイオリン協奏曲ハ短調 作品77
www.youtube.com 第1楽章 Nocturne. Moderato
www.youtube.com 第2楽章 Scherzo. Allegro
www.youtube.com 第3楽章 Passacaglia. Andante - Cadenza (attacca)
www.youtube.com 第4楽章 Burlesque. Allegro con brio - Presto
ショスタコーヴィチの協奏曲はまだ紹介していなかったところ、新進女性ヴァイオリニストの華麗な(たぶん)デビューアルバムが出たので取り上げる。ショスタコーヴィチの交響曲は依然として耳慣れない筆者でも、このヴァイオリン協奏曲は弦楽四重奏並みにとは行かないまでも共感できる音楽で、進むほどに白熱していく奏者の直向きが素晴らしい。
*1:英語 flatter に近い flatter の変化型。「煽てられる」「お世辞を言われる」「楽しませてくれる」などと訳される。
*2:イザヤ書6章
1 ウジヤ王の死んだ年、わたしは主が高くあげられたみくらに座し、その衣のすそが神殿に満ちているのを見た。2 その上にセラピムが立ち、おのおの六つの翼をもっていた。その二つをもって顔をおおい、二つをもって足をおおい、二つをもって飛びかけり、3 互に呼びかわして言った。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主、その栄光は全地に満つ」。4 その呼ばわっている者の声によって敷居の基が震い動き、神殿の中に煙が満ちた。
ヨハネの黙示録4章
6 御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。御座のそば近くそのまわりには、四つの生き物がいたが、その前にも後にも、一面に目がついていた。7 第一の生き物はししのようであり、第二の生き物は雄牛のようであり、第三の生き物は人のような顔をしており、第四の生き物は飛ぶわしのようであった。8 この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で満ちていた。そして、昼も夜も、絶え間なくこう叫びつづけていた、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神。昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者」。
*3:『キティラ島詣で』では intestins(腸)としていたので、フランス語では微妙に違う
*4:「家父長制の」と翻訳機が出してくるのだが、この言葉は『創世記』に於て「族長」と訳される言葉に当たるもののようだ。
創世記 36章
15 エサウの子らの中で、族長たる者は次のとおりである。すなわちエサウの長子エリパズの子らはテマンの族長、オマルの族長、ゼポの族長、ケナズの族長、16 コラの族長、ガタムの族長、アマレクの族長である。これらはエリパズから出た族長で、エドムの地におった。これらはアダの子らである。17 エサウの子リウエルの子らは次のとおりである。すなわちナハテの族長、ゼラの族長、シャンマの族長、ミザの族長。これらはリウエルから出た族長で、エドムの地におった。これらはエサウの妻バスマテの子らである。18 エサウの妻アホリバマの子らは次のとおりである。すなわちエウシの族長、ヤラムの族長、コラの族長。これらはアナの娘で、エサウの妻アホリバマから出た族長である。 19 これらはエサウすなわちエドムの子らで、族長たる者である。
*5:「カメムシ」「画鋲」「若気の至り」、呼びかけとして「新入り!」「なかなか」「いいか、」などに当たる
*6:29.骸 Une Charogne 表題と同じなので、訳語を合わせるpoetlabo.hatenablog.jp
*7:faireの変化型で、「する」「成す」であり、「させる」でもあり、慣用句もあり、かなりややこしい
*8:「鉄」及び「鉄製品」、あるいは転じて「鉄鎖」「鉄枷」「刃」「剣」 をいう。既訳では多くが(農具の)「鋤」とするが、その用例は見当たらない
*9:専ら狩猟用の鉄槍fr.wikipedia.org
*10:とどめの一言は、ルシファー(=カイン内面)の台詞とも、詩人の自負とも、また救い主の俚言とも取れる。
マタイによる福音書10章
20 語る者は、あなたがたではなく、あなたがたの中にあって語る父の霊である。21 兄弟は兄弟を、父は子を殺すために渡し、また子は親に逆らって立ち、彼らを殺させるであろう。22 またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての人に憎まれるであろう。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
34 地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。35 わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。36 そして家の者が、その人の敵となるであろう。37 わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。38 また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。39 自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。


